ジェフリー・フォード著『白い果実』は、1998年に世界幻想文学大賞を受賞したモダンゴシックの傑作。三部作の第一部目だ。金原瑞人・谷垣暁美が訳した文を山尾悠子がリライトしている。なるほど、偏狂的なまでに精巧な〈理想形態都市〉の描写には、山尾悠子の無機質な文体がふさわしい。
全知全能と謳われるドラクトン・ビロウの支配する〈理想形態都市〉は、すべてがビロウ唯一人の頭脳によって創造されている。珊瑚と鋼鉄で出来た都市は、完璧なまでに均整がとれていて、美しく清潔だ。そこでは、すべての市民の生殺与奪がビロウに握られている。ビロウにとってはユートピアだが、彼以外の人々にとっては暗黒のディストピアだ。
観相官クレイは、辺境の属領アナマソビアにて盗まれた〈白い果実〉の在処と犯人探しを命ぜられる。〈白い果実〉とは、鉱山で発見されて、いつまでも腐ることなくガーランド司祭の教会に祀られていたもので、食べると不死身になると噂されていた。
アナマソビアでは、エネルギーの源である青い鉱物〈スパイア〉が産出されている。
坑道での採掘作業は過酷で、坑夫の多くは長く生きることは出来ない。稀に長く生きた者も体組織を鉱毒に侵され年々肌が青く変色し、ある日突然青い石像と化して死ぬ。その後は、見世物にされたり燃料にされたりする。
高慢で自意識過剰なクレイは、今回の任務が左遷のようで気に入らない。
しかし、ビロウに楯突くことは出来ないので、バタルド町長をはじめとする属領の領民たちに暴言を吐き、時には暴力をふるうことで、何とか心の均衡を保とうとしていた。
それでも、平安を得られない時には、〈美薬〉と呼ばれる幻覚剤に耽溺する。
〈美薬〉による幻覚は、クレイに様々な啓示を齎した。殊に、クレイが告発したためにドラリス島での硫黄採掘に就かされ、凄惨な死を遂げた恩師フロック教授との対話では、クレイは罪の意識も感じずに助言を強請るのだった。
〈白い果実〉盗難の容疑者は、アナマソビアの領民全員である。
クレイはすべての領民の外貌を観相学の知識でもって測定し、犯人と果実を見つけ出さねばならない。任務に失敗すればビロウの逆鱗に触れ、極刑に処せられることは明らかだ。クレイは、自覚しているよりもずっと精神的に追い詰められていた。
マスター・ビロウ以外のすべての人間を蔑んでいるクレイであるが、女性への蔑視は特に酷い。その差別意識とアカデミー時代の陰惨な初恋の記憶が、現在の荒淫に繋がっている。つまりは、真っ当な恋愛をしたことが一度もない。
そんなクレイが観相学の知識を持つ女性アーラと出会い、一目惚れをした。クレイは、本来なら女性が付くべきではない観相の助手にアーラを任命する。自分が女性への恋心に振り回されていると認めたくないクレイは、アーラに対しても他の女性に対するのと変わらない冷酷な態度を取っているつもりでいる。しかし、実際には彼女を特別扱いしているのだ。そのことが、彼の運命を狂わせていく。
アーラへの捻じれた恋心から奇矯な行動に走り、一時的ではあるが観相学の知識を失い、許されない失態を犯したクレイは、マスター・ビロウの元に強制連行され、フロック教授と同じく、ドラリス島での硫黄採掘に就かされることになった。以降、クレイは己の意図しない運命の大きなうねりに翻弄されていく。
アーラへの恋心が引き金となった失脚。そのことで自覚した弱さと自惚れ。
硫黄鉱山での労役の中で芽生えた、フロック教授をはじめとするクレイのせいで命を落とした人々への贖罪の念。
それらが、今更ながらにクレイの心を変えた。フロック教授が坑道に刻んだ「赦ス」という言葉は、クレイの心にも深く刻まれたのだ。遅く来た精神の成長期である。
その後、クレイは、マスター・ビロウの気まぐれによって無罪放免され、観相官として復職した。
しかし、彼の眼には〈理想形態都市〉も己自身も以前とは全く違うものに映っていた。
クレイは、彼に媚び諂う人々の態度を寂しく思うようになっていた。そして、これまで彼が見下してきた人達の中に、たとえばスタリー荘のマンタキス夫妻のように、手のかかる彼の面倒をみてくれた人達も居たことに気づくのだった。
そんなクレイに、少数ではあるが、新愛を込めた態度をとる者も現れるようになった。
彼らは、指で0の形を作る挨拶を送ってきた。そのサインの意図するところは不明だが、クレイもまた指で0の形を作って挨拶を返すのだった。
復帰第一弾の任務として、クレイは観相学を用いて市民の中から相の劣った人々のリストを作成し、そこから見せしめのために公開処刑される者を選ばなければならなかった。以前のクレイなら、意気揚々と着いたその任務を、今のクレイは実行する気にはなれない。
〈白い果実〉を口にしたマスター・ビロウは、その後遺症なのか酷い頭痛に苦しむようになり、これまでの仕打ちも忘れて、クレイを頼みにするようになっていた。
好機と見たクレイは、上手く時間稼ぎをしつつ、〈理想形態都市〉を脱出し、アーラの祖父ビートンが探した〈白い果実〉の楽園ウィナウに行く方法を考える。その際に相棒としてカルーを連れて行くことにした。
カルーは、バタルド町長のボディガードだったが、大量虐殺が繰り広げられるアナマソビアからの逃走の際、クレイを助けたため、共にビロウの兵隊に捕らえられた。その後、両腕を縛られた状態で人狼グレタ・サイクス(グレタもクレイによって摘発され、ビロウによって改造された不憫な娘だ)と戦わされ負傷し、脳と体の大部分を機械化された。〈理想形態都市〉に連れて行かれてからは、剣闘士としてショッピングモールでのショーに使われていたのだ。
深夜、カルーの救出を実行したクレイは、再会したカルーが度重なる剣闘ショーのために体がボロボロになっている上、損壊と修復の繰り返しによって会話もまともに成立しないほど知能が退行していることを知る。
以前のクレイだったら、舌打ちの一つでもしてカルーを見捨てていただろう。しかし、彼は変わったのだ。利用価値の有無で付き合う人間を選んできた彼が、最早お荷物でしかないカルーを“私がもっとも切実に必要としていたもの――味方”と言い切る。この後、カルーを伴って下水処理場を逃走するクレイの献身は、物語の前半での高慢ちきで甘ったれた彼と同じ人間とは思えない。
クレイは、アーラと彼女の赤ん坊、それから〈旅人〉と再会する。
アーラは、クレイから受けた仕打ちを許してはいなかった。そればかりか、彼女の口から〈旅人〉と彼女があらゆる意味で愛し合っていることを聞かされ、クレイはどす黒い嫉妬の念に駆られる。それでも、彼はアーラに償いたいと願うのだ。
〈旅人〉は、エアという名だった。
「〈白い果実〉は本当に楽園の果実なのか」と訊ねるクレイに対して、エアは「違う」と答えた。
〈白い果実〉は何千年も前、エアの故郷ウィナウに齎された。
〈白い果実〉はたしかに、奇跡のように思われる変化を起こすが、そういう変化は自然に反するものなので、人生で何が大切なのかを分かり難くさせる。長老たちは果実の正体を見抜き、それが実る木を燃やすように命じた。しかし、ウィナウの人々は、〈白い果実〉を絶滅させることが忍びなかった。〈白い果実〉もまた、自然が生み出したものであり、それを絶滅させる権利など誰にも無いからだ。
エアは〈白い果実〉を遠方に隠した後、呪術師の調合した薬を飲んで長い眠りにつき、果実が二度と生き物に食べられることが無いように守る役目を担った。
しかし、眠りについていたエアにガーランド司祭が果実を食べさせた。
そうして、目覚めたエアは、クレイによって顔面をズタズタにされたアーラを見つけ、助けるために彼女にも果実を食べさせた。そのために、エアはここでもウィナウでも犯罪者となったのだった。種の違いを超えてエアとアーラは愛し合い、家族になった。
クレイはアーラとエアと赤ん坊を守るために、必要とあらばビロウの命を奪うことを決意する。緑人モイサックが種を残したように、自分はあの家族を残すのだ――。
〈美薬〉が齎す幻覚。高度な知性の相を持つ〈旅人〉。人間と植物の体を併せ持つ緑人モイサック。バーテン猿のサイレンシオが調合するカクテル〈甘き薔薇の耳〉。ガラス玉の偽楽園。ウィナウの〈白い果実〉。これらの幻想的なピースが、〈理想形態都市〉の無機質な描写と化学反応を起こし、独特の清潔で陰鬱なディストピアを構築している。
物語の舞台は個性的なのに、登場人物は意外なほど普通の人たちばかりだ。
クレイもビロウも常人の範囲での嫌な奴。特にクレイは、自意識過剰な割に間抜けで迂闊な言動が多く、悪人だったころから憎みきれない人だった。
クレイの年齢は定かではないが、経歴から既に若者でないことは推測される。それでも、彼はまるで思春期の少年のように飛躍的な成長を遂げるのだ。
前半では、クレイの主人公らしからぬ傲慢で冷酷な言動がこれでもかと綴られている。
物語が進むにつれ、それらの言動がブーメランのようにクレイ自身に突き刺さり、彼を追い詰めていく。すべてを失ったところで、漸く覚醒し人並みの情感をもち、感謝と贖罪に基づく行動ができるようになる。彼が変わることで、周囲の人々の態度も変わっていく。
カルーは壊れた体で何度もクレイを守り、ついには華々しい爆死を遂げた。
エアはクレイが今では全く違う人間になっていると断言し、アーラもきっといつかクレイの凶行を許せる時が来るだろうと述べた。
叛徒の地下組織〈0の同盟〉の参加者たちは、クレイの過去の悪行を知ったうえで、エアの言葉を信じてクレイを同志と認めた。
そうして、彼に主人公にふさわしい品格が備わり始めたところで、『白い果実』は終わる。
第二部の『記憶の書』は、クレイ以上に好感度の低いマスター・ビロウを中心に〈理想形態都市〉が崩壊した後の物語が展開されるらしい。
全知全能の割には、みっともない振る舞いの多かったビロウなので、続編では更に突っ込みどころ満載な言動を見せてくれるのではないか。この無機的な世界観と登場人物の人間臭さとのギャップが、このシリーズの特色なのだろう。
全知全能と謳われるドラクトン・ビロウの支配する〈理想形態都市〉は、すべてがビロウ唯一人の頭脳によって創造されている。珊瑚と鋼鉄で出来た都市は、完璧なまでに均整がとれていて、美しく清潔だ。そこでは、すべての市民の生殺与奪がビロウに握られている。ビロウにとってはユートピアだが、彼以外の人々にとっては暗黒のディストピアだ。
観相官クレイは、辺境の属領アナマソビアにて盗まれた〈白い果実〉の在処と犯人探しを命ぜられる。〈白い果実〉とは、鉱山で発見されて、いつまでも腐ることなくガーランド司祭の教会に祀られていたもので、食べると不死身になると噂されていた。
アナマソビアでは、エネルギーの源である青い鉱物〈スパイア〉が産出されている。
坑道での採掘作業は過酷で、坑夫の多くは長く生きることは出来ない。稀に長く生きた者も体組織を鉱毒に侵され年々肌が青く変色し、ある日突然青い石像と化して死ぬ。その後は、見世物にされたり燃料にされたりする。
高慢で自意識過剰なクレイは、今回の任務が左遷のようで気に入らない。
しかし、ビロウに楯突くことは出来ないので、バタルド町長をはじめとする属領の領民たちに暴言を吐き、時には暴力をふるうことで、何とか心の均衡を保とうとしていた。
それでも、平安を得られない時には、〈美薬〉と呼ばれる幻覚剤に耽溺する。
〈美薬〉による幻覚は、クレイに様々な啓示を齎した。殊に、クレイが告発したためにドラリス島での硫黄採掘に就かされ、凄惨な死を遂げた恩師フロック教授との対話では、クレイは罪の意識も感じずに助言を強請るのだった。
〈白い果実〉盗難の容疑者は、アナマソビアの領民全員である。
クレイはすべての領民の外貌を観相学の知識でもって測定し、犯人と果実を見つけ出さねばならない。任務に失敗すればビロウの逆鱗に触れ、極刑に処せられることは明らかだ。クレイは、自覚しているよりもずっと精神的に追い詰められていた。
マスター・ビロウ以外のすべての人間を蔑んでいるクレイであるが、女性への蔑視は特に酷い。その差別意識とアカデミー時代の陰惨な初恋の記憶が、現在の荒淫に繋がっている。つまりは、真っ当な恋愛をしたことが一度もない。
そんなクレイが観相学の知識を持つ女性アーラと出会い、一目惚れをした。クレイは、本来なら女性が付くべきではない観相の助手にアーラを任命する。自分が女性への恋心に振り回されていると認めたくないクレイは、アーラに対しても他の女性に対するのと変わらない冷酷な態度を取っているつもりでいる。しかし、実際には彼女を特別扱いしているのだ。そのことが、彼の運命を狂わせていく。
アーラへの捻じれた恋心から奇矯な行動に走り、一時的ではあるが観相学の知識を失い、許されない失態を犯したクレイは、マスター・ビロウの元に強制連行され、フロック教授と同じく、ドラリス島での硫黄採掘に就かされることになった。以降、クレイは己の意図しない運命の大きなうねりに翻弄されていく。
アーラへの恋心が引き金となった失脚。そのことで自覚した弱さと自惚れ。
硫黄鉱山での労役の中で芽生えた、フロック教授をはじめとするクレイのせいで命を落とした人々への贖罪の念。
それらが、今更ながらにクレイの心を変えた。フロック教授が坑道に刻んだ「赦ス」という言葉は、クレイの心にも深く刻まれたのだ。遅く来た精神の成長期である。
その後、クレイは、マスター・ビロウの気まぐれによって無罪放免され、観相官として復職した。
しかし、彼の眼には〈理想形態都市〉も己自身も以前とは全く違うものに映っていた。
クレイは、彼に媚び諂う人々の態度を寂しく思うようになっていた。そして、これまで彼が見下してきた人達の中に、たとえばスタリー荘のマンタキス夫妻のように、手のかかる彼の面倒をみてくれた人達も居たことに気づくのだった。
そんなクレイに、少数ではあるが、新愛を込めた態度をとる者も現れるようになった。
彼らは、指で0の形を作る挨拶を送ってきた。そのサインの意図するところは不明だが、クレイもまた指で0の形を作って挨拶を返すのだった。
復帰第一弾の任務として、クレイは観相学を用いて市民の中から相の劣った人々のリストを作成し、そこから見せしめのために公開処刑される者を選ばなければならなかった。以前のクレイなら、意気揚々と着いたその任務を、今のクレイは実行する気にはなれない。
〈白い果実〉を口にしたマスター・ビロウは、その後遺症なのか酷い頭痛に苦しむようになり、これまでの仕打ちも忘れて、クレイを頼みにするようになっていた。
好機と見たクレイは、上手く時間稼ぎをしつつ、〈理想形態都市〉を脱出し、アーラの祖父ビートンが探した〈白い果実〉の楽園ウィナウに行く方法を考える。その際に相棒としてカルーを連れて行くことにした。
カルーは、バタルド町長のボディガードだったが、大量虐殺が繰り広げられるアナマソビアからの逃走の際、クレイを助けたため、共にビロウの兵隊に捕らえられた。その後、両腕を縛られた状態で人狼グレタ・サイクス(グレタもクレイによって摘発され、ビロウによって改造された不憫な娘だ)と戦わされ負傷し、脳と体の大部分を機械化された。〈理想形態都市〉に連れて行かれてからは、剣闘士としてショッピングモールでのショーに使われていたのだ。
深夜、カルーの救出を実行したクレイは、再会したカルーが度重なる剣闘ショーのために体がボロボロになっている上、損壊と修復の繰り返しによって会話もまともに成立しないほど知能が退行していることを知る。
以前のクレイだったら、舌打ちの一つでもしてカルーを見捨てていただろう。しかし、彼は変わったのだ。利用価値の有無で付き合う人間を選んできた彼が、最早お荷物でしかないカルーを“私がもっとも切実に必要としていたもの――味方”と言い切る。この後、カルーを伴って下水処理場を逃走するクレイの献身は、物語の前半での高慢ちきで甘ったれた彼と同じ人間とは思えない。
クレイは、アーラと彼女の赤ん坊、それから〈旅人〉と再会する。
アーラは、クレイから受けた仕打ちを許してはいなかった。そればかりか、彼女の口から〈旅人〉と彼女があらゆる意味で愛し合っていることを聞かされ、クレイはどす黒い嫉妬の念に駆られる。それでも、彼はアーラに償いたいと願うのだ。
〈旅人〉は、エアという名だった。
「〈白い果実〉は本当に楽園の果実なのか」と訊ねるクレイに対して、エアは「違う」と答えた。
〈白い果実〉は何千年も前、エアの故郷ウィナウに齎された。
〈白い果実〉はたしかに、奇跡のように思われる変化を起こすが、そういう変化は自然に反するものなので、人生で何が大切なのかを分かり難くさせる。長老たちは果実の正体を見抜き、それが実る木を燃やすように命じた。しかし、ウィナウの人々は、〈白い果実〉を絶滅させることが忍びなかった。〈白い果実〉もまた、自然が生み出したものであり、それを絶滅させる権利など誰にも無いからだ。
エアは〈白い果実〉を遠方に隠した後、呪術師の調合した薬を飲んで長い眠りにつき、果実が二度と生き物に食べられることが無いように守る役目を担った。
しかし、眠りについていたエアにガーランド司祭が果実を食べさせた。
そうして、目覚めたエアは、クレイによって顔面をズタズタにされたアーラを見つけ、助けるために彼女にも果実を食べさせた。そのために、エアはここでもウィナウでも犯罪者となったのだった。種の違いを超えてエアとアーラは愛し合い、家族になった。
クレイはアーラとエアと赤ん坊を守るために、必要とあらばビロウの命を奪うことを決意する。緑人モイサックが種を残したように、自分はあの家族を残すのだ――。
〈美薬〉が齎す幻覚。高度な知性の相を持つ〈旅人〉。人間と植物の体を併せ持つ緑人モイサック。バーテン猿のサイレンシオが調合するカクテル〈甘き薔薇の耳〉。ガラス玉の偽楽園。ウィナウの〈白い果実〉。これらの幻想的なピースが、〈理想形態都市〉の無機質な描写と化学反応を起こし、独特の清潔で陰鬱なディストピアを構築している。
物語の舞台は個性的なのに、登場人物は意外なほど普通の人たちばかりだ。
クレイもビロウも常人の範囲での嫌な奴。特にクレイは、自意識過剰な割に間抜けで迂闊な言動が多く、悪人だったころから憎みきれない人だった。
クレイの年齢は定かではないが、経歴から既に若者でないことは推測される。それでも、彼はまるで思春期の少年のように飛躍的な成長を遂げるのだ。
前半では、クレイの主人公らしからぬ傲慢で冷酷な言動がこれでもかと綴られている。
物語が進むにつれ、それらの言動がブーメランのようにクレイ自身に突き刺さり、彼を追い詰めていく。すべてを失ったところで、漸く覚醒し人並みの情感をもち、感謝と贖罪に基づく行動ができるようになる。彼が変わることで、周囲の人々の態度も変わっていく。
カルーは壊れた体で何度もクレイを守り、ついには華々しい爆死を遂げた。
エアはクレイが今では全く違う人間になっていると断言し、アーラもきっといつかクレイの凶行を許せる時が来るだろうと述べた。
叛徒の地下組織〈0の同盟〉の参加者たちは、クレイの過去の悪行を知ったうえで、エアの言葉を信じてクレイを同志と認めた。
そうして、彼に主人公にふさわしい品格が備わり始めたところで、『白い果実』は終わる。
第二部の『記憶の書』は、クレイ以上に好感度の低いマスター・ビロウを中心に〈理想形態都市〉が崩壊した後の物語が展開されるらしい。
全知全能の割には、みっともない振る舞いの多かったビロウなので、続編では更に突っ込みどころ満載な言動を見せてくれるのではないか。この無機的な世界観と登場人物の人間臭さとのギャップが、このシリーズの特色なのだろう。