長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『MEN 同じ顔の男たち』

2023-02-27 | 映画レビュー(め)

 人工知能と人類の頭脳戦と見せながら、実は来るMe tooの先駆けでもあった『エクス・マキナ』や、SFホラーに倦怠した夫婦の再生を描き出した『アナイアレイション』等、小説家・脚本家でもある才人アレックス・ガーランド監督の映画は一見では理解にしにくい重層性と人間社会に対する諦観にも近いシニシズムが込められているわけだが、この最新ホラーも何とも批評家泣かせの作品だ。複雑で難解か?いやいや、考察系YouTuber達は筆を折るがいい。『MEN』は画面に映るあらゆる要素が見たままの意味を持つ直截的な映画だ。

 イギリスの片田舎で静養しようとロンドンから主人ハーパーがやってくる。精神的な抑圧を続けてきた夫は別離を切り出した彼女に自殺を仄めかし、「一生罪を背負え」と言って窓から飛び降りた。田舎の静謐で色深い自然(Phantom Flex 4Kカメラの映像美だけでも本作はスクリーンで見る価値がある)が彼女の心を安らげたのも束の間、トンネルの向こう側からこちらを見つめる人影を皮切りに怪異が起こり始める。老いも若きもこの村にいるあらゆる男の顔が全て同じなのだ。少年は要求が通らなければ「クソ女」と罵倒し、牧師は夫の自死はハーパーに責があると攻め、バーで会った酔客は卑猥なジョークを投げかける。男性観客は随分、居心地の悪い想いをさせられるが「自分は違う」だなんて言い訳は一切通用しない。ガーランドは差別化することなく同じ顔の男を並べてトキシックマスキュリニティを突きつける。対するジェシー・バックリーは口角と深まり始めたほうれい線でヒロインの抱える葛藤を表現する個性的なパフォーマンスを見せ、カントリースタイルも凛々しい彼女の被虐美が一級の撮影、プロダクションデザインに映える。立ち位置から所作まで徹底的に振り付けられたMENに男は不快感を、女は恐怖感を抱くといった具合に、作品の受け取り方に性差が起こり得るかもしれない(MEN役ローリー・キニアはよくぞ付き合った)。僕は予告編段階からロマン・ポランスキーの初期傑作『反撥』のような洗練を期待していたのだが、ガーランドの演出は説明し過ぎだ。

 男たちの受動的攻撃性がついに形となって襲い来るクライマックスにハーパー共々、僕も呆れ返ってしまい、ダメ押しの“妊婦”にはため息すら漏れた。いかなるMENも子宮を通って現れるというガーランドの冷笑は男女二項対立とキャンセルカルチャーに向けられたものか?すっかり困惑してしまった僕は、しかし2020年の前作『DEVS』を見て本作の評価を改めることになる。その話はまたいずれ。


『MEN 同じ顔の男たち』22・英
監督 アレックス・ガーランド
出演 ジェシー・バックリー、ロリー・キニア、パーパ・エッシードゥ、ゲイル・ランキン
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『ザ・メニュー』

2022-12-03 | 映画レビュー(め)

 離れ小島にある高級レストラン“ホーソン”。各界著名人に称賛される予約困難の人気店にまた新たな客がやって来た。レストラン評論家、元人気俳優、投資家、そしてカリスマシェフのスローヴィクに心酔するマニアのタイラーと食に頓着しない恋人のマーゴだ。ところがそこには想像を絶する恐怖のメニューが待ち受けていて…。

 サスペンススリラー愛好家が舌なめずりしたくなるお膳立てだが、まずは手を膝の上に置くように。『ザ・メニュー』はもちろん血しぶきがあるし、107分間に渡って緊張感が貫かれているが、注目すべきは本作を作った“料理人”の名前だ。HBOの人気TVシリーズ『サクセッション』(邦題『メディア王 華麗なる一族』)のクリエイター、マーク・マイロッドが監督を務め、プロデューサーには同じくアダム・マッケイが名を連ねている。アメリカ政府すら意のままに操る巨大メディア企業創業一家の後継争いをあまりに黒すぎるユーモアで描いてきた彼らの“料理”と知れば、『ザ・メニュー』が見た目通りではない不可解な味付けのホラーコメディである事がわかるだろう。ネットに“考察”を垂れ流す輩があふれた現代消費社会をおちょくっているのはもちろんのこと、とりわけエグ味を放つのは富裕層による労働搾取だ。例えあなたが飲食業界に身をおいていなくても、“エッセンシャルワーカー”なる呼び名で身を護る術もないまま低賃金で働かされたコロナ禍初期は記憶に新しいだろう。欧米ではロックダウン下で買い出し代行のサービスを行っていたのは貧民層だった。またFXの傑作TVシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(原題“The Bear)を見た後では飲食業界の過酷な職場環境がメンタルヘルスにも悪影響を及ぼすのは既知の通りで、スローヴィクの正体が明らかとなる場面には思わずこみ上げるものがあった。さすがに特濃フルコースのような『サクセッション』の後では量もスパイスも物足りないが、この“絶対に笑ってはいけない注文の多い料理店”に戸惑う劇場の空気は決して悪くなかった(映画に辻褄を求めるような人はハナからこの映画の客ではない)。アリ・アスターの『ミッドサマー』を思い浮かべた人も少なくないと思うが、音楽は『ヘレディタリー』を手掛けたコリン・ステットソンである。

 それにしてもアニャ・テイラー=ジョイときたら!スクリーンに愛された彼女こそが本作のメインディッシュであり、今更言うまでもなくホラーでその魅力は映え、そしてここには彼女のフィルモグラフィに通底してきた“反逆者”としてのパンクがある(食いっぷりも最高だ)。“旬”のスターの魅力を余す所なく引き出している点1つを取っても、『ザ・メニュー』が一流シェフの仕事であることはおわかり頂けるだろう。


『ザ・メニュー』22・米
監督 マーク・マイロッド
出演 アニャ・テイラー=ジョイ、レイフ・ファインズ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジュディス・ライト、ジョン・レグイザモ
 
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『メン・イン・ブラック インターナショナル』

2020-03-19 | 映画レビュー(め)

 『マイティ・ソー バトルロイヤル』『アベンジャーズ エンドゲーム』等でコメディセンスを見せてきたクリス・ヘムズワースとテッサ・トンプソンが『メン・イン・ブラック』シリーズのリブートで再タッグを組むと聞いて期待したが、考えてみれば第1作目は20年以上も前の97年(ウィス・スミスのほとんどデビュー作みたいなもんだ)製作である。こんな大昔のコンテンツを引っ張り出す懐古企画に期待する僕らもどうかしていた。全編ヌルいギャグ、死んだ間合い、スリルに乏しいアクション…ヘムズワースとテッサのコンビも実にぎこちなく、覇気のない映画である。

 2019年の翻案としても練り込みが足りず、一応ギャグにはされているが“Men in Black”にwomanはいないワケで、新人エージェントのテッサをベテランのヘムズワースが教育するというのはマンスプレイニングであり、逆の方がずっと新鮮で面白くなっただろう。MCUのメンバーは座を出ると途端に精彩を欠くが、彼ら2人もとんだ失点になったなぁと思わざるを得ない。


『メン・イン・ブラック インターナショナル』19・米
監督 F・ゲイリー・グレイ
出演 クリス・ヘムズワース、テッサ・トンプソン、リーアム・ニーソン、レベッカ・ファーガソン、エマ・トンプソン
 
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『MEG ザ・モンスター』

2019-07-31 | 映画レビュー(め)

世の中には“サメ映画”というジャンルがある。スティーブン・スピルバーグ監督の出世作『ジョーズ』以後、近年でも『ロスト・バケーション』等のヒット作があり、空からサメが降ってくる『シャークネード』シリーズに至ってはほとんど毎年量産されている需要のあるジャンルだ。いよいよサメが宇宙にまで出る時代、生真面目に海を泳がせるのが本作『MEG』だ。

可愛らしいタイトルだが、これは太古に存在したとされる巨大サメ“メガロドン”の愛称だ。体長20メートルを超え、クジラを捕食したとされるこの怪物が現代に甦る。迎え撃つはジェイソン・ステイサム!“ステイサムの悩み相談bot”のコラ画像かと見紛うが、そんなに酔狂な企画でもない。ステイサムは飛込選手としてオリンピック代表チームにまで参加した経歴の持ち主なのだ。CGコテコテのメガロドンを相手にステイサムの飛び込みフォームは“本物”である。

しかし、サメをゴジラ級に巨大化させても少しも怖くならないのだから困ったものだ。いよいよ海水浴場に襲い掛かるシーンではデカ過ぎるためにほとんどの人がスルーされているし、そもそもあのアゴで噛まれるのではなく、丸っと一飲みされるならまぁいいかな…という奇妙な諦めも出てきてスリルを感じないのである。もう少し何とかならなかったものか。

ところで本作を見ていると現在のハリウッド映画の金の流れがよくわかる。アメリカ国内だけで製作費を回収する事は難しく、海外興収、とりわけ中国市場が頼みの綱だ。ステイサムの相棒となる準主役は中国の人気女優リー・ビンビンが務め、クライマックスの海水浴場も中国である。ハリウッドのスタンダードが大きく変わっている事が目に見えて良くわかる映画だった。


『MEG ザ・モンスター』18・米
監督 ジョン・タートルトーブ
出演 ジェイソン・ステイサム、リー・ビンビン、レイン・ウィルソン、ルビー・ローズ、マシ・オカ
 
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『メリー・ポピンズ リターンズ』

2019-03-07 | 映画レビュー(め)

実に54年ぶりとなったメリー・ポピンズの帰還は子供達の世話が目的ではない。時は1935年、世界恐慌の只中であり、そして2018年にこの映画を迎える僕らもまた困難な時代を生きている。2017年~2018年のアメリカ映画は規範なき社会の象徴として親の不在、家族の形骸化が多く描かれた。今一度、僕らを導く存在が必要だったのだ。

今度のメリー・ポピンズはあからまさに魔法を使って部屋の片づけなんかしない(魔法を使った後に何かとしらばっくれるのは原作に近いのだろう)。かつて手を焼いたジェーンとマイケルも今や立派な大人。メリー・ポピンズは1歩も2歩も下がったナニーらしい立ち位置で彼らを支える。ジュリー・アンドリュース以後、誰も引き継げなかったメリー・ポピンズをエミリー・ブラントは歌と踊りはもちろん、より優雅でそしてちょっとイジ悪く演じ見事モノにした。現役随一と言っても過言ではないオールマイティゆえ、上手くて当たり前と思われているのかオスカー候補に手が届かなかったのが残念だ。

 彼女を囲むオールスターキャストの贅沢さは今日のディズニー映画ならではだろう。冒頭、ベン・ウィショーが語り掛けるような歌声で思いがけない歌唱力を発揮。カメオ出演のメリル・ストリープは『イン・トゥ・ザ・ウッズ』よりも遥かに上手くなっている(未だ天井知らずなのが大女優たる所以だ)。そして前作でディック・ヴァン・ダイク(本作でも元気な姿を見せてくれている!)が演じた大道芸人バートに相当するジャックを演じるのがミュージカル界の大スター、リン・マヌエル・ミランダだ。舞台仕込みの身のこなし、ハスキーボイスのラップパフォーマンスと実質主演と言っていい仕事量である。

心ない雇われ監督のイメージが定着していたロブ・マーシャル監督だが、さすがに今回は題材がピタリとハマった格好だ。過去の遺産に寄りかからず、有名歌曲をオミットして全曲新規書下ろした姿勢はファン接待映画が相次ぐ昨今、実に意欲的だ。はじめこそ『シカゴ』以後、確立されてしまった現代リアリズムミュージカル演出にミスマッチを覚えるものの、前作の煙突掃除夫達の群舞を連想させる街灯マン達の場面等、マーシャルの“舞台臭さ”が上手く作用してオマージュへと結実している。オスカー候補に挙がった音楽マーク・シェイマン、衣装サンディ・パウエルも好投だ。

 終幕、メリー・ポピンズはちょっと寂し気な表情を見せて去っていく。ジェーンもマイケルも、そして僕も大人だ。自分たちの力で何とかやっていけるだろう。「私の役目はここまで」本作は帰還であり、そして永遠のお別れでもあるのだ。


『メリー・ポピンズ リターンズ』18・米
監督 ロブ・マーシャル
出演 エミリー・ブラント、リン・マヌエル・ミランダ、ベン・ウィショー、エミリー・モーティマー、ジュリー・ウォルターズ、メリル・ストリープ、コリン・ファース、ディック・ヴァン・ダイク、アンジェラ・ランズベリー
 
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