1988年に公開されたデヴィッド・クローネンバーグ監督の同名作をリメイクしたTVシリーズ。ショーランナーを担当するアリス・バーチはフローレンス・ピュー主演『レディ・マクベス』や『聖なる証』、デイジー・エドガー・ジョーンズとポール・メスカルをブレイクさせたTVシリーズ『ノーマル・ピープル』の脚本を手掛け、『サクセッション』シーズン2のストーリーエディターも担当した現在、最注目の脚本家だ。
クローネンバーグ版では英国の名優ジェレミー・アイアンズ(2年後に『運命の逆転』でアカデミー主演男優賞を受賞)が一卵性双生児の産婦人科医マントル兄弟を絶妙なグラデーションで演じ分け、ボディホラーの名手であるクローネンバーグが精神分裂の表象として“双子”を用いていた。今回は時代に即してか主人公の性別は女性に変わり、やはりイギリスから名優レイチェル・ワイズが主演に迎えられている。概ねクローネンバーグ版と同様のアプローチではあるものの、ワイズの演技はより“ジキルとハイド”的であり、キャラクターの差異が明確。妹のビバリーは内向的で実直な研究肌。姉のエリオットは時に露悪的とも言える自由奔放さ。作品のグレードを1つも2つも上げているワイズのパフォーマンスを見るだけでもこのリメイク版は一見の価値がある。評価されて然るべき名演だが、今やエミー賞のリミテッドシリーズ部門は定員オーバー気味で、選外となっているのが解せない。
マントル姉妹は革新的産科医療によって女性の不妊や出産の負荷を変えていこうと、ジェニファー・イーリー扮する投資家レベッカを頼る事になる。俗物的なレベッカ一家に屈する形で姉妹は資金的援助を得て、研究を巨大事業へと発展させるが、ビバリーが女優のジュヌヴィエーヴと恋愛関係に陥ったことから、やがてエリオットは精神の均衡を崩していく。
クローネンバーグ版で女優クレアを演じたジュヌヴィエーヴ・ヴィジョルドにちなんだ命名をされている女優ジュヌヴィエーヴ役ブリトニー・オールドフォードがやや弱く、双子姉妹の強烈な相互依存として本作を見るとやや読み違えてしまうことになる。投資家に逆らうことのできないビバリーは、精神的に疲弊しアナーキーな行動を繰り返すエリオットを“キャンセル”して、事業から切り離す決断を迫られる。精神分析的であるクローネンバーグ版と大きく異なり、資本主義への隷属を揶揄したアリス・バーチ版には2023年らしい皮肉が効いている。システムに心も理念も踏みにじられる社会で、果たして対象的な2つの人格のどちらが現在(いま)という時代を生きやすいのか?
2時間で収まっていた映画を全6話のリミテッドシリーズへ拡大した意味は見出しにくいものの(中国系ハウスメイドのサブプロットが機能していたとは思えない)、レイチェル・ワイズの見事な1人2役をはじめ、ジョディ・リー・ライプスの撮影、ショーン・ダーキンの演出など見所は多く、またクローネンバーグ版との連続視聴が本作への理解をより深めてくれることだろう。
『戦慄の絆』23・米
監督 ショーン・ダーキン、他
製作 アリス・バーチ
出演 レイチェル・ワイズ、ブリトニー・オールドフォード、ポリー・リュー、マイケル・チェルナス、ジェニファー・イーリー