長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』

2025-02-24 | 映画レビュー(き)

 記録ずくめの大成功を収めた前作『デッドプール&ウルヴァリン』から7ヶ月、久しぶりにMCU新作がお目見えだ。『マーベルズ』の壊滅的な大失敗の後、映画にテレビシリーズと拡大の一途を辿ったユニバースを軌道修正すべく選択と集中を迫られたマーベルは、“キャプテン・アメリカシリーズ”としては通算4本目となる『ブレイブ・ニュー・ワールド』に度重なる追加撮影を施した。従来であれば駄作の前兆とも取れるプロセスだが、どうやらそうでもなさそうだ。アベンジャーズを総動員してまで応援した民主党カマラ・ハリスの大統領選挙敗退後、目まぐるしく変動する世界情勢を鑑みた“加筆修正”だったのではないだろうか。協調路線を謳う元軍属の大統領ロス(ハリウッドでは“二期目”の大統領役ハリソン・フォード)と、何者かに洗脳された“影なき狙撃者”の暗躍に二代目キャップ=サム・ウィルソンが立ち向かう本作は、ここ10年に渡りディズニーの大きな駆動力となった政治的イシューをこらえ、『ウィンター・ソルジャー』以来のポリティカルスリラーとして娯楽路線に舵を切ろうとしている。

 問題はサスペンスもアクションもギャグすらも鈍いことで、これはサムが超人血清を打っていないからではないだろう。監督ジュリオス・オナーは大統領暗殺犯の汚名を着せられたイザイアと、彼の無実を晴らそうとするサムという2人の黒人の姿に一定程度のテンションをもたらしているが、今のマーベルに求められているのはより職人的気質だ。時折、ジェリー・ゴールドスミスを思わせるパワフルなスコアを響かせるローラ・カープマンと、キャスト陣の奮闘によってこそ本作のサスペンスの大半は支えられている。

 近年、何を演ってもフライドチキンチェーンの店主にしか見えなかったジャンカルロ・エスポジートが、凶暴な殺し屋役で久しぶりに本来のストリート味を発揮。ティム・ブレイク・ネルソンはHBO『ウォッチメン』のロールシャッハ役に比べれば造作もないことかも知れないが、MCUでも数少ない頭脳犯に声の芝居でスーパーパワーを持たせている。故ウィリアム・ハートに代わってロスを演じるハリソン・フォードは意外なことに力の入った演技を見せており、政治的葛藤と虚栄心によってレッドハルクへと暴走するキャラクターを単なるヴィランに貶めていない。Netflixの傑作TVシリーズ『アンオーソドックス』で注目を集めたシラ・ハースの実力に疑いはないが、少女のような小柄さこそが彼女の俳優としての個性であり、スーパーヒーロー映画でのミスマッチを期待していたわけではない。

 そしてキャプテン・アメリカの盾を継承したアンソニー・マッキーは、サム・ウィルソンを主役へ昇格させることに成功した。超人血清を打っていないサムは大いなる力を持たないにも係わらず、万人のロールモデルたるべく大いなる責任を抱え込もうとする。立場が人を作るのであり、そのヒロイックさこそが彼のスーパーパワーなのだ。マッキーの演技にサムの葛藤をもっと見たいという気持ちが高まった。

 さて、肝心のポストクレジットシーンは…あれだけライアン・レイノルズ(デッドプール)に言われたのに、まだマルチバースやんのかよ!!


『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』25・米
監督 ジュリアス・オナー
出演 アンソニー・マッキー、ダニー・ラミレス、シラ・ハース、カール・ランブリー、ジャンカルロ・エスポジート、ハリソン・フォード、ティム・ブレイク・ネルソン、平岳大
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『機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning』

2025-02-10 | 映画レビュー(き)
※このレビューは映画の重要な展開に触れています

 庵野秀明とスタジオカラーが満を持して挑むガンダムシリーズ最新作は、開始1秒で重力に魂を引かれたオールドファンを仰け反らせる。なんと1979年の第1作『機動戦士ガンダム』第1話、『ガンダム大地に立つ』がそっくりそのまま再現されるのだ。アヴァンシークエンスが終わると、連邦軍のV作戦をキャッチしたシャア率いる3機のザクがサイド7に潜入する。うるさ型のファンはここで気付くだろう。1979年、もとい宇宙世紀0079にシャアはサイド7に入っていない。部隊は開発中の連邦軍モビルスーツを発見。シャアは白い機体に乗り込む。こいつ、動くぞ!

 本気か?歴史は塗り替えられる。一年戦争はジオン軍の勝利に終わる。『ジークアクス』の真の物語が始まるのはここからだ。未だ正式な放映日はアナウンスされていないものの、序盤数話を編集したと思われる劇場版『Beginning』はガンダム史上最も自由な新作だ。既存作品と世界観を並行する“マルチバース”である本作は、『スパイダーマン:スパイダーバース』よろしく作画はバラバラ。元祖、安彦良和画をアップデートした前半部、『エヴァンゲリヲン新劇場版』から継承されている戦闘シーン、そして本編は今日的な頭身バランスのコミックキャラ。米津玄師、星街すいせいらが歌う中、マッシヴで生々しいモビルスーツが宇宙(そら)を舞う。

 映画の中心にはセカンドインパクトよろしく“ゼクノヴァ”現象によって消息を絶ったシャア・アズナブルという空洞がある。振り返れば1988年、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が庵野にとって初めて携わったガンダムシリーズだった(庵野は同人誌を出すほど心酔したという)。この作品で小惑星アクシズを押し返す最中、アムロとシャアは光の彼方に姿を消し、79年から始まったシリーズは一応の完結を迎える。『ジークアクス』後半の時代設定は宇宙世紀0085年。0080年でもなければ0083年でもなく、0085年が選ばれた理由はファーストの正統続編、『機動戦士Zガンダム』の“放映年”が1985年だからかもしれない。そして『Z』の企画初期サブタイトルが“逆襲のシャア”であったことは思い返されてもいいだろう。宇宙世紀のマルチバースを辿る本作は、シャアの“キラキラ”に導かれ、新たなニュータイプが集う物語になるかもしれないのだ。

 そんな考察沼はどうでもいい。初めてガンダムに遭遇する子どもたちよ。「よくわかんないけど、なんかわかった!」それでいい。あとは君たちが生き延びてくれたら、それでいいのだ。


『機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning』25・日
監督 鶴巻和哉
出演 黒沢ともよ、石川由依、土屋神葉

 
 
 
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『恐怖のメロディ』

2025-01-12 | 映画レビュー(き)

 クリント・イーストウッドの監督デビューとなる1971年作。ストーカーの恐怖描くスリラー監督としての技量が発揮されている事はもちろん、この偉大な映画作家のあまりに歪な女性観が如実に現れている点でも興味深い1本である。

 イーストウッドが演じるのはKRML(後に市長も務めたカーメルのローカル局)のDJデイブ。深夜にジャズと詩の朗読を流すこの番組に、毎夜エロール・ガーナーのバラード『ミスティ』をリクエストしてくるリスナーがいる。デイブが放送を終え、いつものバーで酒を飲んでいると、隣り合わせた女が声をかけてきた。彼女=イブリンこそが“ミスティの女”なのだ。ほんの火遊びのつもりでデイブは彼女と一夜を共にすると…。

 瞬時に恐ろしい形相へと豹変するイブリン役ジェシカ・ウォルターの怪演は53年を経た今でも観客を震え上がらせるには十分。イーストウッドのマゾヒズムはこれまで何度も分析されてきたが、最新作『陪審員2番』では愛娘フランセスカ・イーストウッドにイブリンのイメージを鏡映させていることにぎょっとさせられた。フランセスカが演じた被害者にイーストウッドは特段のシンパシーを寄せておらず、むしろ激しやすく扱いにくい女性として描写し、事件の重要なモチーフであえる“転落”はイブリンの結末から引用されているようにすら見えるのである。そんなイーストウッドの女性恐怖とも言うべき特殊性はデビュー作以後、幾度も発露していったのである。


『恐怖のメロディ』71・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド、ジェシカ・ウォルター、ドナ・ミルズ、ジョン・ラーチ
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『キャドー湖の失踪』

2024-10-27 | 映画レビュー(き)

 2023年の米俳優組合、脚本家組合のストライキによって供給不足に陥っているハリウッド。そのしわ寄せは既に洋画興行が壊滅に瀕している本邦においてより深刻だ。幸いなことにストリーミングにはまだ見るべき作品が幾つかあるものの、ほとんど宣伝もなく膨大なライブラリに並列化されれば、一部のマニアによる相互扶助のような情報共有なしに陽の目を見る機会はないだろう。

 ましてやM・ナイト・シャマランがプロデュースする『キャドー湖の失踪』はネタバレ厳禁、全くの予備知識なしで見るからこそ楽しめる映画で、ここにはジャンルを書くことすら憚られる。1950年代に建てられたダムによって原生林と湿地帯に覆われたキャドー湖。近年、周辺地域では絶滅したはずの狼や蛾が目撃される異変が生じていた。ある日、8歳の少女アナが消息不明に。義理の姉エリーは行方を追って湿地帯の奥へと足を踏み入れる。その頃、湖でダム建設時の廃材を回収しているパリスは、急逝した母親がある発作に悩まされていたことを知り…。

 これくらいでいいだろう。脚本も手掛けるローガン・ジョージ、セリーヌ・ヘルドの監督コンビは全く異なる2つの人生が重要な繋がりを持つことを観客に直感させ、巧みなストーリーテリングに意図的な綻びを生じさせることで大きな物語を描いていく。既に多くの前例があるアイデアではあるが、それを指摘するのは野暮というもの。湿地帯という特殊なロケーションによって生み出された家族の歴史は、思いがけずあなたの心を打つはずだ。


『キャドー湖の失踪』24・米
監督 セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
出演 ディラン・オブライエン、エリザ・スカンレン、キャロライン・ファルク、ダイアナ・ホッパー、サム・ヘニングズ、ローレン・アンブローズ、エリック・ラング
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『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』

2024-07-05 | 映画レビュー(き)

 見渡せば日本国内の映画興行収入ランキングはアニメ作品が大半を占め、わずかな実写作品(ここに洋画が入ってくることはなくなった)も元を辿ればマンガ原作。昨今、“映画”の定義は大きく様変わりした。TV版からのファンが初日に押しかけて爆発的なオープニング記録を作り、配給側も度々の入場者特典でブーストをかけて興収を上積み。“映画”を専門としてきた批評家が迂闊に論じることも叶わない市場構造であり、かつて社会現象を引き起こし、シリーズの人気を不動のものとした1982年作『機動戦士ガンダムⅢめぐりあい宇宙編』の23億円を大きく上回る『SEED FREEDOM』の成功に、筆者はまったくもって理解が及ばない状況である。

 2002年に始まったTVシリーズ『機動戦士ガンダムSEED』、04年の続編『SEED DESTINY』に続く20年ぶりとなる最新作が、世界観やキャラクターのみならず、稚拙な作劇まで損なうことなく保持していることに驚かされた。放映当時“平成世代の新たなファーストガンダム”として大いに人気を博した本シリーズだが、リアルタイムで観ていた当時の少年少女たちは今回の劇場版を正視できるのか?相も変わらず登場人物がテーマや心情をセリフで語り(劇中時間では『DESTINY』から2年しか経過していない)、シーンごとに場所を説明する字幕スーパーが意味もなく現れ続ける。20年の間に1本でもマトモな映像作品を見てきた観客なら、キャラクターが時に押し黙ることで心の内を物語り、編集によってここが何処なのか類察できるはずだ。まるで観客を無能と思い込んでいるかのような演出ぶりや、荒唐無稽なSF考証の数々に「これがハードSF“ガンダム”の名を冠したシリーズなのか?」と我が目を疑ってしまった。観客はただノスタルジーのためだけに劇場に押し寄せたのか?スクリーンにも観客席にも20年という時間の重みと蓄積が皆無なのだ。

 うるさ型の古参ファンを黙らせるために、“ファーストガンダム”からギャン、そして角を付けた赤いズゴックを登場させるのは『SEED』シリーズの常套手段。億面もなく音楽からカット割まで拝借し、過去の遺産を食い潰すその邪悪さは重力に魂を引かれたオールドファンである筆者には耐えられないのである。

 だが、“何でもあり”こそがガンダムではないのか?ほぼ同じ年月でファンダムを築き上げてきた『スター・ウォーズ』がフランチャイズの拡大に失敗し続けている今、それぞれの作品が大きく異なり、駄作もあれば傑作もあるガンダムシリーズの自由さは他に類を見ない(何より全ての作品を無理に観る必要が全くない)。ならば“映画”というアートフォームに属する唯一のガンダム作品が『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』であることをここに記しておきたい。


『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』24・日
監督 福田己津央
出演 保志総一朗、田中理恵、石田彰
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