★ベトナム・ハノイは「こんなとこ」★

コネなし、金なし、能力なし。50を過ぎて、単身ハノイで会社を作り10年目。毎日「こんなふうに」すごしています。

ベトナムハノイの「すごい国、すごい銀行?」

2023-09-06 10:17:41 | ベトナム・ハノイ

 昼食は「デリバリー」を行う事が多い。

昨日も、いつものように「お手頃なローカル日本食」を頼もうと

GRAB FOODsをオーダーした。 しかし「最終注文」のところで

「いつもの決算が出来ない」・・・???「残高が少ない???」いいやたかが65000VND?

結局は「現金払いにした」、その後「できない理由を」社員と調べていると、

どうやら「銀行口座番号が変わっている」ようなのだ???

「何の通知もなく」勝手に銀行が「口座番号を変えたというのだ?」

にわかには「信じられない」だって、これに紐づけられている情報、

*「GRAB 銀行引き落とし」

*「電気代」

*「デビットカード」「クレジットカード」 等々 どうすればよいのだろう? 今回のように

勝手に銀行口座を変えられたので「使えないのだ」

不幸中の幸いで自分は「引き落としはGRABと電気代」ぐらいなので

その後、自分で「紐づけ口座情報を変更した」が?「年配者などたぶんオペレーション難しいと思う」

例えば「法人口座などの場合はどうするのだろう?」こんな重要な内容が、何の通知もなく

「銀行(国営)が勝手にやってしまう国なのだ」 こういう事象は「社会主義であることが大きな要因になっていることは

否めない」社会主義と言うのは「国が右と言えば国民はみんな右を向く体制と言える」

「戦争や国のもめごとには国民一致団結して都合が良いのかもしれないが???」

自由主義国家では「全く通用しない暴挙だと思うのだが?いかがだろう?」

これもまた「ベトナムなのである」

 

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ベトナムハノイの「遅延常習改善か?」

2023-09-06 09:51:27 | ベトナム・ハノイ

 自分の経験だと「VIETJET」というベトナムのLCCは「必ずと言っていいほど遅延する」

特に「ベトナム国内線はひどい」

過去には「Cathay傘下のドラゴン航空」もひどかったが、「VIETJET」はその比ではない。

「この航空会社、路線やダイヤはすごい勢いで増えている」 勢いを感じる感謝だ!

しかし例えば1-2時間後に「同じ行先の便があり、搭乗率が低いと、前の飛行機を

勝手にキャンセルし「後口のフライトだけにしてしまう」ことなどが、頻繁に行われていたというのだ。

ベトナム人の間でさえ「時間通りに着きたかったらVIETJETは避ける」と言う感覚が身についている。

それでも使うのは「安さ」だけである。最近「ベトナム旅行のYOUTUBEが増えた」その人たちが

95%の確率で使っているのが「このVIETJET」なのだ。安ければ2万円代後半、3万円台ならば普通に

日本往復ができるのである。自分の住んでる群馬県から大阪まで出張に行くのとほぼ変わらない。

確かに安い。(国際線はその性質からも遅延は国内線よりも少ないのは確かだが?)

しかしこの「遅延癖」はなんともし難い。

従ってベトナム国内は「よほどでない限り自分は使わない」(特に仕事の場合は絶対に避ける)

そんな状況が「変わるかもしれない法律が施行される」

9月に施行される新規定

◇15分以上2時間未満の遅延:飲食や宿泊先などの補償サービスの提供
◇2時間以上の遅延:別便への振替、追加料金やサーチャージの免除
◇5時間以上の遅延:航空券に相当する金額の払い戻し

もし本当に実施されるならかの航空会社は「この経費だけで多額の出費」になるので

本気で「ON TIME」を目指すはずなのだ。

 ベトナムの常識は世界の非常識であることを「自覚し」「確かにベトナム習慣や文化で悪しきものは改善が必要である」

もうベトナムは「貧しさゆえ」ですべてかたずけられない状況になってきているのだから。

頑張れ「ベトナム」

 

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ベトナムハノイの「ミッちゃんとのまったり休日」

2023-09-05 11:52:33 | ベトナム・ハノイ

 週末は「ミッが居る故に、汚れる家の掃除がルーティーンになっている」

土日も「もう寝ていられない悲しい性ゆえに」朝食前に「掃除機掛けが始まる」

床もふき、先週は気になっていた「トイレ掃除」「洗濯機置き場掃除」と「朝飯前」に

行った。この前、改めて「自分の住んでいる部屋を見ると、何か【すっきりしない】・・・」

気が付いたのは「使わない物を置いておくことが多すぎる」つまり「ものが多すぎる」のだ

来週からは「見える範囲になるべく物はおかない工夫をしようと思う」

置くにしても「何かセンスの良い方法で置きたいものだ(お金はかけられないので、工夫が必要だ」

特に「ミッが居るので、なるべく床には物は置かない」なんせ、すごい勢いで「家中を走り回るのだから!」

ベッドルームに私が行くと「決まったおもちゃをもってきて、今に向かってそれを投げろと催促する、

仕方なく4-5回付き合うすごい勢いでそれを追いかけベッドルームのベッドに持ってくるのである。

従って障害物はおけない。 そんな掃除も終わり「バゲッドにオムレツ」と言う簡素な朝食をとると、もうあまりすることは無い。

掃除で「大汗を書いたので、本日1回目のシャワーを浴びてラフな格好に着替えソファーでくつろぐ」

そんな時、「相棒ミッ」もソファーに思い思いに寝転がって「一緒にくつろぐのだ」

そして普通は10:00頃から「少し長めのミッの散歩に行き」その後「昼頃から自分の水泳をして、又午後にはまったりと過ごすのだ」

ミッも自分もこのルーティーンを済ますと適度な「疲労感」を感じ、いつもソファーで「昼寝」してしまう。

休日の午後、おっさんと犬のこんな過ごし方も「なかなか良いものである」

BGMは「高中の I remenber Cliford 」あたりが最高である。

お互い気遣うこともなく「思い思いの場所と格好」でしばしくつろぐ

気づくとYOUTUBEを見ている自分の横で「爆睡していることもしばしば」である。

自分の足に抱き着き「半開きの目でまどろんでいる」かわいいやつである。

 

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ベトナムハノイの「やっぱり社会主義」

2023-09-05 11:25:14 | ベトナム・ハノイ

 夜の「相棒ミッ」の散歩途中、政府機関の建物の前に

「独立記念日」のベトナム独特の雰囲気のあるプロパガンダ看板があった。

未だにベトナムでは「このような画風の看板が見られる」

経済や社会は「資本主義的な雰囲気を醸し出していても」

結局は「未だ社会主義」の国なのだ。

 政党は「共産党の独裁政権」である。多くの社会主義のそうだったように

「万民平等」をうたった「社会主義」は結局は「崩壊してきた」

世に残る「社会主義国家は少ない」

そして残っている国も「中国や北朝鮮など」、突出した「権力者」が「独裁化した国家になってしまっている」

事は「まぎれもない事実だ」、「万人平等」など「夢の夢」である。

そして「ご多分に漏れず、権力が偏って集中するため、賄賂社会が蔓延する」

「集団性社会主義」であるベトナムは「権力集中が出来ない構造故に、社会主義の他国よりもましなのだが?

しかし最近ベトナムでは「腐った政府役人と巨大資本家が結びつき、大きな不正を行いさすがにそれは暴かれて

たくさんの役人や資本家が逮捕される事件が続いている」

本来の社会主義の理想とは「かけ離れた状況になっている」 どんな政治体制でも「貧富の差が拡大し」

「まじめに働く庶民が馬鹿を見る社会になりつつある」「不正な手段で利権を得たごく少数のずるがしこい人が

うまい汁を吸うことになっている。」 情けない状況である。

政治体制、資本主義や社会主義に関係なく「こんな状況は蔓延しているのだろう?」

しかし少なくとも「日本のそれは」法律の厳格さや「国民性なのか?」ベトナムのそれよりもずいぶんましなのだ。

貧しさや経済状況で「不正が蔓延するというのはただの言い訳に聞こえる」

つまり、日本人(自分も含め)、誰も見ていなくても「信号を守る」、しかしベトナムでは「誰が見ていても

信号を守らないのだ」 これが今のベトナムの現実である。

これから「どんな国になっていくのだろう」

ベトナムでは「社会主義のプロパガンダ看板が未だにそこかしこに見られる。」

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ベトナムハノイの「きれいな夕焼け?」

2023-09-01 18:06:24 | ベトナム・ハノイ

昨日「仕事が終わり」、相棒ミッと一もの通り部屋で一休みしていた。

着替えを取りに「寝室に行くと、きれいな夕焼けが見れた」

しばし見とれていた。 よくわからないが「一番星的」な明るい星が、空の割と下の位置に「光っていた」

ハノイは「もう秋の気配」と思っていたが? この2,3日又暑さがぶり返している。

一見きれいに見えるこの空も「ハノイの空気汚染のために夕焼けが異常にきれいに見える」ということをどこからか聞いた?

ふと、高校まで過ごした「故郷の沼田」を思い出した。 夕焼けを見るのは決まって

真田氏の菩提寺「正覚寺」のはじっこの「崖から見る子持山」であった。

何十回(何百回)見たであろう夕焼けは「遠いハノイに居ても思い出す」

崖下には「沼田駅があり、その向こうには利根川が流れている。

ハノイの夕焼けを見て「ふと故郷の夕焼けが恋しくなった」

年をとったのかもしれない。

寝室からの「ハノイの夕焼け」

一番星らしき「明るい星」 

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