長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『One Day ワン・デイ』

2024-10-05 | 海外ドラマ(わ)

 もし今から2011年製作の壊滅的なメロドラマ映画『ワン・デイ 23年のラブストーリー』を見ようとしているなら、30分×14話の時間を確保してNetflixのTVシリーズ版『One Day ワン・デイ』を見るべきだ。1988年、大学卒業パーティで出会ったエマとデクスターの20年間を描くデヴィッド・ニコルズの小説を、たった1時間47分の劇映画で描くには土台無理があった。イギリス中産階級育ちの文系エマにはハリウッドスターのアン・ハサウェイが配役され、ジム・スタージェスはデクスター役になんら人間的深みを見出すことができなかった。映画を見終えた後には「こんな人に20年も費やして…」と身も蓋もない感想しか残らなかったのは悲劇としか言いようがない。

 そう、エムとデックスは必ずしも親しみやすい人物ではない。エマは利発なばかりに時に辛辣で頑なだし、デックスは誰からも愛されるチャームを持ちながら、あまりにも軽薄で愚かだ。TVシリーズ版の成功はそんな少なくない欠点を抱えた2人に決して美男美女ではないアンビカ・モッド、レオ・ウッダールをキャスティングし、彼らの誠実なパフォーマンスによって『ワン・デイ』を私たちの物語へと昇華させたことだ(ウッダールは終盤を一手に引き受け、キャリアの重要なブレイクスルーとなっている)。

 『One Day ワン・デイ』に相応しいストーリーテリングとは、1話30分全14話というTVシリーズのフォーマットにこそある。20年間を毎年の7月15日だけで描く本作は、まるで自身の日記を読み返したり、親友の打ち明け話に耳を傾けるような親密さがある。人生の定点観測には2人が出会わない時間も多く含まれ、互いがそうであるように視聴者もまた相手の全てを知ることはできない。恋愛とは相手の過去、現在、未来に介在したいと願いながら、その実、自分から見える一面しかわからず、惑い、傷つき、想う切なさは知られる由もないのだ。

 TVシリーズのナラティブを得たことで、本作は個人史が普遍へと転じるダイナミズムを獲得した。誕生、出会い、愛、別れ、死…年月と共に蓄積されていくエムとデックスの“1日”の物語は人生そのものである。そして、私たちはこんなにも愛しい人に巡り合うことができる人生が、どれほど奇跡的なものかと思わずにはいられないのである。
 

『One Day ワン・デイ』24・英
製作 ニコール・テイラー
出演 レオ・ウッドール、アンビカ・モッド、エシー・デイヴィス、エレノア・トムリンソン
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『私のトナカイちゃん』

2024-08-25 | 海外ドラマ(わ)

 2024年上半期、Netflix最大の話題作は無名の新人による小さなTVシリーズだった。1989年生まれ、今年35才のリチャード・ガッドはお笑い芸人を目指していた。シニカル過ぎる笑いは箸にも棒にもかからず、パブでバイトを続けるうだつの上がらない日々。そこへ1人の女性客が現れる。周囲から見ても明らかなほど落ち込んでいる彼女は、パブに来たにもかかわらずお酒を飲む金すらない。見かねたガッドが温かいお茶を差し出すと、気を良くした彼女は身の上を話し始めた。名前をマーサといい、仕事は弁護士で、クライアントは政財界の大物ばかりと言う。しかし身なりはとてもエリートとは思えないみすぼらしさで、顧客と撮った写真は雑なコラ画像だ。パブで隣り合えばすぐにも席を立ちたいところだが、ガッドは自分に向けられたマーサの好意が心地よく、親切に振る舞ってしまう。それが恐ろしい事態の始まりと知らずに…。

 リチャード・ガッドがエジンバラで演じた1人芝居『私のトナカイちゃん』を原作とする本作は、彼の身に起きたストーカー被害が基になっているというが、扇状的な触れ込みに目を眩ませてはいけない(そもそも主人公の名前もドニー・ダンだ)。ガッド自ら手掛けた脚本は類稀な構成力で作劇され、物語の印象を180度変えてしまう第4話はTVドラマ史上類を見ないツイストである。

 それでいて当事者にしか筋の通らない、生理的ニュアンスが随所に散りばめられているのがユニークだ。視聴者誰もが「マーサに近づいてはならない」と思うところだが、ドニーは彼女からのFacebook申請を承認してしまう。はたまた執拗な彼女の気を逸らすために、なぜかトランスジェンダー専用のマッチングアプリで恋人を探し始める。視聴者には違和感として付きまとうディテールが、第4話を挟んで重要な伏線であったことが明らかになるのだ。そのテーマは重層的。都市における孤独、現代人の承認欲求、そして…大手芸能事務所の性加害が社会問題となった本邦でこそ多くの人が目にし、議論すべき作品だろう。

 マーサ役のジェシカ・ガニングは一見、親しみやすさを感じさせるものの、ひと度豹変すればふくよかな体型には暴力性すら宿る。劇中、度々挿入されるマーサのテキストメッセージは本作で最も背筋が凍る瞬間の1つだ。ガラケーしか持っていない彼女はしきりに「iphoneから送信」と末尾に書き込み、誤字脱字だらけの文章からは狂気が滲み出す。マーサのモデルとなったと言われる女性が「本当の私はあんなに醜くない」と声明を発表していることも、『私のトナカイちゃん』の恐ろしい後日談である。


『私のトナカイちゃん』24・英
製作 リチャード・ガッド
出演 リチャード・ガッド、ジェシカ・ガニング、ナヴァ・マウ、ニーナ・ソサーニャ
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『私の“初めて”日記』

2021-03-22 | 海外ドラマ(わ)

 “今年こそイケてる学校生活を送る”と目標を立てたデービーは水泳部のイケメン、パクストンとセックスしてロストバージンしようと決意する。かくしてすっとこどっこいな新学期の始まりだ。実況(ナレーション)は元テニス選手のジョン・マッケンローでお送りします!(←なぜ)

 インド系コメディエンヌ、ミンディ・カリングがショーランナーを務める本作はまだ見ぬカルチャーを伝えてくれるNetflixならではの作品だ。インド系移民2世のデービーは出自ゆえに学校ではガリ勉扱いされ、家に帰れば母から祖国の文化を厳しく躾けられる。だが生まれも育ちもアメリカのデービーにとってインドは異国の地に過ぎず、彼女のアイデンティティはアメリカにある。そんなインド系アメリカ人の生活実態と、ジェネレーションギャップを描いているところに本作の面白さがあり、キャストのほとんどはアジア系や黒人といったマイノリティで占められ、デービーがセックスしたいパクストンにいたってはなんと苗字が“ヨシダ”だ。全米でヘイトが吹き荒ぶ今、 アジア系がフロントラインを張る本作の重要性は言うまでもないだろう。移民にルーツを持つ彼らもまたアメリカを形成する“アメリカ人”なのだ。

 さておき、イケメンとのセックスのために、親も友達も放り出す主人公デービーの暴走っぷりが可笑しい。ただでさえメンドクサイ思春期の自意識をマイトレイ・ラクマリシュナンは何ともめんこく演じており、そんな女子高生の日常を実況するジョン・マッケンローとのミスマッチがくすぐったい笑いを生み出しているのだ。

シーズン1で話が完結したように見えなくもないが、シーズン2製作の決定を受け、才女ミンディ・カリングが2020年代にどうデービーを描くのか楽しみだ。


『私の“初めて”日記』20・米
製作 ミンディ・カリング
出演 マイトレイ・ラクマリシュナン、プールナ・ジャガナサン、リチャ・ムールジャニ、ダレン・バーネット、ジョン・マッケンロー
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『ワンダヴィジョン』

2021-03-15 | 海外ドラマ(わ)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※

 マーヴェル・シネマティック・ユニバースがTVシリーズ展開すると聞いた時、これはディズニーの配信プラットフォーム“ディズニープラス”のための経営戦略で、せいぜいファンサービスのためのスピンオフだろうとタカをくくっていた。先行する『エージェント・オブ・シールド』やNetflixで配信された『デアデビル』ら“ザ・ディフェンダーズ”の成果を思えばムリはないだろう。だが同じくディズニープラスでリリースされた『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフ『マンダロリアン』の完成度に、「これはMCUのTVシリーズもタダごとでは済まないぞ」と期待が高まった。

 コロナショックによりフェーズ4第1作『ブラック・ウィドウ』の劇場公開が延期となり、当初発表されていた順番を繰り上げて配信されたのが『ワンダヴィジョン』だ。舞台は1950年代風の郊外住宅地。そこにワンダとヴィジョン夫婦がやってきて…となんとモノクロのシットコム番組“ワンダヴィジョン”として始まる。撮影も観客を入れて、ナマの笑い声を取り入れるという手の込みようだ。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で悲劇的別れを遂げたワンダとヴィジョンがおしどり夫婦として実に楽し気な新婚生活を送っており、演じるエリザベス・オルセンとポール・ベタニーもいつになくキュートな表情だ。ところが、このシットコム“ワンダヴィジョン”を見ている誰かがいて…。第1話にはこんなセリフが出てくる。「君らの物語はなんだ?」。大団円の『エンドゲーム』後、MCUの野心的で力強い再始動宣言だ。


【ストリーミングというナラティヴ】
 『マンダロリアン』同様、『ワンダヴィジョン』もまたPeakTVのナラティヴでマーヴェル・シネマティック・ユニバースを語り直している。『奥様は魔女』をはじめとした往年のTVドラマシリーズの引用、シットコムという仮想世界における運命と自由意志…『ラヴクラフトカントリー』をはじめとする近年のTVシリーズ群と同じように、膨大な数のコンテクストで埋め尽くされているのだ。何より“劇中TV番組”は『GLOW』や『アンブレイカブル・キミー・シュミット』、そして『アトランタ』でも使われたPeakTVのトレンド演出だ。

 第4話、ついに物語は大きく動き始める。物語は突如、“ワンダヴィジョン”から飛び出し、なんとサノスの指パッチンで消滅した人々が、再びインフィニティストーンの力によって復活する場面から始まる。蘇った人物の名はモニカ・ランボー。『キャプテン・マーベル』に登場したマリア・ランボーの娘だ。『ワンダヴィジョン』はスピンオフではなく、フェーズ4の本流だったのだ!

 …と言われても、よほどコアなファンでなければモニカ・ランボーと言われても「アンタ誰?」とピンと来ないだろう。それでも、すぐさまディズニープラスのアーカイブにアクセスすることで『キャプテン・マーベル』を参照する事ができる。これまで直線的に物語を進めてきたMCUが、ディズニープラスによってノンリニアのストーリーテリングを手に入れている。次々と新たなナラティヴが模索されてきたPeakTVだが、これは異色中の異色だろう(新鋭テヨナ・パリスが演じるモニカは今後のMCUにおいて重要キャラクターになりそうだ)。

【レギオン】
 エリザベス・オルセンは本作について「メンタルヘルスを描いた作品」と言及している。ワンダが原作コミックでは『X-MEN』の出身であること、“wandavision”という仮想世界が舞台になること、そして愛するヴィジョンを失い、精神のバランスを崩した主人公の視点で描かれることからも、FXで放送された『X-MEN』シリーズのスピンオフ『レギオン』を連想せずにはいられない。

 『レギオン』はX-MEN創始者プロフェッサーXの息子であるデヴィッド・ハラーが、脳内に巣食った悪のミュータント“シャドウ・キング”によって統合失調症となり、精神世界“アストラル界”で戦いを繰り広げる。奇妙キテレツなストーリーテリングと映像センスがさく裂したカルト作が、『ワンダヴィジョン』の重要なリファレンスである事は間違いないだろう(もっとも、あれほど振り切れた演出をやってはくれないのだが)。ショーランナーのノア・ホーリー自身、マーベルスタジオ社長ケヴィン・ファイギに対して「僕はマーベルの研究開発部門だ」と言ったとか。何より、20世紀FOXの買収によってX-MENの映像化権を取り戻したマーベルスタジオが、エヴァン・ピーターズ演じるクイックシルバーを登場させている事からも、FOX吸収後の財産をさっそく活用していることは明らかだ。

【TVに夢を見て】
 第8話で物語はワンダの心の最深部に到達する。内戦の続くソコヴィアで育った幼少期、ワンダの楽しみは父が持ち帰るアメリカ製TVドラマの海賊版DVDだった。家族で『ディック・ヴァン・ダイク ショー』を見ていた団らんのひと時、一家をミサイルが直撃、両親は息絶える。ワンダとピエトロはリビングに突き刺さったスターク社製の不発弾に脅えながら、ソファの下で何日も何日も過ごしたのだ。彼らの視線の先には壊れたTVがなおも『ディック・ヴァン・ダイク ショー』を映し続けており…。

なぜTVドラマなのか?
『ワンダヴィジョン』はTVドラマというフォーマットである意味をとことん掘り下げていく。『シビルウォー』での過失により、自宅軟禁状態にあったワンダを救ったのもまたTVドラマだった。TVはヴィジョンとの間にこれまで感じたことのない温かな空間を生み出していく。連帯と破壊をもたらすアメリカ・グローバリゼーションへの愛憎を描いたこのエピソードは、シーズン随一の傑作回である。エリザベス・オルセンもブレイク作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』以来の名演を披露し、MCUはようやく彼女の才能に報いた。

【続きは映画館で】
ケヴィン・ファイギは「TVシリーズを見ていなくても映画は楽しめる」と発言している。マーベルのことだから、そこは絶妙なバランスで設計をするのだろう。しかし『ワンダヴィジョン』を見た僕たちはもう元には戻れない。ワンダの深い哀しみを知った以上、ワンダが再登板するドクター・ストレンジ第2弾『Doctor Strange in the Multiverse of Madness』は、おそらくありとあらゆる行間から彼女の孤独、そして怒りを読み取ることになるハズだ。今後、『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』や『ホークアイ』が控えていることからも、映画では描き切れなかったキャラクターの心情をTVシリーズで掘り下げていくことが予想される。マーベル・シネマティック・ユニバースのTVシリーズは、映画で描かれる物語をさらにエモーショナルに深化させる、新たなナラティヴなのだ


『ワンダヴィジョン』21・米
監督 マット・シャクマン
出演 エリザベス・オルセン、ポール・ベタニー、テヨナ・パリス、ランドール・パーク、カット・デニングス、キャスリン・ハーン、エヴァン・ピーターズ
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