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ネコ20匹を世話するため、本を書いたりバイク乗ったり。見えない世界ととその狭間を見ながら日常を生活する一人の男の物語。

第9話 『目』

2012-12-25 17:19:29 | 『日常』

なんとなくボーッとした意識で、さっきまで見ていたもの、感じていた事が夢であったかのような気分になっていた。
さっきまでの時間は、とてつもなく長い時間に思われたが。ヒーリングを行っているほんの30分位のあいだの出来事であったのか。

ヒーリング中は意識の状態が加速されてしまうがゆえ、こちらに戻ってくると時差ボケっぽくなっている。

外葉もなんだかぼんやりした感じに見えて。ベッドの上で放心しているのが分かった。
近づくと、温泉上がりのような顔をしている。自分のメガネを探している様がちょっと可愛らしかった。

心地よくてぼんやりした感じ。
八坂は相変わらずニコニコと手際よく周りを片付けて、
「しばらくして落ち着いたら、デッキの方に移動して外でも眺めていて」
と二人に言い渡して、お茶の用意をしに奥に引っ込んだ。
外葉と祐一は、デッキにある椅子に腰掛け。
ぼーっと外の山々と。空を流れる雲を見上げていた。
外葉は完全に温泉上がりの感じで、肌も少し上気していて。トロリとした目つきなんかが少し色っぽかったりする。
祐一はそんな姿に少しドキドキしながら、
かなり心地よかったんだな。
という感想を持った。祐一もヒーリングされた時は、温泉上がりのような、心地よい感覚を味わっていたのだが。
実際にはあんなにも複雑なことをやっていたとは思いもよらず、ヒーリングってちゃんとやっていたんだなあ。
と八坂のことを見直していた。

「さあ、ちゃんとグランディングしないとね。チョコレートでも召し上がれ。」

そう言って、八坂はアイスミルクティーとチョコレートのプチケーキを持って来ていた。

三人はお茶を飲みながら、さっきのヒーリングについて語りだす。
「どうだった?初ヒーリングは。」
八坂が聞くと、チョコケーキを食べて外葉は少し意識もはっきりしてきたようで
「すっごい気持ちよくて、びっくりしちゃいました。音楽も響くし。途中から意識無くなってました。」
そう言って笑っている。確かに、さっきよりもスッキリした表情になっているし。
そこで祐一はふと気づいた

「宇垣、その手はもういいのか?」
ハッとして、外葉は自分の手を見る。
そういえば、なにげに普通にフォークを持ってケーキ食べていたのだった。
「あ、腕の痛みが無くなっている!すっごい!」
フォークを持ったまま、手をくるくる回して確かめている。本当に痛みが無くなったようだ。
「まだ違和感はあるけど、朝までの痛みがなくなってて。動かすのがなんともないわ。」
素直に喜んで、上に手を伸ばしたりしている。
「祐一君はどうだい?」
八坂に言われて、自分の肩の痛みが無くなっていることにも気がついた。
さすがだ。八坂の技術に素直に感心していた。
過去世を解放することで実際に肉体に影響が現れる。
この原理は以前話してもらったことがあったが、祐一には難しすぎてよくわからなかった。だが、実際に体験するとそれを否定することが難しい。

今回は、自分の見てきたこと、感じたことをここで話すべきかなぁ。
と祐一がなんとなく考えていると、八坂は
「今日は一回目、ということで。痛みはある程度取れたと思うけど、まだちょっと気になるところがあってね。それが出てきたらもういっかい来たほうがいいかもね。」
と外葉に言っている。
え、まだ完全じゃないのか?
祐一はそう思ったが、
そういえば、首のところと頭に関してはあまり重点的に解放というか、そういうものをやっていなかったことを思い出す。

「でも、こんなにいきなり治るとは思わなかったから、びっくりしました。
比良坂君に紹介してもらって良かったです。それに、美味しいお菓子も食べられましたし。」
「また時間があれば遊びに来てくれてもいいよ。僕が暇な時はお相手するよ。」
「忙しい時ってないだろうに。」
と祐一が言うと、八坂は
「君が来てない時が忙しいんだよ。いつも暇なときに来ているからそう見えるんだよ。」
「今日だって俺たちだけだろう?お客は。」
「僕のところは時間をかけて、最初から終わりまでをひっくるめてヒーリングだからね。
せっかちに追い立てられるようにしたら癒されないだろう?時間的に余裕を持ってやっているだけさ。グランディングしてからでないと、家に帰りにくくなるからね。これからまたもうひと組、お客さん来られるけど、それまでは大丈夫。」

とはいえ、帰りのレールバスの時間が一時間に一本なので、もうそろそろおいとましないといけない感じになっていた。
帰りに外葉は紅茶とお菓子のお礼を言って、また何かあったらすぐ来ます、ということで握手なんかしていたが。
すっかり八坂さんファンになってしまったか。
と祐一はそれを横で見ながら思っていた。まあ、俺もそうだしなぁ。

すっかり太陽は山間に沈みかけていて、高原の風が冷たく感じられた。
二人は並んで駅まで歩いていると、
「ねぇ、比良坂君は私の治療風景みていたの?それともあの時間中に治療を受けていたの?」
と外葉が聞いてきた。どっちもやってたので、どう答えたものかと考えていると。
「不思議な、本当に不思議な治療ね。ただ音楽聞いて横になっていたら終わっているっていう。それとも、何か不思議なことでもやっているの?気功とかレイキとか?」
「なにそれ、レイキって?」
「なんか、こう、日本人が考えたヒーリングの手法だって。」
「宇垣って、そういう話好きなのか?」
「え、ええ。ちょっとスピリチュアルな話って、実は大好きなの。だから、比良坂君がココに案内してくれた時もヒーリングってなにされるんだろう?ってちょっと興味があって。何をされているのか知りたかったんだけどね。比良坂君は何か知らないの?見てて気がついたところとかないの?」
夕日に照らされながら、笑顔で聞いてくる外葉。
今日ココに来るまでの雰囲気と全く違って。トゲトゲした感じがすっかり抜けているようだった。
「そうだな、宇垣は過去生とか、そういうのは信じるか?」
なんとなく言った祐一の言葉に外葉はぐっと近づいて
「え、なに?そういう治療してたの?」
と飛びついてきた。
しまった、こんなに食いついてくるとは。
メガネの可愛いおさげの女の子に。上目遣いで話の内容を聞かれると。
胸のあたりがゾワゾワして落ち着かない。
結局負けて、レールバスを待つ間に、祐一は見たことを少し話していた。
自分が過去生で殺したとかそういう部分は端折ってはいるが。

レールバスの中で、
外葉はなんとなくその内容にしっくりきたようで、しきりに。
「そうか、幸子とは過去生からの縁があるのね。だからか。」と言っていた。
殺したのは俺なんだけどなぁ。
と心の中で祐一は思いながら。
「そういえば、比良坂君の目の色変わっているのね。」
急に外葉に言われて、祐一は少し驚いた。
「何、急に」
「実は、さっきサロンにいた時から気になっていたんだけど、瞳の色、すこし緑がかっているのね。」
祐一も、八坂ほどではないが目を細めているのが普通なので、
なかなか目の色までに気づく人はまれだった。
自分の目を少し開いてみせて、
「ちょっと色素が薄いんだ。だから世界が眩しくてね、それでいつも目を細めている。」
そう言うと、外葉はじっと祐一の目を見つめてきた。可愛い女の子に見つめられているので緊張してしまう。

「本当だ、緑っぽい。いいなぁ、目の色がそんなのってずるいわね」
「そう言われてもね」
「八坂さんもそうなの?」
「あの人はまあ、同じような目の色はしているけど。俺が目を細めて居るのと理由はちょっと違うかな。目を開けると、余計なものが見えすぎるから、ということらしいよ。」
「もしかして、比良坂君も何か見えるの?」
しまった! 聞かれてしまったか。とはいえ、ここで嘘を付くのもなにか気が引けたので。
「少しね、八坂さんに比べたら全くだけど。何かを見ることはある。」
どんな反応をされるか不安ではあったが。
「すごいね、それ。」
外葉は目を輝かせて答えた。
その反応に少し驚きながら、
「見える、って言うと、大抵の人は引くんだけどね。」
「人の見えない世界を見れる、というのはいいことだと思うわ。」
「いい事?」
「だって、新しいことを、より知ることができるんでしょう?いいことじゃない。」
「そう言われたのは初めてだな。いつも変な目で見られていたから。だから俺は普通であることにこだわっていたんだけどね。」
「ああ、それで気配が普通なの。」
「幼少期から身に付いた特技だ。」
「ふふふ、だから、比良坂君は一年の時から一緒のクラスの割には、印象に残っていなかったのね。」
「それを心がけてきたから。」
「でも、それってちょっとさみしいね。」
意外なことを言われて、祐一は少し驚く。
「周りの人がぜんぜん比良坂君のこと気づかないようにするわけでしょう?それってさみしいと思うけど。」
「そうかな。」
「自分の存在が誰にも覚えられてないって、さみしいと思うなぁ。」
しみじみそう言われて。祐一はなんとも返す言葉が無く、窓の外を流れる風景に目をやった。
さみしい、か。そんなことは思ったこともなかったなぁ。

夕日も落ちて次第に窓の外も暗くなっていく。紫の濃い空が広がっていき、空には星も見え始める。
「そういえば、宇垣はこんな時間まで出歩いて大丈夫なのか?」
祐一が聞くと、外葉は窓の外を眺めて。
「そうね、できればもっと遅く帰りたいくらいかも。」
とつぶやいた。
「比良坂君のところは大丈夫なの?」
逆に外葉が聞いてきたが、祐一は
「俺は八坂さんとこに行く、って言ったらたいて問題ないから。」
「お父さん、お母さんは心配しないの?」
「父親は単身赴任で家には今は母親と妹しかいないし。」
「あら、妹なんていたの?」
「おかしいか?」
「いいえ、言われてみればそうかもね、と思って。」
そう言って、少し笑いながら外をみていた。
朝から腕が痛い自分に声をかけてくれたり、何度もおせっかいをやくところは、お兄さん気質だったからか。
と自分に声をかけてくれたことに少し違った解釈をしていたりする。

「宇垣は、なんで家に帰りたくないのさ。」
となにげに祐一が聞くと、急に表情が固くなって。そして祐一を見て。
「お母さんが男を連れてくるから。それが嫌なの。」
それ以上、祐一は聞くことができなかった。
その短い言葉から、祐一は外葉の家庭環境を想像してしまった。

「過去生か、もしもそういうのがあるなら、あの男と私にも何か関係あるのかしらねぇ。」
小さなつぶやきと、窓にうつる横顔にかかる影が外葉の心を映し出しているようだった。





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