タイ・バンコクの庶民の生活に迫る!

~タイの庶民の生活とは? 一歩でも近づくために~

2011.12.26~ 2013.12.31 帰省

2013年01月06日 | わが家族のこと
年末、もう日系会社に訪問にいけない時期になったので、皆より一足早く田舎に帰った。
12/26よる、いつもの通り、MRTとバスを乗り継ぎモーチットへ、となるはずであったが、Tranport社のバスは26日から陸運事務所(免許試験センター)から発着することになっている。この日はあまり多くの乗客でごった返すことなく、むしろ閑散としていた。なれないところで、バス会社の職員も大変そうだった。
そういえば、なぜは26日の夜はバンコク市内の通りはやけに車が空いていた。


よく27日朝5時到着。良ちゃんとお母さんが待っていてくれた。


近所の日本で言う民生委員のおばさんが家族の状況を調査に来た。

一緒に近所をバイクで走る。ムーバーン(村)からNong_na-Kham郡に行く道が好きだ。


帰りにバレーボール同好会を見学。必ずいわゆるお釜の人が2,3人いるのが不思議。

今度家内とリョウちゃんの家を建てているわけだが、ほぼ85%終わっている感じ。
左官屋さんのオートバイで。


こうしているうちにこの日は暮れた。

12/28
朝から一生懸命左官仕事を手伝おうとするリョウちゃんだが、邪魔しているだけ。
この「ふるい」だが、日本だと丸くて、木枠がついているが、この長い柄のふるいは不思議だ。

午後、子供が寝ている間に、Nong-Kungの診療所にマッサージのうまいおばあさんがいるというので、行ってみることに。しかし、このおばあさんはすでに退職していて、後任の来たばかりの治療師さんがいて、その方にお願いした。わずか50B.

診療室はこのようか感じ。タイ法医学療養室となっている。
帰りにBaan Khanuwanに2軒ある、インターネットCafeで、日本から電話がかかってきて1/4日でも良いと言われたが念のため、Y国大からの先生のメールに返事。

家具が次々運ばれてくる。まず家が完成してからの方が良いと思うのだが,,。

で、家具屋からもらったTシャツ。
よく建設作業員が着ているものである。こういうところからもらえるのか。不思議と必ず長袖である。



こうして、この日も暮れる。


12/29
Pepsiという名がついている犬はずっとリョウちゃんから離れない。いつも見守っていてくれる存在。

市場でお昼の調達

夕方、Phu-Wiangの町まで出てお買い物。お兄さん夫婦はこの市をとても気に入っている。
リョウちゃんは車に乗れて、特設遊園地(30分20B)で遊べてご機嫌。

もうちょっと大きくなれば安心にて遊べるがまだお兄ちゃん達にぶち当たりそう。


とうとうお手洗いに便器を設置。こうしてこの日も暮れていった。




1/30
朝出て、ウドンタニー県で生活するU氏を訪ねて行く。以前はタイの弱電企業の社長さんをされていた。
まず、バスでSri-Bin-Ruangまで(30B)

SBRでNong-Bua-Lamphuu行きのバスに乗り換えるが、ただ通過してももったいないので、バスターミナルのの調査と街を少し歩き、おみやげを買っていく。



N-B-L行きのバスは座れないくらい人が乗っていた。たかが30分であるが。

NBLのバスステーションにU氏に迎えに来てもらった。

U氏はお元気そう。子牛が5頭生まれたと見せていただいた。U氏は月~金まではウドンタニーの街のOfficeで働いて、土日はここにいらして、乳牛の面倒をみている。



15:00頃失礼して、NBLのバスターミナルまで送っていただき、SBLまでたどり着き、また街をほうっつき歩いていたら最終バスの17:00を過ぎてしまった。


こういうときにはあわてず冷静に考え情報収集。確か17:00くらいからNBLからBKK行きのバスが出ているはずで、ここSBLにも寄るはずである。それに乗っていけば理屈の上では家の前にたどり着くはずである。
早速国営Transport社の係員に聞くが、ここ始発で無いため、バス停で待っていろくらいの事しか分からない。
17:30になったところで、家内に遅くなりそうだと連絡したら。買い物もあるので義兄とSBLまで来てくれるとのこと。ビールでも飲んで待っていることにする。
義兄とその子供(中3)、家内到着。何でもCBLの市場は有名らしいので、そこで今夜のおがずをめざして散策する。

無事に家に帰り夕食。
で、実際旅行先で「最終バスが行ってしまった」時は
①バンコク行きのバスが立ち寄らないか、聞いてみて(必ず複数の人に)次の目的地か、大きい町まで乗せてもらう。
②そこで、安宿を探す。これも3人以上に聞いて確認すること。また大きなホテルであえて聞くというのも意外と有効である。(結構親切に他のホテルを教えてくれる。これは世界中そうだった)
③お寺に泊まる。これは絶対に泊めてくれると思うが、食事は各自調達すること。

今日も暮れた。ペプシがどうしてもリョウちゃんと寝たがる。

12/31  どこか連れて行けとうるさいので、近所の学校の校庭に。

一度連れて行くとなかなか帰りたがらないので困る。他のお父さんはどうしているのだろう、、?
やはり無理に連れて帰るのだろうか。

家を新築している2Km南側にKhanuwanという村があって、初めて聞いた話だったが家内はここの診療所の住宅に(お父さんが診療所職員だった、国家公務員で転勤がある)4~8歳の頃住んでいたらしい。実は本人も知らず、たまたまこの村の市場に行ったら見覚えがある光景だったので兄に聞いたらそうだったという。
その当時の家がまだ残っていた両親と4人きょうだい、この家に住んでいたらしい。

特別懐かしいということも無いようだった。

家のペンキ塗りは自分達でできるところは行う。


大晦日らしいことを何かしようということで、年越しスパゲッティーを作り、夜は花火を打ち上げる。

こうして、2012年(2555年)は無事年を越した。










コメント
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