長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ウィル&ハーパー』

2024-10-15 | 映画レビュー(う)

 パンデミック只中の2021年、ウィル・フェレルはサタデー・ナイト・ライブ時代からの盟友であるコメディ作家アンドリュー・スティールに「女性へ性別移行した」と告げられる。間もなく還暦を向かえる彼にいったい何があったのか?2024年、再会したアンドリューはハーパーと名を変え、女性として生活していた。かつては安いビールにロードトリップ、場末のバーで見ず知らずの人々との交流を楽しんだハーパーは、果たしてトランスジェンダーとなった今も同じ楽しみを享受することができるのか?ウィルとハーパーは旧交を温めるべく17日間の旅に出かける。

 念の為、言っておくとほとんど劇映画のような体裁の『ウィル&ハーパー』はドキュメンタリーだ。2人はNYでSNL時代の同期たちと再会し、ワシントンDCを経てアイオワはじめ地方部へと移動していく。ロードムービーとしても心地よい車窓の光景は、アメリカが一部の進歩的大都市と、多くの辺境で構成されていることがよくわかる。やっぱり可笑しいウィル・フェレルと、コメディの間合いを心得たハーパーの“おかしな2人”の旅路を描く撮影、編集は劇映画と言われてもわからないルックだ。

 なんとも人好きのする映画だが、難を言えばあまりにも均整が取れ過ぎていることだろう。全てのシークエンスが予定調和的で、ここにはドキュメンタリーならではの偶発性、事故性がなく、作り手が人間の不可思議さを発見する過程も存在しない。これまでNetflixは低予算のインディーズドキュメンタリーに広くスポットを当ててきたが、昨年の『“Sr.”ロバート・ダウニー・シニアの生涯』同様、スターのネームバリューを活かした本作のような“バラエティ”も真骨頂なのだろう。ウィルとハーパーの老いらくの友情を見て、嫌な気分になる人は誰もいないはずだ。教育ドキュメンタリーとしての機能は十分に果たしている。


『ウィル&ハーパー』24・米
監督 ジョシュ・グリーンバウム
出演 ウィル・フェレル、ハーパー・スティール
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ウルフズ』

2024-10-12 | 映画レビュー(う)

 日本劇場公開中止の報せが出た時は「ついにブラピ、ジョージ・クルーニー主演作でもスクリーンにかからない時代か…」と惜しむ声がSNS上で多く聞かれたが、いざAppleTV+での配信が始まれば誰も話題にしていない感がある『ウルフズ』。宣伝を一切しないAppleだから仕方がないと言えばそれまでだが、配信スルーを嘆くだけではなく、数百円程度の月額費を払って見届けてやるのも映画ファンの矜持というものだろう。

 勘違いしないでほしいのは、劇場未公開で終わるような駄作ではないことだ。『スパイダーマン:ホームカミング』に始まるシリーズ3部作を大成功に導いたジョン・ワッツは、おそらく考えうる限りの創作的自由を得て脚本・監督を兼任。シワが目立つようになったブラピとクルーニーに比べればオースティン・エイブラムスの扱いが随分と小さく、作品全体に若々しさは乏しいものの、ラーキン・サイプルの魅惑的な夜間撮影を擁する本作はオールドスタイルが心地いいのだ。近年のメジャー大作にはない落ち着いたトーンはとりわけ巻頭15分が出色。大作でもなければフランチャイズでもない、ウェルメイドな“普通の娯楽映画”の居場所がストリーミングへ追いやられてしまったのが現在である。

 あらゆる難題に対処する影の始末人が偶然、1つの現場に居合わせたことから起こる騒動は軽妙洒脱。息のあったブラピとクルーニーに頼り過ぎな感はあるが、時折、加齢ギャグもかます2人の掛け合いは代え難い(あぁ、2人とも還暦を超えているとは!)。優れたプロデューサーでもある彼らがこのアベレージの娯楽映画の重要性を認識していることがよくわかる。晴れて続編制作も決定。AppleはTVシリーズといい、娯楽メディアが持つ原初的な楽しみに自覚的である。


『ウルフズ』24・米
監督 ジョン・ワッツ
出演 ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、オースティン・エイブラムス、エイミー・ライアン
※AppleTV+で独占配信中※
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『喪う』

2024-09-25 | 映画レビュー(う)

 末期がんの父を看取るため、3人姉妹が実家に集う。長女と次女は家を出て久しく、後妻の連れ子である三女がこれまで父の面倒を見てきた。共に家族として過ごした時期はあれど、今やほとんど他人である彼女らにとって“家族”の概念は異なり、父との思い出にも差異がある。アザゼル・ジェイコブスが監督、脚本を務める『喪う』(=原題“His Three Daugthers”)は誰もが経験し、誰にでも起こり得る体験を描いた小品だ。今年はハリウッド映画が入念な企画開発で何とか生命維持に成功しているが、市井の人々の機微を描くささやかな“アメリカ映画”が僕にはどうにも恋しくてたまらなかった。

 映画のほとんどは父のアパートで進行する。白を基調としたプロダクションデザイン、窓から臨むNYの光景にベルイマン影響下のウディ・アレン作品や、その系譜に連なるノア・バームバックを彷彿とする(撮影は『フランシス・ハ』『レディ・バード』のサム・レヴィ)。役者を正面から見据えて肉薄し続けるジェイコブスは舞台的とも言える精緻なミザンスで俳優を交通整理し、大胆な省略も施す語りの巧さ。キャリー・クーン、エリザベス・オルセン、ナターシャ・リオンから今年最高レベルのアンサンブルを引き出した。

 長女たる責任でコントロールフリークを発揮するケイティ役クーンの巧さは言うまでもなく、MCUを離れ本来の性格演技に戻ったエリザベス・オルセンが面目躍如だ。バランスを崩した家族に調和をもたらそうとする気丈なクリスティーナは“良い子ちゃん”でもあり、そこにはメンタルの脆さも同居する。そして血の繋がらない三女レイチェルを演じるナターシャ・リオンは本作の精神的支柱だ。近年『ロシアン・ドール』『ポーカー・フェイス』で演じてきたほとんど地のように見える陽性のオーラを封印。姉妹との距離に苦しみ、喪失の怖れを隠しながらひょうひょうとマリファナを吹かす姿に、これまで見せたことのなかった哀しみと混乱、孤独が込められている。オスカー助演賞ノミネートも大いにあり得るキャリアの更新だ。

 束の間、カメラがリオンの肩越しに街に出れば、映画は大きく息を吸い込む。人生と町への愛を謳う終幕の素晴らしいダイアログといい、本作は土地に根ざした“NY映画”であり、そして今年の幾つかの映画と同様、異なる3人が手を取り合い調和を試みるトライアングルの映画である。その街に生まれ、暮らし、生きる人々の息遣いを感じさせてくれるようなアメリカ映画はいつ巡り会えても嬉しいものだ。


『喪う』24・米
監督 アザゼル・ジェイコブス
出演 キャリー・クーン、ナターシャ・リオン、エリザベス・オルセン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『Winter boy』

2023-12-11 | 映画レビュー(う)
 『ふたりのベロニカ』『トリコロール 赤の愛』で知られる女優イレーヌ・ジャコブの息子ポール・キルシェが主演。その母親役にやはり『トリコロール 青の愛』に主演したジュリエット・ビノシュ。この配役だけでも、随分と時間が経ったものだと感慨深いものがある。自身の少年時代を元にしたというクリストフ・オノレ監督は、やはりビノシュが夫を交通事故で亡くした『青の愛』同様、本作を青みがかった映像で包み、父を亡くした17歳の喪失感を描き出していく。

 ポール・キルシェは時折、憂い気に伏せた面持ちがキェシロフスキの描く運命の不思議に遭遇した母イレーヌを想わせ、あどけなさと体当たりの切れ味に今後を期待させるものがある。キルシェ演じるリュカの憂鬱は現在(いま)を生きる子どもたちのメランコリーを体現しているが、それをオールディーズポップで代弁するオノレの演出はややノスタルジーが過ぎるだろう。アメリカに留まらず、昨今の映画作家は感傷に依り過ぎているのではないか。


『Winter boy』22・仏
監督 クリストフ・オノレ
出演 ポール・キルシェ、ジュリエット・ビノシュ、ヴァンサン・ラコスト、エルヴァン・クポア・ファン
12月8日よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ヴォルーズ』(寄稿しました)

2023-11-26 | 映画レビュー(う)
 リアルサウンドにNetflixから配信されている映画『ヴォルーズ』のレビューをはじめ、監督メラニー・ロランのフィルモグラフィを振り返るコラムを寄稿しました。日本では長らく見ることのできなかった監督第4作にして傑作『呼吸』が、12月にスターチャンネルで初放送されます。この他、近年相次ぐ俳優の監督デビューラッシュにも言及。御一読ください。


記事内で触れられている各作品のレビューはこちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする