ギャロットは議場についた。
ここが俺の仕事場になる。
議場は街の高台にあり、どこの道からも来やすいところにあるが、神殿は山の上に、専用のギャロットでないと行けない場所に建っている。
だから、なんとなく見下ろされ感があるんだが。
山の上の神殿をちらっと見てから、俺は議場へと入っていった。
議場はセキュリティ上、入り口に警備の部屋があって、そこから長い通路を通り、秘書の部屋、議長の部屋となっている。
そのまま横の通路を通ると、議会を行う場所に入るし、その反対を回ると、他の議員の部屋に行く事もできる。
たいてい、議場の部屋には議員本人はいなくて、秘書が留守番することが多い。
俺くらいだ。秘書がじかに家に来てたたき起こされるのは。
前に俺のところにいた秘書は、ちゃんとプライベートも守ってくれていたのだが。
用事のある時は、必ず端末を使ってから聞いてくれていた。
子供を産むというので実家に帰ってしまって。
新しく来たのがこのシャレ。
勢いのある新人がいいなあ、とおもっていたので、そこは良かったのだが。
必要以上に勢いがあるところまでは見抜けなかった。
家にまでくる秘書は前代未聞。
仕事に関しては下手な議員よりもよほど頭の回転がいいので。のちに議員になるかも知れないくらいなのだが。
仕事とプライベートも分けてほしいと思うところ。
シャレに前そう言ったら
「議長は、市民に選ばれているのですから。プライベートも何もありません。」
と一喝されてしまった。
やれやれ。
とりあえず、議場には来たがまだ食事をしていない事に気が付いた。
「ちょっと息抜きに、どっかに食べに行こうかな。」
シャレにそう言うと、
「大丈夫です。そういう事もあろうかと家からお弁当作ってきました。」
と言って大きな箱を差し出された。
「ここで食えってこと?」
「そうです、私もお付き合いしますから、先ほどの資料の話を早く詰めましょう!」
さっきの資料を見て、俄然やる気になったのはいいのだが・・・。
ま、やる気のある時にやる事も必要か。
先にある程度打ち合わせを行い、切りがついたのはもうお昼もはるかに過ぎてから。
やっと一息ついて食事をする事に。
仕事に集中すると、つい食事も忘れてしまうのでいかんなあ、と思うが、目の前のシャレも同じような人種のようで。食事より仕事らしい。
若い娘が、良いのか悪いのか。
シャレの持ってきた箱を開けると、二人分の食事が入っていた。
「シャレは一人でこれくらい食べるんだ。」
「そんなに大食いじゃありません!」
シャレ曰く、俺が食事もどうせちゃんとしないだろうから、念のために作ってきてたと言う事らしい。もしも俺が食べなかったらどうしたのかな?と聞くと、晩御飯にするから良いです。という返事。
食べてみると、案外おいしいので驚いた。家庭的な事は一切しないような雰囲気が最初からあったので、料理はしないものだと勝手に思っていたのだ。
「あり合わせを適当に作ったので、あまり味は気にしないでください。」
と言うが、なかなかのものである。
シャレも俺の秘書になって半周期(半年くらいの意味)になるが、なんで秘書になろうと思ったのか?と聞いてみると。
「議長の仕事を見ていて、私もそういう人のために働く仕事がしたいと思って。その勉強のために秘書になってみようと思ったんです。」
なら、議員に先になればよかったじゃないか?と俺が言うと。
「議員は選ばれないとなれないです。でも、秘書は勉強すればなれますから。楽なほうを先に選んでみました。」
「でも、誰も秘書に選んでくれなかったら秘書浪人になるところだっただろうに。」
「私は必ず誰かが選んでくれると思ってましたから。」
「大した自信だね。」
「じゃあ、議長はどうして私を選んだんですか?」
「秘書組合に聞いて、俺の希望通りの人を紹介してくれって事で来たのが君だった。ということ。」
「私を見て、若いから無理だろう、とかそういう事は考えなかったんですか?」
「やる気があれば、年齢は関係ない。経験が無ければ、積んでもらえばいい。それだけだ。」
「じゃあ、私には何も期待してなかったんですか?」
「俺の希望はかなり細かいところまで上げていた。それに見合った人材であれば期待以上に働いてくれるはず。それは期待していたかな。ただ、予想以上ではあったけど。」
「予想以上?」
「家に直接来てたたき起こすとか、おいしいお弁当も作ってくるとか。」
「私は秘書ですから。議長が仕事をしやすくする事。そして、人民のために常に健康である事もお手伝いしないといけませんから。遅くまで寝てもらっては困りますし、料理も体の事を考えて作っています。それに、遅くまで仕事をするのも控えていただきたいから、今こうやって一緒にやっているんですよ。」
そう言って、自分の作って来たパット(サンドイッチみたいなもの)を口に運んでいた。
ま、俺には見えない範囲に気を使ってもらえるから、助かっているところはあるかな。
「さて、そろそろ仕事に戻りましょう。」
「まだやるの?」
「日が高いうちにすべて済ませておくと、家でゆっくりできますよ。」
そう言って、シャレはにっこりと笑って空になったお弁当を片付け始めた。
まあ、早めにこの仕事が済めば、その後に別の仕事もできるか。
すでに別の仕事を考えている自分にちょっとおかしくなってしまった。
俺にはゆっくりできる時間ってあるのかな~。
次の日は、家の中でコーヒー(のようなもの)を飲んで朝のデータに目を通していると、
扉をたたく音が聞こえてきた。
また、シャレか。
そう思ってモニターを見ると、元気のいい瞳が見えてきた。クルッとした茶色の瞳が輝いている。
やはりそうだった。しかし、朝から元気のいいことだな。
なにか、今回のプロジェクトにはかなりやる気になっているようで。
毎日のように朝から押しかけてくるが。
この間の臨時議会では、無事に高潮対策の法案が通った。
これからは具体的にそれを進めるようになるのだが。こればっかりは俺一人ではどうにもならないので、関係する議員と人民会に協力してもらうようにしている。
そのやり取りの結果と、その情報を毎日毎日我が家に直接持ってくるのだ。
「データの転送で良いだろうに。」
と玄関でデータを受け取りながら俺が言うと、
「いいえ、直接こういうのはわたすべきですから。その時に何か思い浮かぶ事もあるんじゃないですか?」
「そう言われると、何か有りそうな気はするな。」
「なんですか?」
「議場の俺の机に、この資料と同じものをコピーして置いておいてくれ。後でそれ持って長のところ行ってくるから。」
「今日行くのですか?人民会に顔を出すんじゃなくて?」
「人民会は午後だろう。午前中にちょっと行ってくる。」
と言うと、シャレが
「私も同行できませんか?」
と思わぬ事を聞いてきた。
「はぁ?長のところに行ってどうする。」
「少しでもこの計画をお手伝いして成功させたいので。神殿での情報やりとりなんかも体験しておきたいんです。」
「あれは、おススメ出来ないぞ。脳みそに直接データが来るんだから。」
「いえ、大丈夫です。」
「しかし、人民会の資料と、明日の議員と用地の件で回る地域の資料とかいろいろ作るのあるだろう。」
と言うと、シャレは俺に渡したチップとボードを指差して。
「そこにすべて入ってます。」と言う。
急いでそのあたりの資料を見ると、確かに。すべてまとめられていた。
「はぁ。君が議長やれば仕事も早くなるだろうに。」
と呆れ気味に俺が言うと、
「議長の裏方をするのが楽しいのですよ。」
と言って笑っていた。
青い議長服に着替えて資料を読みながらギャロットで移動する。その道中は、結局シャレと一緒に移動することになってしまった。先に行かせてから、ゆっくり寄り道して行こうと思っていたのだが。
移動中は二人で資料の詰めを行って。
議場についてからは俺が一人で資料をまとめて、シャレには他の議員のところの秘書との打ち合わせに行ってもらった。
長に会う時間はほんの少しでも問題無い。バンダナを使ってやり取りをするので、半時もあればやり取りは終わるからだ。
さて、長にもっていく資料もまとめたし。
シャレが居ない間にちょっと出かけてくるか。
と思って外に出たら、ギャロットの前にシャレが立っていた。
「そろそろ、お出かけかと思ってギャロット用意しておきました。」
とにっこりと笑いながら。
俺よりも先を読んで行動しているのに、参った。
「なんで一緒に行くんだ?」とギャロットの中で聞くと、
「前回の高潮の時、私が帰った後で長のところに飛び込んで。その上資料のまとめとかお一人でされていたでしょう。それが悔しいんですよ。」
「悔しい?」
「私と議長はチームです。そうでしょう?」
「そ、そうなんかな。」
「議長が動くときは、必ず私も動く必要があります。だから、議長が行くところにはどこにでも同行できるようにしておきたいのです。
前回も、私が長と会う事できないから知らせてくれなかったんでしょう?」
と聞かれたが。まあ、あの時は頭に血が登っていたので、それで飛び込んだところはあるのだが。
確かに長と会うのは俺一人の仕事なので、それでシャレに声をかけなかったのもある。
と言うと、
「そこが悔しいんです。私ができない事がある事が。」
「だって、秘書だろう。」
「秘書は議長を助けるチームメイトじゃないんですか?」
「そりゃあ、そうだが。議長の戻ってくる家を守ると言う考え方はないのか?」
すると、シャレがこっちをじっと上目遣いで見て、
「それってプロポーズですか?」
飲んでいたものを噴き出してしまった。
「バカ! 議場での俺の立場を守るために、議場とか裏で動くってことだろうが。」
「冗談ですよ。分かってます、それくらい。
ただ、私は一緒に行動する方が好きなので。そういう秘書をやらせていただきたいと思いますが。」
「まあ、勝手にしてくれ。ただし、今日は泣きを見ても知らんぞ。」
「オトナですから泣いたりしません。大丈夫です。」
と言う間にギャロットは神殿へと到着する。
神殿の入口は巨大なアーチ状になっていて。建物全体の作りも曲線を多様した形となっている。
最も高い塔の部分は幾重にも曲線が高く積み重なって伸びている姿で。
全体的には細長い貝殻、それを立てて横にハマグリの殻を積み重ねたような姿になっている。
色も貝殻の白い部分のような生物的な白い色というのか、そんな感じで。
この町の建物のなかでは最も古いハズなのだが、その姿は最も最先端を進んでいるようにも見える。
入口の衛兵横を通り、広間を過ぎて長の間へと続く通路を歩く。
通路にも彫刻や飾りが入っていて。そこには創世記の物語が刻まれていると言われているが。俺には妖怪大戦争みたいにしか見えないものではある。
羽のあるもの、半人半獣、人魚のようなもの。それらが蠢き、あるところでは争い、あるところでは共存し。そこには世界が存在していた。
そして、その壁画のなかには巨大な塔のような建物が描かれている。
これは、大陸の中央にあるという「塔」なのだろうか。
神殿の姿も、どことなくこの塔の姿に似ている気もするが。
塔のある壁画は長の部屋へと通じる廊下の一番広い壁面に描かれていて。
その周辺だけ、急に雰囲気が変化する。
これまでのごちゃごちゃとした部分から、神々しい色彩と描き方に変化するのだ。
塔の周りに存在している26の翼を持った存在。
それぞれが美しい翼を広げて、色彩豊かに描かれている。
その中でもひときわ美しく輝く存在が塔の上に描かれていて。
白い翼と金の髪を持つ存在。
いつもこの壁画を見ると、ついついこの存在を見てしまう。
その目は青く美しく、世界を見つめ思考するかのような雰囲気がある。
その目が俺を見ている。
以前から、そんな気がするのだが。
「美しい絵ですね。」
横に来てシャレが言う。
「これって、創世記のおはなしですね。アームと26の存在と。」
「創世記?」
「議長はご存知ないのですか?昔から語られているおはなしですよ。この国が出来上がったときの神話。」
「へぇーそういうのがあるのか。」
なにげに返事すると、シャレは呆れたように俺を見て、
「本っ当にそういうの興味ないんですね。学校で少しは習ったのではないですか?」
「神話は神話。おはなしの内容なんかまでは覚えてないさ。役に立つことしか基本頭に入んないんでな。」
「ロマンのない人ですね。もっとも創世記なんで、荒唐無稽なお話も多いですけど。でも、美しくも悲しい話もあって。もう一回読んでみるのをオススメします。」
そう言ってシャレはニコッと笑った。
これは、後日ペーパーを渡されかねんな。
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