5月13日(金)からBSプレミアムで始まった『立花登青春手控え』も今週で4話目。
原作は、藤沢周平の獄医立花登手控え『春秋の檻』『風説の檻』。数ある時代劇の中でも獄医を主人公にした異色作。また、主人公・立花登が剣術ではなく柔術の達人であるところも見どころだ。
主人公の立花登(溝端淳平)は、小伝馬町の牢医者。出羽・亀田から江戸に出て、母の弟で医者である叔父の小牧玄庵(古谷一行)の元に居候をしながら、医学の勉強に励んでいる。また、彼は起倒流柔術の使い手でもあり、勉学や勤めの合間を縫って鴨井道場に通い、同輩の新谷弥助(高畑裕太)らと修行に励んでいる。
登は叔父の家では肩身の狭い思いをしている。
叔母の松江(宮崎美子)が、登が牢医者として得た手当をすべて家に入れることを強要するので、登は医学の勉強に必要な書物や文具の購入にも困る状態だ。その上、まるで下男のように登に雑用を押し付け、食事も家族とは別に台所で食べさせている。
従妹のちえ(平祐奈)は、この時代の堅気の娘にしては素行に問題がある。登に気があるようだが、気の引き方に可愛げがない。年上の登を呼び捨てにしては(登は「ちえさん」と呼んでいる)顎で使い、友人たちとチャラチャラ遊び歩いては初心な登をからかう。
叔父の玄庵も登をかばってはくれない。嘗ては神童と呼ばれるほどの腕前だったが、何があったのか、現在では何かにつけて手を抜こうとし、登に仕事を押し付け、日の高いうちから飲み歩いているダメ親父である。
登はこの家を出て、一人暮らしをした方が良いのではと思うが、そうもいかない様々なしがらみがあるのだろう。
獄医と囚人の物語なので、どうあったって明るい話にはならない。ともすれば陰惨になりがちなテーマを救っているのが誠実で熱意溢れる登の人柄だ。
登は、囚人たちの間で、「若先生なら何とかしてくれる」と当てにされているらしく、度々囚人の問題に巻き込まれることになる。囚人たちの抱える闇は決して浅くはない。その闇をあたたかく照らし、彼らの最後の救いとなるのが登なのだ。
先週までの3話を欠かさず観てきたが、何れも藤沢周平らしく、愚かで弱い人々に心を寄せた物語だった。決して悪人ではないのに、むしろ人一倍情に絆され易い性分故に人の道を外れてしまった、そんな人たち。
中でも第3回「女牢(おんなろう)」はあまりにも惨い話で、家族で見ていたのに不覚にも泣きそうになってしまった(私は可愛げのない女なので、人前で泣くことに抵抗がある)。
三年前、まだ登が上京したばかりの頃。
叔父玄庵の抱える患者の中に、玄庵の誤診のために怪我をこじらせてしまった時次郎という男がいた。
叔父の尻拭いのために時次郎が完治するまで往診を引き受けた登であったが、ならず者の時次郎に懸命に尽くす彼の妻おしのに心惹かれる。おしのの方も登に好意を抱いているようだった。だが、二人はお互いの胸の内を明かさないまま、時次郎の完治とともに縁が切れたかに見えた。
それから三年たった現在。
ある日、登が女牢の診察に出向くと牢の隅におしのの姿があった。おしのは時次郎を刺殺した咎で打ち首を申し渡されていた。お白洲で一切の弁明をしなかったというおしの。彼女が心根の優しい女であることを知っている登は、夫婦の間に何が起こったのかを探るのだが…。
博打の借金のカタに女房を売るまでに堕落した時次郎だけど、最初から悪人だったわけではないのだろう。きっと彼にも人並みの情を持ち合わせた、おしのの亭主にふさわしい真人間だった時期があったのだ。その頃には、夫婦仲も温かなもので、ささやかだけど幸せな思い出もあったのだろう。おしのはその思い出の欠片を大切に抱えて、これまで夫からの仕打ちを耐えて来た。こんな事件を起こしてしまった今でも、思い出を汚したくないために沈黙を通したのだと思う。
3年前、おしのに時次郎と手を切れと言えなかったことを後悔している登だけど、きっと言えたとしてもおしのは時次郎を見捨てられなかっただろう。ましてや、将来のある若い登を巻き込むことなど考えられなかったはずだ。
牢名主のおたつの計らいで一晩だけ登と過ごせたおしの。その思い出を抱えて刑場に連れられて行くおしのの顔は幸福そうで、メリーバッドエンドってこんな感じなのかなと思った。むしろ、彼女よりも1人で泣く登の後ろ姿に痛ましさを感じた。
メリーバッドエンドは、第1回「雨上がり」の勝蔵もそうかもしれない。
腕の良い桶職人だった勝蔵も悪女に騙されて犯罪者になった哀れな男だけど、島流しの船に乗せられた時の穏やかな微笑から、彼なりに心の整理がついたのだなと思った。
特に触れられてはいなかったが、彼は薄々おみつの企みを感じていたのではないかと思う(彼がしょっ引かれる時におみつは家から出ても来なかったし)。その上でおみつという女が根っからの悪人ではなく、勝蔵と所帯を持ちたいと望んでいたのも本当だと信じていたのではないか。おみつが何者であっても彼の気持ちの純度は変わらないし、登の助力で彼女に金子を届けることが出来て満足しているのだろう。きっと彼女の人生は、碌な結末を迎えないだろうけど。差し伸べられた暖かい手を自ら振り払ってしまった愚かな女。でも、証文に署名された“三”の字(読み書きが出来ないおみつが書ける唯一の字)を愛おしそうに指でなぞる勝蔵の姿から、彼は愚かさもひっくるめて彼女のことを愛しているのだろうなと感じた。
誰の目にも不幸な話だけど、当人は納得し幸福だとさえ思っている、人の心の複雑さを考えさせられる話だった。
盗人にも三分の理という諺がある。
泥棒にも、盗みをしたそれなりの理由や言い分があることから、どんなことであってもつけようと思えば理屈がつくものだという意味。小伝馬町の牢に収監されている罪人たちにも言い分はあるのだろう。それは、世間の大方の真人間から見れば、屁理屈のようなものだ。しかし、そんな三分の理を鼻で笑わないのが登なのだ。こんなに優しいと生きていくのがしんどいだろうな、ましてや牢医者なんて社会や人心の暗部に触れる仕事はきついのではないかな、と思う。彼の素朴で温かい人柄が囚人たちを救っているのは間違いないのだが、では、彼自身の傷心を慰藉する人はいつ現れるのだろうか、と親のような目線で彼の物語を見守っている私なのだった。
第4回『返り花』は、BSプレミアム6月3日(金)、夜8時から8時43分。
汚職の嫌疑で牢屋敷に留置されていた御家人の小沼庄五郎(伊庭剛)が、妻から差し入れられた饅頭を食べて死にかけるという事件が起きる。毒入りとは知らずに饅頭を差し入れた小沼の妻・登和(マイコ)は、かつて恋仲だった井崎勝之進(比留間由哲)に相談を持ちかけるが…。
饅頭に毒を仕込んだのは誰か?何が目的なのか?三人の男女の関係はどう展開していくのか?そこに登はどのような形で関与するのか?今週も注目だ。
原作は、藤沢周平の獄医立花登手控え『春秋の檻』『風説の檻』。数ある時代劇の中でも獄医を主人公にした異色作。また、主人公・立花登が剣術ではなく柔術の達人であるところも見どころだ。
主人公の立花登(溝端淳平)は、小伝馬町の牢医者。出羽・亀田から江戸に出て、母の弟で医者である叔父の小牧玄庵(古谷一行)の元に居候をしながら、医学の勉強に励んでいる。また、彼は起倒流柔術の使い手でもあり、勉学や勤めの合間を縫って鴨井道場に通い、同輩の新谷弥助(高畑裕太)らと修行に励んでいる。
登は叔父の家では肩身の狭い思いをしている。
叔母の松江(宮崎美子)が、登が牢医者として得た手当をすべて家に入れることを強要するので、登は医学の勉強に必要な書物や文具の購入にも困る状態だ。その上、まるで下男のように登に雑用を押し付け、食事も家族とは別に台所で食べさせている。
従妹のちえ(平祐奈)は、この時代の堅気の娘にしては素行に問題がある。登に気があるようだが、気の引き方に可愛げがない。年上の登を呼び捨てにしては(登は「ちえさん」と呼んでいる)顎で使い、友人たちとチャラチャラ遊び歩いては初心な登をからかう。
叔父の玄庵も登をかばってはくれない。嘗ては神童と呼ばれるほどの腕前だったが、何があったのか、現在では何かにつけて手を抜こうとし、登に仕事を押し付け、日の高いうちから飲み歩いているダメ親父である。
登はこの家を出て、一人暮らしをした方が良いのではと思うが、そうもいかない様々なしがらみがあるのだろう。
獄医と囚人の物語なので、どうあったって明るい話にはならない。ともすれば陰惨になりがちなテーマを救っているのが誠実で熱意溢れる登の人柄だ。
登は、囚人たちの間で、「若先生なら何とかしてくれる」と当てにされているらしく、度々囚人の問題に巻き込まれることになる。囚人たちの抱える闇は決して浅くはない。その闇をあたたかく照らし、彼らの最後の救いとなるのが登なのだ。
先週までの3話を欠かさず観てきたが、何れも藤沢周平らしく、愚かで弱い人々に心を寄せた物語だった。決して悪人ではないのに、むしろ人一倍情に絆され易い性分故に人の道を外れてしまった、そんな人たち。
中でも第3回「女牢(おんなろう)」はあまりにも惨い話で、家族で見ていたのに不覚にも泣きそうになってしまった(私は可愛げのない女なので、人前で泣くことに抵抗がある)。
三年前、まだ登が上京したばかりの頃。
叔父玄庵の抱える患者の中に、玄庵の誤診のために怪我をこじらせてしまった時次郎という男がいた。
叔父の尻拭いのために時次郎が完治するまで往診を引き受けた登であったが、ならず者の時次郎に懸命に尽くす彼の妻おしのに心惹かれる。おしのの方も登に好意を抱いているようだった。だが、二人はお互いの胸の内を明かさないまま、時次郎の完治とともに縁が切れたかに見えた。
それから三年たった現在。
ある日、登が女牢の診察に出向くと牢の隅におしのの姿があった。おしのは時次郎を刺殺した咎で打ち首を申し渡されていた。お白洲で一切の弁明をしなかったというおしの。彼女が心根の優しい女であることを知っている登は、夫婦の間に何が起こったのかを探るのだが…。
博打の借金のカタに女房を売るまでに堕落した時次郎だけど、最初から悪人だったわけではないのだろう。きっと彼にも人並みの情を持ち合わせた、おしのの亭主にふさわしい真人間だった時期があったのだ。その頃には、夫婦仲も温かなもので、ささやかだけど幸せな思い出もあったのだろう。おしのはその思い出の欠片を大切に抱えて、これまで夫からの仕打ちを耐えて来た。こんな事件を起こしてしまった今でも、思い出を汚したくないために沈黙を通したのだと思う。
3年前、おしのに時次郎と手を切れと言えなかったことを後悔している登だけど、きっと言えたとしてもおしのは時次郎を見捨てられなかっただろう。ましてや、将来のある若い登を巻き込むことなど考えられなかったはずだ。
牢名主のおたつの計らいで一晩だけ登と過ごせたおしの。その思い出を抱えて刑場に連れられて行くおしのの顔は幸福そうで、メリーバッドエンドってこんな感じなのかなと思った。むしろ、彼女よりも1人で泣く登の後ろ姿に痛ましさを感じた。
メリーバッドエンドは、第1回「雨上がり」の勝蔵もそうかもしれない。
腕の良い桶職人だった勝蔵も悪女に騙されて犯罪者になった哀れな男だけど、島流しの船に乗せられた時の穏やかな微笑から、彼なりに心の整理がついたのだなと思った。
特に触れられてはいなかったが、彼は薄々おみつの企みを感じていたのではないかと思う(彼がしょっ引かれる時におみつは家から出ても来なかったし)。その上でおみつという女が根っからの悪人ではなく、勝蔵と所帯を持ちたいと望んでいたのも本当だと信じていたのではないか。おみつが何者であっても彼の気持ちの純度は変わらないし、登の助力で彼女に金子を届けることが出来て満足しているのだろう。きっと彼女の人生は、碌な結末を迎えないだろうけど。差し伸べられた暖かい手を自ら振り払ってしまった愚かな女。でも、証文に署名された“三”の字(読み書きが出来ないおみつが書ける唯一の字)を愛おしそうに指でなぞる勝蔵の姿から、彼は愚かさもひっくるめて彼女のことを愛しているのだろうなと感じた。
誰の目にも不幸な話だけど、当人は納得し幸福だとさえ思っている、人の心の複雑さを考えさせられる話だった。
盗人にも三分の理という諺がある。
泥棒にも、盗みをしたそれなりの理由や言い分があることから、どんなことであってもつけようと思えば理屈がつくものだという意味。小伝馬町の牢に収監されている罪人たちにも言い分はあるのだろう。それは、世間の大方の真人間から見れば、屁理屈のようなものだ。しかし、そんな三分の理を鼻で笑わないのが登なのだ。こんなに優しいと生きていくのがしんどいだろうな、ましてや牢医者なんて社会や人心の暗部に触れる仕事はきついのではないかな、と思う。彼の素朴で温かい人柄が囚人たちを救っているのは間違いないのだが、では、彼自身の傷心を慰藉する人はいつ現れるのだろうか、と親のような目線で彼の物語を見守っている私なのだった。
第4回『返り花』は、BSプレミアム6月3日(金)、夜8時から8時43分。
汚職の嫌疑で牢屋敷に留置されていた御家人の小沼庄五郎(伊庭剛)が、妻から差し入れられた饅頭を食べて死にかけるという事件が起きる。毒入りとは知らずに饅頭を差し入れた小沼の妻・登和(マイコ)は、かつて恋仲だった井崎勝之進(比留間由哲)に相談を持ちかけるが…。
饅頭に毒を仕込んだのは誰か?何が目的なのか?三人の男女の関係はどう展開していくのか?そこに登はどのような形で関与するのか?今週も注目だ。