若者のミカタ〜ブラックバイト世代の君たちへ
大内裕和(武蔵大学人文学部教授)
Imidas連載コラム 2023/03/28
入試シーズンもヤマ場を越え、新年度が近づいています。進学先が決まった皆さんは期待に胸を膨らませる一方、入学金や新生活の準備などさまざまにお金がかかる時期でもあり、そのことで悩んでいる人も少なくないでしょう。
2023年3月8日、私は労働者福祉中央協議会(中央労福協)と共に、文部科学省の記者クラブで「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」、および「奨学金に関するアンケート調査の結果」について発表を行いました。というのも私は、高等教育にかかる費用負担の軽減に向けた中央労福協の取り組み「教育費負担軽減へ向けての研究会」で主査を任されているのです。
中央労福協は15年度から奨学金問題を重点課題に位置づけ、さまざまな団体や関係者と連携し、世論喚起や政策・制度の改善に取り組んできました。その結果、17年度に給付型奨学金が創設され、20年度にスタートした「大学等における修学の支援に関する法律(大学等修学支援法)」では低所得者を対象に授業料減免や給付型奨学金が拡充されました。そこで、支援対象のさらなる拡大や教育費の負担軽減を目指し、支援法施行4年の見直し時期(23~24年)に大きな社会運動ができるよう準備を進めており、そのための政策提言が求められたのです。
私が発表した「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」は7つの提言からなりますが、いずれも前提に社会的背景を論じているのが特徴です。その中でも「高等教育進学率80%時代にふさわしい教育費負担へ」という点が、今回の提言の重要なポイントです。
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これまで高等教育の議論は、進学する人の割合を前提になされることが多かったと思います。実際、大学・短大への進学率は05年以降、最近まで50%台で推移していました。しかし、ここで「高等教育への進学率=約50%」と考えると大きな誤解が生じます。なぜなら、高校生が進学するのは大学と短大だけではないからです。
高校生の進学先として4年制大学の次に大きな割合を占めているのは、専門学校(1976年に新たな学校制度として創設された専修学校のうち、後期中等教育の修了者を対象とする専門課程を置く教育機関)です。近年、専門学校への進学率は短大を大きく上回り、2021年度には24%にも達しています。
専門学校も高等教育に入るの? と疑問に思う人もいるかも知れません。確かに以前は高等教育は大学を中心として捉えるのが一般的でした。しかし、専門学校をはじめとする非大学型の教育機関の増加につれて、中等教育(日本の場合は中学・高校)以後の多様な教育機関における「中等後教育」(post-secondary education)を、高等教育と呼ぶようになりました。先述した大学等修学支援法でも支援対象は「大学・短大・高等専門学校・専門学校に通う低所得世帯の学生」であり、これらの点から本提言でも専門学校は高等教育の一つとしています。
とはいえ、大学・短大へ進学する約50%を高等教育進学率と捉え、それ以外は就職するものと勘違いしている人も少なくありません。今回の提言をまとめるうえで、さまざまな団体にヒアリングを行った際にも、そのような認識の人が多数いました。実際には高校卒業後に就職する人の割合は、21年には15.7%と2割を大きく下回っています。
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こうした誤解は、多くの問題を生じさせます。高等教育の公的予算を増額させて学費を下げたり、給付型奨学金制度を拡充させたりといった提案をすると、「中学から高校へはほぼ全員が進学するけれど、高校から大学や短大へは進学しない人も大勢いるから、高等教育に税金を投入することは不公平を助長する」という意見をよく聞きます。しかし、そう主張する人の多くは、いまだに高卒生の半数は高等教育へ進学せず就職していると考えているのではないでしょうか。22年度の大学・短大への進学率は60.4%、専門学校を合わせた進学率は83.8%で、就職へ進む人は全体の2割未満という数字を知っていれば、「不公平を助長する」との考えは出てこないように思います。
高等教育の進学率に対する誤解は、学費の議論にも影響します。例えば、高等教育への進学者がいる家庭の経済状況を議論の前提として示すのに、世帯収入の平均値や中央値が多く用いられます。この手法は約50%の大学・短大進学者のみを対象に捉えるなら、それなりの正当性があります。高校から大学や短大へ進学する人の出身世帯を見ると経済的に豊かな場合が多く、そういった家庭ばかりなら世帯収入の平均値や中央値を前提に学費の議論をするのは一定の合理性があるからです。
しかし22年度の高等教育進学率83.8%を考えれば、世帯収入の平均値や中央値を学費議論の前提にするには大きな問題があることがおわかりでしょう。今の格差社会において8割以上が進学しているということは、中には世帯収入の平均値や中央値を大きく下回る、経済的に豊かでない世帯の出身者も多数いることが明らかだからです。
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そこで先の「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」は、高等教育進学率80%時代を正面から見据えて作成しました。以下にご紹介しましょう。
提言1「大学・短大・専門学校の授業料を現在の半額とする」
まず第一に挙げたのが、大学・短大・専門学校の授業料引き下げです。今の時代においては、平均所得未満の世帯出身者も多数、高等教育に進学しています。その状況を考えれば、現在の高等教育の私費負担が重過ぎることは明らかです。提言のポイントは、高等教育においても対象を限定しない「普遍主義的支援」の導入を訴えていることです。
これまでの高等教育への公的支援は、奨学金制度であれ修学支援制度であれ、いずれも支援対象に限定(選別)条件が付されてきました。この「選別主義的支援」は、支援される人々と支援されない人々との分断を必然的に生み出してしまうという問題を抱えています。対して、普遍主義はすべての人を対象に支援を行いますから、人々の間に分断をもたらしません。
日本学生支援機構の「令和2年度 学生生活調査結果」によると、奨学金を利用している学生の割合は大学(昼間部)で49.6%、短期大学(昼間部)で56.9%となっています。また、同「令和2年度 専修学校生生活調査結果」によると、専門学校生では56.6%となっています。高等教育を受ける学生の約半数が奨学金を利用していることから、学費に困っているのが経済的に豊かでない世帯の出身者に限られていないのは明らかです。こうした状況では、支援対象を経済的に豊かでない世帯の出身者に限定する選別主義よりも、普遍主義的支援の方が有効です。
さらに政府は12年に、高校・大学までの段階的な無償化を定めた国際人権A規約(13条2項b、c)の適用留保を撤回し、そのことを国連に通告しており、高等教育費の漸進的無償化は国際公約となっています。「大学・短大・専門学校の授業料を半額とする」ことは、高等教育無償化への大きな一歩となります。
提言2「大学等修学支援法の対象者を中間所得層まで拡大する。支援対象の上限を現在の標準世帯(4人世帯)年収380万円から、標準世帯(4人世帯)年収600万円まで拡大する。支援対象の年齢制限は撤廃し、すべての年齢を対象とする」
次は大学等修学支援法の支援対象を拡大する提言です。同法は支援対象を厳しく限定する選別主義に基づいているため、その改善を目指す内容だといえます。
提言1で普遍主義の重要性を主張し、そのうえで「選別主義の改善」を提言していることには疑問を感じるかもしれません。が、それはこの提言が近い将来に実現可能な政策案を打ち出していることと関係があります。
確かに、すべての高等教育の学費を無償化することが最終目標ですから、普遍主義を徹底するのが理想的です。しかし、高等教育については政府が長らく「受益者負担の論理」を掲げて予算を抑制し、授業料をはじめとする学費が上昇し続けてきました。給付型奨学金や大学等修学支援法で、ようやく一部の低所得世帯出身の学生への支援が実現したのが現状です。政府によって押しつけられた高等教育の「受益者負担の論理」は、一般の人々にもかなり浸透しています。「経済的に豊かな世帯の出身者は自分で何とかできるのだから、支援をする必要はない」と考えている人も少なくありません。
そんな状況下で、高等教育の無償化に向けて普遍主義を今すぐ徹底することは困難です。大学等修学支援法を中間所得層まで拡大することによって、高等教育の学費が公的に支えられることの価値を認識する人々を増やしていくステップを踏むことが、将来の高等教育無償化実現へ向けて重要なことだと考えます。この提言2の「選別主義の改善」は提言1の「普遍主義的支援」とセットで提案されていますから、全体としては分断を生み出さない工夫もしています。
支援対象を標準世帯(4人世帯)年収600万円まで拡大することの根拠は、本連載「生活保護世帯の大学進学はなぜ反対される?」ですでに論じました。家族3人暮らしで子ども1人を大学に通わせるには、どんなに生活水準を落としても年間約600万円必要です。言い換えれば、年収600万円の世帯が大学生1人を養うと、生活保護なみの暮らししかできないことを意味します。この状況を考えれば、年収600万円世帯まで支援を拡大することは必要でしょう。
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この提言1と2に加え、提言3〜5は奨学金制度の改善、提言6と7は職業訓練への公的支援の充実をうたっています。詳しくは中央労福協のプレスリリース「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減に向けて 中央労福協の研究会が政策提言を発表」をぜひお読みください。
3月8日の文科省記者クラブでの記者会見はテレビ、新聞など数多くのメディアで報道され大きな注目を集めました。それは、高等教育の学費や奨学金への社会的関心が、これまで以上に高まっていることを意味しています。「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」は、高等教育進学率80%時代において、すべての若者が安心して学べることを目指した提言です。この提言を1人でも多くの人に知っていただき、実現へ向けて努力を開始したいと考えています。
高等教育の負担軽減は「少子化対策」上も、極めて重要な課題である。
それ以前に経済的理由により「学ぶ権利」を放棄しなくてもいい社会を実現したい。
やや寒いがいい天気になった。
雪割作業が続く。
もう一台の駐車スペース確保。
所々、土が見えてきた。