先週、4歳友人の母上が故郷に「急遽バイクを取りに行くことになった」
(行くときは4歳友人はタクシーで帰郷し、故郷ではバイクが必要なので、母上は同居の妹さんと
帰った。荷物は自分が並走し持って行ったのである。)
朝連絡があり、急遽「母上は4歳友人を家において、グラブで故郷に帰り、数時間後バイクでハノイに戻る」
この母上、あまり長距離の運転は慣れていない。しかもその日は「降水確率90%」だった。
しかも「手がかじかむほど寒い日だ」
大きな荷物もあり、故郷からの帰り道は「慣れていないと少し危険な場所がある」
強がってはいたが、「帰り運転しましょうか?」と申し出ると「本当にいいですか?」ということで
「ほっとしたようだった」何しろ自分はすでにこの道は「6-7回往復しており」どこが危険か?
道は熟知している。とはいってもそれが決まったのが母上が故郷の家を出る1時間ほど前だった。
故郷からハノイへ全行程の1/3ぐらいまでは「交通量の少ない田舎道である」、そこで
その周辺の「橋」で待ち合わせをした。どのように自分がそこまで行くか?ということだ。
そこは慣れたベトナムでのこと急遽「GRABを呼び事情を話し、この橋の近くまで、車で急いだ。自分のヘルメットをもって」
日本人が「ベトナム人のバイクのサポート運転」のために。こんなことをするのは
いかに10年住んでいても「この経験」は初めてだった。
結局少々ハノイ寄りで「落ち合うことができ、小雨降る悪天候、見通しの悪い夕刻のトラックが行き来する
危険な街道をタンデムでハノイのアパートに向かった」霧雨が降り眼鏡にワイパーが欲しいほどだ、そして「寒い」。
しかも夕刻の一番「見通しの悪い時間帯」、幹線道路のため大型トラックがたくさん通行する道をハノイに急いだ。
そして、ハノイに着いた。何よりも「無事でよかった」
こんな「レアな経験」をしている日本人は少ないだろうと思う。ベトナムの道で「日本人がベトナム人を差し置いて
バイクでお助け」しているのである。10年以上在住し、今はベトナムハノイでこんな風になっている。不思議な事である。
帰宅し、暑いシャワーを浴びて「びしょびしょになったウルトラライトダウンを洗濯しながら」
そんなことを考えた。
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