ケン太とのprecious days

3度の不登校を経て、なんとか高校を卒業し、社会人になったケン太。社会での成長&安定を見守る母のブログです。

「聴く」こと

2019-01-16 23:44:15 | 感名を受けた話
子どもの話を「きく」

適当に「聞き」流していい時もあると思うけど、

ちゃんと向かい合って、話をきかなければと思う時は「聴く」になりますよね。
「傾聴」という言葉があるしね。

「聞く」は単に耳に入ってくるイメージ。
「聴く」は意識を持って聴くイメージ。

その使い分けはわかっていたつもりですが、

「聴く」は十四の心を持って聴く・・・ということ。

と教えてもらい、確かに、漢字をみると、そういう組み立てになっている。
なるほど、そういうことだったんだ~と、感心したのでした。

それを友達に話すと、友達が「十四の心」を調べて教えてくれたのです。

「十四の心で聴く」とは・・・

受容する心
共感する心
好意的な心
興味を示す心
肯定する心
優しい心
理解する心
ゆったりした心
誠実な心
先入観のない心
明るい心
公平な心
信頼の心
感謝の心

表面的な心で聞いても聴いたことにならない・・・と。


「十四の心」と聞いて、「十四の心」って何?とか、何も思わなかった私ですが
ちゃんと意味があったんだ~

深いですね。

こういう話を聞くと、日頃のケン太との会話はどうでしょ?って思いますね

今のケン太は自分の喋りたいことだけベラベラ喋って、
私が聞いていようがいまいが、お構いなし?

私はパソコンに向かいつつ「ふ~ん」「へ~」「そうなんだ~」って
適当に相槌打っているだけの時も結構あるかな?

THE「聞く」ですね

でも、まあ、それはそれでいいと思うんです。
その時の状況というものもあるしね。


いつでも、子どもの目を見て、はい!聴きますよ!!ってスタンバってることもないと思うので。

「日常」ってそんなパリッとしているもんじゃないですからね。

何気な~く、気ままで、適当~で~でいい。
「ね~聞いてんの?」「え?なんだっけ?」くらいの会話があってもよくない?

それがお互い気を使わないでいられることでもあると思うのです。


でも、ですよ。

「聴く」ということはやはり意識しないと・・・と思います。

「聴く」って相手の言葉や感情をそのまんま受け取ることですよね。
受け入れられるかどうかは別としてね。

決して自分の価値観で返さない。

いざとなったら親はちゃんと話を「聴いてくれる」
子どもの中にそれがあるとないとでは全然違ってくるんじゃないかと思います。

「聴く」が出来ていてこそ、「聞く」の時があっても大丈夫なのかも?

常に「聴いて~」とやってくる子は、いつもいつも「聴いてあげる」のではなく、適度な距離感を意識した方がいい場合もありますが



あと、もうひとつ教えてもらったのは・・・

「叶」という漢字。

口と十の組み合わせ。

望んでいることを十回口に出すと叶うそうです。

だから、したいことは心に秘めておくのではなく、
たくさん言葉にすると良いそうですよ!



あと、「話す」という漢字。

元々は「放す」と書いたそうです。

気持ちや思いを表す時の「はなす」

「話す」ということは「心を放つ」ことだそうです。




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