「 彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、
昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。」 イザヤ 63章 9節
私たちの悩みと悲しみ、苦しみを神は無視するのではなく、共に悩み苦しんでくださると言うのです。
神は私たちの悩みのただ中に入ってくださり。共に悩んでくださるのです、私たちの悩みを理解してくださり、
どうしたらよいかを考えてくださるのです。
( 勿論神はどうしたらよいかはご存知ですが、私たちが、それを受け入れられるのかを悩んでおられるのでは。)
それだけでなく、そこから救い出して、さらに罪の中に欲望の奴隷になって自分を失っている者を神は買い戻して。
生き生きとして自由のある人生に変えてくださるのです。それがここに言う贖いと言うことです。
贖いとは恵みであり、特権でもあります。( ここにある 「 使い 」 とは、主イエスキリストのことです。 )
そして、このことがもっともよくあらわされているのが主イエスの十字架の死です。
神は常に私たちを見守っていてくださるのです。
聖書から少し
「 すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」」 出 エジプト記 33:14
「 … 、主よ、あなたは、私たちの父です。あなたの御名は、とこしえから私たちの贖い主です。 」 イザヤ 63:16
「 … 、私たちの弱さに同情できない方ではありません。… 。」 ヘブル 4:15
「 … 同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。」 一ヨハネ 3:17