長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ホワイトハウス・プラマーズ/米国政治の失墜を招いた男たち』

2023-09-12 | 海外ドラマ(ほ)

 1972年、ワシントンDC。深夜のウォーターゲートビルに男たちが忍び込み…と冒頭部分は1976年の名作『大統領の陰謀』、はたまた2017年の『ペンタゴン・ペーパーズ』とまるで同じ。ところがいつもと様子が違うのは、賊がいつまで経っても民主党事務所の錠前を破ることができない。
「すまん、工具を忘れてきた」
「え、どこに?車にか?」
「マイアミ…」
事実、犯人たちはウォーターゲートビルに忍び込むべく3度挑戦するも失敗し、4度目の侵入で現行犯逮捕された。『ホワイトハウス・プラマーズ』はこんなズッコケてしまうようなやり取りから始まるダークコメディだ。

 犯行を主導したのは元CIAのハワード・ハントと元FBIのゴードン・リディ。彼らはニクソン再選を目論むホワイトハウスから直々に裏工作を依頼され、自らを政権の“鉛管工=プラマーズ”と名乗る。ウディ・ハレルソンがハントを豪放に演じ、ジャスティン・セローはいかがわしい口ひげを生やして、ナチス信奉者というトンデモない人物リディを怪演している。彼らは二言目には「民主党めが」と特定の政党名を出して揶揄し、ニクソンに心酔する権威主義者だ。共に暮す家族はたまったものではなく、ハントの妻にはサーセイ・ラニスターことレナ・ヘディが扮し、御し難いほどの愚か者ばかりが出てくる本作で数少ない良識人を凛々しく演じている。ハントとリディの姿から視聴者の頭をよぎるのは2021年のアメリカ連邦議事堂襲撃事件の暴徒たちだろう。いずれもが逮捕、起訴され重い実刑判決が言い渡されている。ニクソンからはトカゲの尻尾切りとばかりに見捨てられ、家族から見限られるハントとリディの末路は、遠く海を隔てた本邦でも無縁の光景ではない。

 本作のサブテキストとしては前述の名作『大統領の陰謀』『ペンタゴン・ペーパーズ』に加え、Netflixからリリースされている短編ドキュメンタリー『マーサ・ミッチェル 誰も信じなかった告発』を挙げておきたい。国家権力がいとも簡単に1人の人間を抹殺する過程が収められており、ウォーターゲート事件が“絶対に笑ってはいけない国家的陰謀”であることがよくわかる。『ホワイトハウス・プラマーズ』は突拍子もない現実を笑うにはやや痛烈さが足りず、軽量級なのだ。


『ホワイトハウス・プラマーズ/米国政治の失墜を招いた男たち』23・米
製作 アレックス・グレゴリー、ピーター・ハイク
出演 ウディ・ハレルソン、ジャスティン・セロー、レナ・ヘディ、ドーナル・グリーソン、ジュディ・グリア
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ボバ・フェット The Book of Boba Fett』

2022-05-12 | 海外ドラマ(ほ)

 『マンダロリアン』シーズン2で37年ぶりに大復活を遂げたボバ・フェットが早くも単独TVシリーズで再登場だ。ジャバ・ザ・ハット亡き後の暗黒街を牛耳るべく、殺し屋フェネック・シャンド共に因縁の地タトゥイーンに降り立つ。これでボバが“Say My Name”なんて言い出せば、さながらスター・ウォーズ版『ブレイキング・バッド』じゃないか!…と期待を抱いたが、いやいやこれは家族で楽しむディズニープラス配信作品である。良い意味でも悪い意味でも期待を裏切られるシリーズであった。

 『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』でサルラックの大穴に滑落し、あえない最期を遂げたと思われていたボバ・フェットが脱出する。ほとんど口承伝説と化していた場面に往年のファンは興奮を禁じえないハズだ。行き倒れた彼を助けたのは砂漠の蛮族タスケン・レイダーだった。かつてアナキン・スカイウォーカーに“怪物”と蔑まされた彼らを本作はタトゥイーンの先住民族として描き直し、その高潔な精神性によってボバ・フェットは改心していく。『スター・ウォーズ』版『DUNE』とも言うべきこのエピソードを、マオリ系テムエラ・モリソン主演で描くことは2020年代のスター・ウォーズとして大きな意義があるだろう。この意外性ある第2話は本シリーズのベスト回の1つと言える。監督のステフ・グリーンは『ジ・アメリカン』や『ウォッチメン』にも参加してきた俊英だ

 しかし、現在と過去を何度も往復しながら進む本作のストーリーテリングは駆動力に乏しく、ステフ・グリーンに対してロバート・ロドリゲスという明らかに資質が異なる監督によってシリーズ全体の演出はちぐはぐな印象だ。ロドリゲスはおそらくコロナ禍においても持ち前の低予算製作術で難なく乗り切ったのだろうが、アクションシーンは子供だましもいい所である(最終回第7話はモブに全く演出が付いていない)。シリーズ後半にはコーリー・バートンが声をあてた素晴らしい悪役キャド・ベインが存在感を放つだけに、ショーランナーのジョン・ファヴローとデイヴ・フィローニは彼をもっと早く登場させてでもシリーズ全体のバランスを整えるべきだった。

 そして何より面食らってしまったのは、シリーズ後半2エピソードに渡ってボバ・フェットが姿を見せない事だ。代わって登場するのはなんとマンドーとベイビーヨーダである。『マンダロリアン』シーズン2の素晴らしいフィナーレであった彼らの別れはあっさりと撤回され、愛機レイザー・クレストに代わってナブースターファイターカスタムに乗り換える第5話は(ボバ・フェットには気の毒だが)、シリーズベストの傑作回である。旧型機を改造し、そのスピードと性能に魅せられるこのエピソードでは“宇宙船とは車である”というスター・ウォーズの原点とも言うべきスピリットが描かれる。それをジョージ・ルーカスの出世作『アメリカン・グラフィティ』に出演したロン・ハワードの娘、ブライス・ダラス・ハワードが演出していることはスター・ウォーズ史において重要なモーメントであると言っても過言ではないだろう。父を彷彿とさせる職人技で着々と監督作を積み重ねてきた娘ブライスが、ついに傑作回をモノにした。そして『マンダロリアン』から始まる“新生”スター・ウォーズにおいて、やはり華形はマンダロリアンなのである。

 続く第6話ではさらにルーク・スカイウォーカー、アソーカ・タノまで登場し、再びボバ・フェットはサルラックの大穴に落ちたかのような存在感のなさだ。ここで明らかとなるのが“ボバ・フェットの書”と題された本作が、今後いくつも企画されているTVシリーズ群によって構成される“スター・ウォーズ全書”の1冊に過ぎず、ディズニー帝国による超大なSWユニバース構想が姿を現したことだろう。ボバがその露払いとされ、タトゥイーンの安定を願う“大名”(ほんとにダイミョウと発音している)を目指すこの物語は果たして僕らが見たかったモノなのかと疑問は尽きないが、少なくとも“『マンダロリアン』シーズン2.5”に僕は興奮してしまったのである。
 

『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』21・米
監督 ロバート・ロドリゲス、ブライス・ダラス・ハワード、ステフ・グリーン他
出演 テムエラ・モリソン、ミンナ・ウェン、ペドロ・パスカル、ティモシー・オリファント、ロザリオ・ドーソン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ホークアイ』

2022-03-11 | 海外ドラマ(ほ)

 MCUテレビシリーズ第4弾はアベンジャーズの苦労人、弓の名手ホークアイの単独ソロ作品だ。『アベンジャーズ/エンドゲーム』から数年後、家族と平穏な生活を送っていたホークアイことクリント・バートンが再び事件に巻き込まれる。

 常々指摘してきたが、エヴァンス、ヘムズワース、プラットらMCUをきっかけにブレイクした新進スターと異なり、既に演技派俳優として評価を確立していたポール・ベタニーやマーク・ラファロ、そしてジェレミー・レナーらを脇役としてMCUに10年間拘束してきた事には功罪があると考えている。彼らのスターバリューを上げたかもしれないが、俳優にとって10年という月日は決して短くない。
 それだけに本作でホークアイのキャラクターが掘り下げられ、レナーに演技的見せ場が用意された事にはようやく溜飲が下がる気持ちだった。クリントは歴戦の負傷によって補聴器なしではほとんど耳が聞こえず、身体も思うように動かない。何より戦友ナターシャ・ロマノフを目の前で失ってしまった経験は彼の心に深い傷を残していた。レナーは『ハートロッカー』『ザ・ダウン』で遅咲きしたギラつきはとうに消え、人生にくたびれた男の枯れの哀愁を醸し出している。

 そして本作では『エンドゲーム』以来、MCUファンの間でしばしば議論されてきた“ナターシャだけ葬式ナシ問題”についに終止符が打たれている。『ブラック・ウィドウ』で初登場したナターシャの妹エレーナ(フローレンス・ピュー)が再登場し、姉の仇であるホークアイを付け狙うのだ。第5話、ナターシャへの想いを独白するレナーはMCUにおけるベストアクトであり、エレーナの存在を知った彼の全てを受け容れたような表情が素晴らしい。

 そんなスーパーヒーローとしてのキャリア総決算に至ったホークアイを大きく揺さぶるのが、初登場となるケイト・ビショップだ。2012年、『アベンジャーズ』のNY決戦でホークアイに救われた彼女はその後、スーパーパワーがなくてもヒーローになれると信じてアーチェリー選手として腕を磨いてきた。演じるヘイリー・スタインフェルドの屈託のない魅力がレナーと思いがけないケミカルを発揮し、作品のトーン&マナーを決定付ける実質上の主役である。中でも共に若手エース格のフローレンス・ピューと初対面する第5話はまるでマイケル・マン監督『ヒート』のデニーロ、アル・パチーノの対峙シーンを彷彿とさせ、これぞオールスターキャストであるMCUの醍醐味と身を乗り出してしまった。

 MCUがどんどんスケールアップし、パワーインフレが起こる中、『ホークアイ』はあくまでNYの中だけで物語が展開し、敵もまるで『バリー』のチェチェンマフィアのようなアホ揃いの“ジャージマフィア”が登場するなど、全体的にこじんまりとしたスケール感が逆にフレッシュで楽しい。中でも第3話はフィジカルアクションと“トリックアロー”を活用したユーモア、そしてアルフォンソ・キュアロン監督作『トゥモロー・ワールド』のようなカーアクションに目を見張った。2021年にリリースされたMCUテレビシリーズのベストアクションと言っていいだろう。

 “マルチバース”の導入によりスケールアップの一途を辿るように見えるMCUフェーズ4だが、空前の大ヒットとなった次作『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』ではこれをあくまでマンハッタンの中に収める“ローカル路線”で展開している。TVシリーズというストーリーテリングを手に入れた彼らはトライアンドエラーを繰り返しながら、巨大なユニバースに大小様々な物語を見出そうとしているのかもしれない。
 

『ホークアイ』21・米
監督 バート&バーティ、他
出演 ジェレミー・レナー、ヘイリー・スタインフェルド、フローレンス・ピュー、ヴェラ・ファーミガ、トニー・ダルトン、アラクア・コックス、ヴィンセント・ドノフリオ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾートホテル』他(寄稿しました)

2022-02-13 | 海外ドラマ(ほ)

 リアルサウンドに最新ダークコメディ作品について寄稿しました。映画から『ハウス・オブ・グッチ』『ドント・ルック・アップ』、TVシリーズでは『サクセッション』『ホワイト・ロータス』を紹介しています。気付けばハリウッドはダークな笑いのコメディ作品が百花繚乱。それら“重喜劇”は一体何を笑っているのか?ぜひ御一読ください。


記事内で紹介している各作品のレビューはこちらからお読み頂けます↓
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ザ・ボーイズ シーズン1〜2』

2021-10-04 | 海外ドラマ(ほ)

 エミー賞ドラマシリーズ部門作品賞ノミネートを受けての製作陣の第一声が「あいつら(アカデミー会員)どうかしてんな」だったというのだから、『ザ・ボーイズ』はやっぱりけしからんドラマだ。
 アメリカはヴォート社(アルバカーキから遥か彼方の銀河系まで暗躍するジャンカルロ・エスポジート社長)がプロデュースするヒーロー集団“セブン”によって守られている。メンバーはどう見てもスーパーマンなホームランダーを筆頭に、どう見てもワンダーウーマンなクイーン・メイヴ、どう見てもアクアマンなディープなどなど、どうにもコスプレ感の漂う連中ばかり。そして目にも止まらぬスピードで走るクイックシルバーなヒーロー、Aトレインによって主人公ヒューイーは恋人を轢き殺されてしまう。今まで誰もツッコんで来なかったが、ヒーローの活動の影で絶対に何人か死んでるよな。

 『ザ・ボーイズ』はDCもMCUも敵に回すドス黒い笑いと、TVシリーズの限界に挑むゴア描写で現代アメリカのヤバさをえぐり出す。ヴォート社はヒーローを兵器化することでアメリカ政府から国防を買い付けようと画策。ついには中東にスーパーヒーローと同等の力を持った“スーパーヴィラン”を作り出し、国家の危機を捏造する。彼らの支持母体は熱烈なキリスト教原理主義団体で、新ヒーロー"スターライト”はまるで90年代ハリウッド映画に出てきそうな典型的白人ブロンド美少女だ。

 これらはキリスト教原理主義に支配されたアメリカ共和党と、9・11から連なる対テロ戦争そのものだ。ホームランダーは2000年代アメリカ右派政治の象徴であり、シーズン2ではここにドイツ系のスーパーヒーロー、ストームフロントが合流する。彼女はフランクな物言いと、炎上も見込んだアジテーションで瞬く間に人気を獲得するが、その名の由来は実在するネオナチグループの連絡サイト名だ。軍産複合体×キリスト教原理主義のホームランダーに白人至上主義×2010年代型ネトウヨスキームのストームフロントが文字通り悪魔合体。それは共和党がトランプに乗っ取られて以後、ただただ人種差別の荒野だけが残った現在のアメリカが重なる。このグロテスクさ際立つシーズン2は今年1月に発生した連邦議事堂占拠事件をも予見。エグゼクティブプロデューサーにはセス・ローゲンが名を連ねており、単なる悪ふざけには終わらない批評性がある。

 このセブンに対抗する生身の人間達が“ザ・ボーイズ”だ。カール・アーバンがリーダーのブッチャーを豪放に快演。トマー・カポン演じるフレンチーには毎話、素晴らしいダイアログが用意されており、福原かれんが『スーサイド・スクワッド』ではなくDCもMCUも敵に回した本作でブレイクしたのは胸がすく。
 それでもやっぱりデタラメなセブンに目が行ってしまう。とりわけ僕は第1話で性的暴行によりキャンセルされて以後、落ちぶれていくディープが可笑しいったらなかった。そうそう、『ザ・ボーイズ』は各方面を敵に回しているが、一番ヤバいのは動物愛護団体だ。海洋生物愛好家には卒倒もののシーンがあるので気をつけるように!

 こんな鬼っ子がメインストリームから登場し、大ヒットできてしまうのもスーパーヒーローものというジャンルの懐の深さ、複雑さと言えるだろう。けしからんようでいて、テーマは至極真っ当。どんなに強大な権力でも、それが間違っているのならNOと言い続けなくてはならない。ブッチャーの「腐るなよ」というセリフは僕ら日本の観客にも大いに響くハズだ。


『ザ・ボーイズ』19〜・米
製作 エリック・クリプキ、セス・ローゲン、他
出演 ジャック・クエイド、カール・アーバン、トマー・カポン、マーヴィン・T・ミルク、福原かれん、アントニー・スター、エリン・モリアーティ、ドミニク・マケリゴット、アヤ・キャッシュ、エリザベス・シュー、ジャンカルロ・エスポジート

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする