今回の事件は、表に出る事は無かった。
表向きの発表は、「反対派の過激派による犯行か?」というものであり。
実験の失敗、ではなかった。
犠牲になった技術神官達は国の葬儀で丁重に弔われた。
「我々は、反国家勢力により、多大な犠牲を払った。しかし、そのような妨害で負けてはいけない。私はここに、この技術の復活を強く推進する!」
と言う内容の演説がシェズによって行われ。国民の意識は1つにまとまる。
しかし、その現場に居た人々の心には、その演説は届かなかった。
緑色のプレートを付けていなかったフラワーズのメンバーは検査入院と言う名目で世間から隔離され。
その場で見たことが外に出ないようにされていた。
それに、実際に精神的にダメージが強く出たので、本当に入院しないと行けない状況になっているというのもある。
アレスは、犠牲になった人々の葬儀が終わった次の日から。また仕事に戻った。
フェールは犠牲になった民間人としてニュースになり、シェズにより人々の悲しみと同情をさそう物語として世の中に広まっていった。
婚約者を殺されても、粒子技術復活に命をかける技術神官としてアレスが持ち上げられた。
アレスはそのような事を全てそのまま受け入れた。自分の罪で大切な人を失くした事を自分に科せるために。
そして、積極的に粒子技術の復活へと力を注ぎ出した。
すべてを忘れるように。そして、犠牲になった人々へ、せめてもの償いになるように。
技術神官の長は責任を取って辞表を出し、アレスがそれも兼任するようになった。
それからすぐに起動実験は行われず、犠牲者の追悼、そして犯人組織の壊滅のため、6カ月先に延期された。
実際には反国家勢力など存在せず、シェズに反抗していた労働者のグループがあったのだが。
そこが犯人として扱われ、そして処罰が行われた。
その間、シェズとアレスにより、技術神官内の人事が大幅に変更された。
粒子技術を再生させるため。
新たにプレートを使える人員が強化され、より、詳細なデータ、そして詳細な動きを把握できるようにした。技術神官だけでなく、軍からの志願者も入れて。
その人員はシェズとアレスに忠実である事が要件として入れられ。
粒子を使う「クリスタル・プレーター」が技術神官の中でエリート的な存在となってきた。
シェズと、アレス。そしてプレーターが粒子技術の中心にあるようになり。
プレーター達は「26の存在の再来」と呼ばれるようになった。
アトランティスを導く存在
シェズ・アーム、それと「26の存在」達であるプレーター達。
創世記の神話をそのまま再現するかのように。それは動き始めていた。
カズールはあの時から、神殿には戻らなかった。
自分の行ってきた事。
そしてグリーンのプレートをプレゼントしたこと。
それらがすべて自分を責めてくる。
あの時、あのプレートを持って来なければ。
そして、フェールを神殿に呼ばなければ。
全てを放り投げて、
カズールは辺境へと足を運んでいた。
粒子の格納容器を発見した、あの遺跡に一人乗りのギャロットで来ていたのだった。
すでに必要なものは持ち去られ、そこには遺跡しか存在しない。
内部に入る道も埋め戻され、ただの平地があるだけ。
綿毛のある植物が生い茂り、風が吹くたびにそれが空中に舞っていた。
ここで魚釣りをして、フルカ達と夜空の星を見上げていた。そんな記憶がよみがえる。
「あの時、ここにいなければこうはならなかったのか。」
そう呟くと、風がその言葉を綿毛と共に高く拾い上げて行く。
ふと見ると、その綿毛の向こうに人影が見えた。
それは、儀礼神官の長だった。
なぜ、こんなところに?
儀礼神官の長は、ゆっくりとカズールに向かって歩いてくる。
「我々が守って来たものの意味が理解できましたか?」
と聞いてきた。カズールは苦笑して。
「あんなものは今のアトランティスには必要ない。あなた達が必死で守って来た理由が良く分かりましたよ。」
と言う。
長は、空中に舞う綿毛を見て。
「この植物は、荒れ地に最初に根を下ろします。それは、自分達の生活する場所が始まりの土地だと言う事を知っているからです。終わった土地ではなくて。」
カズールが無言で見つめる。
「自分達の生活する土地が古くなったら、新しいところへと移動する。それを行う事も必要ではないですかな?」
「それは、アトランティスを見捨てろということですか?」
「いいえ、新しい土地に向かい、新しい生活をしてもいいのではないかと。粒子等と言う昔の技術に頼らなくても。」
「その言い方は、アトランティスに終わりが近いような感じに聞こえますが?」
長は深いフードの奥で笑って、
「すべての物事には終わりが存在し、その先に始まりが存在します。今はその時期です。」
「シェズ達が失敗すると?」
カズールが聞くと、長は
「いいえ、成功するでしょう。ただ、粒子は人の心に反応します。それが国中に満たされた時、果たしてどうなることでしょうか。」
カズールは、変わり果てた姿になったフラワーズと、フェールの事を思い出していた。
恐怖が形をとったり、自分の思いが姿を変えたりする。
「あなた達は何かしないのですか?儀礼神官として。」
「我々はすでに役割は終わっております。あとは、人の世界ですから。我々はただの観察者。」
と長は言った。
その言葉にカズールは引っ掛かった。人の世界?
じっと長を見ていると、長は、
「一体何者だ、と言いたげな目ですね。あなたとははるか昔からの長いお付き合いですから。」
そう言って、長はかぶっていたフードを脱いだ。
そこには、以前見た老人の顔では無く、若々しく美しい若者の顔が。
カズールが驚いていると、
「はるかな昔。あなたの時空を超えた記憶から、私の姿を思い出してみませんか?」
そう言って、羽織っていた儀礼神官のローブも脱いだ。美しい金髪が流れ落ち、
そこには巨大な、白い翼を背負った存在がいた。
26の存在。
創世記に出てくる、そして、粒子技術の変化の時には必ず姿を現すと言う、26の存在。
カズールは自分の目を疑うが、綿毛の舞う中にある、神々しその姿はまぎれも無く現実の世界に存在していた。
「私はヤベーへ。」
その存在はそう名乗った。
26の存在、創世記の神話の中でしかありえないと思えていた存在が目の前に居る。
カズールは、驚くほど冷静でいられている自分に驚いていた。
恐怖感は無い、ただ懐かしい感覚があるだけだった。
しかし、カズールはその姿を見て、怒りが込み上げてきた。
「なぜ、今出てきた。もっと早くに出てきていたら、こんなことにはならなかっただろう。あんた達が作ったものなら、すぐになんとかできただろうに。」
そう言うと、ヤベーへは頷いて。
「私は人間では無い。人間の世界は人間が自分たちで作って行くべきであって。
我々のような役割を終えた存在はすでに役割を終えている。」
「それは無責任ではないか?」
「我々は粒子を使い、世界の動きをスムーズに行う事をしてきた。
しかし、それは人々の意識がまとまっている時だけ。意識が分裂すると、この粒子技術は人の意識に作用し、良い結果を導きださなくかる。あなたも見たとおり。
我々の仕事は、その粒子を見守る事。」
しばらく、その調子でカズールとヤベーへは言葉を交わしていたが、明らかにカズールが怒りを一方的にぶつけている感じではあった。
しかし、ヤベーへはそれを受け入れ、カズールが落ち着くまで話をし続けた。
安定した世界では粒子は必要不可欠であり、それが存在しているのが当たり前であったが、分裂が進む世界では、粒子による全体のコミュニケーションよりも、自分の中にある世界を構築することに意識が向いてしまい。
粒子を使うと自分の中にある世界がさらに活性化し、それが外に現れてくる。
つまり、感情や情、欲など自分が持っている内面世界が現れてくるようになってくる。
なので、今のアトランティスでは分離が進んでいるので。粒子を使う事は危険であると。
そういう話をヤベーへはしていた。
そして、カズールは聞いた
「なぜ、今のタイミングで俺の前に現れてきた?」
「あなたは精子と卵子の融合により、そこからの細胞分裂で今に至っているはずだ。
では、細胞分裂を元に戻して、また受精卵の状態まで戻りたいと思いますか?それに、戻れると?
広がった意識、世界はそのまま拡大していくしかないもの。
それは宇宙の法則であり。人の意識で変更できるものではない。
あなたたちも、広がる事を選択する時期に来ているのだと言う事を、知らせに来た。
すべてを経験した者にしか分からないことが存在していて。今の分裂の世界では、一人一人が自分の世界を構築している。
そう言う時に、他者の世界との重なりを得るには、同じ世界を構築しえた者同士でしか、それは成しえない。
今、あなたは私と同じものを見、感じてきた。だから、今出てきた。それだけです。」
「では、俺たちは動くしかないのか。」
ヤベーへは頷く。
「粒子による人々の情報交換、意識の融合を図ろうとして、あなたはそれを望んでたのかな?」
カズールはハッとする。
そう、自分は技術神官として粒子の復活に心を向けていたつもりであったが。
しかし、内心では今の関係が崩れる事を恐れて。情報粒子の扱いにも慎重になっていた。
アレスと、フェール。そして、フルカ。
周りに居る人々との関係を、そのままにしておきたい。そういう気持ちは確かに存在した。
「あなたのその気持ちが、クリスタルプレートに反応しなかった理由。 自分の内心に偽りを持っていると、それが表に出てき始める。それも粒子が復活し始めた証。」
フェールが犠牲になったのも、そのせいか。
カズールはしばらくうつむいて考えていた。
そして、目を上げる。
ヤベーへはカズールの気持ちを感じて、ほほ笑んだ。
「では、我々の仲間のところへ案内しよう。」
カズールはヤベーへに連れられて、遺跡の神殿跡に入っていった。
ここは埋め戻されていたはずなのだが、ヤベーへはそう言うことは全く関係ないように、入り口を開いて、入って行く。
土砂の奥深くに埋まっていたはずの扉に続く通路がなぜか存在して。二人はそこを歩いていた。
カズールがここに来た時は、まったくそのような道は存在しなかったし、以前の調査の時も徹底的に調査してもそんなものは見つからなかった。
ヤベーへが歩くと、そこに道ができるように思えてきた。
カズールは自分が現実ではない世界に紛れ込んでいるのではないかと、そんな気にもなってくる。
神殿の内部には粒子貯蔵施設が存在して。
以前の調査で破壊されたそのままになっている。
ヤベーへはそのさらに奥に歩いて行く。地下深くに来ているはずなのに、なぜか内部は明るい光に満ちていた。
カズール達が調査に来た時は、外がら電源をつかってやっと内部を明るくしていたのに。
どういう技術なのか?
ヤベーへが歩く先がすべて光に満たされる。
「昔は、このように技術は自然に存在して。人が意識して作りだす必要はなかったのです。ある時から、人は自分の意識から生まれる現象を大切にするようになって。そして、今に至ります。」
そうヤベーへは話していた。しかし、このヤベーへと言う存在、女性のような時も有れば、男性のように見える時もあり。話し方もそれぞれの感じの時で変化して聞こえてきて。
一体どういう存在なのか、そこがカズールは不思議であった。
創世記に現れる、惑星上での争いを静めた、26の存在達。
粒子貯蔵庫の奥に、まるいプレートが存在していた。
以前の調査でもこのプレートは調べていたのだが、特に何も存在しないはずである。
しかし、カズールがそこに立つと、プレートが丸く回転し、そこに人が立って歩けるくらいのまるい通路が出現する。
カズールが驚いていると、
「あなた達の見える範囲は狭すぎるのです。あのような機械ではここは見えないはず。」
「この道は何です?」
カズールが聞くと、ヤベーへは少し遠くを見て。
「その昔、あなた方がヤッシュと呼ぶ存在が居た頃の事。長と呼ばれる存在が、中央と連絡を取るために使っていた通路です。ここを通じて、中央から粒子が送られたりもしていました。」
「粒子運搬用の通路?」
ここから中央まではギャロットで2日はかかる距離だ。そこをどうやって移動していたのだ?
ヤベーへがその通路に足を踏み入れて、カズールも後に続く。
「この通路は、移動するための通路ではなくて、『そこ』に行くための道です。」
とヤベーへが言うと、一瞬で周囲が変化して。
気がつくと目の前には別のまるい扉が存在していた。
カズールが驚くと、
「粒子は、本来の動きをさせると時間と空間を変化させる事も可能です。」
とヤベーへは言う。
本来の動き?と言う言葉がひっかかったので聞いてみると、今使われている粒子の使い方、これまでに使われてきたやり方は、すべて粒子の一側面を強化して使っているに過ぎなくて。
その全体のバランスを取って調整された粒子は、すべての意識に完全に同調し、
時間や空間という3次元的な認識を超えた状態でも作用する。
という話をされた。
「では、この粒子とはなんですか?」
ヤベーへはカズールのその言葉を聞いて微笑み、
「粒子は宇宙そのものです。」
と答えた。
そして、ヤベーへはまるい扉を開いて、奥へとカズールを案内する。
そこには、中央に太い柱が存在していて。
その周囲に透明なまるいガラス質のものが並んでいる。その数は26個。
そのガラス質のものをのぞきこんで、カズールはハッとした。
中には、ヤベーへと同じような、翼をもった存在が居るのだ。それも、眠ったような姿で。
「これは、私の仲間。君達が26の存在と呼ぶ、それらだよ。」
この空間は、塔の真下。中心部に存在する部屋と言う事であり、粒子技術の中枢でもあるということであった。
ヤベーへ達はこの「完全な粒子」の満たされた空間では大丈夫だが、いろいろな目的に使われている粒子が満ちている場所ではその影響を受けやすくなるので、全身を覆う粒子を遮断する服装をしている事が多く。
儀礼神官の姿もそのためであったという事だ。
では、なぜその粒子の影響を防ぐ必要があるかというと、粒子を「完全な粒子」から一側面ずつを取り出してしまうと、そこに「ある基準」が生まれ、「時間」が存在するようになり。
それを受けていると肉体と精神が時間という感覚で世界をとらえるようになり、
そして、肉体の死を迎えるようになってしまうから。
と言うとであった。
初期のアトランティス人も、この粒子技術を使い始めた事で、寿命を持つようになったと言う。
そして、肉体の消滅と同時に意識は「すべての源」へと回帰し、そしてまた新たな肉体を持ち、その意識は別の生を送り続けて行く。
その繰り返しが、アトランティスの民の行ってきた事であり。
そして、そのシステムがもうじき変化を迎えると言う。
「アトランティスだけでなく、この星すべての意識との融合が必要になってきた。」
ヤベーへがそう言う。
そのために個人が分離し、それぞれの意識を深め、集団で1つの意識では無く、個人ですべての意識と繋がれるような存在となる必要があるから、今のようになっている、という。
「それはあなた方の意識ですか?」
とカズールが聞くと、
「これは宇宙の流れです。」
とヤベーへは言った。そして言葉をつづけて、
「我々は、もうじきこの星の流れを調整するために、各場所に旅立つ必要がある。あなたに頼みたいのは、私達と共に、その場所に移動する事を望む人々を集めて欲しいと言う事です。
今の分離した世界では、人の意識を見る事はできませんが、「感じる」ことはできているはずです。
今の大陸で行われている事に違和感を感じている人々、そして我々と共に旅立つ人々を
集めて欲しいのですよ。」
と言う。カズールは驚いて
「それはあなた方が行えばいいではないか。」
「いいえ、この仕事はあなたにしかできません。人の中で過ごしていて、すべての流れを体験しているあなたにしか。
大きく動く必要はないのです。ただ、あなたの感じた事をただ話すだけで。
それに共感した人々が集まってきます。」
「しかし、一人では無理でしょう?」
「大丈夫です、すでに他にもメンバーは居ます。同じようにあなたの感じた事を語っている人々が居るはずです。その声にも耳を澄ませてください。」
「しかし、そんな事したら捕まってしまう。」
「あなたの感じるままに行えば、それは良い結果を産みます。」
「そのメンバーに合わせてはくれないのですか?」
「自分の感覚を信じるためには、自分で体験するしかありません。それを自分で探して見て下さい。」
ヤベーへはそう言ってほほ笑んだ。
その微笑みが、悪戯っぽく笑うフェールの顔に見えてしまう。
グリーンのプレートをフェールに使わせることに、なんとなく反対であったこと。
それは自分が持っているフェールに対しての気持ちがそうさせているかと思っていたが。
カズールの考えを読んだかのように、
「その、自分の感覚を信じて下さい。」
そう言って、ヤベーへはまた微笑んだ。
しばらくして。
気がつくと、元の遺跡に戻ってきていた。
時計を見ると、ほんの数十分しか経過していない。
目の前居んある遺跡への通路は土砂で埋まっていて。
さっきまで見ていたものが幻であったかのように思えてくる。
「自分の感覚か。」
ふと見ると、地面は大きな鳥の羽根が落ちていた。まさか、ヤベーへの羽ではあるまい。
と思いつつも拾い上げてしまう。
それを太陽にかざして。
「アレスにも、気付いてもらえるくらいに動かないとな。」
とつぶやいた
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