ギャロットから降りて、みんなヨルハンに声をかけてから神殿に入っていく。
ヨルハンは私達のアイドルみたいなものだし。
荷物はヨルハンが裏から入れておいてくれるから、神殿へは手ぶらで入る。
神殿に入ると、まずは奥にある静かな部屋で、皆で瞑想。
青い光がぼんやりと光っていて。まるで曇った夜空の中にあるようなお部屋。
そこで、今日踊りを踊るメンバーが、みんなで輪になってすわって。
瞑想を行う。
さっきまでの賑やかなギャロット内とは違って皆真剣。
ここでみんなの意識を同調させて、踊りに一体感を出すため。
この空間には何かの「粒子」が満たされているという事で。全員の意識が同調しやすいって事みたい。
私は粒子とか言われても良く分からないのよね。
なんか良いものらしいけど。どういう仕組みで動いているのか未だに良くわからないし。
情報を伝える人達とか、政治を行う人はこの粒子に敏感だけど、私みたいな踊り子にはそんな仕組みしってもあんまり関係ないし。使えればいいのよ。
舞台にも粒子は存在していて。
私達が踊る事で、そこにある情報を引き出して、会場のお客さんに感覚として伝える事をしている。
昔は膨大な過去からの情報が粒子の中に蓄えられていて、それを扱うのはごく一部の人達だけだったみたい。
その頃に蓄えられた情報がこの神殿、そして舞台には満ちていて。
昔の人は頭に何かをかぶってその情報を見ていたみたいだけど。
私達の時代はその情報を直接見る仕組みがなくて。私達のような踊り子が、その粒子に含まれている情報を踊りで引き出し、物語のように送りだして行く。
だから、一冊の本が神殿みたいなもので、私達はそれを朗読しているような感じかしら。
踊りは情報を引き出し、それは人の心に刻み込まれて。
私達はその上手な朗読手になるために、いろいろな勉強も練習も訓練もしている。
そのために、体のラインも重要で。
それぞれの物語で主役を行う踊り子は違っていて。
その背丈、体つきで下りてくる情報が変化するから。
だから、踊り子は食事にも気を使うし、体のラインが崩れないようにといろいろと気を使うの。
下着なんか、「脱いだら凄いのよ」状態で。
たぶん、男の人は十中八九引くわね。
色気の欠片も無い、実用一辺倒のものだから
そんな努力のなかで、この瞑想というのも外せない。
自力でその状態に入れない人は、踊り子になる事はできないのだから。
瞑想の間は、自分がより大きな自分と繋がる感覚を感じる。
周りに居るみんなと繋がって。
お客さんと繋がって。
すべてと一体となって。
広がっていく。
・・・
「はいっ、そこまで!」
いきなりパンっと手を叩く音が聞こえて、意識がこちらに戻ってくる。
みんな、ハッと目を開けて、
すると、輪の中心にいた男のトレーナーが皆を見渡している。
この人は私達の瞑想状態を見て、そこでいろいろと指導をしてくれる人。
私たち踊り子の、質を左右するので結構重要な人。
でも、顔はロン毛のひげもっさり君なので。ちょっとアヤシイ感じ。
メンタルなところを追及する人って、みんな雰囲気似ているけど。
なんでロン毛でひげを伸ばすのかが分からない。
なんか伸ばしているとキャッチするのが違うのかしら?
このトレーナーの役をする人も町には何人もいるけど、今私達を指導してくれているカロンさんは町でも1,2を争う腕前。
踊り子仲間からも信頼が厚い先生ね。
見た目は今いちだけど。
今回は創世記の物語を表現するので、舞台にもそれくらい力を入れられている。
舞台とは町の有力なお金持ちの人達が、情報を得てこれからの人生での指針やひらめきを得るために始めたのが最初と言われていて。
今はすっかり娯楽になっているけど、それでも見る事、感じる事で人生を新たに考えて生きていこうとする人も出て来たり、素直に感動してくれる人も出て来たりして。
舞台はいまや町、国中には欠かせない存在となっているの。
私の写真や動画なんかも情報端子に結構出回っていたりするのよ。
それぞれの踊り子にはファンの人が付いていて。それぞれで盛り上げてくれたりするから私達も嬉しい。
瞑想が終わったら、各自楽屋に移動。
実は、瞑想中に配役が決定するの。
カロンさんが皆の入り込み状況を見て、その繋がりで配役を選んでいく。
だから、トレーナーの能力が良くないとミスキャストと言われてしまう事もあるし。
私の出た舞台でも、2,3回そう言うのあったわねぇ。
まだ駆け出しのトレーナーの人と組んだ時はそういう事もある。
今回私は準主役的な役割をもらった。
楽屋にはファンの人達からのお花とかお手紙とかが来ていて。
いつもありがとうって、声をかけて中に入る。
楽屋は個人部屋になっていて、そこでリハーサルの前まで一人の時間を過ごす。
なんでこういう時間が必要かというと、先の瞑想で繋がった自分をもう一度静かに整理するため。
そして、自分の役割をしっかりを体に入れ込んでから舞台へと進んでいく感じ。
この間にお手紙読んだり、本を読んだり。端末を見たりする人も居る。そこは自由ね。
私はお手紙を数枚選んでみる事にしている。
今日見るお手紙の内容に、そこに今日の私の状態が出ているって思っているから。
開いて読んでみると、私への素直な感謝と、感動の内容が書いてあったり。
夫婦で来ていて、互いのルーツを見つけて安心したという話が書いてあったり。
おおかた、良い感想のお手紙が並んでいる。
今日は大丈夫ね。
たまに、へこむ内容の事もあるけど。それは今の私がそういう状態なんだって気付かせてくれる事になるから。
その後はメンタル的に調整するように、またトレーナーのところに行ったりする時もある。
最後に拾いだした手紙を見ると、それは一人の女の子からのお手紙。
内容は、病気で長く無いって言われている女の子が、今日の舞台をなんとか見に来ることができたので。
それで嬉しいという事。
私の踊りが好きで、どうしても舞台で見たいという事で無理してくるのだと書いてある。
こんな気持ちで私の舞台を見てくれる人も居る。
だから、この仕事はやめられない。
私の踊りで幸せになってくれる人が一人でも多くいれば、それは私の活力になるし。
それが仕事をしている意味にもなるし。
そのお手紙を置いて。深呼吸して。
鏡の私に向かって
「さあ、これから皆を幸せにする時間よ。」
と言って、ほほ笑んだ。
鏡の中のかわいい女性は、最高の笑みを返してきてくれた。
と同時に楽屋に呼び出しの鐘の音が響く。
さあ、リハーサルだわ。
リハーサル、
といっても、明確なストーリーがそこにあるわけではなくて。
その場の雰囲気と、下りてくるモノで変化していく。
だから、リハーサルと言っても、それぞれの配役の人が、どのような流れで動くのかを打ち合わせする感じかしら。
主役の女性の立ち位置はこっちで。
私はこっちで。あなたはあっち。
とか始まりの位置決めが主な事。
この配置が何か意味を持つみたいで、この時は「神官」と呼ばれる人がやってきて私達の動きを見ていく。
この「神官」と言う人は神殿で働いている人で。なんでも、昔からある「粒子」というモノの知識がたくさんあって、それに、粒子の状態を見る事が出来る人だって。
頭にへんな形の長い帽子かぶっているけど、それがそういう意味があるような話は聞いた事があるけど。あんな帽子かぶるのは私の趣味じゃないわ。
踊りを行うときは、その神官が「情報粒子」の流れを読んで、そこに必要な踊り子を配置して行くという感じ。だから、リハーサルで行うのは、そのスタート位置の確認と、私達が情報粒子と繋がる感覚を強くする事。
私も神官に言われた位置に立つ。
「さあ、ここで深呼吸して。空間にある流れを感じてみて。」
神官はそう言って、ちょっと笑った。
あら、結構良い男だわ。こんな人居たかしら?
良い男の前だと、がぜんやる気にはなるので。ちょっと空間にある粒子を触って確かめるように手を動かし、体をしならせてみた。
すると、私の中に感覚が入ってくる。
この感覚は人に説明することが難しい。
良い感覚?というわけではなくて。いろんな感情とか、体の感覚とかが開放されていく感じ。
それをさらっと感じて、意識をこちらに戻すとその神官は私を見て満足そうな顔をしていた。
「あなたは良い踊り子ですね。ちゃんと流れを読んでいる。」
「それができるように、努力しているもの。」
「あなたはこれから、もっと舞台で重要な役割を持ってくるかもしれませんね。」
そう言って、その良い男の神官は次の踊り子のところに歩いて行った。
お世辞かもしれないけど、始まる前に言われると良い気持ちだわ。
他の踊り子たちも位置についてきたみたい。
そして、リハーサルがはじまる。
出だしをみんなで一斉に行うだけで、終わりまですることはないんだけど。
基本的な流れだけを確認していく。
その間に動く事は各自の情報粒子とのつながりによって踊りが変化するから。
私達は体の動きが自然になるように、毎日努力をしている。
そして、リハーサルが終了。
あとは本番までの待ちになる。
一旦、楽屋に戻って、それから本番前の待合部屋に移動するんだけど。
楽屋に戻ってくるときに、ヨルハンと会った。
ちょうどこれから舞台準備の手伝いに行くみたい。
ちょっと話し相手になってもらおうかな。
ヨルハンと二人で、ちょっと出店の前でお茶を飲むことに。
楽屋の裏にはちょっとしたお店もあって。
小腹がすいたら、ちょっと食べたり飲んだりできる場所がある。もちろんお金いるけど。
ヨルハンはまだ稼ぎが少ないから、今回は私のおごり。
「いいんですか?本番まえに僕みたいなのと話していて。」
「良いのよ、直前まで舞台の事ばかり考えておくよりは、その状態にぽんっと入ったほうができがいいもの。考えるより体の感覚を信じないといけないから。頭で舞台の事を考える時間を減らしたほうがいいもの。」
「そういうものですか。」
そう言って、ヨルハンは今一つ良く分からないように手元にある果汁を入れた炭酸水を飲んだ。
踊りを踊る感覚、というのは人に説明しにくくて。
長い事その状態にいると、踊り始めた時の新鮮な感覚が失われるし。
かといって、状態に入りそこなうと踊りは散々なものになるし。
体の意識、頭の意識、魂の動き。
そういうもののバランスの上に「踊り」は存在しているから。
一人ひとりが体の作りが違うようにそれぞれに感じ方も違うから、明らかな「こう言うもの」という説明がしにくくて。
とりあえず説明を試みたけど、私の頭じゃ難しいわ。
途中であきらめて、
「みていたら分かるわよ。」
と、それで終わり。
ヨルハンも「そうですか」とか言っている。たぶん、よく分からなかったのかな。
話題を変えて。
「ヨルハンはこの先どうするの?」
「これからは、舞台での小物の用意とかしますけど。」
「そうじゃなくて。ギャロットの運転手の先に、何かやりたい事あるんじゃないの?」
と私が聞くと、ヨルハンはニコッと笑って。
「舞台の監督になりたいです。」
と大きい事を言う。
「監督? どうやって? 」
つい私が驚いて聞いてしまった。監督って、そもそもどういう経緯でそうなっているのかすら分からないし。いつの間にかそこに居るので勝手にどこからか出てくるものかと思ってた。今回も監督って一応居るけど。
舞台が終わって打ち上げの時しか姿見ないし。
宴会の盛り上げ人員かと思ってたこともあったわ。
私達踊り子みたいに、何か先天的に適するものとかあるのかな、と思ったけど。
と言うと、ヨルハンは笑いながら
「踊り子は、確かに最初からそういう能力のある人を集めているからそう思うんでしょうね。どちらかと言うと才能ですけど。監督は努力でなれるんですよ。」
「どうやって?」
本気で聞くと
「監督というのは今の世情を知って、時代の流れを見て。今の人々が求めているものを感じて。そこから今回の踊りの方向性を導きだすんです。
だから、この町、他の町、そしてこの大陸全部の状態を見て、感じる目が必要になって、
ということは、すべての情報を知る事が大切で。
そんな、いろんな知識や体験を得て、それを生かせる仕事って監督が一番いいかな、と思ってます。」
「だから、踊り子の送り迎えしているの?」
「まずは舞台の仕組みをしらないと話にならないでしょう。」
「勉強家ね。」
「まだまだ、僕には経験が少ないから。自分に経験がないなら人と接して、そこで経験を聞くしかないですから。なるべく、こういうさなかに居て、踊り子さんやトレーナーさん、神官さんとかの話しを聞いて知識を増やしているところです。」
へぇ、この子はそういう夢を持っていたんだ。
「それに比べると、私にはそういうのないなぁ。」
神殿の青い天上を見上げながらそんな事を言うと、
「何を言っているんですか。フロルさんの踊りにはたくさんの人が熱狂しています。それってとても素晴らしい事じゃないですか?」
ヨルハンはまっすぐこっちを見て話してくれた。その気持ちは嬉しいけど。
「でもね、私はヨルハンみたいに努力してこの座を得ているわけではないし。踊りをする事に関しては妥協しないけど。踊り子になったのは流れみたいなものだったし。
だから、しっかりと先を考えているヨルハンを見ると羨ましくて、私ってこれで良かったのかな、と思う事あるのよ。」
というと、ヨルハンが少しおかしそうに笑った。
「いや、すみません。
僕はフロルさん達が羨ましいんです。選ばれた人のように、美しい踊りを踊って人達を魅了する。これは僕らにはできません。
でも、フロルさんは僕の考えを羨ましいと言っていて。
なんか、お互い無い物ねだりなのかな、なんて。」
無いものねだり、確かにそうかもね。
自分にはすべてが存在していないからこそ、人を頼るし、人が恋しくなるし。
人も、自分も合わせて1つ。
そう考えると、急に踊りのイメージが内側から湧き出してきた。
「そうね。私は私の踊りをして。それで足りないところはヨルハンが頑張って。
他の踊り子、トレーナー、神官、監督、それぞれ足りないところを合わせるから、舞台が完成して。
それでいいのかもね。」
そう言って、私はトンっと立ちあがり、手に持っていた果汁ジュースを置いてくるっとまわった。
そして、そのまま軽く踊りに入っていく。
今の私の気持ち、それを表す「踊り」が体を支配する。
空気中にある何かをつかむように、体には視線の微粒子をまとうように。
いきなり踊りだす踊り子はいつも居るので、そこに居る皆さんは驚きもせず、むしろ手拍子で乗せてくれる。
ついつい、その手拍子に乗って、踊りも動きが激しくなる。
そして・・。
何かが見えてくる。
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