長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ピースメイカー』

2022-07-27 | 海外ドラマ(ひ)

 『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』に登場したヴィラン、ピースメイカーを主人公にしたTVシリーズはジェームズ・ガンがほぼ全エピソードの監督、脚本を務め、映画版のファンが楽しめる痛快作に仕上がっている。ヨトゥンヘイムでブラッドスポートに破れ、息絶えたと思われていたピースメイカーは生きていた。彼はアマンダ・ウォラーの監督する政府組織に再び回収され、新たな任務を与えられる。地球外生命体が密かに人間社会に紛れ込み、政府要人に成り済まして地球征服を企てている…前作同様5秒で語れるプロットラインが素晴らしい。この危機に立ち向かうのはピースメイカーの他、ほとんど事務要員(『ザ・スーサイド・スクワッド』では後方支援に当たっていた)のようなメンバーばかり。自称ピースメイカーの“ずっ友”自警ヒーローのヴィジランテも加わり、まったく息の合わないデコボコチームの結成だ。そんな彼らが懐かしのパンク音楽をBGMに、次第に結束していく…とガンの出世作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』と全く同じ方程式。コレがわかっていても気持ちがイイ。

 はじめこそ白人マッチョ男の有害さを絵にしたようなピースメイカーのキャラクターには後の彼の改心を予想できても食傷するし、昨今のPeakTVとはあえて真逆にテレビドラマのチープさを踏襲するガンの演出にも興が乗らなかった。しかし、回を重ねる毎に互いの違いと共通点を認め合い、仲間として結束していく彼らの不器用さが何とも愛しく思え、気付けば推しだらけになってしまうのだ。人は誤った選択によって誤った行動をするものであり、それは他者との関わりによってのみ気付き、贖罪することができる…かつてキャンセルによってディズニーを追われたジェームズ・ガンならではのテーマ設定は2020年代の現在(いま)こそ響く。

 ジョン・シナはスクリーンデビューを果たしてから随分経つものの、ジェームズ・ガンとのコラボレートによってついに俳優としての代表作を得たと言っていいだろう。平和のためなら例え子供を殺すことも厭わない、歪んだ正義心の持ち主であるピースメイカーに駄々っ子のようなチャームを込め、ジェームズ・ガンならではのユーモラスなセリフも嬉々として喋り倒す。その奥底には白人至上主義者の父親によって自ら兄を殺めてしまったトラウマがあり、ジョン・シナは繊細さも同居させているのだ。
 彼を囲んでハーコート役ジェニファー・ホランドが凛々しさを見せ(なんとジェームズ・ガンのパートナー!)、アデバヨ役ダニエル・ブルックスは本作唯一の常識人として僕たち視聴者の拠り所となる。スティーヴ・エイジー演じるエコノモスの染ひげにまつわるモノローグは、中年男性の憐れな自尊心を見事に解体し、いつまでも胸に残る名シーンだ。そしてヴィジランテ(フレディ・ストローマー)のド級のアホっぷりに膝から崩れ落ちること必至である。普段はファミレス勤務のボンクラ白人にして殺人マシーンという一番の危険人物だ!

 最終回もだからと言ってシリアスに話を畳むようなことはせず、グダグダなギャグとゴア描写満載のアクションを織り交ぜ、最後にはしっかり“ジャスティス・リーグ”までdisってここまでたったの44分(ちなみに『ジャスティス・リーグ ザック・スナイダーカット』は242分)!ジェームズ・ガンの新作はファンとキャストの嘆願が叶って満を持しての『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』第3弾だ。ガンの野郎、しっかりDCに爪痕残してMCUに帰っていきやがった!


『ピースメイカー』22・米
監督 ジェームズ・ガン、他
出演 ジョン・シナ、ダニエル・ブルックス、フレディ・ストローマ、ジェニファー・ホランド、スティーヴ・エイジー、チュクウディ・エイジ、ロバート・パトリック、ヌット・リー、アニー・チャン
 
 
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『ビースト・マスト・ダイ/警部補ストレンジウェイズ』(寄稿しました)

2022-03-05 | 海外ドラマ(ひ)
リアルサウンドで『ビースト・マスト・ダイ/警部補ストレンジウェイズ』を紹介しています。スターチャンネルEXで現在全話配信中、3月9日からはスターチャンネルでも放送開始予定のTVシリーズです。御一読下さい。


記事内で触れられている各作品のレビューはこちら↓
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『ビッグ・リトル・ライズ 』

2017-11-16 | 海外ドラマ(ひ)
※このレビューは物語の結末に触れています※


豪華スター共演、高級住宅街モントレーを舞台にしたセレブママ達の裏の顔…というイントロダクションからちょっとシニカルなブラックコメディを連想するが、とんでもない。いじめ、DV、不倫…風光明媚な港町を撮らえたきらびやかな撮影の反面、リアルでハードな問題が描かれる本作は緊張感を高めながら、ショッキングな結末に到達する。社会的に不可視な女性への虐待、孤立を描いた本作は今年のエミー賞リミテッドシリーズ/テレビムービー部門で作品賞はじめ8部門を独占した。これはここ数年で大きなムーブメントとなっている女性の自由、弱者の反抗、独立を描く“ネオ・ウーマン・リヴ”に連なる決定打の1本と言っていいだろう。


【断絶された女たち】

セレステ(ニコール・キッドマン)は弁護士として活躍してきたが、結婚を機に家庭に入り、今は専業主婦として双子の男の子を育てている。ハンサムで高級取りの夫ペリー(アレクサンダー・スカルスガルド)は出張が多く家を開けがちだ。彼は子煩悩で優しい父親だが、「愛している」と言いながらセレステに度々、暴力を振るう。セレステは殴り合い後のセックスを「他人より激しやすい夫婦なだけ」と言い、自分がDVに遭っている事を認めようとしない。

マデリン(リース・ウィザースプーン)はバツイチ。若くして妊娠、結婚し、女優の夢を諦めた。自分と同じ轍は踏ませまいと前夫との娘アビゲイルに口うるさく、最近はコミュニケーションが上手く取れない。今の夫は優しいが、燃え上がるような愛情はなく、セックスレス気味だ。毎年、市民劇場主催のミュージカル「アベニューQ」の製作を熱心に務めているが、実は演出家と不倫関係に陥っている。ママ友同士の確執にもいちいち首を突っ込む彼女はそもそも自分の居場所がないのだ。

モントレーに引越してきたジェーン(シャイリーン・ウッドリー)はシングルマザー。可愛らしい息子ジギーはしきりに父親の所在を尋ねるが、彼女はいつもはぐらかしている。ジギーはゆきずりの男にレイプされて身籠った子供だからだ。常に何かに追われるような恐怖を抱えた彼女は拳銃を持ち歩く。

ドラマはこの3人を中心に進行していく。彼女らは浜辺のオシャレなカフェでおしゃべりをするが、付き合いは浅く、悩みを打ち明けるような間柄ではない。彼女らの断絶ぶりは音楽演出からも明らかだ。心情を代弁するかのような劇伴をバックに彼女らは度々イヤホンをつけ、誰とも繋がる事のないスタンドアローン状態にある。ドラマは冒頭で登場人物の誰かが死んだ事を示唆しており、僕たちは孤独と断絶で追い詰められた彼女らがいつ、誰を殺すのかと緊張感を抱えながら見続け、そして最終回でついに事件は起きる。


【断絶された女優たち】

 エミー賞でニコール・キッドマンは「もっとドラマに出たい!」と受賞スピーチをしたが、本作を見れば無理もない。ただでさえハリウッドが人間ドラマ映画の製作を敬遠する中、40代以上の女優にいたってはそもそも役すらないのである。『ダラス・バイヤーズ・クラブ』『わたしに会うまでの1600キロ』など出演俳優を次々とオスカー候補に輩出してきたジャン・マルク=ヴァレ監督の演出によって近年、低迷気味だった彼女らのキャリアは再浮上した。手持ちカメラを駆使し、俳優に肉薄するヴァレのリアリズム演出は自然体の表情を撮らえ、業界から断絶されてきた彼女達から新境地を引き出している。

ウィザースプーン演じるマデリンは彼女のパブリックイメージを決定付けた『キューティー・ブロンド』の発展系と言ってもいいだろう。バイタリティに溢れ、他人を巻き込む強いエネルギーの持ち主だが、その裏には自分の居場所を求める強い承認欲求があり正直、日常では決してお近づきになりたくないタイプだ。アメリカンスウィートハートが辿り着いた孤独な末路。ウィザースプーンにとって、キャリアの転換点になるかも知れない。

ドラマは終盤近くまで彼女を中心に進行するため、どちらかと言うとウィザースプーンが“主演”というイメージなのだが、第5話からニコール・キッドマンがグッとドラマを牽引し、各上ぶりを見せてエミー賞では主演女優賞に輝いている。DV夫を庇い続ける事が倫理的に間違っているとわかっていながら、それを認められない脆さ。いわゆる地に見えてしまうウィザースプーンよりも複雑な内面演技を求められるセレステ役に旨味があり、徹底した抑制で演技を構築していったキッドマンの巧者ぶりに唸った。今年は注目作が続々と待機しており、彼女の最大の強みであった演者としての嗅覚が戻りつつあるのかも知れない。

一方、2人からするとかなり後ろの世代となる後輩シャイリーン・ウッドリーも劣らぬ名演技を見せ、ようやく代表作を得た感がある。2011年、アレクサンダー・ペイン監督の『ファミリー・ツリー』でジョージ・クルーニーの娘役を演じてデビュー。その後は若手女優につきもののヤングアダルト小説の映画化作品が続き、実力を発揮できる役柄に恵まれてこなかった。
本作ではレイプされた過去を抱え、女手1つで息子を育てながらママ友たちから執拗な嫌がらせを受ける過酷な役柄を演じている。ジェーンが自身の苦しみと対峙する第5話は大きな見所だ。

エミー賞でウッドリーを差し置いて助演女優賞に輝いたのがローラ・ダーン。ママ友の中でも年長者であり、成功した経営者レナータを演じている。娘が学校で虐められていると知るや、一方的な憶測でジェーン親子を容疑者扱いし、学校にクレームを入れるモンスターペアレントだ。思わず吹き出してしまうくらいヒステリックに演じるダーンを見ると、「そういえばデヴィッド・リンチ映画のミューズみたいな人だったな」と思い出し、改めてその怪女優ぶりに圧倒された。終盤には悪役では終わらない二面性があり、儲け役だ。そういえばウィザースプーンとは同じくヴァレ監督作『わたしに会うまでの1600キロ』で母娘役を演じていた。本作ではまさに犬猿の仲のママ友役であり、つくづく役者というのは面白い仕事である。

【ささやかで大きな嘘】

主要人物全員が一堂に会するクライマックスはセリフが全くない。ジャン・マルク・ヴァレ監督は音声を排し、仕草と目線だけで心理を描写をしている。
家出を決めたセレステを追ってペリーが現れる。その威圧的な態度にジェーンがハッと息を呑み、思わずマデリンの腕を掴む。その握力の強さに、マデリンも気付いた。ジェーンをレイプしたのはペリーだったのだ。彼女達の慄きに、セレステも直面している恐怖が自分だけのものではないと悟る。激しい暴力、止めに入る女たち。その時、異変を察したボニー(ゾーイ・クラヴィッツ)が駆けつけ、ペリーを階段から突き落とす。

彼女らはペリーの死を「酒に酔っており、階段から転落した」と口裏を合わせた。揉み合った末の転落死だとしても、過失致死で1年弱の実刑に済ませる事が出来るにも関わらずだ。

いいや、実刑だなんてとんでもない。
殴られ、犯され、命の危険を脅かされた彼女達にとってそれは大きな違いだ。どうして服役なんて出来ようか。これは自由を得るためのささやかで、大きな嘘に過ぎない。ラストシーン、その想いを胸にようやく連帯する事のできた彼女達のなんと美しく、幸福なことか。

未回収のサブプロットもあり、シーズン2製作の噂も聞こえるが、一応の完結だ。
製作は『アリーmyラブ』などのヒットメーカー、デヴィッド・E・ケリー。未だ衰えぬ才覚の人である。



『ビッグ・リトル・ライズ~セレブママたちの憂うつ~』16・米
監督 ジャン・マルク・ヴァレ
出演 ニコール・キッドマン、リース・ウィザースプーン、シャリーン・ウッドリー、ローラ・ダーン、ゾーイ・クラヴィッツ、アレクサンダー・スカルスガルド
 
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