長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『恐怖のメロディ』

2025-01-12 | 映画レビュー(き)

 クリント・イーストウッドの監督デビューとなる1971年作。ストーカーの恐怖描くスリラー監督としての技量が発揮されている事はもちろん、この偉大な映画作家のあまりに歪な女性観が如実に現れている点でも興味深い1本である。

 イーストウッドが演じるのはKRML(後に市長も務めたカーメルのローカル局)のDJデイブ。深夜にジャズと詩の朗読を流すこの番組に、毎夜エロール・ガーナーのバラード『ミスティ』をリクエストしてくるリスナーがいる。デイブが放送を終え、いつものバーで酒を飲んでいると、隣り合わせた女が声をかけてきた。彼女=イブリンこそが“ミスティの女”なのだ。ほんの火遊びのつもりでデイブは彼女と一夜を共にすると…。

 瞬時に恐ろしい形相へと豹変するイブリン役ジェシカ・ウォルターの怪演は53年を経た今でも観客を震え上がらせるには十分。イーストウッドのマゾヒズムはこれまで何度も分析されてきたが、最新作『陪審員2番』では愛娘フランセスカ・イーストウッドにイブリンのイメージを鏡映させていることにぎょっとさせられた。フランセスカが演じた被害者にイーストウッドは特段のシンパシーを寄せておらず、むしろ激しやすく扱いにくい女性として描写し、事件の重要なモチーフであえる“転落”はイブリンの結末から引用されているようにすら見えるのである。そんなイーストウッドの女性恐怖とも言うべき特殊性はデビュー作以後、幾度も発露していったのである。


『恐怖のメロディ』71・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド、ジェシカ・ウォルター、ドナ・ミルズ、ジョン・ラーチ
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『キャドー湖の失踪』

2024-10-27 | 映画レビュー(き)

 2023年の米俳優組合、脚本家組合のストライキによって供給不足に陥っているハリウッド。そのしわ寄せは既に洋画興行が壊滅に瀕している本邦においてより深刻だ。幸いなことにストリーミングにはまだ見るべき作品が幾つかあるものの、ほとんど宣伝もなく膨大なライブラリに並列化されれば、一部のマニアによる相互扶助のような情報共有なしに陽の目を見る機会はないだろう。

 ましてやM・ナイト・シャマランがプロデュースする『キャドー湖の失踪』はネタバレ厳禁、全くの予備知識なしで見るからこそ楽しめる映画で、ここにはジャンルを書くことすら憚られる。1950年代に建てられたダムによって原生林と湿地帯に覆われたキャドー湖。近年、周辺地域では絶滅したはずの狼や蛾が目撃される異変が生じていた。ある日、8歳の少女アナが消息不明に。義理の姉エリーは行方を追って湿地帯の奥へと足を踏み入れる。その頃、湖でダム建設時の廃材を回収しているパリスは、急逝した母親がある発作に悩まされていたことを知り…。

 これくらいでいいだろう。脚本も手掛けるローガン・ジョージ、セリーヌ・ヘルドの監督コンビは全く異なる2つの人生が重要な繋がりを持つことを観客に直感させ、巧みなストーリーテリングに意図的な綻びを生じさせることで大きな物語を描いていく。既に多くの前例があるアイデアではあるが、それを指摘するのは野暮というもの。湿地帯という特殊なロケーションによって生み出された家族の歴史は、思いがけずあなたの心を打つはずだ。


『キャドー湖の失踪』24・米
監督 セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
出演 ディラン・オブライエン、エリザ・スカンレン、キャロライン・ファルク、ダイアナ・ホッパー、サム・ヘニングズ、ローレン・アンブローズ、エリック・ラング
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『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』

2024-07-05 | 映画レビュー(き)

 見渡せば日本国内の映画興行収入ランキングはアニメ作品が大半を占め、わずかな実写作品(ここに洋画が入ってくることはなくなった)も元を辿ればマンガ原作。昨今、“映画”の定義は大きく様変わりした。TV版からのファンが初日に押しかけて爆発的なオープニング記録を作り、配給側も度々の入場者特典でブーストをかけて興収を上積み。“映画”を専門としてきた批評家が迂闊に論じることも叶わない市場構造であり、かつて社会現象を引き起こし、シリーズの人気を不動のものとした1982年作『機動戦士ガンダムⅢめぐりあい宇宙編』の23億円を大きく上回る『SEED FREEDOM』の成功に、筆者はまったくもって理解が及ばない状況である。

 2002年に始まったTVシリーズ『機動戦士ガンダムSEED』、04年の続編『SEED DESTINY』に続く20年ぶりとなる最新作が、世界観やキャラクターのみならず、稚拙な作劇まで損なうことなく保持していることに驚かされた。放映当時“平成世代の新たなファーストガンダム”として大いに人気を博した本シリーズだが、リアルタイムで観ていた当時の少年少女たちは今回の劇場版を正視できるのか?相も変わらず登場人物がテーマや心情をセリフで語り(劇中時間では『DESTINY』から2年しか経過していない)、シーンごとに場所を説明する字幕スーパーが意味もなく現れ続ける。20年の間に1本でもマトモな映像作品を見てきた観客なら、キャラクターが時に押し黙ることで心の内を物語り、編集によってここが何処なのか類察できるはずだ。まるで観客を無能と思い込んでいるかのような演出ぶりや、荒唐無稽なSF考証の数々に「これがハードSF“ガンダム”の名を冠したシリーズなのか?」と我が目を疑ってしまった。観客はただノスタルジーのためだけに劇場に押し寄せたのか?スクリーンにも観客席にも20年という時間の重みと蓄積が皆無なのだ。

 うるさ型の古参ファンを黙らせるために、“ファーストガンダム”からギャン、そして角を付けた赤いズゴックを登場させるのは『SEED』シリーズの常套手段。億面もなく音楽からカット割まで拝借し、過去の遺産を食い潰すその邪悪さは重力に魂を引かれたオールドファンである筆者には耐えられないのである。

 だが、“何でもあり”こそがガンダムではないのか?ほぼ同じ年月でファンダムを築き上げてきた『スター・ウォーズ』がフランチャイズの拡大に失敗し続けている今、それぞれの作品が大きく異なり、駄作もあれば傑作もあるガンダムシリーズの自由さは他に類を見ない(何より全ての作品を無理に観る必要が全くない)。ならば“映画”というアートフォームに属する唯一のガンダム作品が『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』であることをここに記しておきたい。


『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』24・日
監督 福田己津央
出演 保志総一朗、田中理恵、石田彰
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『キャンプ・カレッジ 勇気の先に輝くもの』

2024-01-22 | 映画レビュー(き)
 戦火を逃れ、ウクライナから脱出した少女が同じ境遇の子どもたちと過ごすサマーキャンプの様子を追ったドキュメンタリー。2015年の侵攻時にミラナは母と片足を失って以来、義足をはめ、祖母が母親代わりだ。思春期を迎えた彼女は周囲の人はおろか、祖母にも心を開いておらず、ロッククライミングを前にして泣きじゃくるばかり。なんとか彼女に精神的な1歩を踏み出させようと思案するスタッフ達の多くはイラク帰還兵であり、サマーキャンプは子どもを戦火に巻き込んだ大人たちの贖罪でもある。たった30分の短編ドキュメンタリーだが、マックス・ロウ監督が膨大な時間をかけて取材対象と関係を構築したのは容易に想像ができる。大人たちの杞憂をよそに、並外れた勇気を発揮するミラナと、そして映画になることもない戦火に生きる多くの子どもたちに、私たちは只々頭を垂れるばかりなのである。


『キャンプ・カレッジ 勇気の先に輝くもの』23・米
監督 マックス・ロウ
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『ザ・キラー』(寄稿しました)

2023-11-19 | 映画レビュー(き)
 
 リアルサウンドにデヴィッド・フィンチャー監督の最新作『ザ・キラー』について寄稿しました。パーソナルな前作『マンク』から一転、今回はランニングタイム2時間のジャンル映画。同じくNetflixからリリースされている近作『マインドハンター』を引き合いにして、巨匠のオブセッションに迫ります。ぜひ御一読ください。




『ザ・キラー』23・米
監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 マイケル・ファスベンダー、ティルダ・スウィントン
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