長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『グッド・ワン』

2024-12-31 | 映画レビュー(く)

 思春期に両親の離婚や危機に直面し、反抗期を迎えることなく良い子(=Good One)であり続けた人には他人事と思えない映画だろう。大学進学を目前にし、間もなく親元から巣立とうとしている少女サムは、両親の離婚後も父とトレッキングを続けてきた。今回は3日間数十キロに及ぶ行程で、父の親友で俳優くずれのマットも同行する。年頃の女の子が父親と、しかも親族ではない中年男性と共に山林でキャンプをする。それだけでも十二分に父親を労る気遣いが見受けられるが、加えてサムは嫌な顔1つ見せない。彼女が長い年月Good Oneであり続けてきたことがよくわかる。

 脚本を手掛け、本作が長編初監督となるインディア・ドナルドソンが同性のサム(素晴らしい新人リリー・コリアス)のみならず、父やマットら不完全な大人たちへ向ける人間洞察は深い。父は愛情あふれる人だが、言葉の端々にミソジニーがにじみ、娘であるサムに度々、辛抱を強いてきたことが伺える。マットはおそらく若い頃にはそこそこ人から愛されてきたのだろう。頭の回転が早く、俳優だけに話も上手く、感性も豊かだ。しかし、人生において何度も同じ過ちを犯してきたことは想像に難くない(彼自身も愚かさを自覚している節がある)。

 3人が拓けた水辺に辿り着くと、まるで賽の河原のように石が積み上げられている。先を行った登山者の戯れだろうか。いや、Good Oneを続けてきたサムの忍耐の心象かもしれない。彼女が抱く初めての反抗心を今にも泣き出しそうな息遣いで表現するリリー・コリアスの繊細が、ささやかな小品の大きなクライマックスだ。父には小石1つ分の何かは伝わったのではないだろうか。


『グッド・ワン』24・米
監督 インディア・ドナルドソン
出演 リリー・コリアス、ジェームズ・レグロス、ダニー・マッカーシー
※カンヌ監督週間 in Tokio 2024にて上映
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『クラブゼロ』

2024-11-29 | 映画レビュー(く)

 オーストラリアの名門私立校に新任教師ノヴァクがやって来る。地球にも人体にも優しい“意識的な食事”を提唱する気鋭の栄養学者だ。過食と添加物を強要する食品産業を否定した教育に、生徒たちは感化され、やがて食事を控え始めていく。そしてノヴァクは摂食ゼロのメソッド“クラブゼロ”の存在を明らかにする…。

 ジェシカ・ハウスナー監督の『クラブゼロ』を反社会的と取るか、鋭い社会批評と取るかはあなたの食習慣によって異なるかも知れない。だがアイデンティティポリティクスが生んだ“正しさの強要”が1つの結末を見た2024年、摂食を巡る本作はピリリと辛いどころかエグみがたっぷりだ。本質よりも“正しさ”に感化され易い者にとってデマは容易に真実となり、カルトへと変貌。異を唱える者は対話ではなく排除の対象となる。子どもたちは「正しい信念」と口にするが、親たちは「正しいことは難しい」と頭を抱えるばかり。子どもたちの言う「より良い場所」を文字通り絵空事とする皮肉には怒り出す観客もいるかもしれない。口に合わなくとも、映画を観続ける者は時に作家の果敢な挑発を口に含んでみるべきだ。


『クラブゼロ』23・豪、英、独、仏、他
監督 ジェシカ・ハウスナー
出演 ミア・ワシコウスカ
※2024年12月6日(金)公開 公式サイト
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『クリスマスはすぐそこに』

2024-11-22 | 映画レビュー(く)

 2022年、アルフォンソ・キュアロンはイタリアの俊英アリーチェ・ロルヴァケルとタッグを組み、ディズニープラスからクリスマス短編『無垢の瞳』をリリースしたが、今年はデヴィッド・ロウリーを監督に迎えた。『セインツ 約束の果て』『さらば愛しきアウトロー』等、70年代アメリカ映画を彷彿とさせる作風の彼は、一方でディズニーの『ピートと秘密の友達』『ピーター・パン&ウェンディ』を手掛け、コンテンポラリーな『ア・ゴースト・ストーリー』『グリーン・ナイト』をフィルモグラフィに連ねるファンタジーの異才でもある。『クリスマスはすぐそこに』はなんとボール紙を使ったストップモーションアニメで、ロウリーの美意識とディズニーへの憧憬がクリスマス精神を謳っている。酸いも甘いも知った都会のハト役でナターシャ・リオンがあのダミ声を聞かせてくれるのも嬉しい。キュアロンは『無垢の瞳』に続き、ディズニープラスというパッケージの中で俊英と最良のコラボレーションを生んでくれた。


『クリスマスはすぐそこに』24・米
監督 デヴィッド・ロウリー
出演 ケイリー・クリストファー、エステラ・マドリガル、ジム・ガフィガン、ママドゥ・アティエ、アレックス・ロス・ペリー、ジョアンナ・ジョセフ、フィル・ローゼンタール、ナターシャ・リオン、ジョン・C・ライリー
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『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』

2024-11-21 | 映画レビュー(く)

 2000年に大ヒットを記録し、アカデミー作品賞にも輝いた『グラディエーター』は直後から続編制作が囁かれてきたが(主人公マキシマスは死んだというのに!)、紆余曲折24年を経てついに完成した。マキシマスとルッシラ王女の息子ルシウスが王位簒奪者の手を逃れ、遠くアフリカの地で成長。十数年の時を経て、グラディエーターとしてローマへ帰還する…歴史に詳しい観客は前作に続きまるで考証のないハリウッド史劇に目くじらを立てたくなる所だろうが、ドラゴンの出ない『ゲーム・オブ・スローンズ』くらいに思って大目に見てほしい。リドリー・スコットがVFXを用いて現代に復活させた『グラディエーター』『キングダム・オブ・ヘブン』『ロビン・フッド』ら史劇大作群なくしてGOTはなかっただろう。昨年も超大作『ナポレオン』を手掛けたばかり、御年86才の“サー”・リドリーは多くの映画作家が年齢と共に歩みを緩めていく中、どうやらますますせっかちになっているようだ。前作と大差のないランニングタイム148分に3本のストーリーラインを交錯させる手際は良いものの、24年前にはあった歴史大作としての時に緩慢なまでの悠然さ、風格は失われ、良くも悪くも『ゲーム・オブ・スローンズ』以後の軽さと速さの史劇映画である。

 前作でアカデミー主演男優賞に輝いたラッセル・クロウは前年『インサイダー』、翌年『ビューティフル・マインド』と3年連続ノミネートを達成する絶頂期にあった。さすがに往時のクロウには叶わないと見込んでか、今回は3人の主人公が立てられている。『アフターサン』でアカデミー主演男優賞にノミネートされたポール・メスカルは、『ノーマル・ピープル』『ロスト・ドーター』『異人たち』で見せた危うさと繊細さの性格演技そのままメインストリームに殴り込む頼もしいパフォーマンス。まるでローマ彫刻のような顔立ちと、映画のスケールに負けない低く轟くような声音で大役を全うしている。メスカル演じるルシウスの敵となる将軍アカシウス役ペドロ・パスカルが相応しい貫禄を湛えているのは嬉しい限りで、長物を持たせればハリウッド最強の無双となるだけに今回は剣のみ装備だ。

 そしてルシウスを導く謎の奴隷商人マクリヌス役のデンゼル・ワシントンは性格俳優の本領を発揮している。今年69才、野卑な役でこそアクの強さを出してきたデンゼルに老齢の枯れが差し始め、史劇に相応しい舞台俳優ならではの立ち回りは今年のオスカーレースで3度目の受賞を狙うには十分だろう。

 デヴィッド・スカルパの脚本は前作の遺産を意識し過ぎたきらいはあるものの、独裁と圧政、腐敗に堕ちたローマに威光を取り戻そうと謳うテーマ性は観客の政治的イデオロギーを問わず、訴えるものがある(クライマックスでローマ軍は文字通り2色に分かれる)。パンとサーカスに湧く衆愚へ向けたリドリーの厭世感はやや控えめで、“力と名誉”を謳った前作の栄光に倣う本作は、作品不足の2024年ハリウッド最後のメインストリーム大作映画として、王道の貫禄を見せつけてくれるのだ。


『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』24・英、米
監督 リドリー・スコット
出演 ポール・メスカル、ペドロ・パスカル、デンゼル・ワシントン、コニー・ニールセン、ジョセフ・クイン、フレッド・ヘッキンジャー
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『グレース』

2024-10-22 | 映画レビュー(く)
 2022年のウクライナ戦争開戦以後、ロシアに対する国際社会の“海上封鎖”は経済分野に留まらず、2023年のカンヌ映画祭で出品を認められた露映画はイリヤ・ポボロツキー監督による本作『グレース』唯1本だったという。日頃、映画をジャンルや国籍で語りがちだが、何時とも何処とも知れない本作を見ると、「土地とそこに暮らす人」こそが映画における最も重要なファクターではと思えてくる。

 映画は前半1時間を過ぎるまでろくろく筋立てもわからない。赤茶けたキャンピングカーに乗って父娘が旅をしている。母を亡くしたばかりの年頃の娘にとって父親の存在は疎ましく、父はそんな娘と語らう術を持っていない。娘はポラロイドカメラで道行く人々を撮り、父は違法DVDを売って日銭を稼ぐ。「インターネットがあれば…」と娘がこぼす此処は終末戦争後の未来にも、遥か彼方の惑星にも見えるが、コーカサスから始まるロシア南西部なのだと言う。ソ連崩壊後の打ち捨てられたこの地で間に合せの権力が睨みを効かせる中、父娘は山から山、村から村へと映画の移動上映を続けている。『グレース』は父娘の普遍的なロードムービーだ。しかし車窓に映る一顧だにされない人々の暮らしと大地の姿に、蹂躙し、膨張し続ける国家権力の姿を想起せずにはいられないのである。

『グレース』23・露
監督 イリヤ・ポボロツキー
出演 マリア・ルキャノバ、ジェラ・チタバ、エルダル・サフィカノフ
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