時事解説「ディストピア」

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佐々木克『幕末史』を読んで

2014-11-08 23:04:08 | 歴史全般
第一人者による最新の史料を駆使して書かれた本が
良書になるとは限らないことを実証してくれた労作。



これを読むぐらいなら岩井忠熊氏の
『大陸侵略は避けがたい道だったのか』のほうを読んだほうがいい。


なぜならば、一方は幕末を美化して描いたものであるのに対して、
もう一方は幕末の時点から大日本帝国の負の点、すなわち、
武力主義と天皇信仰が存在したことを指摘しているからである。


戊辰戦争の折に発表された「奥兆按撫の宸翰(しんかん。天皇直筆の文書のこと)」には、
既に日本の威光を海外に知らしめ、安寧をもたらすという八紘一宇の原型となる主張がある。


大日本帝国のお家芸、すなわち、国家の危機を強調して国民の関心を国外に向けさせ、
内乱の拡大を防止する政策が戊辰戦争時からあったわけである。

その後、江華島事件をはじめとして朝鮮半島を植民地化する作戦が
約半世紀続き、ついに韓国併合、1945年まで占領・統治されていく。


以上、述べたような大日本帝国の原型が幕末の時点であったことを、
佐々木氏の『幕末史』は一切触れていない。


逆に、挙国一致という思想が、いつしか天皇中心の政治に変貌してしまったと嘆いている。
(つまり、質的な変化があったと暗にほのめかしている)

その割には大日本帝国憲法を絶賛している。


憲法学者の故・長谷川正安は、
同憲法の構造的性格として、天皇制が時代の推移にも耐えられるよう
計算されて規定されていること、三権分立が規定されてはいるものの、
それら三権を天皇が統括することが重用されたこと、憲法上、帝国議会は
天皇の立法権に協賛するだけのものでしかなかった
ことを指摘している。

立憲君主制の現れとしてベタ褒めしている佐々木氏とは対極的な考えである。


天皇制と拡張主義が当初から存在していたことは明白だが、
これを佐々木氏は認めず、明治憲法を絶賛し、アジア侵略から目をそらす。


案の定、この本は大河ドラマのように史実を羅列するだけで終わっている。
マニアは面白がるだろうが、ここから現在の日本の歴史改竄行為や
軍拡路線に対して対抗する理論を構築するには全く役立たないだろう。


代わりに前述の岩井氏の著作、長谷川氏の著作(『昭和憲法史』)を推薦したい。
まぁ……絶版だが。日本では言論の自由はあるが、読むべき本は読めず、
害悪になるだろう本が量産され、たたき売りされているわけで、
こんな自由が守られることのどこに意味があるのだと言いたくなってしまう。