『オールド・ボーイ』『お嬢さん』で知られる韓国の鬼才パク・チャヌク監督もTVドラマ進出だ。しかもBBC製作、ジョン・ル・カレ原作、マイケル・シャノン、アレクサンダー・スカルスガルド、フローレンス・ピュー出演という豪華布陣である。『イノセント・ガーデン』以来の海外進出作に期待が高まった。
物語は1979年、ドイツはベルリンから始まる。パレスチナゲリラによる爆破テロ事件が発生。イスラエル諜報機関は過去に犯人と接触のあった舞台女優をリクルートし、潜入スパイとして仕立て上げる。
古今東西、女優を主人公にした"女優映画”というジャンルがある。新進女優がその才能を開花させるスター誕生物語であり、それは現実にキャスティングされた女優が実力を証明するブレイクスルーの1本でもある。近年ではズバリ『スター誕生』のレディー・ガガであり、他『マルホランド・ドライブ』のナオミ・ワッツや、ナタリー・ポートマンがキャリアを復活させた『ブラック・スワン』もこの系譜に当たるだろう。
本作は舞台女優チャーリーを演じるフローレンス・ピューを見るべきドラマだ。ハスキーボイスと最近の女優にはない、ふくよかな体型が存在感を放つ。潜入スパイへと育て上げられながら、作り込まれた虚構に魅せられ、のめり込んでいく女優魂と、それ故に悲劇を迎える涙がいい。今後、アリ・アスター監督『ミッドサマー』など、注目作が相次ぐ新鋭だ。
彼女をスパイへと教育する工作員ガディ役にはアレクサンダー・スカルスガルドが扮する。時折、狂気を感じさせる病的なナイーブさが魅力であり、『ビッグ・リトル・ライズ』以後、性格俳優として充実のキャリア形成だ。同じ性格俳優としては先輩格にあたるマイケル・シャノンもさすがの怪演である。
パク・チャヌク監督といえば独自の美意識に貫かれたトリッキーな撮影、美術、そして過剰なまでのテンションが特徴だが、本作ではその作風がかなり抑制されており、職業的な演出に留まっているように見える(唯一残ったのはカラフルな色彩設計くらいか)。
では彼が本作を手がけた創作動機とは何だったのだろう?
それはイスラエルとパレスチナという隣人同士が殺し合う環境に、事情は違えど朝鮮半島情勢を重ね合わせたのかも知れない。ジョン・ル・カレは敵対勢力=悪というような描き方をしない。チャーリーは(捏造された物とはいえ)テロリストの情熱的な愛の手紙にほだされ、インテリジェンスで魅力的リーダー、カリルに惹かれていく。劣悪な環境の中で抵抗の意志を燃やし続けるパレスチナ人にも子供がいて、家族がいて、生活があり、そして何より同じ人間である。
劇中、イスラエル諜報員達の動機として何度も登場するのがミュンヘン五輪テロ事件だ。パレスチナゲリラがイスラエル選手団を殺害した事件は両国において新たな火種となった。本作のサブテキストとしてはぜひスティーブン・スピルバーグ監督の傑作『ミュンヘン』を見てもらいたい。チャーリーとガディには決して癒えるのことのない傷が残り、2度と心の平穏が訪れないことがわかるだろう。