長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

2025-01-31 | 映画レビュー(る)

 御歳75歳、スペインを代表する世界的巨匠ペドロ・アルモドバルは一向に枯れない。前作『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』でイーサン・ホーク、ペドロ・パスカルというハリウッドスターを招き、60分の短編にゲイネスを迸らせた。一転、シーグリッド・ヌーネスの原作“What Are You Going Through”を自ら脚色した『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、NYを舞台に老いと死を語る英語劇である。聞けば近年、アルモドバルは語学力を上げており、国際映画祭の場では全て英語で受け答えをしているという。

 逆説的にアルモドバル映画をアルモドバル映画たらしめていたのはスペインの風土と言葉、ラテンの気質であったことを再確認した。常連アルベルト・イグレシアスの流麗なスコアに、トレードマークとも言えるカラフルな原色のプロダクションデザインなど随所にアルモドバルらしさはあるが、非英語話者である御大自らがヒアリングできることを重視したのか、文語調の台詞を明瞭に話す俳優たちのメソッドに、これは英語圏メロドラマの借景であることが伺える。

 では英語圏の俳優でアルモドバル映画を形成できるのは誰か?元祖オルタナ女優とも言うべき英国の名優ティルダ・スウィントンを置いて他にいないだろう。不治の病を患い、死と向き合う写真家マーサ役に彼女の痩身が映えることはもちろん、終幕における意外な立ち回りはスウィントンなくして成立し得ない。しきりに「あの時代、夜の街に全てがあった」と述懐するマーサはおそらく70〜80年代にNYのアンダーグラウンドカルチャーを記録し、後にアクティビストに転身した写真家ナン・ゴールディンが反映されているのではないだろうか。

 巨匠の名に恥じない名人級の一品であることに疑いはないが、75歳の新境地にヴェネチア映画祭金獅子賞というのは批評性が不足してはいないだろうか。審査委員長はイザベル・ユペール。近年、映画界は何処を見回しても老人ばかりである。


『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』24・スペイン
監督 ペドロ・アルモドバル
出演 ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ
※2025年1月31日(金)ロードショー 公式サイト
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『ルックバック』

2025-01-08 | 映画レビュー(る)

 藤本タツキの傑作コミック『ルックバック』のアニメ化はわずか58分の短編ながら興収20億円突破するスマッシュヒットを記録し、米アカデミー賞長編アニメーション部門のエントリー資格も獲得した。口数が多く、テーマを背負い過ぎているメインストリームのアニメとは異なり、よりアニメーション表現の原初的な悦びを持ち、全ての絵描きに捧げられた物語はオスカー投票権を持つ多くのアニメーターの心を打つのではないだろうか。今季賞レースで最も応援したい1本だ。

 東北の田舎町。小学4年の女の子・藤野は学校新聞に4コマ漫画を描いている。他愛もないが、子供達には可笑しくてたまらない。ところが不登校の京本が隣の段に4コマを寄せてきた。セリフはない。ボケもオチもない。一見、ストーリーすらないように思える。だが漫画を描けるほどに読み漁ってきた藤野には明らかだ。構成、余白、そしてここには描きたいという実直な衝動すらある。小学4年生には大きすぎる衝撃だ。

 『ルックバック』は情熱と憧れ、才能、人生(それにガールフッド)について描かれた原作を損なうことなくアニメ化している(造作もなくボイスアクトをこなしている河合優実にも注目)。彼女たちの純粋な衝動は絵描きに限らず、あらゆる人々の心を打つだろう。原作に込められた“京アニ事件”に対する藤本の怒りと哀しみは事件を知らない海外の観客には伝わらないかもしれないが、哀しいことにアメリカにはスクールシューティングがある。あらゆるアーティストには他者を触発する力があり、遺された者を生かし続けることもできるのだ。そんな余韻を含んだエンドロールを早々に退席する観客は誰1人いないだろう。


『ルックバック』24・日
監督 押山清高
出演 河合優実、吉田美月喜
 
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『ルーベ、嘆きの光』

2020-08-18 | 映画レビュー(る)

 かねてから「全ジャンルを撮りたい」と公言していたアルノー・デプレシャンが刑事モノに挑戦だ。舞台はベルギーとの国境に隣接するフランス北部の都市ルーベ。犯罪率が高く、市の75パーセントが問題地域に指定されており、45パーセントが貧困にあえぐというこの街で様々な事件と向き合う警察の面々が描かれていく。

 これまで恋愛や家族をモチーフに作品を撮ってきたデプレシャンだが、ジャンルミックスな『あの頃エッフェル塔の下で』ではポランスキーを思わせるミステリー描写を垣間見せており、いずれ撮るであろう本格サスペンス映画に期待はあった。だがハッキリ言わせてもらおう。人間誰しも得て不得手がある。デプレシャンはフィルムノワールの形式ばかりに囚われず、昨今のフランス映画同様、多民族国家の側面を描こうとしているがストリートに出たカメラはどうにも緊迫と躍動に乏しく、犯罪へと駆り立てた社会の搾取構造に対する糾弾もない。ひたすら自白の強要を繰り返す警察の描写が正しいのなら大変な問題だが、国家権力への不信も見受けられず、これでは同年カンヌを競ったラ・ジリ『レ・ミゼラブル』、マティ・ディオップ『アトランティックス』と並ぶと時代錯誤と言わざるを得ないだろう(カンヌの星取表ではほぼ最下位であった)。

 それでも俳優陣のさばき方には名匠ならではの巧さがあり、署長役ロシュディ・ゼムのインテリジェンスは本作のハートである。そして容疑者役サラ・フォレスティエが濡れて光る妙演で名女優への階段を上がれば、恋人役レア・セドゥも触発されたかのように国際派女優として格の大きさを見せた。近年のフィルモグラフィからもターニングポイントと呼べるベストアクトだろう。彼女らの間にある“ぬめり”が凡庸な本作に束の間の非凡さを与えていた。


『ルーベ、嘆きの光』19・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 ロシュディ・ゼム、レア・セドゥ、サラ・フォレスティエ
※ビデオタイトル『ダブル・サスペクツ』※
 
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『ルイの9番目の人生』

2020-03-10 | 映画レビュー(る)

 9歳の少年ルイは文字通り九死に一生の場面を経てきた。帝王切開で生まれ、全身骨折に遭い、そして映画の冒頭、断崖絶壁から海へと落ちていく。物語は昏睡状態に陥った彼の夢と遺された家族を往復するダークファンタジーだ。過激な描写で知られるフランスのホラー監督アレクサンドル・アジャはリズ・ジェンセンの同名小説を幻想的に映像化し、ジャンル映画監督として洗練を見せた。脚本は『侍女の物語』のニック役や、エル・ファニング主演『ティーン・スピリット』で監督デビューを飾ったマックス・ミンゲラが手掛けている(故アンソニー・ミンゲラ監督の息子!)。

 映画の見所はルイの母親に扮したサラ・ガドンだ。“世界で最も美しい顔”に選ばれた彼女の美貌が映画に妖艶な幻想性を与えており、物語の要となっていく。謎めいた女(ファムファタール)に男はなぜ“燃える”のか。このテーマは続く主演ドラマ『またの名をグレイス』で極められる事となる。


『ルイの9番目の人生』16・米、英、加
監督 アレクサンドル・アジャ
出演 ジェイミー・ドーナン、サラ・ガドン、アーロン・ポール、エイダン・ロングワース、オリヴァー・プラット
 
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『ルディ・レイ・ムーア』

2019-11-24 | 映画レビュー(る)

1975年のブラックスプロイテーション『ドールマイト』製作の裏側を描く本作はエディ・マーフィの久々の快投もあって実に愉快な映画に仕上がった。

スターを夢見ながら昼はCD屋の副店長を務め、夜はライブハウスで前座に甘んじる主人公ルディ。とうに若者とは言えぬ年齢であり、すっかり腹も出てきたが、それでもスターを目指してネタ探しに余念がない。彼はホームレスの与太話をブラッシュアップし、独自のリズムとFワード、そしてケバケバしい衣装でお笑い芸人“ドールマイト”としてカルト的な人気を博すことになる。
 2006年の『ドリームガールズ』で大復活を遂げたエディ・マーフィだったがオスカーでは惜敗し、授賞式を途中で抜け出してからというもの、その後13年間は再び無為なキャリアを歩む事となってしまった。
だが侮ってはいけない。ドールマイトよろしく舞台に立てばスピード感あふれる天性の話芸で耳目を集め、そのカリスマ性は映画を輝かせる。出っ張った腹は彼の円熟であり、再びオスカー候補が囁かれるのも納得だ。Netflixがまさかの『ビバリーヒルズ・コップ』第4弾にGOサインを出したのも大いに頷ける。

サブカル的な人気を得たルディはこれを足掛かりに全国区へ躍り出ようと映画製作に乗り出す。劇場で映画を見てもスクリーンには白人ばかりだからだ(そりゃニール・サイモンの『おかしな二人』じゃ無理もない)。
 ルディは舞台音源を収めたレコードの印税を元手に映画を撮り始める。スタッフ、キャストは手弁当も同然だ。周りを巻き込むルディのお祭り騒ぎはマーフィのスター性そのものであり、彼に引かれて活気あふれるキャストアンサンブルの中ではとりわけウェズリー・スナイプスがいい。彼演じるダーヴィル・マーティンは当時、『ローズマリーの赤ちゃん』に(端役で)も出演した新進俳優であり、スナイプスの気取ったコメディ演技はマーフィ以上の瞬間風速的笑いを呼ぶ。数々の駄作アクションと脱税事件ですっかり忘れていたが、達者な人なのだ(カサヴェテスを引用する場面は最高!)。

クレイグ・ブリュワーはこれまでも人間の創作衝動を描いてきた監督だ。ブレイク作『ハッスル&フロウ』ではポン引きがラッパーを目指し、娼婦たちにバックコーラスを歌わせる。録音を聞いた娼婦は自分のものとは思えぬ歌声の美しさに感動し、思わず涙をこぼす…忘れられない名シーンだ。
本作でも夫の不貞に苦しめられ、家を飛び出し女(ダヴァイン・ジョイ・ランがいい)がスクリーンに自らの居場所を見出し、窮地のルディを救う「あなたはスターよ」。

熱くならなきゃ人生じゃない。ましてやショウほど素敵な商売はないのだ。腹の出てきた中年すら燃焼させる快作である。


『ルディ・レイ・ムーア』19・米
監督 クレイグ・ブリュワー
出演 エディ・マーフィ、ウェズリー・スナイプス、キーガン・マイケル・キー、マイク・エップス、クレイグ・ロビンソン、タイタス・バージェス、ダヴァイン・ジョイ・ラン
※Netflixで独占配信中※
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