長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『エミリー、パリへ行く』

2021-09-25 | 海外ドラマ(え)

 僕は定期的にラブコメ映画を摂取したくなる体質だ。お気に入りの女優が出演していて、ヒロインが恋や仕事に奮闘し、最後はもちろんハッピーエンドで終わって、明日からの活力につながったりひょっとしたら思わぬロマンスの到来があるかも?なんて夢想するのが好きだ。ついでに新しい何かが発見ができたら最高だろう。でもいざ90〜120分の映画を見ようとすると、さてどうしたものかとNetflixのマイリストを眺めたまま終わってしまうことも珍しくない。
 そんな僕のニーズに叶ったのが『エミリー、パリへ行く』だ。1話30分弱で全10話。アメリカからフランス支社への転勤が決まった主人公エミリーが、憧れの街パリで恋や仕事に奮闘するラブコメだ。本作は世界中で大ヒットを記録し、ゴールデングローブ賞やエミー賞では作品賞にノミネート。Netflixの新たな看板番組となった。

 でもこれはいくらなんでもあんまりだろう。ついに代表作を手に入れた主演リリー・コリンズは毎話、パトリシア・フィールドがスタイリングした数々の衣装に身を包みパリを闊歩するが、エミリーがいったい何者なのかはシーズンフィナーレを迎えても一向に描かれない。彼女がこれまでどんな人生を歩み、なぜパリに憧れ、どうしてこのマーケティング業に情熱を燃やすのかサッパリわからないのだ。いや、唯一理由があるとすればそれは「パリだから」なのか?製作陣は観光客の思い描くパリをロケーションし、視聴者を高揚させ、それだけでドラマを成立させようとするも、まるでインスタグラムのフィードを流し見しているような味気なさだ(ところでヒロインはインスタへ投稿する度にフォロアーが爆増しているが、そういうもんなのか?)。

 何より「マズいな」という気分にさせられるのはあまりにもステレオタイプなフランス人の描き方だ。フランス人は全員意地が悪く、職場には昼まで現れず、ワインばかり飲んでロマンスのことしか考えていないスケベばかり…。昔、フランスに留学した友人からバスを降りるだけで「ジュテーム」と囁かれと聞いたことがあるが(彼女は外国人が思い描く典型的な日本美少女ではあったけど)、ここまで徹底されるとフランス人じゃなくてもいい気分はしない。

 唯一好感を持てたのはヒロインの恋のお相手となるシェフのガブリエルだ。階下に住む彼はシャワーが壊れたら助けてくれるし、もちろん料理の腕は最高。お金持ちの恋人には頼らず、独立独歩で店を立ち上げようとする好漢だ。エミリーも彼に劣らぬ魅力的な人物として描かれるといいのだけど…。

 良くも悪くもこの“軽さ”が売りとなってしまった『エミリー、パリへ行く』。元を辿るとNetflixの製作ではなく、MTVスタジオで作られた謂わば“払い下げ品”だという。ここから人気に火が付き、晴れて正式なNetflixプレゼンツへと昇格することもままあるだけに今後、ステレオタイプをひっくり返して新たな機知と現代性を獲得するのか、期待したい。


『エミリー、パリへ行く』20・米
製作 ダーレン・スター
出演 リリー・コリンズ、フィリピーヌ・ルロワ・ボリュー、アシュリー・パーク、リュカ・ブラヴォー、サミュエル・アーノルド、ブリュノ・グエリ、カミーユ・ラザ
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『ジ・エディ』

2020-06-22 | 海外ドラマ(え)

 『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を受賞したデミアン・チャゼルもついにNetflix進出だ。全8話のTVシリーズで製作総指揮と第1~2話の監督を担当。しかも舞台はパリのジャズクラブというまさに“チャゼル印”の設定である。巻頭早々、盛大にジャズが鳴り響き、自宅の音響設備を整えたくなった人も多いのではないだろうか。

 かつてジャズピアニストとして一世を風靡した主人公エリオット。今はミュージシャンとしての一線を退き、リーダーを務めるバンドの持ち小屋“ジ・エディ”を経営していた。ある日、共同経営者である友人ファリドが暴漢によって殺される事件が起き、以来ヤクザからの脅迫を受ける事になる。

 『ジ・エディ』はヤクザ絡みのサスペンスを縦軸に、バンドメンバー1人1人を描いていく群像劇となっているがストーリーにさほど新味はない。メジャーデビュー前のバンドがジャズクラブを経営して果たして稼ぎになるのか設定もアヤシイ。チャゼルが手掛けた第1~2話はNetflixとして初となるフィルム撮影が敢行されているものの残りの6話はデジタル撮影となり、演出のテンションも保たれていない(撮影は名手エリック・ゴーティエ)。チャゼル特有のまるで思い込みのような演奏シーン1つを取ってもその差は明らかだろう。

 それでも映画を見続ける者として本作を避けて通るのは惜しすぎる。個人的にはポール・トーマス・アンダーソンが『ザ・マスター』を撮った時のような新鮮な驚きを感じた。アメリカ人監督であるptaが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を撮ったのが必然と思えたのと同様、チャゼルが『ファースト・マン』を撮ったのは自然な流れのように思えたが、『ジ・エディ』はローラン・カンテやアブディラティフ・ケシシュ、ロバン・カンピヨらフランスの現代リアリズム作家の筆致に近く、台詞もおよそ6:4くらいで仏語が多い。完全に“フランス映画”のルックなのだ。

 バンドメンバーは実際のミュージシャンばかりで、彼らにごく自然に演技をさせているのも前述のリアリズム作家達の手法を思わせる(第7話の主人公であるジャズドラマー、ラダ・オブラドビッチが特に印象に残った)。1話毎に彼らを主人公にした短編映画のような趣であり、犯罪ドラマの側面よりも友達以上、家族未満なバンドメンバーの関係性をもっと掘り下げて見せて欲しかった。

 映画ファンならチャゼルのシネアストならではなキャスティングにも注目してほしい。主人公エリオットを演じるのは『ムーンライト』『ハイ・フライング・バード』でアダルトな魅力を発揮していたアンドレ・ホランド。娘役にはフレッシュなアマンドラ・ステンバーグ。ボーカル役ヨアンナ・クーリグはおそらく『COLD WAR』のブレイクを受けての当て書きだろう。アメリカ女優には出せない存在感であった。

 終盤、エリオットが娘に貸す本の作者は『ビール・ストリートの恋人たち』で知られるジェームズ・ボールドウィンである。彼はNYからパリへ渡ったアフリカ系アメリカ人であり、『ジ・エディ』もまたパリでアフリカ系としてのルーツと生き方を模索する“パリのアフロアメリカン”の物語である。『ビール・ストリートの恋人たち』~アンドレ・ホランドを通じてライバル格とも言えるバリー・ジェンキンス監督へ共鳴するのも興味深く、今日におけるBlack Lives Matterとも呼応した点で映画作家デミアン・チャゼルを形成する重要な作品になったと思えるのだ。改めて言うが、映画だけを見ていて映画作家を語れない時代である。


『ジ・エディ』20・米
監督 デミアン・チャゼル、他
出演 アンドレ・ホランド、ヨアンナ・クーリグ、アマンドラ・ステンバーグ、タハール・ラヒム
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