旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU~恋旅 Edenを探して~」第1話

2011-04-03 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

「旅行?」
手に取った2切れ目のスイカを、彼は宙で停止させた。
「いつから?どこ行くん?」
私はスイカの種を皿の上に弾きながら答えた。
「バリ島とジャワ島。来週の金曜から1週間」
「誰と?」
一人、と答えてから急いで補足した。
「こういう仕事だから、友だちとまとまったスケジュールを合わせるの難しくて」
「いつ、決めたん?」
「うーん2ヵ月くらい前かな?」
「2ヵ月?なんで今まで黙ってんねん」
「黙ってたわけじゃなくて…あのね、もう話した気になってたの。ゴメンね」
宙で止まっていたスイカが、持ち手の動揺に合わせて揺れながら、皿の上に無事着地した。
「まあ…いつどこに旅行しようと、おまえの自由やけど」
彼が怒っているわけではないことは分かるが、直前になって聞かされたことがやはりショックなのかもしれない。
「そっか…バリ島とどこやっけ」
「ジャワ島。ボロブドゥール寺院のある所」
「ぼろぶどーる。世界遺産の?」
「うん」
「なんやあ、そんなん俺も見に行きたいわ。なんで俺に聞いてくれんの?」
駄々っ子みたいに身をよじらせて拗ねる彼に、思わず微笑を漏らした。
「うん…だけど実際行ける?」
「え?いまってこと?」
「ね、無理でしょ。なんにも教えてくれないけど、なんかめっちゃ忙しそうだし」
彼が私の視線を避けながら、口元に笑みを浮かべた。
「そっちはもう少し待っとってくれたらな」
「ねえねえ、何があるん?映画?ツアー?CLUB8のページ見てても何もわかんなくて」
「まあまあ、いろいろあんねんて。楽しみにしとき」
笑顔でスイカに戻った彼は、すぐにあっと声をあげて真顔になった。
「話すり替えんな。おまえの旅行の話やろが」
「別にすり替えたつもりないけど」
「なあ、いくら忙しそうでも聞いてくれたら行けるかもしれんやろ」
「遺跡になんか興味あるの?」
スイカを手に彼が身を乗り出した。
「あのな、最近、俺、そういう所行ってみたいねん」
「そういう所って?」
「歴史のあるとこ。いま行ってみたいんは、モン…モン…」
「モンハン」
「ちょっ待てや、モンハンて。モンハンじゃ話成り立たないやろ」
「モン・サン・ミッシェル」
「そう、それやそれ。あと、あそこ、サグラダ・ファミリア。おまえ、前に行ってたやろ」
「サグラダ・ファミリアはね、すっごく圧倒された。まだまだ建設途中でしょ。でも、その建設の作業そのものが、芸術って感じなの」
「へえ、ええなぁ。ヨーロッパめっちゃ行ってみたいわぁ」
「ボロブドゥールはアジアだよ」
「アホか、そんくらい知っとるわ。おまえ俺を馬鹿にして。そうやなくて、そこも世界遺産やろ」
「なるほど」
「俺もアラサーになったからなんかな。今まで知らんかったもの、いろいろ見てみたいねん」
ヨーロッパの街並に立つ彼の姿を頭に浮かべた。
色白でハーフっぽい外人顔の彼なら、石造りの街角にも溶け込みそうな気がする。
彼が子供のように表情を輝かせて言う。
「なあ、ヨーロッパとか世界遺産とか行ったことある言うたら、なんか大人の男って感じせえへんか?」
男の人って単純。
思わず吹き出しそうになるのを押さえるのに、少々苦労が要った。
「じゃあ、行く?」
「じゃあって、おまえ、いきなり来週から行けるわけないやろ」
前から相談してくれたら、こっちも調整したのに…と彼は残念そうにぼやいた。

私も残念。
気を使って誘わなかったんだけど、可能性があったのなら聞いてみれば良かった。
あなたと一緒に旅したかったな。
しかし、その思いは口に出さず、心の中で後悔するに留めた。



ングラ・ライ空港に降り立つと、日本の蒸し暑さとは明らかに違う、熱帯地方の乾季特有の涼しさを含んだ暖かい空気に全身を包まれた。
ホテルからの迎えの車は私一人を乗せ、バイパスを一路サヌール方面へと向かう。

近年、他の東南アジアの国と同様に、インドネシアにも中国資本が入ってきて、経済的な成長を見せている。
観光地として名高いバリ島でも、バイパス沿いに巨大な外資の工場や近代的なオフィスビル、高層マンション群が林立し、近代化は順調に進んでいるようだ。
しかし、バイパスを離れて街中に入ると様相は一変する。

未完成の舗装で土埃の舞う道路。
足元をとられそうになる崩れた歩道。
排気ガスを吐きながら車間を縫って走る若者たちのバイク。
老朽化が目立つ店舗や家屋。
道端に置かれた神への供え物…
東南アジアらしい混沌とした喧騒がそこにはある。
世界でも屈指のリゾート地として、お洒落なヴィラやショップなどが次々とオープンしているにも関わらず、2年前に訪れた時と島の光景はあまり変わっていないように見える。

変わらない、それこそ私がバリ島に魅せられる理由の一つだ。
変化は気持ちをエキサイトさせてくれるし、イマジネーションに刺激を与えてくれるけれど、いつも変化ばかりでは心も体も疲れてしまう。
変わらないということは、刺激もなく、つまらないこともあるけれど、そのままで良いと感じられることをあえて変える必要性はどこにもない。

バイパスから出た車は、サヌール市内の通りを進む。
サヌールは、バリ島の中でも一番古いリゾート地で、著名なアーティストなど世界のセレブたちに愛された場所だ。
クタやレギャンがアメリカナイズされた派手な観光地として発展していくのを横目に、ここサヌールは昔と変わらない落ち着きと静けさを保っている。
バリ島の中で、私がサヌールを滞在先に選ぶ理由はそこにある。

空港から出発した時はまだ明るかった空は、サンセットタイムを過ぎるとあっという間に群青色に染まり、夜への序章へと誘う。
窓外の景色が薄暗がりに包まれる頃、車はホテルの入口に到着した。
セキュリティーチェックを受けた車は、エントランスまで続く長い石畳をまっすぐに進む。
間もなく目の前に熱帯の常緑樹に囲まれ、松明の明かりに照らされたオープンエアのロビーが見えてきた。



「…じゃないか?」
ヘッドホン越しだったが、自分の名前を、しかも日本語で呼ばれたのがわかって、私はランニングの足を止めて後ろを振り向いた。
こちらもランニングウェア姿の色黒の男が、息を弾ませて立っている。
その顔を見て、私は急いでサングラスとヘッドホンを外した。まさか。
サングラスを取った私の顔を見て、男の顔がぱっと笑顔になる。
「やっぱりそうだ。良かった、人違いじゃなくて」
「…ゆ…田宮君?」
真っ先に頭に浮かんだ下の名前を言いかけて、慌てて名字で言い直した。
何年ぶりだろう。
あの日以来、もう二度と彼に会うことはないと思っていたのに。
「ありがとう。俺の名前をまだ覚えててくれて」
笑いながら外国人のように差し出してきた手を、私は無意識のうちに握り返していた。
顔は、さすがに離れていた歳月を感じさせる変貌が見られたが、その手は昔と変わらず大きく、それでいて細く長く美しい。
同時に、この手に負けない美しい手をした人を思い出して、二人の姿が目の前で被った。
「こっちに向かってくる姿に見覚えがあるなって、ずっと見てたんだ。人違いだったら失礼になるとは思ってたけど」
「ごめんなさい。私、全然気づかなかった…」
「相変わらずだな。ボーっとしながら走ってたんだろ」
笑いながら言った彼の言葉が、昔の記憶を揺り起こす。
「すれ違った時に懐かしい香りがして確信したんだ。その香水、まだ使ってたとはね」
ということは旅行かな?と聞かれて、私はかすかな後悔を覚えながら、ええと答えた。
旅先で使う香水は、普段使いの香水と変えている。
あの時も私はこの香水を使っていた。
まさか、そんな昔の香りを彼が覚えていたなんて。

まざまざと蘇る彼と別れた時の記憶。
大学の卒業旅行で、彼と私は2人きりでパラオに行った。
2人ともこれが初めての海外旅行だったが、天気にも恵まれてパラダイスのような数日間を過ごした。
そして、旅の最後の夜、私たちは修復不可能な大喧嘩をしたのだ。
でも、その喧嘩が、別れの直接の原因でないことは2人とも分かっていた。
それは、もっとずっと以前から、累々とお互いの中に積み重なっていたのだから。
喧嘩はその導火線に火をつけ、一気に爆発させただけにすぎない。

「友達か誰かと一緒?」
私は首を横に振った。
「女が一人でリゾートに来てるのは変?」
「いや。いいんじゃないか」
アジアのリゾートは、そういう所は寛容だから。これがヨーロッパやアメリカだったら奇異の目で見られるかもしれないけど、と彼は苦笑する。
「あなたは?出張とか?」
大学を卒業した時、彼は大手商社への就職が決まっていた。
「今、ジャカルタの支店にいるんだ」
「ジャカルタ。じゃあ仕事?」
「まあ、仕事もあったけど、半分は休暇かな」
休暇。結婚しているのなら、奥さんと一緒なのだろうか。
「君はいつからここに来てたの?」
「一昨日から、だけど」
「なんだ。昨日も君を見つけるチャンスがあったのか」
「昨日はちょっと遅い時間に走ってたから…」
彼が同じ時間帯に走っているのなら、会えないはずだ。
「明日、ジャカルタに戻るんだけど…」
彼は引き潮のビーチに目を向けた。
穏やかな海は、乳白色に輝く太陽の光を反射してきらめいている。
「もし…君さえ良かったら、今夜、食事でもしないか?」



To be continued


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最近、週末に短編をアップすることが多いのですけども。
まあ、落ち着いて作品を仕上げるとなると、時間のある週末になってしまうので

前作から言ってましたが、こちらの作品は連載になります。
今まで「私」と「彼」という二人の世界を描くことが多くて、私も楽しく書かせてもらってたんですが、甘々な話ばっかりというのも自分の中で物足りなくなったというか、ちょっと辛口の作品を書きたくなって、思いきって第三の男を出してみました。
これがねえ、ご愛読いただいているみなさんの中で「あり」なのか「なし」なのか

第三の男は、誰をイメージしてもらっても構いません。
私の中では、もちろんちゃんとあるんですけどね(笑)当て書きする人ですから

タイトルは今回全然いいのが思いつかなくて、めっちゃ悩みました
安直なラブソングのタイトルみたいなベタなものしか頭に浮かばなくて、自分のイマジネーション力と語彙の乏しさをまたもや思い知らされることに。
最初、「恋旅」だけだったんだけど、ふと思いついて「Eden」を入れたサブタイもつけました

続きもなるべく早くアップする予定ですが、まだ最後まで書き終えていないので、タイミングを見ながら載せていきますね。
お楽しみに。
(って楽しんでもらえるかなあ・・・今までとテイストが違うのでちょっと心配です)