ピンポンをした日には必ず書くことを大前提に、時にはやらなかった日にも書くという
ことで20年以上もこの日記を続けてきた。
2日は今月最初の練習日だったが,寒からず暑からずで絶好の室内スポーツ日和だったと思う。
最も前の晩からゾクゾク寒気がしていたから、私がそう思っただけだったかも知れないが、
実際には皆さんすぐに汗ばんで暑かったのかもしれない。
さて当日の朝は38度を超え、のどが痛くて何も食べられない有様だった。
この数日は、のどが痛くて微熱が続いていた。これでも私はいろいろ病があるせいか病気の症状
に対しては案外強いタイプで、この位なら当日には治るだろうと信じていた。
前の晩には37,5が最高だったけれど、布団に入る前に計ると38.1度上がっていた。
明日になれば大丈夫だろうと、明日の準備をしておいた。
朝起きても熱は下がらず喉が痛くて固形物は勿論、水気のものも受付ない。
しかしこれでは無理だった。すぐに車に乗せてくれる守夫さんに断りを入れた。お休みの方が
多かったようでで6人だったとか。さぞ忙しかったことだろう。申し訳のないことをしてしまったようだ。
これで狙っていた今年の皆勤賞も駄目になってしまった。この日はすぐにただひたすら寝ているばかりだった。
夜も本当の日記を書く気力もなかった。
この日ピンポンの日には必ず書くとしたブログ日記も駄目になってしまった。
その日の夜中も苦しんで、熱は38,5度が続いていた。コロナやインフルエンザが怖いので、翌日には
徳洲会病院へいった。
検査の結果はコロナでもインフルエンザでもなく溶連菌が陽性だとなって薬が抗生剤を含めて何種類も出た。
喉が痛くて食べられないのも10日ほどすれば熱も下がって大丈夫でしょうという事だった。
それから4,5日間は、ほとんど寝てばかりだった。怖いものでその間に、足がふらついて転びかけたのが二度あった。
ベットに腰かけた姿勢からなかなか立ち上がれないようになった。
年寄りが入院すると動けなくと言われるが、それが良く分かる様だった。
やっと今日になって日記を書く気力が出てきたが、熱と喉の痛みは依然として辛い。この様子だと次回来週火曜も
参加できないようだ。この薬を飲んでるうちは、アルコールは控えるように言われているのが残念だ。
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