アカデミー脚色賞に輝いた『アメリカン・フィクション』は、中流階層に生まれ育った黒人作家が自らの人種をネタに悲劇の物語を書いたことから大騒動に発展する。そんなステレオタイプを拡める“貧困ポルノ”のネタ元は、2009年にやはりアカデミー脚色賞に輝いたリー・ダニエルズ監督の『プレシャス』だった。この映画で一躍注目を集めたダニエルズはその後も『大統領の執事の涙』『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』など、苦難の黒人史を描き続ける。実際に起きた事件に着想を得た最新作『デリヴァランス』はさしずめ『プレシャス』のホラー版といった趣だが、本当に怖いのは壊滅的なまでの映画の仕上がりだ。
エボニーは3人の子供と年老いた母を連れ、新居へと引っ越してくる。元アルコール中毒で前科もある彼女は夫に捨てられ、日々の支払いにも苦労する毎日だ。肌の色が違う母親は事ある毎にエボニーに手厳しい。そんなある日、末息子が奇妙な行動を取り始め…。
リー・ダニエルズはエボニーら家族に悪魔を取り憑かせるためなら、一家を地獄よりも恐ろしい環境へ叩き落とすことも厭わない。エボニーは実母から受けた虐待を内面化したばかりに我が子へ手を上げることが止められず、貧困は子供たちの愛情を遠ざけていく。どうやら実母は罪の意識に苛まれているようだが、末期がんの彼女はエボニーが治療費を払っていることもわかっていない。悪魔よりも観客が逃げ出しかねない貧困ポルノはジョーダン・ピールの諸作やTVシリーズ『ゼム』の存在すらなかったように振る舞い、『プレシャス』で虐待母を演じていたモニークが児相職員に、『ヒルビリー・エレジー』でも貧困家庭のグランマに扮していたグレン・クローズがここでもエボニーの母に配されているキャスティングには戸惑うばかりである。『ユナイテッド・ステイツvsビリー・ホリデイ』でオスカーにノミネートされたアンドラ・デイの才能も、ここでは空費されるばかりだ。
何より恐ろしいのはリー・ダニエルズにホラーの才能が全くないことである。タメもなければシークエンスの切り上げ時もわかっていない『デリヴァランス』は、これっぽっちも観客を怖がらせることができないのだ。
『デリヴァランス 悪霊の家』24・米
監督 リー・ダニエルズ
出演 アンドラ・デイ、グレン・クローズ、モニーク、アンジャーニュー・エリス