長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドーターズ』

2025-02-17 | 映画レビュー(と)
 受刑者たちが自らの娘を招き、ダンスパーティーを催す更生イベントの様子を追ったドキュメンタリー。プログラムは彼らに父親の責任を自覚させ、再犯率を5パーセントにまで抑える実績がある一方、長年に渡り父親不在の環境で育った娘たちには複雑な想いが募る。映画は刑期満了まで数ヶ月〜30年と幅のある受刑者たちの罪状を明かすことなく、彼らの贖罪にのみ注目していく。プログラムの参加者全員が黒人であることに注目してほしい。面会すら従量課金サービスと化す“刑務所ビジネス”が、黒人への差別と偏見から機能していることはエヴァ・デュヴァネイ監督の『13th』でも看破されていた。

 本作はそんな刑務所の現状をジャーナリスティックに描く一方、父を想う少女達の姿をリリカルな映像美で綴っている。5歳の少女オーブリーの健気さは涙を誘うが、3年という粘り強い取材を続けた監督アンジェラ・パットン、ナタリー・レイは彼女が多感な時期に差し掛かるにつれ、父への言葉を失くしていく現実の過酷さからも目を逸らしていない。本当の物語はこの映画が終わった後、彼らの出所後から始まるのだ。


『ドーターズ』24・米
監督 アンジェラ・パットン、ナタリー・レイ
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『ドライブアウェイ・ドールズ』

2024-06-29 | 映画レビュー(と)

 2021年にジョエル・コーエンが単独監督作『マクベス』を発表して以来、事実上コーエン兄弟としての活動停止しているジョエルとイーサン。インタビューによればケンカ別れでも何でもなく、互いに興味の方向性が変わったことに由来する、キャリアと年齢に起因したごく自然な活動停止だという。今回、弟イーサンの単独作『ドライブアウェイ・ドールズ』が発表されたことで、逆説的にコーエン兄弟というユニットの作家性が解き明かされているのが興味深い。

 振り返れば彼らの作風はシリアスとコメディ、クラシックフィルムとパルプノワールといったいくつもの対極的な要素が同居し、フィルモグラフィには犯罪劇もあればドタバタコメディも並ぶバラエティの豊かさだった。『マクベス』を観る限り、どうやらシネフィル気質の作風は兄ジョエルの趣味で、パルプノワールやナンセンスな笑いへの傾倒は弟イーサンの好みのようだ。『ドライブアウェイ・ドールズ』はギャングのカバンを取り違えてしまった若いレズビアンカップルの逃避行を描いたクライムコメディ。セックスに奔放な若いヒロインというキャラクター像こそコーエン兄弟のフィルモグラフィには珍しいとはいえ、マヌケな追跡者や笑いと表裏一体の暴力描写は兄弟の諸作に何度も登場したモチーフであり、彼らが互いの好きなものをシビアとも言えるバランス感覚で共存、相互検閲し、多くの傑作を生み出してきたことがよくわかる。

 このバランスを失ってしまった本作は全く持って統制が取れていない。せめてもう少しでも笑わせてくれたら良いのだが、オフビートが過ぎるのだ。マーガレット・クアリーとジェラルディン・ヴィスワナサンの主演カップルは魅力的ではあるものの、それでもたった85分のランニングタイムをもたせられていない。“コーエン兄弟”というユニットにはこれから目指すべき高みもないように思えるが、アメリカ映画史上類を見ない兄弟監督のキャリアは事実上、終焉を迎えてしまったのだろうか?


『ドライブアウェイ・ドールズ』23・米
監督 イーサン・コーエン
出演 マーガレット・クアリー、ジェラルディン・ヴィスワナサン、ビーニー・フェルドスタイン、コールマン・ドミンゴ、ビル・キャンプ、マット・デイモン
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『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』

2023-12-30 | 映画レビュー(と)

 TikTokやインスタグラム等、SNSのショート動画に上げられるファニーで、しかし危険なチャレンジ映像の数々。ついつい見てしまう驚きや、「よせばいいのに…」と呆れてしまうこれらの中で、最近オーストラリア発のある映像が話題になっている。身体をイスに縛りつけられた若者と、眼の前には新聞紙で包まれたように見える石膏製の手。若者がそれを握り「TALK TO ME」「Let Me In」と唱えると、なんと霊がとり憑くのだ。ただし、制限時間は90秒。万が一、それを超えてしまうと…。

 そんな筋書きのソーシャルメディア時代を象徴するホラー映画が誕生したのはハリウッドではなく、オーストラリア。長編初監督作となる双子のフィリッポウ監督はなんとYouTuberだ。映画監督を目指してフッテージ製作を続けてきた彼らは一発アイデアに頼ることなく、実に手練れた演出でTikTokアカウントすら持っていないオジサンまで震え上がらせてくれる。全米ではA24の配給により2023年のサマーシーズンに公開。『ヘレディタリー』『ミッドサマー』を超え、同社の歴代ホラー作品最大のヒット作となった。

 主人公ミアは最愛の母を亡くしたばかり。死の真相は定かではなく、自殺であったと見受けられる事実に父は打ちひしがれ、遺された一家の絆は断絶した。親友ジェイドの家に入り浸り、日々をやり過ごすばかりのミアだが、周囲の目を気にする彼女はパーティーの場でも浮くばかり。そんな今宵のイベントは噂の降霊動画撮影で…。フィリッポウ兄弟の恐怖にはキリスト教圏では生まれ得ない、理不尽なまでの邪悪と人の悲しみに根ざした怪談特有の湿度があり、喪失の痛みをセルフケアできず、“手”に執着していく主人公のアディクトには、ベクトルは違えど子供のスマホ依存をホラーに転化した今年の大ヒット作『ミーガン』と並ぶ同時代性がある。ミアの陥る中毒はドラッグはもちろんのこと、度々命の危険に遭遇するSNSミーム作りも象徴し、それらの呪詛を高めているのは父親の弱さと、人知れず孤独を抱えた母の死なのだ(母子の不和というモチーフを煮詰め続けるアリ・アスターが本作を絶賛したのも頷ける)。主人公ミアの愛称がMeと同じ音の“Mi”とわかれば、タイトルの持つダブルミーニングに戦慄することだろう。

 ちなみにA24のオンラインストアでは劇中に登場する呪物ハンドを110ドルで買うことができる。
https://shop.a24films.com/products/talk-to-me-party-hand
こんな怖い映画見たら家に置けないよ!


『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』22・米
監督 ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ
出演 ソフィー・ワイルド、アレクサンドラ・ジェンセン、ジョー・バード、オーティス・ダンジ、ミランダ・オットー
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『To Leslie トゥ・レスリー』

2023-07-20 | 映画レビュー(と)

 テキサス州の片田舎。レスリーはかつて19万ドル(約2500万円)の宝クジを当てた。その様子はニュースでも報じられ、彼女は一躍時の人となる。それから6年。手元には一銭も残っていない。仮住まいのモーテルも未払いで追い出された。冷たい雨に降りそぼる中、もはや居場所はどこにもない。レスリーは19万ドル全てをアルコールに使い切ってしまったのだ。

 荒野に面したテキサスの光景と、傑作TVシリーズ『ベター・コール・ソウル』に参加し、本作が長編映画初監督となる名手マイケル・モリスの行間の演出に、まるでソウルに電話できなかった人々を描く“アルバカーキの片隅で”とも言いたくなる小品である。だがこの119分というう然るべき映画時間の中で描かれる“ささやかさ”もまたアメリカ映画の文脈の1つではなかったか。ここには政治的に正しい、模範的な人物は誰1人として出てこない。レスリーは大金を飲み尽くしたばかりか、幼い我が子をネグレクトしたのだ。今や彼女は酒のためなら盗みもやるし、嘘もつく。周囲から与えられた善意も事もなげに無下にする。身近に居たら決して近づきたくない人物だが、しかし彼女を断罪することなど出来るだろうか?レスリーの愚行を町の人々は指差し、石を投げつける。社会的規範から外れた人間に対し、赤の他人が懲罰感情を募らせる光景は私たちもSNSでうんざりするほど目にしてきた。英国のカメレオン女優アンドレア・ライズボローが作り上げたあまりにも見事な人物造形は、私たちの中にもある愚かさと弱さを乱反射し、時に目を背けたくなる程だ。低予算映画ゆえ、ハリウッドスターを狙い撃ちしたオスカーキャンペーンが問題視されたものの、2022年のベストアクトであることに変わりはない。マイケル・モリスが“アルバカーキサーガ”さながらにポップソングでレスリーの心情を代弁するシーンは、本作のハイライトである。

 もう1人、特筆したいのがレスリーが身を寄せる場末のモーテル管理人に扮したマーク・マロンだ。コメディアン(映画スターを招くポッドキャスターでもある)としても名を馳せる彼の人間洞察から生み出された“旨味”はNetflixのコメディドラマ『GLOW』でも実証済み。ダメな女を見捨てられない男の優しさはレスリー同様、私たちにも実に沁みるのである。

 アメリカ映画が大作フランチャイズと低予算に二極化し、中規模のドラマ映画がTVシリーズへと変化したが、そのTVシリーズで偉大な成功を収めたマイケル・モリスが映画に還ってみれば、この繊細な機微が危うく誰の目にも留まらない所であった。つまらないオスカーキャンペーン規約など気にせずに、伝え合うべき1本である。


『To Leslie トゥ・レスリー』22・米
監督 マイケル・モリス
出演 アンドレア・ライズボロー、マーク・マロン、オーウェン・ティーグ、アリソン・ジャネイ、スティーヴン・ルート
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『トップガン マーヴェリック』(寄稿しました)

2022-06-21 | 映画レビュー(と)
 リアルサウンドに『トップガン マーヴェリック』のレビューを寄稿しました。冒頭部で重要な引用をされる83年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』や、0年代以後トムの重要なクリエイティブパートナーであるクリストファー・マッカリーの存在、トムのキャリアを総括する自己言及的な作風について書きました。ぜひ御一読ください。

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