長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ブラック・バード』

2024-03-04 | 海外ドラマ(ふ)

 かねてから“TVシリーズ見ずして俳優のベストワークを語れない時代”と書き続けてきたが、躍進著しいAppleTV+による『ブラック・バード』ではタロン・エガートンとポール・ウォルター・ハウザーが共にキャリアを更新している。エガートン演じるジミー・キーンは薬物、銃器の違法所持で逮捕された密売人。冒頭、筋骨隆々に肉体改造されたエガートンの異様な迫力にたじろぐと、本作が遺作となったレイ・リオッタが父親役で登場し、そうかエガートンはこの怪優に寄せたのかと合点がいく。

 ドラマは司法取引に応じたキーンが刑務所に潜入、収監中の連続殺人鬼から自白と死体の隠し場所を聞き出す物語で、これが実話というのだから戦慄が走る。殺人犯ラリー・ホールに扮するのはポール・ウォルター・ハウザー。田舎に住む南北戦争マニアの独身男性で、誇大妄想狂という役柄は『アイ、トーニャ』『ブラック・クランズマン』『リチャード・ジュエル』からの変奏であり、この性格俳優はセルフパロディに陥ることなく、徹底した演技プランで人間像にグラデーションを付けている。

 ショーランナーは『ミスティック・リバー』などで知られる小説家デニス・ルヘイン。本作もまた人間の愚かさと底しれない闇のドラマであり、自ら恐ろしい奈落を覗き込んでいたことに気づくエガートンの受けの芝居は絶品である。賞レースではウォルター・ハウザーがエミー賞を獲得するなど注目は偏ったが、彼らの見事な演技ラリーが堪能できるサスペンスだ。


『ブラック・バード』22・米
製作 デニス・ルヘイン
出演 タロン・エガートン、ポール・ウォルター・ハウザー、セピデ・モアフィ、グレッグ・キニア、レイ・リオッタ
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『ブランニュー・チェリーフレーバー』

2022-02-22 | 海外ドラマ(ふ)

 闇夜のハイウェイに始まり、ハリウッド、映画監督、フリークスとデヴィッド・リンチ好きには堪らないキーワードが揃った『ブランニュー・チェリーフレーバー』(終盤にはリンチ組パトリック・フィッシュラーまで出てくる)。Netflixオリジナルシリーズの中でも群を抜く怪作と言っていいだろう。主人公リサ・ノヴァは自主制作のホラー映画が大物プロデューサー、ルー・バークの目に留まり、ハリウッドに招かれる。リサ自らがメガホンを執る商業映画デビュー作としてトントン拍子に話が進むも、ルーの「当然だろ」と言わんばかりのセックスを断ったばかりに彼女は解雇され、映画の権利を奪われてしまう。怒りに燃える彼女の元に、怪しげなホームレスの女が現れた。「黒魔術を使ってルーに復讐しましょう…」。

 かねてより映画、小説、コミックあらゆる物語がLAには“何かがある”と描いてきた。華やかなショービジネスの影にはにわかに信じ難い奇譚が蠢いている。そんな与太話を愛せるなら、本作も十分に楽しめるハズだ。主人公リサ・ノヴァを演じるのはやはりこちらも異色作『アンダン』に主演したローサ・サラザール。モーションキャプチャーで孤軍奮闘した『アリータ バトル・エンジェル』といい、すっかりカルト女優の風格である。本作では口からアレを吐いたり、脇腹にアレができたりと珍妙な事態に次々と見舞われ、クライマックスはまるでデヴィッド・リンチ監督『ロスト・ハイウェイ』のミステリーマンだ。なんとも頼もしい。
彼女に黒魔術を施す謎の人物ボロに扮するのはキャサリン・キーナー。今やすっかり名女優の風格だが、そもそも『マルコヴィッチの穴』で名を成した“わかっている人”である。

 それでも、僕にはこれだけの要素が揃ってもまだ物足りなかった。LAのディープさはこんなモンじゃない。しっかりクリフハンガーされたシーズン2でさらにリミッターが外れる事を期待したい。


『ブランニュー・チェリーフレーバー』21・米
製作 レノア・ザイオン、ニック・アントスカ
出演 ローサ・サラザール、エリック・ランジュ、キャサリン・キーナー、マニー・ジャシント
※Netflixで配信中※
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『ファーゴ シーズン4』

2021-08-12 | 海外ドラマ(ふ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 96年に公開されたコーエン兄弟による傑作『ファーゴ』を原作とした本シリーズは、シーズンを追う毎に兄弟の作風から離れ、ショーランナーであるノア・ホーリーの独自色を強めていった。このシーズン4は1950年代のカンザスシティを舞台にしており、もはやファーゴ地方の話ですらないのだが、そんなことはどうでもいい。今や"ファーゴ”とはコーエン兄弟に始まり、ノア・ホーリーによって深化した神話世界を指すのだ。

 シーズン3が終了した2017年当初、ホーリーは次シーズンの製作について「然るべきアイデアがまとまったら」といった旨の発言をし、これまでよりもブランクが開くことを示唆していたように記憶している。ホーリーは17〜19年に『レギオン』シーズン2、3も掛け持ちしていたが、思いの外早く2020年にシーズン4は実現した。この"速さ”にこそ今シーズンの意味がある。

 ドラマはカンザスシティのギャング抗争の歴史を紐解くところから始まる。アイルランド系とイタリア系による対立は互いの息子を交換する政略養子によって和平を保つが、そこには裏切りもつきまとった。アイリッシュの養子ラバイは転じて内通者となり、抗争はイタリア系の勝利に終わる。時は移ろい1949年、ジムクロウ法を逃れたアフリカ系組織の台頭によって再びカンザスシティに暗雲が立ち込め始める。

 シーズン3がコーエン兄弟のオリジナル映画とほぼ同じ舞台設定を用意しながらトランプ時代のオルタナファクトを背景にした難解作であったのに対し、シーズン4は驚くほど明朗なストーリーテリングだ。ポーラ・ウィドブロらによる撮影はついにコーエン兄弟の常連、巨匠ロジャー・ディーキンス撮影監督に肉薄し、ホーリー組はいよいよ完成された感がある(常連ジェフ・ルッソの音楽も楽しい)。そしてイタリア系とアフリカ系の対立という構図は当然、Black Lives Matterに代表される2010年代の人権運動、人種対立を映し出す。シーズン4がこれだけ早く登場した理由はノア・ホーリーが時代と大統領選挙に反応した結果なのだ。


【シリーズ史上最多のキャスト】
 そんな本シーズンにはシリーズ史上最多のオールスターキャストが揃った。アフリカ系組織のボスには意外なことにコメディアンのクリス・ロック、イタリア系にはウェス・アンダーソン作品の常連でもあるジェイソン・シュワルツマンがキャスティングされている。いわゆる“ギャングもの”のゴッドファーザーにイマイチ軽い彼らが配置されている事からも、主眼が人種対立ドラマにある事は明らかだろう。組織の“叔父貴”役に『マ・レイニーのブラックボトム』でも名演を披露していた老優グリン・ターマン、保安官役にいつの間にかすっかり貫禄が出てきたティモシー・オリファント、またイタリア系マフィアと内通する刑事にジャック・ヒューストン(ジョン・ヒューストンの孫!)と役者が揃った。

 事件の外側で暗躍する謎の看護婦役には近年『チェルノブイリ』『ワイルド・ローズ』『もう終わりにしよう。』など絶好調の個性派ジェシー・バックリーが扮した。彼女のトレードマークとも言えるクイと上がった口角に本作では邪悪が宿る。シーズン1のビリー・ボブ・ソーントン、シーズン2のザーン・マクノーラン、シーズン3のデヴィッド・シューリスらに並ぶ悪魔的キャラクターと言えるだろう。シーズン4はコーエン兄弟の『ファーゴ』よりも同じ96年に公開されたロバート・アルトマン監督作『カンザス・シティ』のフィーリングに近く、バックリーの演技はさながら当時、怪優道を突き進んでいたジェニファー・ジェイソン・リーを思わせるものがある。


【円環が閉じるが、物語は終わらない】
 第9話『東か西か』は今シーズンのベスト回だ。ベン・ウィショー扮するラバイは組織を裏切り、アフリカ系組織の養子サッチェルを連れて逃亡する。彼らが辿り着いたのはリベラルという名の田舎町で、身を寄せた宿は対立するオーナーによって右と左に客室が分かれており…ノア・ホーリーらしい寓意に満ちたセッティングだ。大人たちが血で血を洗う抗争を繰り広げる中、ただ一人、子供のために命をかけるアイリッシュマン、ラバイこそコーエン兄弟『ミラーズ・クロッシング』への本歌取りであり、まるで後の悲劇を察していたかのようなウィショーの仄暗さはシーズン全体の磁場となっている。

 この第9話は全編がモノクロで進行する。物語の重要なルーツへと遡るエピソードをモノクロで描く手法はPeakTVのトレンド演出だ。しかし、1950年代を舞台とする本作にとって“未来は今”である。サッチェルの正体はシーズン2で登場した“カンザスシティのギャング”マイク・ミリガンだ。ボキーム・ウッドバインが演じた哲人のようなギャングにこんな物語があったのか。しかし彼もまたシーズン2の最後で資本主義化したギャングのシステムに囚われ、埋もれていく。こうして『ファーゴ』は大きく弧を描き、一旦は円環を閉じたように見える。

 続くラスト2話で作劇的スタミナが切れているのが惜しまれるが、ホーリーがどうしても語らずにはいられなかったであろう衝動がこれまでのシリーズにはない魅力を生み出している。いずれまた新たな物語が語られることだろう。
 
 
『ファーゴ シーズン4』20・米
監督 ノア・ホーリー、他
出演 クリス・ロック、ジェシー・バックリー、ジェイソン・シュワルツマン、ベン・ウィショー、ジャック・ヒューストン、グリン・ターマン、ティモシー・オリファント

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『フライト・アテンダント』

2021-07-26 | 海外ドラマ(ふ)

 先ごろ今年のエミー賞ノミネートが発表された。話題は最多ノミネートの『ザ・クラウン』『マンダロリアン』に集中しているが、PeakTVにおいて真に多様で複雑な進化を続けているのはコメディ部門である。昨今の受賞作を振り返っても殺し屋の主人公が演劇養成所に通うバイオレンスコメディ『バリー』や、山の手の奥様がお笑い芸人を目指す一代記『マーベラス・ミセス・メイゼル』など、単純に面白おかしいだけではなく"コメディ”の定義に挑み、キャラクターを掘り下げた所謂"ドラメディ”と呼ばれる作品が多い。

 『フライト・アテンダント』もソール・バス風のオープニングタイトルからして往年のヒッチコック映画を思わせるサスペンスだが、全米の各アワードでは"コメディ”としてカテゴライズされている。国際線のフライト・アテンダントが殺人事件に巻き込まれるシーズン1は血の量と同じくらいギャグが盛り沢山だ。そんな本作の推進力となるのが製作総指揮も兼任する主演ケイリー・クオコである。

 彼女が演じる主人公キャシーは恵まれたルックスと奔放な性格な持ち主で、おまけに大の酒好き。飲めば止まらず、その勢いで一夜限りのセックスに及ぶこともしばしばだ。今日もファーストクラスのイケメン、アレックス(『ゲーム・オブ・スローンズのダーリオ・ナハリスことミヒル・ホイスマン)と意気投合し、到着地シンガポールで甘い一夜を過ごすことに。ところが朝になって目覚めてみると、隣には首をかき切られたアレックスの死体が…。

 『フライト・アテンダント』はヒロインの行動にまったく共感できない所に面白さがある。酒飲みのキャシーは昨晩の記憶も定かではなく(突発的に思い出すこともある)、ほとんど二日酔い状態。血中アルコール濃度が高い時にありがちな、行き当たりばったりの行動が予測不可能なサスペンスと笑いを生んでいる。実は彼女、酒飲みどころか重度のアルコール中毒であり、それはやはりメンタルヘルスの問題に結びついていく。これは犯人探しのサスペンスであると同時に、彼女がアル中から脱するまでの成長物語でもあるのだ。ケイリー・クオコはまさに大車輪の活躍で、1エピソードのほとんどが泥酔状態の第6話には圧倒されてしまった。

 スプリット画面やギョッとする脳内独白シーンなど映像的お遊びはあるものの、カメラやキャスト陣に華が乏しく、"ひと昔前のTVドラマ”のルックを出ないのが惜しい。シリーズ継続を見込んだロージー・ペレスのサブプロットも1シーズン8話というタイトさで突っ切るサスペンスの勢いを削いでおり、煩わしくはある。それでも最終回で示された続編への意外な伏線に期待が高まった。エミー賞での善戦が今後のシリーズ継続の大きな弾みになるだろう。


『フライト・アテンダント』20・米
監督 スザンナ・フォーゲル、他
出演 ケイリー・クオコ、ミヒル・ホイスマン、T・R・ナイト、ロージー・ペレス
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『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』

2021-05-08 | 海外ドラマ(ふ)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※
 さすがにあのトリッキーな『ワンダヴィジョン』の後ではサムとバッキーのデコボココンビによる痛快バディアクションを予想したが、こちらもさらに突っ込んだテーマを持つMCU屈指の重要作であった。

 『アベンジャーズ/エンドゲーム』でキャプテン・アメリカ=スティーブ・ロジャースから星条旗カラーの盾を受け継いだファルコンことサム・ウィルソン。しかし彼は2代目キャプテン・アメリカを襲名することなく盾を政府に返還してしまっていた。ウィンター・ソルジャー時代のトラウマ治療を続けているバッキーは友の意志を無下にしたサムを許すことができない。一方、「サノスの指パッチンによって半減した世界こそ理想」と標榜するテロ組織”フラッグ・スマッシャーズ”が暗躍。ファルコンとウィンター・ソルジャーは渋々コンビを組み、彼らを追うことになる。

 『ハンドメイズ・テイル』などのTVシリーズでエピソード演出を務めてきたカリ・スコグランド監督が全話を担当し、全体のトーンはルッソ兄弟が監督した『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のリアリズム志向を継承している。そして『ワンダヴィジョン』同様、アクションスケールは映画そのままに、語りのペースはPeakTVの諸作同様、複雑で腰の据わったトーンだ。第1話巻頭こそファルコンのスピードを活かした高速戦闘シーンで魅せるものの、そこからはグッとペースを落とし、各人のドラマを掘り下げていく。

 『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』で驚かされるのはサノスの指パッチンから5年の間、世界中で起きた現象が詳細に語られていることだ。おそらく世界人口の半減により、各国が経済的デフォルト状態に陥ったことは想像に難くない。フラッグ・スマッシャーズのリーダー、カーリの言葉によると国境線は消え、世界は共通の問題に立ち向かうべく協調路線にあったという。ところがアベンジャーズの活躍により消し去られた人々が突如、復活。それは世界の対立軸をも蘇らせてしまう事となる。

 ”世界が共通のイシューを抱えている”という景色は現在のコロナ禍そのものであり、さらに本作はMCUとして初めてBlack Lives Matterに正面から向き合っている。サムの生まれはアメリカ南部ルイジアナ州であり、彼は漁師の息子だった。姉が女手1つで稼業を引き継いだが経営は厳しく、老朽化した漁船を修理する資金もままならない。サムは銀行に融資を頼みに行くが、サインこそ求められても金を工面する事は叶わなかった。サムは政府の”業務委託”戦闘員に過ぎず、実家を経済的に救うこともできないのだ(アベンジャーズで食えていたのは社長だけだったのか!)。

 『ワンダヴィジョン』でワンダがメンタルヘルスの問題を抱えたマイノリティであったように、ここではサムが黒人という人種を背負ったマイノリティとして描かれる。第2話で登場するのがかつて朝鮮戦争でスーパーソルジャーとして戦った退役黒人兵イザイアだ。キャップ同様、国家に作られながらも戦後にその存在は抹消され、彼はスラムで孤独な日々を送っていた。アメリカは第2次大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争など大戦の度に”アメリカ国民”として黒人たちを徴兵しながらも、その一方でアメリカ人としては認めてこなかったのである。昨年もスパイク・リーが『ザ・ファイブ・ブラッズ』でこれを糾弾しており、今なお根深い問題だ。果たして白人達が国威発揚のために創ったアイコン”キャプテン・アメリカ”を、黒人のサムが継承することは正しいのか?

 悩めるサムの対称として現れるのが官製2代目キャップのジョン・ウォーカーだ。カート・ラッセルの息子、ワイアット・ラッセルが好演する彼は大きな大志を抱き、フラッグ・スマッシャーズ壊滅の任に当たるもやがて盾の持つ大きな力に魅せられ、バランスを崩していく。キャップの盾が血にまみれる第4話タイトルは「The Whole World Is Watching」(世界は見ている)。アメリカ国旗を掲げた者達が国内で分断され、互いに血を流し合う現在、MCUはヒーローとは肉体から成るのか、それとも高潔な魂から成るのかと問いかける。時代の折りに触れ、何度も内省するのは”アメリカ映画”の伝統だ。

 サムは言う「オレにはスーパーパワーも強靭な身体もない。オレにあるのは唯一、人を信じる心だ」。新たなキャプテン・アメリカの戦闘スタイルを見てほしい。盾を振るい、敵を倒すだけではなく、彼は盾で守り、時に盾で相手を受け止める。そしてカーリ達の唱える「世界は1つ、人は1つ」という合言葉が尊く響く。2020年代もMCUはエンターテイメントの最高峰であり、そしてこの困難な時代を鋭く描き続けていくのである。
 

『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』21・米
監督 カリ・スコグランド
出演 アンソニー・マッキー、セバスチャン・スタン、ダニエル・ブリュール、エミリー・ヴァンキャンプ、ワイアット・ラッセル、ジュリア・ルイス=ドレイファス
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