長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『デリヴァランス 悪霊の家』

2024-09-11 | 映画レビュー(て)

 アカデミー脚色賞に輝いた『アメリカン・フィクション』は、中流階層に生まれ育った黒人作家が自らの人種をネタに悲劇の物語を書いたことから大騒動に発展する。そんなステレオタイプを拡める“貧困ポルノ”のネタ元は、2009年にやはりアカデミー脚色賞に輝いたリー・ダニエルズ監督の『プレシャス』だった。この映画で一躍注目を集めたダニエルズはその後も『大統領の執事の涙』『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』など、苦難の黒人史を描き続ける。実際に起きた事件に着想を得た最新作『デリヴァランス』はさしずめ『プレシャス』のホラー版といった趣だが、本当に怖いのは壊滅的なまでの映画の仕上がりだ。

 エボニーは3人の子供と年老いた母を連れ、新居へと引っ越してくる。元アルコール中毒で前科もある彼女は夫に捨てられ、日々の支払いにも苦労する毎日だ。肌の色が違う母親は事ある毎にエボニーに手厳しい。そんなある日、末息子が奇妙な行動を取り始め…。

 リー・ダニエルズはエボニーら家族に悪魔を取り憑かせるためなら、一家を地獄よりも恐ろしい環境へ叩き落とすことも厭わない。エボニーは実母から受けた虐待を内面化したばかりに我が子へ手を上げることが止められず、貧困は子供たちの愛情を遠ざけていく。どうやら実母は罪の意識に苛まれているようだが、末期がんの彼女はエボニーが治療費を払っていることもわかっていない。悪魔よりも観客が逃げ出しかねない貧困ポルノはジョーダン・ピールの諸作やTVシリーズ『ゼム』の存在すらなかったように振る舞い、『プレシャス』で虐待母を演じていたモニークが児相職員に、『ヒルビリー・エレジー』でも貧困家庭のグランマに扮していたグレン・クローズがここでもエボニーの母に配されているキャスティングには戸惑うばかりである。『ユナイテッド・ステイツvsビリー・ホリデイ』でオスカーにノミネートされたアンドラ・デイの才能も、ここでは空費されるばかりだ。

 何より恐ろしいのはリー・ダニエルズにホラーの才能が全くないことである。タメもなければシークエンスの切り上げ時もわかっていない『デリヴァランス』は、これっぽっちも観客を怖がらせることができないのだ。


『デリヴァランス 悪霊の家』24・米
監督 リー・ダニエルズ
出演 アンドラ・デイ、グレン・クローズ、モニーク、アンジャーニュー・エリス
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『デッドプール&ウルヴァリン』

2024-08-16 | 映画レビュー(て)

 「俺ちゃんはマーヴェルの救世主だ!」またいつもの大口かって?ちっとも!20世紀フォックスからディズニーへ移籍しての第1弾『デッドプール&ウルヴァリン』は近年、いいとこなしのMCUにとってホンモノの救世主となった。オープニング興収は歴代6位となる2億1140万ドルを記録し、これはR指定映画として歴代最高。最近、すっかり見放されていた批評家からも概ね好評だ。これがMCU復活のきっかけになるのか?それはまだわからない。既に軌道修正を始めていたMCUは2024年の劇場公開作を本作1つに絞り込み、選択と集中はラインナップのクオリティを上げ、来る『アベンジャーズ』シリーズ最新ヴィランにロバート・ダウニー・Jrを再招聘するなど話題性にも事欠かない。「マルチバース設定なんかやめろ!」「シリーズ第3弾なのに説明だけでこんなに時間かかっちゃったよ!」ケヴィン・ファイギは俺ちゃんの説教を聞き入れたのか?第4の壁を突破するメタ構造がウリのデッドプールは今回、なんとディズニーによる20世紀フォックス買収という、映画産業構造そのものをネタにしている。

 ライアン・レイノルズのインタビューによれば、MCU合流にあたって提示された条件の1つが「移行できるのはデッドプールのみ」だったという。これまでシリーズを彩ってきたサブキャラクターやストーリーを全てマルチバースとし、時空警察が裁断してしまうのだ。『ロキ』にも登場した虚無の砂漠には20世紀フォックスのロゴが埋まり、彼方には『タイタニック』のような船体、『猿の惑星』よろしくな自由の女神像が打ち捨てられ、この地を支配する凶悪バイカー軍団(いや、『マッドマックス』はワーナーだから!)の顔ぶれは20世紀フォックス時代に製作された『X-MEN』シリーズのヴィランたちだ。彼らと戦いを続けているのはエレクトラ、ブレイドというフォックス時代に製作されたマーベルヒーローたち!そしてフィルモグラフィを見渡せば出オチで使われることも少なくないチャニング・テイタムがガンビットとして現れる。テイタム主演のガンビット単独映画は長年、企画開発が進められてきたが実現には至らず、ディズニーによる買収劇によって消滅した。

 …そんな話わからないよ!公開初日に押しかけた熱狂的なファンダムは大歓声を上げただろうが、あまりにも多い楽屋ネタの数々は映画のエモーションを作品の外に求めすぎている。近年、この成功例は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』であり、作品内外で膨張し続けるジャンルを収束させようとしていたのが『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』『ザ・フラッシュ』だった。筆者は公開4日目の満席の劇場で本作を見たが、相次ぐカメオ出演に場内は「アンタ誰?」とシラけたムードだった。

 しかし、レイノルズの真の目的はそんな偏ったファンサービスではない。大人の都合でなかった事にされる作品群、先人たちの努力に敬意を払い、今再びスポットライトを当てることだ。スーパーヒーロー映画が一大ブームとなる以前から熱意と努力を持ってジャンルを開拓してきたのが『X-MEN』シリーズであり、『デアデビル』『ブレイド』であり(白髪交じりで衰えぬ大立ち回りを演じるウェズリー・スナイプスを見れば、MCUがリブートに手こずっているのも頷ける)、そしてウルヴァリンを演じ続けてきたヒュー・ジャックマンだった。そんな消えゆく者たち、いわば負け犬にこそ共感を寄せ続けるのがかつて『グリーン・ランタン』に主演し、世紀の大失敗をやらかしたライアン・レイノルズならではなのである。


『デッドプール&ウルヴァリン』24・米
監督 ショーン・レヴィ
出演 ライアン・レイノルズ、ヒュー・ジャックマン、エマ・コリン、マシュー・マクファディン
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『天使の復讐』

2024-05-09 | 映画レビュー(て)

 ヒット作や受賞作ばかりが“名作”ではない。公開当時に酷評され、現在では当然ストリーミングでも観ることが叶わない『天使の復讐』は、後に多くの作品へ影響を及ぼしたカルトムービーだ。サム・レヴィンソンによる『ユーフォリア』で女子高生が主演ゾーイ・タマリスの尼僧姿を仮装していた他(そんなZ世代いるのか?)、スタイリングの洗練と殺人鬼の組み合わせは『キリング・イヴ』のヴィラネル、プロットラインはエメラルド・フェネル監督作『プロミシング・ヤング・ウーマン』への影響が色濃く見られる。

 縫製会社がひしめくNYの工場街。御針子として働くろうあの女性サナは、1日で2度も強姦される。“物言えぬ”女性に向けられた性的搾取の眼差しは今も変わらぬ光景であり、サナは警察に行くこともできないまま内に恐怖を抱き、やがて銃を手に夜の街へと繰り出していく。いわゆる“レイプリベンジムービー”として公開時にB級扱いされた本作は、しかし監督アベル・フェラーラが当時のパートナーである主演ゾーイ・タマリスから終生のパフォーマンスを引き出し、観る者を圧倒する。彼女のサイレント演技によって強烈な眼光はスクリーンを射抜き、復讐者と化してからのスタリッシュな立ち振舞いはまさに死の天使の如き美しさである。しかし暴力によって洗練を増すサナがアイコニックな尼僧姿に扮する頃には、そこにナルシシズムも漂い始める。ここにはニューシネマが描いてきた暴力の代償、一線を超えた人間が元には戻れなくなってしまうことを描いた厳しさがある。

 現在の再上映は多分に政治的正しさで語り直してしまいがちだが、見逃してはならないのがある男の存在だろう。妻の浮気を疑い、後を追ったこの男は彼女が女性同士の情事に溺れる様を目撃し、絶望の末、妻の愛犬を絞め殺したと告白する。荒んだ街では男もまた自らの有害さに蝕まれ、疲弊している。トッド・フィリップスの『ジョーカー』は1970〜80年代のNY映画が映していた都市の荒廃を主人公の心象としていた。『天使の復讐』の再上映はスクリーンに映された81年NYのランドスケープこそ注目すべきである。ラストシーン、復讐者に残されたわずかな優しさに、胸が締め付けられた。


『天使の復讐』81・米
監督 アベル・フェラーラ
出演 ゾーイ・タマリス
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『デューン 砂の惑星 PART2』

2024-03-27 | 映画レビュー(て)
 リアルサウンドに『デューン砂の惑星PART2』のレビューを寄稿しました。奇しくも日本では連続公開となるクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』との関連性からアメリカ映画の潮流の変化を読み、映画後半から見え始めるヴィルヌーヴの作家性に注目しています。御一読ください。

前作のレビューはこちら

記事内で触れている各作品のレビューはこちら


『デューン 砂の惑星 PART2』24・米
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 ティモシー・シャラメ、ゼンデイヤ、レベッカ・ファーガソン、オースティン・バトラー、ジョシュ・ブローリン、フローレンス・ピュー、デイヴ・バウティスタ、クリストファー・ウォーケン、レア・セドゥ、ステラン・スカルスガルド、シャーロット・ランプリング、ハビエル・バルデム、スエイラ・ヤクーブ、アニャ・テイラー=ジョイ
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『ティル』

2023-12-14 | 映画レビュー(て)

 日本では当初、配信スルーとアナウンスされていたが、こうして無事に劇場公開される運びとなった以上は、1955年の“エメット・ティル事件”について幾つかの補助線が必要だろう。当時14歳のエメット・ティル=愛称ボボは母親と暮らすシカゴから、親戚を訪ねて1人ミシシッピ州へと渡る。この頃のアメリカ南部には黒人差別を認めたジム・クロウ法がまかり通り、中でもミシシッピでは苛烈な暴力が横行していた。エメット・ティルはある事から白人の怒りを買い、リンチの末に殺害されてしまったのである。

 脚本も務めたシノニエ・チュウク監督は、この事件をボボの母親メイミーの視点から再構築した。いくらでもお涙頂戴のメロドラマに陥るリスクはあったはずだが、主演ダニエル・デッドワイラーの気丈な名演によって事件と公民権運動の関係性が客観的に捉えられている。ボボ誘拐の報を聞いたメイミーは、警察機関に頼ることができない。そんな彼女に接触したのがNAACP(全米有色人種地位向上協議会)。彼らは政治家や地域の有力者を通じてボボを探し出し、事件を政治運動のムーブメントに加えようとする。当初は息子の死の政治利用に反発していたメイミーだが、ミシシッピから呼び寄せた我が子の変わり果てた姿を見て考えを変える。棺を開けたまま行われたエメット・ティルの葬儀は事件の陰惨さをアメリカ社会全体に広め、公民権運動に爆発的な影響を与えることになった。
この葬儀の様子はHBOのTVシリーズ『ラヴクラフトカントリー』からも知ることができる。『黒人少年ボボ』と題された第8話の冒頭、主人公の1人ダイアナは友人だったボボの葬儀へ向かう。真夏のシカゴでは教会の外にまでボボの腐臭が漂い、多くの参列者が遺体の酷さに嘔吐し、周辺にはNOI(ネイション・オブ・イスラム)ら多くの政治団体が怒りの声明を上げている。

 シノニエ・チュウクはあくまでメイミーの目線から事件を描くため、当時の黒人社会に衝撃を与えた遺体は臆することなく画面に映し、またそれを直視する参列者1人1人のリアクションからも目を逸らさないことで、1955年の衝撃を再現することに成功している。2010年代後半のアメリカ映画はアイデンティティポリティクスを機に黒人史をリプレゼンテーションし、それに伴って新たな才能が登場してきた。ここ日本ではオスカー受賞作『ユダ&ブラック・メシア』がディスクスルーになる等、正当な認知、評価が下されているとは言い難い。
主演のダニエル・デッドワイラーもまた『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール』『ステーション・イレブン』と名演が続く新しい才能である。映画冒頭、愛する我が子との時間に後の悲劇を予兆するかのような不安が去来する表情をはじめ、相当な心理的負担を必要としたであろう後半の名演まで、彼女の実力が十二分に発揮された作品である。オスカー候補にこそ手が届かなかったが、近いうちに新たな大役を手にすることだろう。

 劇中、メイミーは言う「自分には関係のない問題だと思っていたが、そんなことはなかった」。普遍的な教訓だが、彼女の非凡な決意と行動、犠牲によって歴史は大きく動いた。メイミーへの多大な敬意にあふれた力作である。


『ティル』22・米
監督 シノニエ・チュウク
出演 ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェイリン・ホール、ショーン・パトリック・トーマス、ジョン・ダグラス・トンプソン、ヘイリー・ベネット
12月15日より劇場公開
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