長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『戦慄の絆』

2023-07-25 | 海外ドラマ(せ)
 1988年に公開されたデヴィッド・クローネンバーグ監督の同名作をリメイクしたTVシリーズ。ショーランナーを担当するアリス・バーチはフローレンス・ピュー主演『レディ・マクベス』『聖なる証』、デイジー・エドガー・ジョーンズとポール・メスカルをブレイクさせたTVシリーズ『ノーマル・ピープル』の脚本を手掛け、『サクセッション』シーズン2のストーリーエディターも担当した現在、最注目の脚本家だ。

 クローネンバーグ版では英国の名優ジェレミー・アイアンズ(2年後に『運命の逆転』でアカデミー主演男優賞を受賞)が一卵性双生児の産婦人科医マントル兄弟を絶妙なグラデーションで演じ分け、ボディホラーの名手であるクローネンバーグが精神分裂の表象として“双子”を用いていた。今回は時代に即してか主人公の性別は女性に変わり、やはりイギリスから名優レイチェル・ワイズが主演に迎えられている。概ねクローネンバーグ版と同様のアプローチではあるものの、ワイズの演技はより“ジキルとハイド”的であり、キャラクターの差異が明確。妹のビバリーは内向的で実直な研究肌。姉のエリオットは時に露悪的とも言える自由奔放さ。作品のグレードを1つも2つも上げているワイズのパフォーマンスを見るだけでもこのリメイク版は一見の価値がある。評価されて然るべき名演だが、今やエミー賞のリミテッドシリーズ部門は定員オーバー気味で、選外となっているのが解せない。

 マントル姉妹は革新的産科医療によって女性の不妊や出産の負荷を変えていこうと、ジェニファー・イーリー扮する投資家レベッカを頼る事になる。俗物的なレベッカ一家に屈する形で姉妹は資金的援助を得て、研究を巨大事業へと発展させるが、ビバリーが女優のジュヌヴィエーヴと恋愛関係に陥ったことから、やがてエリオットは精神の均衡を崩していく。

 クローネンバーグ版で女優クレアを演じたジュヌヴィエーヴ・ヴィジョルドにちなんだ命名をされている女優ジュヌヴィエーヴ役ブリトニー・オールドフォードがやや弱く、双子姉妹の強烈な相互依存として本作を見るとやや読み違えてしまうことになる。投資家に逆らうことのできないビバリーは、精神的に疲弊しアナーキーな行動を繰り返すエリオットを“キャンセル”して、事業から切り離す決断を迫られる。精神分析的であるクローネンバーグ版と大きく異なり、資本主義への隷属を揶揄したアリス・バーチ版には2023年らしい皮肉が効いている。システムに心も理念も踏みにじられる社会で、果たして対象的な2つの人格のどちらが現在(いま)という時代を生きやすいのか?

 2時間で収まっていた映画を全6話のリミテッドシリーズへ拡大した意味は見出しにくいものの(中国系ハウスメイドのサブプロットが機能していたとは思えない)、レイチェル・ワイズの見事な1人2役をはじめ、ジョディ・リー・ライプスの撮影、ショーン・ダーキンの演出など見所は多く、またクローネンバーグ版との連続視聴が本作への理解をより深めてくれることだろう。


『戦慄の絆』23・米
監督 ショーン・ダーキン、他
製作 アリス・バーチ
出演 レイチェル・ワイズ、ブリトニー・オールドフォード、ポリー・リュー、マイケル・チェルナス、ジェニファー・イーリー
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『ゼム』

2021-05-23 | 海外ドラマ(せ)

 リトル・マーヴィンによるTVシリーズ『ゼム』を途中脱落しても誰もあなたを責めたりはしない。黒人一家を襲う白人至上主義者と悪霊の恐怖を描いた本作は、目を覆いたくなるような差別と暴力のオンパレードだ。もちろん、実際の歴史は僕らがTV画面越しに正視することも叶わない凄惨なものであり、これを黒人クリエイターから出されてしまってはグウの音も出ない。何より本作は果敢なキャスト陣、一級のプロダクションデザイン、演出によって作られている。

 物語は1950年代、白人による郊外住宅地コンプトンに黒人一家がやってくる所から始まる。アメリカ南部ではジム・クロウ法が敷かれ、苛烈な人種差別の時代である。彼らの入居は近隣白人住民達から猛烈な反発を受け、早々に執拗な嫌がらせが始まる。しかも新居には目には見えない”何か”が潜んでおり…。

 『ゼム』は『ゲット・アウト』『アス』のジョーダン・ピールによる”人種差別ホラー”の系譜に連なり、郊外住宅地や物件の恐怖にはアイラ・レヴィンやロマン・ポランスキー、ジェニファー・ケントの『ババドック』らの影響も見受けられる。リスクを背負った白人キャスト陣(なんせ善人は1人も登場しない)による演技は強烈で、身を乗り出してしまう場面も少なくない。とりわけ悪意の根源に迫る第9話は悪夢のようだ。コンプトンが興った19世紀を舞台に、神を騙る傲慢と弱さに悪魔がつけ入る様を描いたこのエピソードは全編が美しいモノクロームで撮影されており、ロバート・エガース監督『ウィッチ』を彷彿とさせるクラシカルな風格すら感じさせた。近年、『ツイン・ピークス The Return』以後、『ウォッチメン』『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』など物語のルーツをモノクロで描く手法がトレンドとなっており、ここに『ゼム』も加わった。

 最大の問題は本作が果たして1シーズン10話もの時間をかけて語られる必要があったのかという事だ。家族が背負った暴力のトラウマを掘り起こし、陰惨な差別を見せ続ける本作が第5話でピークを迎えて以後、僕はどうにも腰が上がらなくなってしまった。実際の黒人差別の歴史を描く上ではこれでもまだ足りないだろうが、『ゼム』には激しい憎悪が渦巻いている。唾棄すべき白人キャラクターの中で、とりわけ陰湿な嫌がらせを繰り替えす主婦(アリソン・ピル)にはもっと語られるべき物語があったのではないか。”旧き良き50年代”は女性の自立が認められなかった時代であり、郊外住宅地に押し込められた彼女らが静かに狂っていったことは近年ではトッド・ヘインズが『エデンより彼方に』『キャロル』で描いている。彼女はもう1人の主人公となるべき存在であったにも関わらず、あの無残な終幕は何なのか。スパイク・リーを始めとする黒人映画には白人に対する怒りや揶揄は存在しても、分断するかのような憎悪はなかった。同じ“人種差別ホラー”でありながら、時にポップですらあった『ラヴクラフトカントリー』全10話の達成を思わずにはいられない。


『ゼム』21・米
製作 リトル・マーヴィン
出演 デボラ・アリヨンデ、アシュリー・トーマス、アリソン・ピル


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