そんな廊下を歩いている途中、長の部屋に入る前に役人に資料の提出を求められたのでそれをシャレから手渡してもらう。
小さな部屋のなかで少し待たされる。
「この時間はなんですか?」
シャレが聞いてくるので
「これは、長のために。資料が情報粒子に変化されている時間だ。」
「え、さっきのお役人の人がそれをやっているのですか?」
「そうさ、ここにいる役人は皆粒子を扱える。」
「へぇ、陰気なおじさんたちなだけじゃなかったんだ。」
失礼なことをいうやつだな。と思いながらも半分その意見に賛成してしまう。
ここでは情報粒子を使うせいか、役人は表情を動かすことがほとんとなくて。
無表情でそのあたりに佇まれいているので、かなり陰気な様子はある。
もしかして、情報粒子で下ネタとか言い合って、実は笑っていたりするのだろうか?
そんなつまらないことを考えいてると、扉が開いて先ほどの役人が手に資料を持って現れてきた。
そして、横にいるシャレを見て
「この女性も今回は同行されるのですか?」
緑の目をした長の直轄役人のひとりが聞いてきた。銀色の髪もおかっぱのように切り揃えられていて。外見は40代くらい。落ち着きのあるいかにも役人、という風情だ。
俺は何度も会っているので顔見知りではある。
シャレが頷くのを見て、その役人は奥から一枚の青いバンダナを取り出し、俺に差し出してくる。
「では、このバンダナをその方の頭に巻いてください。議長、その女性に手順を教えていただいてよろしいですか?」
「なんで俺が?」
「私たちはこれの扱いに慣れすぎて、教えるとなるとコツがわかりにくいのですよ。」
そう言って少し微笑んだ。
なるほど、役人にとっては俺たちが足で歩くのと同じくらいの事なんだろうな。
今更、「歩き方を教えてくれ」と言われても難しいのと同じか。
俺は納得して返事をすると、
「では。個人的な調整は済んでいないので、あまり深いリンクは避けてください。」
と役人は言うので。
「初心者にはそういう事出来んよ。」
と俺が言って、バンダナを受け取った。
シャレにそれを渡すと、怪訝そうな顔をしている。
役人にちょっとトレーニングルームを貸してもらうように言って、長と会う前にその部屋に入る事にした。
通路の脇にはいろいろな部屋があって、図書室、博物室、実験室、ホール、などなど、
そのなかに、粒子技術を使うにあたっての訓練室がある。
通常はギャロット乗りを訓練するための部屋なのだが、今回のように情報粒子の使い方を学ぶときにも使えるようになっている。
部屋の中は紫の柔らかい材質で覆われていて。ぶつかっても怪我をしないようになっているようだった。
今回は特に力粒子を使う訳でもないので、角にあった折りたたみの椅子を持ってきて、向かい合わせに座る。
シャレに、まずはバンダナを巻くやり方を教える。
そして、情報粒子を部屋に満たしてもらって、
そのの扱い方の実践になるのだが。
「なんか、ごちゃごちゃしすぎだな、シャレの思念は。」
そう、まだ慣れていないので頭から発する情報がすべて並んで押し出されて次々と移り変わっていく。
それに混乱している事も分かる。
自分の情報を自分で見て驚いているのだ。
そこで、俺がパン!と手をたたくと、一瞬でその情報が止んだ。
つまり、一瞬驚かせると「ハッ」となるのでそこで思念が途切れるからだ。
「俺の方を見ていてくれ。情報粒子はこうやって使うんだ。」
と俺もまともに使えないが、今みた資料の情報を送ってみる。
すると、シャレはその情報を受け取ったのは良いが、それをどうやって活用していいいのかわからず、そしてまた情報に呑まれていくのが見える。自分で考える情報にやられているのだ。
また、俺が手を叩いて意識を戻して。
そして、もう一度資料のやり取りを実践する。
こればっかしは体で覚えてもらうしかない。
俺も最初は前の議長と共に練習させられたものだ。
しかし、今日はあまり時間が無いので。
とりあえず自分の情報を表に出さないようになる訓練だけして終わる事にした。
「シャレ、長と会うときは迂闊な事考えるなよ。全部読まれてしまうからな。」
と最後に付け加えて。
訓練部屋から出てくると、シャレはくたびれ果てているのが良く分かった。
「どうだ?なんで今まで連れてこなかったか分かったろう。」
「分かりました。でも、私もこれで少しは訓練したので、長のところに行ってもいいのでしょう?」
疲れているはずなのに、懲りずに言う。
「その体で大丈夫か?」
「おとなしく横で見ているだけにしますから。」
「それなら大丈夫だろうが。」
そして、長い通路の先にある長の部屋へと移動し、対面することとなった。
先ほど役人に渡した資料と同じものを用意して、長の部屋へと入る。
さて、これについてどのような話になるのか。
長の部屋に入ると、そこにはすでに3脚の椅子が用意されていた。
なるほど、すべて分かっているってことか。
この神殿に入って、バンダナを付けた瞬間から俺の情報が粒子と呼ばれるものに伝わっていくので。
長は今日来る要件も、人数もすべて把握した状態で俺達を迎える。
前回のように、わざといきなり飛び込んで見る事をしてみるとたまに違う反応をする時もあるが。
たいていはこのように、最初から椅子に座って、そこで情報のやり取りをして戻る。
そういうやり取りが普通である。
俺とシャレが室内に入ると、奥から長が表れてきた。
相変わらず、すらりとした姿で、銀色の長い髪と青い目とその色と同じようなローブをまとい。
背の高い帽子を頭に載せている。
横に居るシャレに少し目を動かしてから。
「議長の提案を聞かせていただけるのを待っていました。ぜひ、今日はじっくりと教えてください。」
と長は澄んだ声で言う。
長が椅子に座ってから、
俺が長の正面、シャレはその横に座り、バンダナを使って情報粒子のやり取りを開始した。
まず、議会で決まった資料を送ると、それに対しての質問がずらっと一気にこちらに戻って来た。
それに対して、1つ1つ意識を向けて答えて行く。
具体的な数値、そしてビジョン。最終的な目的まで。
資料に関する情報をいくらでも用意しておかないと、長とのやり取りにはついていけない。
自分が持つ情報を、周囲にある情報粒子に記憶させておくことで、俺も長と同じくらいのスピードでやり取りが可能となっている。
この神殿にある情報粒子には、俺の情報が記憶されているので、そこに新たな情報を書き込んだり、持って来たりして毎度の説明に活用しているのだ。
なので、資料だけの情報ではない。
この神殿にある図書の資料、歴史の資料などから持ち出した情報もそれに加えられて。
たぶん、他の議員に説明した内容よりも膨大な量の情報をやり取りしている。
それも短時間に。
ある程度情報がまとまって、長も理解をしてもらった時。
長が俺の隣を指差す。
シャレは、すっかり長と俺とのやり取りに目を回したのか、伸びきっていた。
「やれやれ、だからいきなりは難しいと言ったのに。」
俺がそう考えると、長が
「良いではないですか。あなたに好意を持っているのですから、きちんとかわいがってあげてください。」
と言ってくる。
「かわいがるというか、いつも世話になっているのですよ。今回も俺と長とのやり取りを勉強したいというから連れてきてみたが。これに懲りて、また来たいと言わなければ良いのだが。」
そう言うと、長が笑った。
「ふふふ、それは無理です。この子はまた来ますよ。今度は一人ででも。」
「それはマズイでしょう。長はその時会うのですか?」
「必要な時は会えるでしょうし、必要で無い時は会えないと思います。」
「長と話し会うのが議長の役目では無かったのですか?それを秘書までやるようになったら、それこそ議会での問題になりそうだ。」
「そのように、なぜ私と対談するのが議長だけと決められているのですか?」
「それは昔からの決まりごとだったからな。」
「別に、私はどのような人が来ても、それに対して対応は致します。」
真顔でそう言われて、俺は頭をかいた。
「最近思うんだか、長に対して皆が思っているイメージってのは、かなり違うのではないかな、と。」
「そうでしょうね。私は特に皆さんと接触を絶っているわけではないのですが。」
そう言って、少し寂しそうな顔をした。
・・・・・・・・・・・長・・・・・・・・・・・
ヤッシュが去ったあと、長はひとり椅子に座っていた。
帽子を脱いで大きく息を吐いた。
「お疲れですか?」
先程、伸びてしまったシャレを抱えていった直轄役人が戻って来た。
いつも長の傍にいる金髪の人物だ。
「いいえ、疲れてはいませんが。これで動き始めたのかと思うと。ちょっと考えてしまうところです。」
「これが貴方の役割なのです。」
「この役割は、変えるわけには行かないのでしょうか。
あの人が一生懸命動けば動くほど、私はどういう風に対応していいのか、わからなくなっていくのです。」
長はこれまで、誰にも見せた事の無い。憂いをおびた表情を見せていた。
金髪の直轄役人が近づいてくる。
「貴方が、まだ選ぶことは可能です。」
直轄役人の声に長は顔をあげる。
「そうならない選択肢もあるのですか?」
役人はゆっくりと頷いて。
「歴史の流れを変える。その選択もあるのです。」
「しかし、それをやってはのちの世界がどうなるのでしょう?」
「それは、少しお見せしようか。その場合の世界の動きを。」
そう言って金髪の役人は自分のローブを外して、長の額に手を伸ばす。
その時、ローブからは豊かな金色の髪の毛が流れでた。
・・・・・・・・・・・・・・・ヤッシュ・・・・・・・・・
長に対する印象も、最近やや変わりつつある。
非情な管理者だと以前は思っていたが、直接のやり取りを行うと、俺達と普通の感覚で、普通に会話を行ってくる。
ただ、見た目の人を寄せ付けない雰囲気は独特のモノがあるが。
今回の対談で、長の理解も得られたし、神殿のどの部門に聞いて進めて行けばいいかも理解できた。
今日はそれを帰ってからシャレとまとめて、
と思って横を見ると、シャレはまだギャロットの座席に伸びている。
「いい加減、起きられないのか?」
と俺が聞くと、
「すみません、本当に頭の中がぐるぐる回っていて。立ち上がるのも限界です~。」
「ほら、泣きを見ると言っただろう。」
「泣いてません~。」
伸びていても言う事は言う。
結局、直轄役人に抱えてもらってギャロットまで帰ってきたくせに。
と思いながらも。実際仕事の役には立ちそうにないので。
「シャレはちょっと休んでいろ。議場の医務室にそれなりの施設があるから。」
と言って、医務室に入ってもらうようにした。
「すみません~。」
シャレは医務室で休養してもらう事に。
たぶん、資料をまとめるのにかなり無理をしているのは分かっていたので。
これを機会に少しは休んでもらうといいのだが。
と思っていた。
俺は一人でさっき長とやり取りした内容をまとめて行く。
神殿でやり取りした情報は、情報粒子からチップに変換してもらっていて。
それを役人からもらってこちらに戻ってくる感じだ。
持って行った資料の何倍もの厚さになりそうで。
ほんの数十分の会話でこれだけの内容があるのだから。情報粒子というのは凄いものだ、と改めて思わせられる。
はるか昔。この情報粒子は国中に広がっていて。さっき神殿で行った事をすべての人民が行えていたと言う。
しかし、今はデータのやり取りはチップとペーパー(立体映像のようなもの)で行い、視覚的に理解して行く感じになる。
なので、情報のやり取りに関しては相手の思考に対応した情報を持って来なければ伝わりにくいので。それで時間がかかり、思ったほどの情報交換ができなかったりする。
しかし、このやり取りの中から新しいアイデアも出てくるので。
情報粒子の「正しい」情報交換よりも、このようなチップとペーパーと会話を使った、人間としての顔を突き合わせて行う情報交換が俺は好きだ。
そして、なんとか午前中に資料をまとめて、今度は午後から人民会に出て行く。
その前にちらっと医務室を覗いてみると、まだシャレは寝ていた。
ま、ゆっくりしてもらおう。
そう思って、俺一人で人民会に行くことにした。
そこでは高潮に対する対策と、その手順の方法を説明しに行ったのだ。
堤防の整備と、農地の塩抜き化、そして、時期に合わせた作物栽培計画。
そして、住宅地の変更。
それらを聞いて、人民会のメンバーは驚いていた。
基本的に、今ある住宅地を移動することがまったく頭に無かったからである。
長にもらった家は、一生同じ場所に無ければいけない。
と思い込んでいるのだ。
確かに、それは俺も長と直接やりとりするまではそう思っていたからだ。
動いてみると、意外と自分たちで自由にできる範囲が多い事が分かって来た。
それに、長もその範囲での予算のやりくりならば特に問題も無く許可してくれる。
今月(だいたい、それくらいの区切りと言う感じ)は、とりあえず全体に回す食料支援のお金から住宅地を移動させる分を絞り出して行くことにした。
少し町の人には贅沢を控えてもらうことになるが、仕方あるまい。
そして用地の決定を行い、早ければ来月には完成させてしまいたい。
それと同時に土地の人民と議員とで作る栽培計画会議を発動させて、潮にも強い作物と、それの後に作るものを選定。
潮の上がりを防ぐ堤防と、潮が上がってきてもそれを流し込む池の掘削。
いろいろとやる事は山盛りだ。
議場の部屋に帰って来てからも、資料の整理と明日見学する土地の状態をチェックする。
シャレの資料にはそこまでまとめられているので、ここは俺も楽ができる。
しかし、読んでいくうちに部分的に聞きたい事がでてきた。
先ほどの、長との情報粒子でのやり取りで出てきた変更点を改良していない部分もあるからだ。
うーむ、医務室に行くべきか。
それとも俺でやっておくべきか。
結局、俺はまた長のところに来ていた。
明日の用地の件で聞きたい事がある、というやり取りであっさりと会ってくれる事になったのだ。
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