長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クリスマスはすぐそこに』

2024-11-22 | 映画レビュー(く)

 2022年、アルフォンソ・キュアロンはイタリアの俊英アリーチェ・ロルヴァケルとタッグを組み、ディズニープラスからクリスマス短編『無垢の瞳』をリリースしたが、今年はデヴィッド・ロウリーを監督に迎えた。『セインツ 約束の果て』『さらば愛しきアウトロー』等、70年代アメリカ映画を彷彿とさせる作風の彼は、一方でディズニーの『ピートと秘密の友達』『ピーター・パン&ウェンディ』を手掛け、コンテンポラリーな『ア・ゴースト・ストーリー』『グリーン・ナイト』をフィルモグラフィに連ねるファンタジーの異才でもある。『クリスマスはすぐそこに』はなんとボール紙を使ったストップモーションアニメで、ロウリーの美意識とディズニーへの憧憬がクリスマス精神を謳っている。酸いも甘いも知った都会のハト役でナターシャ・リオンがあのダミ声を聞かせてくれるのも嬉しい。キュアロンは『無垢の瞳』に続き、ディズニープラスというパッケージの中で俊英と最良のコラボレーションを生んでくれた。


『クリスマスはすぐそこに』24・米
監督 デヴィッド・ロウリー
出演 ケイリー・クリストファー、エステラ・マドリガル、ジム・ガフィガン、ママドゥ・アティエ、アレックス・ロス・ペリー、ジョアンナ・ジョセフ、フィル・ローゼンタール、ナターシャ・リオン、ジョン・C・ライリー
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『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』

2024-11-21 | 映画レビュー(く)

 2000年に大ヒットを記録し、アカデミー作品賞にも輝いた『グラディエーター』は直後から続編制作が囁かれてきたが(主人公マキシマスは死んだというのに!)、紆余曲折24年を経てついに完成した。マキシマスとルッシラ王女の息子ルシウスが王位簒奪者の手を逃れ、遠くアフリカの地で成長。十数年の時を経て、グラディエーターとしてローマへ帰還する…歴史に詳しい観客は前作に続きまるで考証のないハリウッド史劇に目くじらを立てたくなる所だろうが、ドラゴンの出ない『ゲーム・オブ・スローンズ』くらいに思って大目に見てほしい。リドリー・スコットがVFXを用いて現代に復活させた『グラディエーター』『キングダム・オブ・ヘブン』『ロビン・フッド』ら史劇大作群なくしてGOTはなかっただろう。昨年も超大作『ナポレオン』を手掛けたばかり、御年86才の“サー”・リドリーは多くの映画作家が年齢と共に歩みを緩めていく中、どうやらますますせっかちになっているようだ。前作と大差のないランニングタイム148分に3本のストーリーラインを交錯させる手際は良いものの、24年前にはあった歴史大作としての時に緩慢なまでの悠然さ、風格は失われ、良くも悪くも『ゲーム・オブ・スローンズ』以後の軽さと速さの史劇映画である。

 前作でアカデミー主演男優賞に輝いたラッセル・クロウは前年『インサイダー』、翌年『ビューティフル・マインド』と3年連続ノミネートを達成する絶頂期にあった。さすがに往時のクロウには叶わないと見込んでか、今回は3人の主人公が立てられている。『アフターサン』でアカデミー主演男優賞にノミネートされたポール・メスカルは、『ノーマル・ピープル』『ロスト・ドーター』『異人たち』で見せた危うさと繊細さの性格演技そのままメインストリームに殴り込む頼もしいパフォーマンス。まるでローマ彫刻のような顔立ちと、映画のスケールに負けない低く轟くような声音で大役を全うしている。メスカル演じるルシウスの敵となる将軍アカシウス役ペドロ・パスカルが相応しい貫禄を湛えているのは嬉しい限りで、長物を持たせればハリウッド最強の無双となるだけに今回は剣のみ装備だ。

 そしてルシウスを導く謎の奴隷商人マクリヌス役のデンゼル・ワシントンは性格俳優の本領を発揮している。今年69才、野卑な役でこそアクの強さを出してきたデンゼルに老齢の枯れが差し始め、史劇に相応しい舞台俳優ならではの立ち回りは今年のオスカーレースで3度目の受賞を狙うには十分だろう。

 デヴィッド・スカルパの脚本は前作の遺産を意識し過ぎたきらいはあるものの、独裁と圧政、腐敗に堕ちたローマに威光を取り戻そうと謳うテーマ性は観客の政治的イデオロギーを問わず、訴えるものがある(クライマックスでローマ軍は文字通り2色に分かれる)。パンとサーカスに湧く衆愚へ向けたリドリーの厭世感はやや控えめで、“力と名誉”を謳った前作の栄光に倣う本作は、作品不足の2024年ハリウッド最後のメインストリーム大作映画として、王道の貫禄を見せつけてくれるのだ。


『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』24・英、米
監督 リドリー・スコット
出演 ポール・メスカル、ペドロ・パスカル、デンゼル・ワシントン、コニー・ニールセン、ジョセフ・クイン、フレッド・ヘッキンジャー
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『グレース』

2024-10-22 | 映画レビュー(く)
 2022年のウクライナ戦争開戦以後、ロシアに対する国際社会の“海上封鎖”は経済分野に留まらず、2023年のカンヌ映画祭で出品を認められた露映画はイリヤ・ポボロツキー監督による本作『グレース』唯1本だったという。日頃、映画をジャンルや国籍で語りがちだが、何時とも何処とも知れない本作を見ると、「土地とそこに暮らす人」こそが映画における最も重要なファクターではと思えてくる。

 映画は前半1時間を過ぎるまでろくろく筋立てもわからない。赤茶けたキャンピングカーに乗って父娘が旅をしている。母を亡くしたばかりの年頃の娘にとって父親の存在は疎ましく、父はそんな娘と語らう術を持っていない。娘はポラロイドカメラで道行く人々を撮り、父は違法DVDを売って日銭を稼ぐ。「インターネットがあれば…」と娘がこぼす此処は終末戦争後の未来にも、遥か彼方の惑星にも見えるが、コーカサスから始まるロシア南西部なのだと言う。ソ連崩壊後の打ち捨てられたこの地で間に合せの権力が睨みを効かせる中、父娘は山から山、村から村へと映画の移動上映を続けている。『グレース』は父娘の普遍的なロードムービーだ。しかし車窓に映る一顧だにされない人々の暮らしと大地の姿に、蹂躙し、膨張し続ける国家権力の姿を想起せずにはいられないのである。

『グレース』23・露
監督 イリヤ・ポボロツキー
出演 マリア・ルキャノバ、ジェラ・チタバ、エルダル・サフィカノフ
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『Cloud クラウド』

2024-09-15 | 映画レビュー(く)

 黒沢清もクリストファー・ノーラン同様、スマートフォンを持っていないのか?それとも『回路』以来、使っているのは箱型PCか?ネットに蔓延る個別の悪意が集団意識を形成する恐怖…現代社会を映したと謳うプロダクションノートとは裏腹に、『Cloud クラウド』はあまりにも観念的、概念的で、黒沢が果たしてどこまで現実の事象を理解しているのか疑わしい所ではある。だが、映画にはそんな作劇上の違和感を超えた不気味さが湛えられ、悪寒と笑いが観る者を襲うのだ。

 菅田将暉演じる主人公吉井は昼はクリーニング工場で働いている。とりたてて自己主張のある性格ではないが、勤勉な仕事ぶりで上司(荒川良々)の評価もいい。しかしこれは彼にとって必要最低限の“つなぎ”に過ぎない。自宅は各所で買い付けた物品の段ボールが山積みとなり、ほとんど倉庫のようになっている。彼はレア品や廉価品を買い付けては高値で売りさばく競取り、いわゆる“転売ヤー”なのだ。その手法は時に強引で、自分さえ儲かればよいという利己主義。それでいて同棲を考えている恋人(古川琴音)がいる。菅田はどこにでもいる好かれもしなければ嫌われもしない若者像を巧みに作り上げている。やがて吉井のやり口はあちこちで恨みを買い…。

 ネットを介して集った襲撃者は皆、吉井に個人的な恨みを抱いているため、『Cloud クラウド』は正確にはネット上の個別意思が集団意識を成すスリラーではないように思う。しかし、この驚くほど低予算で撮られたスリラーは黒沢の熟練の手腕によって目を離すことができない。リアリティを度外視した書き言葉を発する俳優たちは黒沢のメソッドを徹底し、窪田正孝が仄暗い個性を発揮。役柄の不気味さも相まった佐野役奥平大兼の名前も覚えておくべきだろう。若者たちが得体の知れない邪悪な力学によって動かされるこの世は既に地獄に突っ込んでいるのか?形而上学的なラストシーンに、この怪作がかつて2000年代の幕開けを謳った『回路』のVer.24だと気付かされるのである。


『Cloud クラウド』24・日
監督 黒沢清
出演 菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、窪田正孝、荒川良々、岡山天音
※2024年9月27日公開
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『クワイエット・プレイス:DAY1』

2024-07-15 | 映画レビュー(く)

 居ようが居まいが、何度だって柳の下のドジョウを狙うのがハリウッドである。ジョン・クラシンスキーが監督としての才能を開花させた『クワイエット・プレイス』シリーズは、音を出せば即死という設定に寄り掛かることなく、子役に至るまで誠実な芝居を見せる俳優陣によって、家族の再生を描いた傑作ホラーだった(第2弾には『オッペンハイマー』でオスカーに輝く直前のキリアン・マーフィーも出演)。第1〜2作が興行的に大成功を収め、本シリーズの参照元と見られるTVゲーム『THE LAST OF US』のTVシリーズ化も大ヒットした今、これ以上何かやる余地があるのか?シリーズ第3弾は監督、脚本に『PIG』のマイケル・サルノスキを迎え、大都市NYを舞台にエイリアンによる地球侵略“DAY1”を描く。シリーズの世界観を拡げるべく、丁寧な企画開発がされた理想的なハリウッドフランチャイズだ。

 『アス』でホラーとの相性は証明済みのルピタ・ニョンゴを抜擢したところに本作の成功がある。主人公サミラ=サムは末期がんを患っており、そもそも生きる望みを失っているキャラクター。未知の脅威に人類が絶望する中、彼女は唯一人、脱出路ではなくマンハッタンへと歩みを向ける。今日、世界が終わるなら望みは1つ。亡き父親との思い出がつまったあの店で、最期のピザを食べることだ。

 ニョンゴは厭世的で、決して親しみやすくはない主人公を献身的に演じ、映画のグレードを1つも2つも上げている。突如、訪れた終末に打ちひしがれるエリック(ジョセフ・クイン)との旅路はいわば死に場所を求める“道行き”であり、次第に彼らが生命の喜びを見出していく感動こそキャラクター主導のホラーである『クワイエット・プレイス』シリーズの本懐だ。『ストレンジャー・シングス』のヘビメタ野郎で注目を集めたクインは、本作こそが俳優としての本質を見せたブレイク作と言っていいだろう。

 前2作では主人公たちがあらゆる人工音から離れるべく田舎に身を隠していたのに対し、今回は否が応でも音が生まれる大都市を舞台にしているのも面白い。サウンドデザインはぜひとも劇場で堪能してもらいたいところだ。中でも生き残った人々が声を押し殺して波止場を目指しながら、次第に“雑踏”を形成してしまうシーンは、都会に暮らす者なら誰もが身に覚えのある自分本意な“集団心理”である。

 近年の大作志向に反し、わずか100分というランニングタイムも手際が良く、人生賛歌である本作の精神性を象徴するのはフロドと名付けられたサムの愛猫だろう。「ミャー」の1つも鳴き事を言わない彼に支えられた“行きて帰りし物語”は、愛猫家には堪らないことを付け加えておきたい。


『クワイエット・プレイス:DAY1』24・米
監督 マイケル・サルノスキ
出演 ルピタ・ニョンゴ、ジョセフ・クイン、アレックス・ウルフ、ジャイモン・フンスー
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