長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『チャレンジャーズ』

2024-07-02 | 映画レビュー(ち)

 夏の夜にじわりと汗がにじめば、そこには性と欲望の芳香が漂う。夏とエロスの作家ルカ・グァダニーノがハリウッドの若手トップ女優ゼンデイヤを主演に迎え、あられもなくメインストリームに現れた。3人のテニスプレーヤーの十数年に及ぶ痴情のもつれは、政治的正しさによって漂白されたハリウッドではしばらくお目にかかれていないエロチシズムだ。

 ゼンデイヤ演じるカリスマ的テニスプレーヤー、タシ・ダンカンは相手選手を完膚なきまでに叩きのめすと、「c'mon!」と雄叫びを上げる。彼女がエクスタシーに達するのはコート上で最高のプレーを披露した瞬間。しかし彼女は練習中の事故により選手生命を絶たれてしまう。次にタシが絶頂に達するのは映画がクライマックスを迎える時だ。そう、人は1度達したオルガリズムの頂きを求めてリレーションシップを繰り返すもの。タシ、パトリック、アートの関係は10代のうだるような夏、ホテルの一室で始まった。3人の間で交わされるキスのラリー。『チャレンジャーズ』は観客と共に絶頂を目指す3Pセックス映画だ。

 グァダニーノは131分の上映時間中、いくつものオーガズムを用意する。滴り落ちる汗、躍動する肉体…しかも男たちが顔を寄せ合えばキャラクターの性的指向にかかわらず、同性愛的なニュアンスが漂う。トレント・レズナーとアッティカス・ロスによるテクノミュージックはテニスコートをクラブに変え、ボールを追う観衆の挙動はダンスの横振りに変わる。夏のフロアで踊り狂った経験があれば、『チャレンジャーズ』のあらゆるモチーフが性的ニュアンスに見え、悶絶してしまうことだろう。

 この映画は単なる若さとエロスの称揚なのだろうか?アートがタシを見て「誰もが好きにならずにはいられない」と言うように、ゼンデイヤみたいな相手にひと度恋をすれば、一生涯コートを走り続けるしかない。パトリック役ジョシュ・オコナー、アート役マイク・フェイストには恋する男たちの高揚と切なさがある。NetflixのTVシリーズ『ザ・クラウン』でチャールズ皇太子を神経質に演じたオコナーは随分と線が太く、セクシーに様変わりして驚いた。『ウエスト・サイド・ストーリー』でもニヒルさとあどけなさを共存させていたフェイストを主役としてじっくり見られることは大きな喜びである。そしてゼンデイヤは本作において、ついに映画スターとしての代表作を得たと言っていいだろう。10代から30代を演じ分けるのは造作もなく、ここでは2人の男を走らせ続けるヒロインの姿にアメリカ映画を牽引するスター女優としての貫禄がある。

 脚本を手掛けたジャスティン・クリツケスが昨年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞にノミネートされた『パストライブス』の監督セリーヌ・ソンの夫であることは知っておいてもいいだろう。前世からの縁で繋がった想い人には、既に心優しい夫がいて…米韓をまたぐ切ないラブストーリーを奔放なイタリア人が読み替えればなんとも淫らになるのだから面白い。さぁ、スクリーンから射す夏の陽光を浴び、鳴り響く重低音に身体を揺らして絶頂を迎えてもらいたい。c'mon!


『チャレンジャーズ』24・米
監督 ルカ・グァダニーノ
出演 ゼンデイヤ、ジョシュ・オコナー、マイク・フェイスト
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『チャチャ・リアル・スムース』

2022-10-09 | 映画レビュー(ち)

 弱冠25歳のクーパー・レイフが監督、脚本、主演を務める本作は2022年のサンダンス映画祭で観客賞に輝き、配給権をAppleが獲得した。さながらサンダンス発でアカデミー作品賞にまで到達した『コーダ あいのうた』の再現といった所だが、さすがにそこまでの間口の広さは感じないか。しかし作品全体を貫く“Kindness”が気持ち良く、やはりAppleTV+からリリースされているテレビシリーズ『テッド・ラッソ』を思わせる好編である。

 主人公アンドリューは22歳。大学を卒業したが就職は決まらず、スペインへ留学した恋人は見知らぬ男とインスタに収まっている。やむなく実家に戻るも継父とは昔から反りが合わず、年の離れた弟の部屋で雑魚寝をする日々だ。ある日、バルミツバ後のパーティーで即席DJを務めたところ、これが大好評。アンドリューはバルミツバシーズンの盛り上げ役としてビジネスを始める。そんな折、パーティー会場で彼は自閉症の女の子ローラとその母親ドミノに出会い…。

 これまでいくつも作られてきた20代男子のモラトリアム映画と大きく異なるのは、主人公アンドリューの持つ優しさだ。彼のユーモアは時折TPOを間違えるものの、周囲の人々を和ませ、癒やす力を持っている。そんな彼自身は若さゆえの不様で無軌道な振る舞いとも一切無縁の“正しい”男性であり、映画の主人公としては正直物足りなさを感じるものの、これが2022年のアメリカ映画における男性像なのかもしれない。
 ドミノ役のダコタ・ジョンソンはプロデュースも兼任する力の入れようで、若くして自閉症の娘を抱え、人生に行き詰まった女性を誠実に演じている。『ロスト・ドーター』の役柄を思わせるものもあり、彼女が一定のプリンシプルを持ってキャリアコントロールしていることが良くわかる。娘ローラ役のヴァネッサ・ブルクハルトは実際に自閉症であり、それが必ずしも映画の中で機能しているとは言い難いが、アンドリューのキャラクターよりも先に開発されたのがこの母子だという。この製作経緯を思うと22歳男子のモラトリアムが既に映画の主題にはならない時代なのかもしれない。


『チャチャ・リアル・スムース』22・米
監督 クーパー・レイフ
出演 クーパー・レイフ、ダコタ・ジョンソン、レスリー・マン
※AppleTV+で独占配信中※
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『TITANE チタン』

2022-04-20 | 映画レビュー(ち)

 アスガー・ファルハディ監督作『英雄の証明』、レオス・カラックスの『アネット』、そして濱口竜介による『ドライブ・マイ・カー』と例年になく力作が並んだ2021年のカンヌ映画祭で、最高賞パルムドールを受賞したのが長編第2作目となるジュリア・デュクルノー監督の『TITANE チタン』だ。暴力、殺人、異物愛、人体変容、愛と憎悪、体液と粘膜という恐れ知らずのモチーフが並ぶこの映画は、どちらかと言えばミッドナイト・マッドネスで熱狂を呼ぶであろう異形作だ。眉をひそめ、嫌悪を示す人も少なくないだろうが、しかしここには108分間の未知なる衝撃がある。

 車が大好きな少女アレクシアは交通事故によって右のこめかみに金属製プレート(TITANE)を埋め込まれる。数年後、成長した彼女は車上でエロチックに舞うダンサーとしてアンダーグラウンドな人気を集めていた。その頃、世間では残虐な連続殺人が起きていて…。この映画において文字で紹介された粗筋はほとんど意味がない。映画は次々と予想を覆すショックと変化を繰り返していく。

 親に愛されずに育ったであろうアレクシアにとって、男女を問わず他者は無意味な存在だ。性的に搾取しようとする男どもには鉄製の髪留めを躊躇なく脳髄に突き刺し、女に対して覚えた性的欲求は暴力衝動へと結びつく。本能のままに衝き動かされる彼女が、乱交パーティー中の邸宅で次から次へと凶行に及んでいく場面は一周回って笑いすらこみ上げる。

 そんな折、アレクシアは車が激しく呼びかけてくる声に気づく。これは比喩ではない。本当に車が唸り、猛り、アレクシアの欲情を誘ってなんと1人と1台は激しくまぐわうのだ。ジュリア・デュクルノーがデヴィッド・クローネンバーグから強い影響を受けているのは間違いないだろう。クローネンバーグにはかつて交通事故によってエクスタシーを獲得する人々を描いた傑作『クラッシュ』があり、そして肉体および精神の変容(メタモルフォーゼ)こそクローネンバーグのテーマである。アレクシアによって命を奪われた者たちの身は破壊されて変容し、そして車とファックしたアレクシアの腹は急激な勢いで膨らみ始め、身体からは黒い体液がにじみ始める。アレクシアは行方不明の少年に成り済まして逃亡すべく、髪を剃り上げ、鼻をひしゃげさせ、腹と乳房をテーピングで抑え込むと、少年の父親である消防士ヴァンサンの元に転がり込む

 アレクシアが我が家を焼き払うシーン以後、烈火のイメージが何度も登場し、まるで熱によって金属が溶解するように映画は1つのジャンルに留まることなく変容していく。幼い我が子が失踪して数年、ヴァンサンは老いた身体に日々ステロイドを注入し、筋トレを繰り返して老いの変化を拒絶した究極のマチズモ、父権として殺人鬼アレクシアを圧倒し、彼女の逃亡と反抗を許さない。そしてアレクシアが我が子どころか女であると知ってもなお、自分の子供として許容していく。その強靭なまでの愛は異様ながら、しかしアレクシアがこれまで与えられてこなかった愛情でもある。性別も血縁も、そして人類すらも超越していくクライマックスはグロテスクでいて荘厳、清々しくすらある。“Je t'aime"の果に生まれる『イレイザーヘッド』以来の赤子を見逃してはならない。人間はあらゆる既成概念を超越し、変容できる可能性に満ちているのだ。


『TITANE チタン』21・仏、ベルギー
監督 ジュリア・デュクルノー
出演 ヴァンサン・ランドン、アガト・ルセル
 
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『tick,tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』

2021-11-26 | 映画レビュー(ち)

 現代ミュージカル界最高の才能リン・マニュエル・ミランダ、満を持しての長編監督作は『RENT』で知られるミュージカル作家ジョナサン・ラーソンが手掛けた『tick,tick...BOOM!』の映画化だ。1990年のNY、ミュージカル作家としての大成を夢見るジョナサンは新作の試演ワークショップを控えていた。しかし、どうにもこうにも重要な楽曲だけが仕上がらない。迫る本番、そして天才の証明である20代が終わりを告げる誕生日が刻一刻と、まるで時限爆弾のように近付いていた。

 創作に関わる者であれば誰もが年齢の壁を意識した事はあるだろう「かの天才は20代であの名作を創り上げた」。30歳になってしまったら自分は天才でも何でもなく、成功を得ることは叶わないのではないか。ジョナサンはほとばしる才能で小さな成功を積み重ね、一夜限りの称賛で承認欲求を満たしていくが、朝を迎えれば待っているのは夢見たボヘミアン生活ではなく、わがままな客でごった返した食堂のバイトだ。ジョナサンもまたこれまで幾度となく語られてきたアーティスト列伝同様の破天荒な青年だが、アンドリュー・ガーフィールドの屈託のない演技がジョナサンをチャーミングで愛すべき人物へと仕立てている。ミランダはこれまで『ハミルトン』でアメリカ建国の父アレクサンダー・ハミルトンを、エグゼクティブプロデューサーを務めた『フォッシー&ヴァードン』ではミュージカル界の伝説ボブ・フォッシーを評人してきたが、いずれも偉業に反して女性関係にだらしのない人格破綻者であり、それを指摘しつつ“キャンセル”で終わらない再定義に複雑な面白さがあった。幸いにもジョナサンはそんなほの暗さとは無縁の根明な人物であり、ミランダも彼の純粋さに敬意と憧憬を寄せている。だがこれでは影がなさ過ぎるだろう。ブルシットジョブに創作の時間が割かれることを憎んだジョナサンが、カフェの壁を押し倒すシーンはシネマティックなミュージカル演出だが、歌詞はバイトの愚痴に過ぎない。移民の目線から現代アメリカを歌った『イン・ザ・ハイツ』の後では、再演に耐えうるだけの現代性に乏しいのだ(ジョン・M・チュウ監督の手数の多いミュージカル“映画”演出も、さすがにミランダに対して一日の長があった)。

 ワークショップは大好評のうちに幕を閉じるが、それがジョナサンの成功を約束することにはならなかった。この業界では熱に浮かされた一夜限りの成功なんてよくあることだ。ジョナサンは言う「僕はどうしたら?」。その答えは明白だ。「新作を書きなさい。書いて書いて書きまくるのよ。それが作家ってもんでしょ」。そうしてジョナサンはエイズに侵された親友マイケルへの想いから、“最もパーソナルなことで最もクリエイティブ”な『RENT』を生み出すのである。
しかしジョナサンもまた、『RENT』の成功を見ることなく35歳という若さでこの世を去ってしまった。ジョナサンは歌う「29歳が終わってほしくない」。いいや、過ぎたって構いやしない。でも創作の寿命は限られている。だから僕たちは今日も明日も書いて、歌うのだ。


『tick,tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』21・米
監督 リン・マニュエル・ミランダ
出演 アンドリュー・ガーフィールド、アレクサンドラ・シップ、ロビン・デ・ヘスス、ヴァネッサ・ハジェンズ、MJ・ロドリゲス、ジュディス・ライト、ブラッドリー・ウィットフォード
※Netflixで独占配信中※
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『チェリー』

2021-05-21 | 映画レビュー(ち)

 『アベンジャーズ/エンドゲーム』を大成功に導いたルッソ兄弟が再びスパイダーマンことトム・ホランドとタッグを組んだ注目作にもかかわらず、あまり話題になっていないのが寂しい。配信元のAppleTV+は他のストリーミングサービスに比べオリジナルコンテンツの品数に乏しく、ここ日本で観測している限りではPRの押しも弱くてイマイチだ。

 イラク帰還兵二コ・ウォーカーが獄中で記した自伝小説は、平凡な大学生が悲惨な従軍体験から薬物中毒となり、ついには銀行強盗に至るというこれまで何度も語られてきた物語ではある。ルッソ兄弟は1時間ごとに映画のトーンを変え、まるでTVドラマのビンジウォッチのようなストーリーテリングを見せた『アベンジャーズ/エンドゲーム』同様、ここでも映画を章仕立てにし、ジャンルも撮影スタイルもガラリと変えており、主にアメリカンニューシネマなど彼らが体験し得なかったアメリカ映画史を追体験するかのようだ。

 ホランドはMCUでスターパワーを維持しつつ、昨年はバイオレンスノワール『悪魔はいつもそこに』で主演する等、意欲的な役選びが続いている。薬物中毒演技はいわば名優への通過儀礼。終幕の鮮烈な酩酊シーンは後に彼のキャリアを振り返る上で、重要なモーメントになるかもしれない。劇場公開作だけ見ていてもベストワークを追えなくなって久しいが、本作のような”必見作ではない”映画が早々にネットの海で並列化されてしまうのが、ストリーミング全盛時代の難点ではある。


『チェリー』21・米
監督 アンソニー&ジョー・ルッソ
出演 トム・ホランド、シアラ・ブラボ、ジャック・レイナー
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