長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ピアノ・レッスン』

2024-11-25 | 映画レビュー(ひ)

 さぁ、襟を正して着席しよう。オーガスト・ウィルソンがピューリッツァー賞を受賞した1990年の戯曲『ピアノ・レッスン』の映画化だ。1911年、ミシシッピから始まる黒人一家の宿縁は、ウィルソンが一貫して描いてきた忍従と反骨、世代間の歴史認識の物語であり、アメリカ黒人史におけるギリシャ悲劇である。脚色も手掛けたマルコム・ワシントン監督はほとんど舞台中継さながらだったウィルソン原作『マ・レイニーのブラックボトム』よりも映像的翻案に成功しているが、黒人演劇の大家を前に気負いが過ぎるようだ。忙しなく動くカメラ、沈黙を恐れた劇伴、俳優たちも大劇場クラスの大熱演で、ワシントンは引き算を知らなすぎる(ちなみにマルコムの父、デンゼル・ワシントンはウィルソンの『フェンス』で監督、主演。今後のキャリアは巨匠の戯曲を映画メディアを通じて大衆化すると発言している)。

 久々に年相応の枯れを感じさせるサミュエル・L・ジャクソンの出番は少なく、主演のジョン・デヴィッド・ワシントンは父と弟を前に握り拳が入りすぎた。ダニエル・デッドワイラーも『ティル』で見せた硬軟さ、繊細さはここで再現されていない。オーガスト・ウィルソンの名前と座組に票を投じる一定数の層はありそうだが、これでは期待されていたオスカーレースは難しいだろう。


『ピアノ・レッスン』24・米
監督 マルコム・ワシントン
出演 ジョン・デヴィッド・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソン、ダニエル・デッドワイラー、レイ・フィッシャー、コーリー・ホーキンズ、マイケル・ポッツ、エリカ・バドゥ、スカイラー・スミス
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『ビートルジュース ビートルジュース』

2024-10-13 | 映画レビュー(ひ)

 今年は期待値の低かったハリウッドフランチャイズが軒並み批評、興行面で結果を出しているのが嬉しい誤算で、36年ぶりの続編となる本作『ビートルジュース ビートルジュース』も本稿執筆時点で2億ドルを超える特大ヒットを記録している。精細を失って久しいティム・バートン監督を筆頭に、キャリア復調とはいえ今年73歳のマイケル・キートン、52歳のウィノナ・ライダーが再演する座組はハリウッドの懐古主義がありありと伺えるのだが…。

 結論から言うと『ビートルジュース ビートルジュース』は先行した『ツイスターズ』『エイリアン:ロムルス』のような絶賛すべき続編ではないが、バートンがかつて最も独創的なヒットメーカーであったことを思い出させてくれるには十分な1本だ。前作『ビートルジュース』はヒットこそしなかったものの、後にカルト化。なにより撮影当時15歳だったウィノナが後に90年代を席巻する“ウィノナ・フォーエバー”の幕開けだった。彼女が体現した仄暗い美しさはそれから36年を経て、ジェナ・オルテガに引き継がれる。バートンの復調作であるNetflixのTVシリーズ『ウェンズデー』に主演したオルテガを、ウィノナ演じるリディアの娘役にと考えたキャスティングはオスカーものだろう(キャスティング賞創設は2025年度だけど)。動脈硬化寸前の俳優陣において唯一人の若手であるオルテガは『ビートルジュース ビートルジュース』の上映会場を老人たちの同窓会で終わらせることなく、『ウェンズデー』でミーム化したヘンテコダンスも披露してくれる。

 パートナーを白塗りにしたがるティム・バートンによって担ぎ出されたモニカ・ベルッチや、頭蓋骨が半分しかないウィレム・デフォーらがくんずほぐれつに合流するプロットはてんこ盛りが過ぎるものの、渋谷の路上でなければ“ハロウィンパーティー”にケチをつけるのも野暮か。600歳のビートルジュースが36年で老けているのは御愛嬌で、キートンは衰え知らずのキレで底知れない才能を発揮。しかし、誰よりも笑いを呼ぶのはリディアの継母役キャサリン・オハラで、36年間浮き沈みすることなくキャリアを正統進化させ、近年も『シッツ・クリーク』で頂点に達している彼女はあらゆる場面をさらっている。

 特殊メイクにストップモーションアニメまで縦横無尽に盛り込んだバートンのキッチュな世界観は、僕の身近な0年代生まれに言わせれば“昭和レトロ感”(便利な言葉になったものだ)。バートンはディズニーでスポイルされた悪ふざけとグロを取り戻してギャグもノリノリ。死者をあの世に運ぶ列車の名前は“ソウルトレイン”。もちろん選曲は…それ完全にオヤジギャグだよ!奇才も御年66歳である。


『ビートルジュース ビートルジュース』24・米
監督 ティム・バートン
出演 マイケル・キートン、ウィノナ・ライダー、ジェナ・オルテガ、キャサリン・オハラ、ウィレム・デフォー、モニカ・ベルッチ、ジャスティン・セロー
 
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『ヒットマン』

2024-09-09 | 映画レビュー(ひ)

 2024年、『恋するプリテンダー』『ツイスターズ』を大ヒットに導いた“グレパ”ことグレン・パウエル。ブレイクイヤーを決定付ける“ハットトリック”が今年3本目の主演作『ヒットマン』だ。テキサス生まれ、35才の俳優はマシュー・マコノヒー以来のセックスシンボルとしてハリウッドのトップに上り詰めるのか?はたまた絵に描いたような口角でニヤける第2のトム・クルーズになるのか?どちらにも当てはまるかもしれないが、彼の本質は実はもっと意外な所にある。出世作『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』はじめ、いくつもの映画でコラボレートしてきた恩師リチャード・リンクレイターと再タッグを組んだパウエルは、この奇妙キテレツな実話を共同で脚本化し、これまでと全く異なる演技レンジを披露しているのだ。

 パウエル演じる主人公ゲイリーはニューオーリンズの大学で心理学、哲学を教えている。セットされていない髪型、冴えない短パン。生徒からは「あいつ、シビックに乗ってるんだぜ」としょうもない理由でバカにされている。愛想を尽かしたのか、妻はとうの昔に出ていき独身。自宅で彼を待つのは猫だけだ。あのグレパがイケ散らかしたセクシーオーラを完全に封印している。ダサい。ダサ過ぎる。趣味は精密機器のハンダ付けで、それが高じて週末は盗聴機器オペレーターとして地元警察を手伝っている。ある日、覆面捜査官に欠員が出たことでゲイリーは急遽、代打に立つことに。腕利きの殺し屋に扮し、殺人を企てる依頼人を逮捕するのだ。見様見真似のはずが、口を衝く“殺し屋っぽい言動”にゲイリーの中で何かが目覚めていく。次第に彼は依頼者をプロファイリングし、望まれている殺し屋像を作り上げることで新たな自分を発見するのだ。

 果たして"自分”を構成するものはどこから生まれてくるのか?リンクレイターならではの実存に対する問いかけを、グレパが百面相で笑わせるのは序の口。夫の殺害を持ちかける物憂い気な人妻の願望に合わせれば、ここでようやく僕らの知るセクシーなグレン・パウエルが登場だ。異なるペルソナを横断するグレパの変わり身芸は死ぬほど可笑しく、ゲイリーは人妻マディソンの色香に触発されていく。近年、ハリウッドは人間の欲望やセックスを随分と漂白してきたが、パウエルとアドリア・アルホナのケミストリーはスクリーンを曇らせるほどセクシーで、観る者を蕩けさせる。本作こそが真のブレイク作と言っていいアルホナはセックスシンボルに留まらず、チャーミングなユーモアセンスを発揮。何よりパウエルと夜の街に繰り出せば、そこにはリンクレイター映画ならではの恋する男女の親密な空気が漂い、私たちはうっとりと見惚れるばかりだ。

 今年は『パストライブス』『チャレンジャーズ』『ツイスターズ』とトライアングルを形成するロマンスものが相次いだが、突き詰められた一対一の密度こそ観客を酔わせる。秘密と嘘の背徳のスリル、衝動のままに募らせるエロチシズム、二転三転するプロットの着地は意外や爽快だ。まったくグレン・パウエル、おまえは何てヤツなんだ!


『ヒットマン』23・米
監督 リチャード・リンクレイター
出演 グレン・パウエル、アドリア・アルホナ、オースティン・アメリオ
※2024年9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
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『美と殺戮のすべて』

2024-04-04 | 映画レビュー(ひ)

 「生き延びることがアートだった」現代写真アートの最重要人物の1人、ナン・ゴールディンは自身の半生を振り返り述懐する。幼い頃、姉が自殺。両親との不和を抱えた彼女は程なく家を出て、フリースクールへと通学。既存の社会システムから外れていくことでアーティストとしての才能を育んでいく。彼女のポートレートは人物に密着し、赤裸々で、時に痛みを伴うような美しさがある。青春時代からクィアカルチャーで生きてきた彼女はやがてエイズ禍に直面、その作家性は時の政治と対峙していく。ローラ・ポイトラス監督はゴールディンのスライドショーをふんだんに取り入れ、この先鋭的アーティストを紹介しながら前作『シチズンフォー』と同様、個人と社会の対比、接続、そして権力の偏執性を浮き彫りにしていく。

 本作の撮影が行われた2018年、ゴールディンはフォトグラファーであるのと同時に果敢なアクティビストでもあった。医療用麻薬オキシコンチンの販売によって膨大な数の死者、中毒者を生み出したパーデュー製薬の創業一族サックラー家は、メトロポリタン美術館はじめ多くの美術館への高額寄付者であり、その名を冠した展示室を持っている。時に自身の作品が展示され、彼女もまたかつて薬物中毒者であったゴールディンにとって、資本権力のアートへの介入を許すことはできない(この根源には80〜90年代、エイズはゲイ固有の病気と喧伝し対策を怠った政府への怒りがある)。ポイトラスはゴールディンら抗議者につきまとう尾行者の姿も収めており、権力側の異常なパラノイアへの視線は前作『シチズンフォー』同様、一貫している。

 オピオイド危機を象徴するピルケース、処方箋、汚れた金を配しながらダイ・インする彼女らの抗議パフォーマンスにもまた痛みと美しさが同居し、人生の苦悶と人間愛を極めたゴールディンのナレーションとSoundwalk Collectiveの素晴らしいサウンドトラックは本作に詩心を与え、独自の映画空間を構築している。2023年にはNetflixの『ペイン・キラー』や『アッシャー家の崩壊』など、オピオイド危機を扱った作品が相次いだが、2022年にヴェネチア映画祭で金獅子賞に輝いた本作こそが先鋒である。


『美と殺戮のすべて』22・米
監督 ローラ・ポイトラス
出演 ナン・ゴールディン
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『ビーニー・バブル』

2023-08-11 | 映画レビュー(ひ)

 ナイキのエアジョーダン開発秘話を描くベン・アフレック監督作『AIR』や、89年発売のゲームボーイに『テトリス』がアタッチされた経緯を追う『テトリス』など、今年は社会現象を起こした商品の成り立ちから現在(いま)のアメリカを再考する作品が相次いでいる。90年代に起こった“ビーニー・バブル”を題材にした本作もその系譜に連なる1本と言えるだろう。おもちゃメーカーTyの発売したビーニーシリーズはそのコレクション性の高さから人々の購買意欲を誘い、空前の大ヒット商品となった。しかし実態はインターネット黎明期のオークションサイト“イーベイ”で高額取引される、投機の対象だったのだ。

 監督、脚本を務めるクリスティン・ゴア(アル・ゴア元副大統領の娘)は、ビーニービジネスを支えた3人の女性をクリストファー・ノーランばりの複雑な時制叙述で交錯させ、時の狂騒を描き出していく。エリザベス・バンクス(久しぶりに演者の仕事に集中している)扮するロビーは車検場のしがない受付だったが、同じマンションに暮らすおもちゃ職人のタイと意気投合。2人でビーニーを開発し、ビジネスは瞬く間に軌道に乗っていく。タイを演じるザック・ガリフィアナキスは彼とはわからない変貌ぶりで、『ハングオーバー!』などで見せてきた飛び道具的な喜劇俳優のイメージを一新。自らプロデュースも兼任する力の入れようで、時の実業家の才気を再現することに成功している。

 タイはひょんなことから知り合ったシングルマザーのシーラ(『サクセッション』を卒業したサラ・スヌーク)に惚れ込み、彼女の幼い子供たちから新商品のインスピレーションを得ていく。タイはまさに子供の心を持った大人。アルバイトで入社したマヤ(利発さがキュートなジェラルディン・ヴィスナワサン)のアドバイスでインターネットを知ると、彼は貪欲にネットを取り入れて、さらなる事業展開にのめり込んでいく。

 クリスティン・ゴアの脚本はビーニー人形そのものの魅力にはほとんど無関心で、この製品が初期段階からなぜ人々の心を捉えたのかは映画を観ていてもよくわからない。主軸は後に社会的成功を収める3人の女性が、幼児性の高い成人男性タイによって搾取されていたという構造の看破であり、それは多くの見過ごされてきた女性へのリスペクトかもしれないが、男女の二項対立に物語を収束させたことで『AIR』『テトリス』のような批評性を獲得するには至らなかった。商機を見誤らなかった人々を描きながら、Me too映画としては随分出遅れた仕上がりなのだ。

 ところで終幕にはポケモンについての言及もあり、転売を見込んだ市場原理については大変わかりやすく解説された映画でもある。僕も近年のガンプラが入手しにくいメカニズムについて大いに納得がいった。まったく!


『ビーニー・バブル』23・米
監督 クリスティン・ゴア、ダミアン・クーラッシュJr.
出演 ザック・ガリフィアナキス、エリザベス・バンクス、サラ・スヌーク、ジェラルディン・ヴィスナワサン
※AppleTV+で配信中※
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