長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・レディ・イン・オーケストラ:NYフィルを変えた風』

2025-01-16 | 映画レビュー(れ)
 魅力的な人物を魅力的に撮らえることは劇映画、ドキュメンタリー問わず容易なことではない。モリー・オブライエン監督は自身の叔母であるオリン・オブライエンについて35分のドキュメンタリーを撮った。

 オリンは今年90歳。レナード・バーンスタインに見初められ、NYフィル初の女性奏者となったコントラバスの名手だ。洋服も小物も目の醒めるようなブルーを好み、年齢を感じさせない快活さで日々、後進の育成に励む。子供はおらず、独身。モリーにとっては自立した理想の芸術家だ。

 オリン・オブライエンの両親はサイレントからトーキーにかけて活躍した映画俳優ジョージ・オブライエンとマルゲリーテ・チャーチル。ハリウッドスターの華やかな生活と没落を見たからこそ、オリンは“助演”であるコントラバスに魅せられたという。モリーが抱いた叔母への憧れが伝わってくる好編である。


『ザ・レディ・イン・オーケストラ:NYフィルを変えた風』24・米
監督 モリー・オブライエン
出演 オリン・オブライエン
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『レベル・リッジ』

2025-01-04 | 映画レビュー(れ)

 例年、アワードシーズンに賞狙いの“決め球”をリリースするNetflixが、2024年は『Emilia Perez』『Maria』の配信を北米エリア中心に絞り込み、振り返れば随分と良策に乏しい1年だった。これが2023年の全米俳優組合、脚本家組合のストライキに起因する一過性の事象と思いたいが、現在Netflixはスポーツ中継のライセンス獲得および新たな会員層の発掘に勤しんでいる。映画ファンにとってアートハウス系映画の救世主と信じられてきた同社も元を辿ればレンタルビデオチェーンに前身を持つ。2024年は“普通のハリウッド映画”の供給者としての側面が強かった。

 では膨大なアーカイブに傑作を埋もれさせるわけにはいかない。『ブルー・リベンジ』『グリーンルーム』などを手掛けてきたジェレミー・ソルニエ監督の『レベル・リッジ』は、いよいよ脂の乗った演出手腕で131分、全く緊張感の途絶えることがない会心の1本だ。主演アーロン・ピエールとダビ・ガジェンゴ(『彷徨える河』)のカメラは研ぎ澄まされた肉体の如し。映画の語り口には一切の淀みもない。

 主人公テリーがシェルビー・スプリングスの山道を自転車でひた走る。突然、パトカーに追突され、地面にホールドされる場面にギクリとさせられる。テリーは勾留中の従兄弟を救うべく、保釈金を持って裁判車へ向かう最中だったのだ。しかし警官たちの不当な取り調べによって保釈金は押収され、テリーは執拗な嫌がらせによって町からの退去を強いられる。やがて危害が彼の周辺へ及んだ時、ついに怒りが爆発する。

 元イラク帰還兵が田舎の汚職警官と戦う、という筋立てから当然『ランボー』を彷彿するアクション映画だが、ソルニエは孤高のテリーに悲痛を背負わせるのではなく、むしろ腐敗した公権力との戦いに時代精神を背負わせている。あくまで不殺というテリーのスタンスも、映画を単なる二項対立に終わらせていない。ピエールの清廉な存在感に元名子役アナソフィア・ロブの引き締まったサポートアクト、臆することなく悪役を引き受けるドン・ジョンソンと役者も揃った。文句なしに2024年Netflix映画のベスト1だ。


『レベル・リッジ』24・米
監督 ジェレミー・ソルニエ
出演 アーロン・ピエール、アナソフィア・ロブ、ドン・ジョンソン
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『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』

2023-11-29 | 映画レビュー(れ)

 2018年タイ。少年サッカーチーム13名が折からの豪雨によって洞窟内に閉じ込められた事件は、世界中が固唾を飲んでその経緯を見守った。驚くべき救出作戦の全貌は後にロン・ハワードが『13人の命』としてパニックレスキュー映画に仕上げてもいる。ハワード監督の傑作に先駆けること2021年、エリザベス・チャイ・バサルヘリィとジミー・チン監督による本作は、ニュース映像や当事者たちへのインタビューなどを中心に事件を再現しているが、彼らの2023年作『ナイアド』によって本作が通り一遍の記録映画ではなく、スポーツドキュメンタリーであることが見えてくる。

 13人全員を生還させた救出作戦の立役者は、洞窟探検を専門とするケーブダイバーたちだった。浸水した洞窟は時に身1つ潜らせるのも容易ではなく、明かりは携帯するライトの微かな光のみ。タイ海軍の精鋭ダイバーですら1名が命を落とすほどの難所であり、長年の経験と並外れた精神力を必要とする。とは言え、人命救助は門外漢。映画は多大なプレッシャーに晒されたケーブダイバーの心境に迫ろうとする。監督コンビは『フリーソロ』で970メートル超の断崖絶壁に命綱なしで挑むフリークライマーに肉薄し、『ナイアド』ではフロリダ海峡170キロを泳ぐマラソンスイマーの精神世界を再現しようと試みた。ケーブダイバーにとって洞窟の暗黒は内なる宇宙であり、こだますのは自らの心の反響だ。「マイナースポーツに思わぬ形で注目が集まって良かった」と回想する彼らに、限られたアスリートだけが到達する境地とスポーツの可能性を見るのである。


『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』21・米
監督 エリザベス・チャイ・バサルヘリィ、ジミー・チン
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『レイモンド&レイ』

2023-01-24 | 映画レビュー(れ)

 現代アメリカ映画界屈指の名優へと成長したイーサン・ホークとユアン・マクレガーが義兄弟に扮する『レイモンド&レイ』は、ユアン演じるレイモンドが父の訃報を伝えるため、疎遠の弟レイの元を尋ねる場面から始まる。このオープニングだけで本作が名優2人の巧みな演技ラリーに支えられた作品であることは明らかだ。『彼女を見ればわかること』『アルバート氏の人生』など、主に女性ドラマを手掛けてきたロドリゴ・ガルシア監督による脚本は舞台劇のようなオーセンティックさで、名優2人の実力を存分に引き出す。100分というランニングタイムも語りのペースを心得た然るべき時間だ。

 母親が異なるレイモンドとレイは対象的な性格ながら、しかし多感な時期を共にした親友のような兄弟だ。2人は威圧的で時に暴力を振るった父の虐待に今も苦しんでいた。葬式に立ち会えばこのトラウマを乗り越えられるかもしれない。しかし、いざ式へ向かってはみたものの、葬儀に訪れた人々の想いは兄弟とまるで異なるものだ。父は女性のみならず同性をも魅了した真性の人たらし。少ないながらも彼を愛した人々が集い、レイモンドとレイは知る由もなかった父のもう1つの素顔を知る事となる。父の遺言はうつ伏せにした“一面”だけを見せて納棺すること。人間とは悪しき面だけで語り尽くせるような単純な存在でなければ、その人生は割り切れるものではない。声高に旧き家父長制を糾弾するに終わらない語り口はガルシアの知性である。

 辺境を舞台に、人間の機微を描く細やかな本作の筆致は今やメインストリームで見かけることが少なく、アカデミー作品賞受賞作『コーダ』の買付といい、“アメリカ映画”の伝統をろくろく作品のPRもしないAppleが支えた支えたことが2022年の驚きであった。


『レイモンド&レイ』22・米
監督 ロドリゴ・ガルシア
出演 ユアン・マクレガー、イーサン・ホーク、ソフィー・オコネドー、マリベル・ベルドゥ
※AppleTV+で配信中※
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『レニー・ブルース』

2022-06-07 | 映画レビュー(れ)

 1950年代から60年代半ばにかけて活躍したコメディアン、レニー・ブルースは現在Amazon primeで配信中のTVシリーズ『マーベラス・ミセス・メイゼル』で、主人公ミッジに笑いの薫陶を受ける師匠として描かれる。物語自体はフィクションだが、ルーク・カービーが洒脱に演じるレニー・ブルースはさながら主人公の守護天使であり、74年のボブ・フォッシー監督作でダスティン・ホフマンが演じたそれとは随分、解釈が異なる印象だ。レニー・ブルースがオーバードーズでこの世を去ったのは1966年。フォッシーが同時代を駆け抜けた人物であり、年齢も2つしか違わない。そんな距離感の近さが74年の本作『レニー・ブルース』には反映されている。

 2作品に共通するのは“死の匂い”だ。レニーが現れると、華やかなプロダクションデザインの『マーベラス〜』にはそれまでの賑やかさを打ち消すような、全く異なる気配が漂い始める。一方、『キャバレー』『オール・ザット・ジャズ』『シカゴ』でミュージカルに退廃的なエロスを持ち込んだフォッシー監督版は全編、凍てつくようなモノクロームだ。人種や性、政治など当時はタブーとされていたネタに斬り込み、その過激さから“公然わいせつ罪”として当局にマークされていたレニーのステージには警察官が居並び、やがて彼は活動の場を奪われていく。本作がフォッシーのいずれの作品に比べても過酷であるのは、弾圧によって死の影を背負ってしまったレニーに人並みならぬシンパシーを抱いていたからに他ならない。そして2022年の現在、レニー・ブルースはカウンターカルチャーという一時代の芸人に留まらず、そのネタは時代を超えて社会を射抜く普遍性を持っていたことがわかる。だからこそ『マーベラス〜』は自らの声を手に入れ、世界を変えようとするヒロインの守護天使としてレニーを描いているのではないだろうか。

 フォッシーは本作の後、『シカゴ』『オール・ザット・ジャズ』を手掛け、ダスティン・ホフマンは『大統領の陰謀』『クレイマー・クレイマー』とキャリアを代表する傑作を得ていく事となる。


『レニー・ブルース』74・米
監督 ボブ・フォッシー
出演 ダスティン・ホフマン、ヴァレリー・ペリン
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