長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『キャドー湖の失踪』

2024-10-27 | 映画レビュー(き)

 2023年の米俳優組合、脚本家組合のストライキによって供給不足に陥っているハリウッド。そのしわ寄せは既に洋画興行が壊滅に瀕している本邦においてより深刻だ。幸いなことにストリーミングにはまだ見るべき作品が幾つかあるものの、ほとんど宣伝もなく膨大なライブラリに並列化されれば、一部のマニアによる相互扶助のような情報共有なしに陽の目を見る機会はないだろう。

 ましてやM・ナイト・シャマランがプロデュースする『キャドー湖の失踪』はネタバレ厳禁、全くの予備知識なしで見るからこそ楽しめる映画で、ここにはジャンルを書くことすら憚られる。1950年代に建てられたダムによって原生林と湿地帯に覆われたキャドー湖。近年、周辺地域では絶滅したはずの狼や蛾が目撃される異変が生じていた。ある日、8歳の少女アナが消息不明に。義理の姉エリーは行方を追って湿地帯の奥へと足を踏み入れる。その頃、湖でダム建設時の廃材を回収しているパリスは、急逝した母親がある発作に悩まされていたことを知り…。

 これくらいでいいだろう。脚本も手掛けるローガン・ジョージ、セリーヌ・ヘルドの監督コンビは全く異なる2つの人生が重要な繋がりを持つことを観客に直感させ、巧みなストーリーテリングに意図的な綻びを生じさせることで大きな物語を描いていく。既に多くの前例があるアイデアではあるが、それを指摘するのは野暮というもの。湿地帯という特殊なロケーションによって生み出された家族の歴史は、思いがけずあなたの心を打つはずだ。


『キャドー湖の失踪』24・米
監督 セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
出演 ディラン・オブライエン、エリザ・スカンレン、キャロライン・ファルク、ダイアナ・ホッパー、サム・ヘニングズ、ローレン・アンブローズ、エリック・ラング
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『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』

2024-07-05 | 映画レビュー(き)

 見渡せば日本国内の映画興行収入ランキングはアニメ作品が大半を占め、わずかな実写作品(ここに洋画が入ってくることはなくなった)も元を辿ればマンガ原作。昨今、“映画”の定義は大きく様変わりした。TV版からのファンが初日に押しかけて爆発的なオープニング記録を作り、配給側も度々の入場者特典でブーストをかけて興収を上積み。“映画”を専門としてきた批評家が迂闊に論じることも叶わない市場構造であり、かつて社会現象を引き起こし、シリーズの人気を不動のものとした1982年作『機動戦士ガンダムⅢめぐりあい宇宙編』の23億円を大きく上回る『SEED FREEDOM』の成功に、筆者はまったくもって理解が及ばない状況である。

 2002年に始まったTVシリーズ『機動戦士ガンダムSEED』、04年の続編『SEED DESTINY』に続く20年ぶりとなる最新作が、世界観やキャラクターのみならず、稚拙な作劇まで損なうことなく保持していることに驚かされた。放映当時“平成世代の新たなファーストガンダム”として大いに人気を博した本シリーズだが、リアルタイムで観ていた当時の少年少女たちは今回の劇場版を正視できるのか?相も変わらず登場人物がテーマや心情をセリフで語り(劇中時間では『DESTINY』から2年しか経過していない)、シーンごとに場所を説明する字幕スーパーが意味もなく現れ続ける。20年の間に1本でもマトモな映像作品を見てきた観客なら、キャラクターが時に押し黙ることで心の内を物語り、編集によってここが何処なのか類察できるはずだ。まるで観客を無能と思い込んでいるかのような演出ぶりや、荒唐無稽なSF考証の数々に「これがハードSF“ガンダム”の名を冠したシリーズなのか?」と我が目を疑ってしまった。観客はただノスタルジーのためだけに劇場に押し寄せたのか?スクリーンにも観客席にも20年という時間の重みと蓄積が皆無なのだ。

 うるさ型の古参ファンを黙らせるために、“ファーストガンダム”からギャン、そして角を付けた赤いズゴックを登場させるのは『SEED』シリーズの常套手段。億面もなく音楽からカット割まで拝借し、過去の遺産を食い潰すその邪悪さは重力に魂を引かれたオールドファンである筆者には耐えられないのである。

 だが、“何でもあり”こそがガンダムではないのか?ほぼ同じ年月でファンダムを築き上げてきた『スター・ウォーズ』がフランチャイズの拡大に失敗し続けている今、それぞれの作品が大きく異なり、駄作もあれば傑作もあるガンダムシリーズの自由さは他に類を見ない(何より全ての作品を無理に観る必要が全くない)。ならば“映画”というアートフォームに属する唯一のガンダム作品が『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』であることをここに記しておきたい。


『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』24・日
監督 福田己津央
出演 保志総一朗、田中理恵、石田彰
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『キャンプ・カレッジ 勇気の先に輝くもの』

2024-01-22 | 映画レビュー(き)
 戦火を逃れ、ウクライナから脱出した少女が同じ境遇の子どもたちと過ごすサマーキャンプの様子を追ったドキュメンタリー。2015年の侵攻時にミラナは母と片足を失って以来、義足をはめ、祖母が母親代わりだ。思春期を迎えた彼女は周囲の人はおろか、祖母にも心を開いておらず、ロッククライミングを前にして泣きじゃくるばかり。なんとか彼女に精神的な1歩を踏み出させようと思案するスタッフ達の多くはイラク帰還兵であり、サマーキャンプは子どもを戦火に巻き込んだ大人たちの贖罪でもある。たった30分の短編ドキュメンタリーだが、マックス・ロウ監督が膨大な時間をかけて取材対象と関係を構築したのは容易に想像ができる。大人たちの杞憂をよそに、並外れた勇気を発揮するミラナと、そして映画になることもない戦火に生きる多くの子どもたちに、私たちは只々頭を垂れるばかりなのである。


『キャンプ・カレッジ 勇気の先に輝くもの』23・米
監督 マックス・ロウ
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『ザ・キラー』(寄稿しました)

2023-11-19 | 映画レビュー(き)
 
 リアルサウンドにデヴィッド・フィンチャー監督の最新作『ザ・キラー』について寄稿しました。パーソナルな前作『マンク』から一転、今回はランニングタイム2時間のジャンル映画。同じくNetflixからリリースされている近作『マインドハンター』を引き合いにして、巨匠のオブセッションに迫ります。ぜひ御一読ください。




『ザ・キラー』23・米
監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 マイケル・ファスベンダー、ティルダ・スウィントン
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『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

2023-10-31 | 映画レビュー(き)

 前作『アイリッシュマン』の210分に続いて新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は206分。製作はNetflixからAppleTVへ。ストリーミングプラットフォームの台頭がハリウッドを賑わせて久しいが、今年80歳を迎える巨匠はこの状況に最も適応した映画作家と言っていいだろう。『アイリッシュマン』公開時、3時間を超える上映時間について問われたマーティン・スコセッシは、「みんな週末に3時間も4時間もTVシリーズをビンジウォッチするじゃないか」と答えた。事実、リミテッドシリーズ3〜4話分に相当する最新作はTVシリーズのストーリーテリングに近く、決して長くはない。

 『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アイリッシュマン』から連なる、アメリカの成り立ちと暗部を描いた“アンダーワールドUSA”とも言うべき本作において、206分という映画時間は必然だ。時は1920年。先住民族オーセージ族の暮らす土地で石油が発掘され、彼らに莫大な富がもたらされる。一躍、広大な草原は一攫千金を求めた白人たちによるゴールドラッシュに湧き、辺境には町が興り、そこには無法の徒がたむろした。一見、西部劇を期待させるランドスケープの本作だが、原作はFBI創設を描いたデヴィッド・グランによるノンフィクション小説『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」。これをエリック・ロスは犯人側の視点から脚色。当初、事件の究明に当たるテキサスレンジャー役をオファーされていたレオナルド・ディカプリオは、自ら実行犯の1人であるアーネスト役を引き受けた。

 物語は悪党どもがはびこるギャング映画の潮流にありながら、『アイリッシュマン』以上に陰惨であり、無味乾燥に積み上げられる死には映画的誇張がなく、スコセッシはジャンル映画としての快楽を捨て去っている。描かれるのはアメリカという国の成り立ちであり、それは血と暴力の歴史だ。白人社会はオーセージ族に起きたゴールドラッシュと富裕化を分不相応だと断じ、蛮族には財産を管理すべき後見人が必要だとシステムを構築していく。一時は世界で最も裕福な部族(全盛期を再現した衣装、美術は本作の大きな見どころの1つだ)と呼ばれた彼らは、自らの金を自由に使うことすら適わなかったのだ。

 そんな彼らの社会に笑顔で侵入していったのがロバート・デ・ニーロ扮するウィリアム・ヘイルである。地域に学校や病院を建てた慈善家として信頼を勝ち得る一方、オーセージ族との婚姻、縁故関係によって資産を簒奪する巧妙な手口を考案。自らの手は一切汚すことなくオーセージ族を次々と殺害し、その財産を搾取していく。3時間では語りきれないほど我慢強く悪辣な手口と、迫害の歴史。デ・ニーロはキャリア史上最凶とも言える外道を演じ、再びスコセッシと共に伝説を打ち立てた。ディカプリオは前述の献身的なキャスティング劇といい、ヘイルの下で悪事に手を染める甥っ子アーネスト役で性格俳優として本領を発揮。理知的な女性をたらしこむ“可愛げ”を持ちながら、権力に追従した愚鈍な白人男性像を引き受けている。そんな2人の間で毅然と屹立するリリー・グラッドストーンは本作の宝だ。2016年のケリー・ライカート監督作『ライフ・ゴーズ・オン』で注目された彼女は、ブラックフィートとニミプーの血を引く。グラッドストーンの知性と優雅さ、厳粛さは来るオスカーレースで大いに話題となるだろう。

 劇中、自分たちの命が脅かされていることを目の当たりにしたオーセージ族は、口々に「タルサのようだ」と言う。1921年、黒人たちによって大いに栄えた町タルサは、それを妬んだ白人たちによって焼き払われ(空爆まで行われたという)、多くの命が奪われた虐殺の詳細は近年になるまで明るみとなる事はなかった。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』はこの事件に材を得たHBOのTVシリーズ『ウォッチメン』『ラヴクラフトカントリー』ら近年の重要作をも繋ぎ、白人たちの構築した悪しきシステムの姿を暴き出すのである。スコセッシ自らが弾圧の歴史を語り、頭を垂れるラストシーンは近年、『ブラック・クランズマン』『ザ・ファイブ・ブラッズ』など、さらなる熱量で黒人史と現在を説くスパイク・リーを彷彿。巨匠は老いてなお“現在”(いま)の映画を創り続けているのだ。


『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』23・米
監督 マーティン・スコセッシ
出演 レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、リリー・グラッドストーン、ジェシー・プレモンス、ジョン・リスゴー、ブレンダン・フレイザー、スコット・シェパード
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