長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アンデッド 愛しき者の不在』

2025-01-10 | 映画レビュー(あ)

 映画『ぼくのエリ 200歳の少女』や『ボーダー 二つの世界』で知られるスウェーデンの人気作家ヨン・アイビデ・リンドクビストが自身の小説を脚色した最新作。これまでトーマス・アルフレッドソン、アリ・アッバシら異才の出発点となってきたリンドクビスト映画だが、今回共同脚本を手掛けるテア・ビスタンダル監督といい、誰が撮っても同じトーン&マナーを共有する“リンドクビスト映画”になるのが唯一無二の個性だろう。スウェーデンの曇天の下、ここには吸血鬼、獣人、そして生ける屍ら闇の者が棲んでいるのだ。

 現代のオスロ。沈鬱な面持ちの老人が若い女性の部屋へやって来て、食事の支度を始める。2人の間にはいったいどんな関係があるのか。リンドクビスト作品には北国気質特有の口数の少なさがあり、私たちは少ないディテールから人物と物語を読み解いていかなければならない。そして原因不明の大規模停電を機に死者たちが息を吹き返し…。

 ゾンビ映画のセオリー通り、彼らがなぜ蘇ったのかは判然としない。死者たちは無差別に生者を襲うこともなく、只そこに存在するだけだ。愛しい者の帰宅にある者は耽溺し、ある者は生前果たせなかった絆を取り戻そうと執着する。ここで描かれるアンデッドとは不在を突きつける存在であり、生者にとって哀しみと向き合うための心の反響である。ジャンルで映画を見る観客にはしんしんと冷えた本作のトーンに戸惑うかもしれないが、静かに息を吸い込めば新鮮な空気があなたを満たすことだろう。


『アンデッド 愛しき者の不在』24・ノルウェー、スウェーデン、ギリシャ
監督 テア・ビスタンダル
出演 レナーテ・レインスヴェ、ビョルン・スンクェスト、ベンテ・ボシュン
※2025年1月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか公開 公式サイト
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『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』

2024-11-27 | 映画レビュー(あ)
 ドナルド・トランプ陣営が大統領選挙前の公開を恐れ、上映中止を働きかけたと言われている『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』。次期大統領を脅かす致命的な映画なのか?答えはNOだ。フェイバリットムービーに『市民ケーン』を挙げるなど、映画に対する見識はそれほど悪くないようにも思えるトランプ。本作をちゃんと見ていればそう腹を立てることもなかっただろう(イラン系デンマーク人監督アリ・アッバシの名前に「イラン!」と怒った可能性はあるが)。北欧ダークファンタジー『ボーダー』から『聖地には蜘蛛が巣を張る』、さらにはHBOのTVシリーズ『THE LAST OF US』ラスト2エピソード等、容易に作家性を見出しにくいカメレオン監督のアッバシは、トランプが家賃の取り立てに奔走していた1980年代を舞台に、大物弁護士ロイ・コーンとの出会いから不動産王に上り詰めるまでをサクセスストーリーとして描いている。どう見ても当時の映画としか思えない映像ルックや荒廃したNYのランドスケープ、数々のディスコミュージック(そうか、だからトランプはいつも踊っているのか!)、ロイ・コーンの伝授する3つの教えに開眼するトランプの姿など、支持者が見ても全く嫌な気分にならないはずだ。

 近年、モトリー・クルーのドラマー、トミー・リーを演じた『パム&トミー』など、マーベル以外で精力的な好演を続けているセバスチャン・スタンがまさかのトランプ役。これが意外と悪くない。時代を追う毎にサタデー・ナイト・ライブでもお馴染みな身振り手振りが増え、私たちの知るトランプへと変貌していく。
 そして映画のグレードを1つも2つも上げているロイ・コーン役のジェレミー・ストロングは、今年のオスカー助演男優賞レースの筆頭候補に挙げられるべきだろう。史上最高のメソッドアクター、ダニエル・デイ=ルイスの元でアシスタントを務めていた彼は、日焼けした肌、前のめりに首から動く奇妙な姿勢でアメリカ史に残る怪物のカリスマと憐れな真実を体現している。それはあたかも継承問題で敗北し、悟りを開いたケンダル・ロイのもう1つの姿にも見え、
『サクセッション』ファンには堪らないものがあるのだ。ストロングのロイ・コーン役にはそんなケンダル役の再解釈としての面白さがある(マーティン・ディルコフのスコアもニコラス・ブリテルの80年代アレンジ風で、明らかに『サクセッション』を意識している)。

 『アプレンティス』は北米市場で興行的に振るわず、冷遇された。ここにはアンチトランプ派の溜飲を下げるような喧しい指摘はなく、むしろアメリカそのものへの冷静な分析、批評が行われている。80年代はレーガン政権における大規模規制緩和“レーガノミックス”が不動産開発業の追い風となり、トランプを肥大化させた。トランプが特別な怪物なのではなく、富と権力のアメリカンドリームを追い求める彼は生まれるべくして生まれたアメリカのアイコンなのだ。

 アッバシはほとんどフランケンシュタインの怪物か、はたまたアナキン・スカイウォーカーからダース・ベイダーへの変化のようにトランプ誕生の瞬間を描く。今からほんの10年前のハリウッドには『アメリカン・ハッスル』『ダラス・バイヤーズクラブ』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』など時代とその代償を検証する余裕があったように思う。これからの4年間、ハリウッドが冷静さを取り戻すためにも本作が1つの“気付け”となってほしいところだ。


『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』24・米
監督 アリ・アッバシ
出演 セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マーティン・ドノバン、マリア・バカローヴァ
※2025年1月17日(金)全国ロードショー、2024年11月22日(金)〜28日(木)先行上映
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『悪魔と夜ふかし』

2024-11-05 | 映画レビュー(あ)

 1977年、人気深夜番組「ナイト・オウルズ」のハロウィンスペシャル収録中に起きた恐ろしい放送事故。この様子を収めたビデオテープが発見され…昨年の『トーク・トゥ・ミー』に続き、またしてもオーストラリアから活きのいいホラーがやってきた。コリン・ケアンズ、キャメロン・ケアンズの監督コンビはハッタリ十分。当時のトークショーを模したこだわりのプロダクションデザインを得て、TVに猥雑で得体の知れない力があると思われていた時代を再現することに成功している。さらにはここに当時、世界を席巻していたオカルトブームをマッシュアップ。時代を知る観客には破顔もの、クライマックスで繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図は爆笑必至だろう。

 もっとも、TVを見なければ持ってすらいない現在の若い観客にはさっぱりな映画かも知れない。短い時間でわかり易くまとめられた配信動画のフックは1977年よりも遥かに早く強いのだ。タイプキャストから離れた名脇役デヴィッド・ダストマルチャンの初主演が拝めるのは貴重だが、ちょっと懐古趣味が過ぎるし、このオールドスタイルが今の若者を映画から遠ざける一因なのかもしれない。


『悪魔と夜ふかし』23・豪
監督 コリン・ケアンズ、キャメロン・ケアンズ
出演 デヴィッド・ダストマルチャン、ローラ・ゴードン、フェイザル・バジ、イアン・ブリス、イングリッド・トレリ、リース・アウテーリ
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『アイズ・オン・ユー』

2024-10-26 | 映画レビュー(あ)
 有名俳優の優れた監督デビュー作が相次ぐ近年、今度は『マイレージ、マイライフ』や『ピッチ・パーフェクト』シリーズ、『シンプル・フェイバー』などでお馴染みアナ・ケンドリックが登場だ。『アイズ・オン・ユー』(原題=Woman of the Hour”)はケンドリックが利発な演技スタイルそのまま実に巧妙な演出力を発揮。しかも映画はこれまで彼女が見せてきたキュートな笑顔とは程遠い、身の毛もよだつようなスリラーだ。1978年、視聴者参加型バラエティ番組“デート・ゲーム”に推定130人を殺したとされるシリアルキラー、ロドニー・アルカラが出演していた恐ろしい実話の映画化である。

 時制をトリッキーなまでにシャッフルするイアン・マクドナルドの脚本は犯行のごく一部を詳らかにし、ケンドリックは扇状的になる事なく、犠牲者への厳粛な敬意を持って再現していく。カメラ片手にロマンチックなアーティストを装うアルカラは、巧みな言葉で女性へ接近。ほとんど生理的とも言える空気の変化に彼女らが嫌悪と恐怖を募らせていく瞬間を、ケンドリックは観客へ直感させる。主演を兼任するケンドリック自身の巧さはもちろんのこと、被害女性たちを演じる俳優陣のキャスティングもあってこそだろう。

 果たしてこれは“本当にあった怖い話”程度の特殊な事例なのか?ケンドリックは既の所で難を逃れた女性シェリルを主人公にすることで、1978年を現在に接近させる。アルコールを執拗に勧めてくる男性はいったい何の見返りを求めているのか?なぜ、男性は不意に女性の身体に接触してくるのか?シェリルが日常レベルで直感している恐怖と嫌悪を犠牲者たちもまた感じたのではないか?時は流れても巷にはSNSでのアップを謳ったストリートスナップが存在するし、不特定多数とのマッチングアプリも主流だ。度々の通報にも関わらず女性たちの声を軽視した警察機関の怠慢が、事態をより悪化させたとするケンドリックの怒りはエンドロールで明らかである。

 やはりフェミニズムホラーの異色作だった『バーバリアン』の撮影監督ザック・クーペルシュタインのカメラを得たケンドリックの粘り強いスリラー演出には、同じく監督へと転身したメラニー・ロランの出世作『呼吸』を彷彿。重要な役で若手オータム・ベストを発掘しているセンスも実に頼もしい。次回作の楽しみな俳優監督がまた1人誕生だ。


『アイズ・オン・ユー』23・米
監督 アナ・ケンドリック
出演 アナ・ケンドリック、トニー・ヘイル、オータム・ベスト、ダニエル・ゼヴァット、ニコレット・ベスト
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『ありふれた教室』

2024-06-28 | 映画レビュー(あ)

 2023年のアカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされたこのドイツ映画は、学校教諭が見たら卒倒モノのスリラーである。小学校の低学年を担当するノヴァク先生は校内で多発する窃盗事件を受け、自身の財布を囮に監視カメラを設置する。果たせるかな、カメラには財布を抜き取ろうとする腕が映っており、ノヴァク先生は疑わしい人物を告発するのだが…。

 本作が長編4作目となるトルコ系ドイツ人監督イルケル・チャタクが義務教育の現場に象徴するのは戦中、戦後から現在へと繋がるドイツ史そのものだ。授業中、突如として押しかけてきた教員たちが男子と女子を選別し、財布を置いて移動を強要する様はまるでナチスによるユダヤ人狩りのようだ。学級委員を呼び出して疑わしい生徒を密告させようとする場面は戦後、東西冷戦によって監視社会となった東ドイツの秘密警察を思わせる。そして積極的に移民政策を進めるドイツにおいて、クラス内の人種構成は現代ドイツ社会の縮図そのものである。漫然と存在する差別構造に加え、ノヴァクは確たる証拠もないまま告発したことでキャンセルカルチャーの渦中にも呑み込まれてしまうのである。

 舞台となる学校が掲げる”ゼロトレランス=不寛容方式”という言葉を頭に入れておくのも良いだろう。不寛容を是とし、細部まで罰則を定め、厳密に処分するという方式は果たして教育現場、社会のあるべき姿なのか?学級崩壊を社会の崩壊に見立てた野心作である。ドイツ映画界は前年、『西部戦線異状なし』がオスカーで主要部門にノミネートされ、2023年はザンドラ・ヒュラー出演の『落下の解剖学』『関心領域』の2作が作品賞候補に挙がる好調ぶりである。


『ありふれた教室』22・独
監督 イルケル・チャタク
出演 レオニー・ベネシュ、レオナルト・シュテットニッシュ、エーファ・レーバウ、ミヒャエル・クラマー、ラファエル・シュタホビアク
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