愛宕小学校の西側の住宅街に、籍田の遺跡がある。米沢藩上杉家の歴代藩主の墓所である御廟所の次に、散歩の途中に通る回数の多いところである。
先月の30日はとても天気がよかった。小さな田んぼには、まだ雪が残っていた。後ろに見えるのは斜平山(なでらやま)、左側の高い所は愛宕山、右端は羽山、それぞれに神社がある。愛宕山には広場もあり、鷹山公雨乞いの大きな石の記念碑(今回のブログ本文に2年前の記事を参考に掲載中)が立っている。
「ふらり歴史探訪」の14番目の記事の前半部をそのまま掲載しています。
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籍田の遺跡 遠山町(現在の御廟3丁目) 勤労を尊ぶ鷹山公の心
上杉鷹山が農業・耕作を励ますため「籍田の礼」(せきでんのれい)を行ったことは有名ですが、今月は米沢市遠山町にあるその遺跡を訪ねてみました。
「籍田」とは古代中国の周の国で行われた儀礼で、天子(君主)が国内の農事を励ますため、自ら田を踏み耕し、収穫した米を祖先に備えたことから始まったものです。
この故事を学んでいた鷹山は、凶作などで困窮し、働く意欲を失ないかけていた米沢藩の農民を奮起させようと、安永元年(1772)自ら籍田の礼を行うことを決心しました。鷹山22歳、明和6年の初入部に続く二度目の米沢の春でした。
< 以下、略 >
※ 前々回からのブログシリーズ「上杉鷹山公の足跡を巡る」の記事には、米沢市役所の秘書広報課のWEBページからの引用が多数あります。興味のある方は、以下のタイトル画像をクリックしてみて下さい。
← 市役所のホームページの特集記事、「米沢ふらり
歴史探訪」にリンクを貼り付けています。
← 市役所のホームページの特集記事、「鷹山に学ぶ」
にリンクを貼り付けています。
第6回 民に寄り添う① に、籍田の碑の詳しい記事が掲載されています。
ブログを始めて6年以上になるが、過去記事を検索してみたら、籍田の遺跡が5・6回登場していた。その一部を紹介します。
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(1)1年前の田植えの季節のブログに、以下の記事と写真が掲載されています。
2016-06-01 10:51:44 | 米沢の自然と文化
昨晩の雨が上がり、今朝はとても爽やかな6月のスタートになった。しかしながら風がとても強かった。
さて、今年も愛宕小学校西の田んぼで、籍田のお田植えの神事が行われたと、きのう(31日)の米沢新聞に掲載されていた。
早速きのうの朝6時過ぎ現地に向かい撮影したのが、下の写真です。ここから北へ約1kmの所には、上杉家歴代藩主の墓所がある。また、東へ約1kmの所には鷹山公の隠居所の餐霞館遺跡(上杉神社の南:城南1丁目)がある
ところで5月29日の五月晴れの朝にも、籍田田んぼの近くを散歩した。日曜日の7時前ということもあって、たまにすれ違うのは散歩中の人ばかりだった。
←の写真は、その時のものである。雑草が沢山生い茂っていた。
(2)3年前の秋のブログにも、籍田の様子が写っている写真がありました。
その一部を抜粋し掲載しています。
南原地区文化祭の見学 2014-10-23 23:25:04
愛宕小学校近くの籍田の田んぼは、刈り入れが終わり切り株だけがきれいに並んでいた。2週間ほど前に通った時には、3・4本の稲杭に稲の束が掛けられていた。
ブログをご覧いただき、ありがとうございました。 (*^-^*)
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