長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マリウポリの20日間』

2024-05-16 | 映画レビュー(ま)
 第96回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞したムスチスラフ・チェルノフ監督は、スピーチの開口一番こう言った「私はここに立って、この映画を撮りたくなかったと言う初めての映画人です」。彼らAP通信取材班はウクライナ紛争開戦直後マリウポリ入りし、病院に密着取材する。徐々に包囲網が狭まる中、病院に担ぎ込まれてくるのはその大半が子供だ。戦争は本人の心身はもちろんのこと、居合わせた人々にも深い傷を与える。治療のかいなく命を落としていく子どもたちを前に、医療従事者たちは無力感に苛まれる

 開戦当初、私達が度々目にした現地映像はチェルノフ監督らチームによるものだった。ロシア軍によってインターネット通信も遮断された中、果たして彼らはマリウポリで起きている現実を世界に発信することができるのか?後半、映画は手に汗握る脱出劇となり、これがことの外“面白い”。事態の深刻さとは裏腹に、映画がいつ何時も娯楽性を持ち合わせてしまう事に「撮りたくなかった」という言葉が出たのかもしれない。決死の覚悟で撮られた映像に対し、国際舞台で「フェイクだ」と呼ばわったのがロシアであった事も決して忘れてはならない。


『マリウポリの20日間』23・ウクライナ
監督 ムスチスラフ・チェルノフ
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『マダム・ウェブ』

2024-02-26 | 映画レビュー(ま)

 本流とも言うべきMCUがいよいよ『マーベルズ』で底を打ち、続いてソニーからリリースされたマーベル映画『マダム・ウェブ』も批評、興行共に大惨敗である。まるでここ15年間にMCUも『ダークナイト』3部作も存在しなかったかのような本作は、続編展開することなく消えていった2000年代初頭までのアメコミ映画群を思わせるが、積極的にマルチバースやユニバースに加担しないソニーは、半ばこのレベルの娯楽映画を狙って作っている節もある。

 S・J・クラークソン監督はダコタ・ジョンソンに間抜けなスーパーヒーロースーツを着せることなく、予知能力に目覚めたヒロインが3人の少女を救おうとするスリラー映画として、一定の緊張感を得ることには成功している。少女たちを付け狙う謎の男(フランスの演技派タハール・ラヒム。無駄遣いではあるが、少なくとも『マーベルズ』のようなカリスマ不足には陥っていない)もまた予知能力を持ち、将来スーパーヒーローへと成長する少女たちに倒される様を幻視しているのだ。シドニー・スウィーニーら3人娘が合流してから一向にアンサンブルが弾まないのは致命的で、映画にはユーモアが決定的に不足している。ダコタ・ジョンソンは奮闘しているものの、コメディがまるで似合わないのだ。

 一方、現在グレン・パウエルと共演したラブコメ映画『Anyone But You』がメガヒットに発展し、来月には主演ホラー『Immaculate』が待機中と絶好調のシドニー・スウィーニーは眼鏡っ娘優等生キャラがコスプレにしか見えないのは御愛嬌。それこそが旬のスターの隠しきれないチャームであり、ビリング2番手の彼女は現在の興行的ポテンシャルではジョンソンより上と言っていいだろう。他、3人娘の1人イザベラ・メルセドは『THE LAST OF US』シーズン2のメインキャストに決まっており、新進スターを覚えておくには丁度いいポップコーンムービーに仕上がっている。


『マダム・ウェブ』24・米
監督 S・J・クラークソン
出演 ダコタ・ジョンソン、シドニー・スウィーニー、セレステ・オコナー、イザベラ・メルセド、タハール・ラヒム、アダム・スコット、エマ・ロバーツ、マイク・エップス
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『マーベルズ』

2024-02-25 | 映画レビュー(ま)

 そろそろ「今回のMCUは最近ではマシ」という無益な会話はやめないか?MCU史上最低の興行収入を記録した『マーベルズ』は、『アントマン&ワスプ クアントマニア』『シークレット・インベージョン』『ロキ』『エコー』と低迷するフェーズ5にトドメを刺した(こうやって並べただけでも目眩のするようなラインナップだ)。女性スーパーヒーローだけで編成された初のMCU映画だから素晴らしい?冗談じゃない。どう考えてもシークエンスが1つも2つも抜け落ちている杜撰な脚本、説明セリフの洪水、カリスマ不足のヴィランにペラペラなVFX。確かに目を見開いているはずなのにストーリーは良くわからず、果たして映画のクライマックスが『CATS』になる必要なんてあったのか(ハリウッドはメタメタにしてしまった実写版の大惨事を忘れたらしい)。『ミズ・マーベル』から合流した無邪気なイマン・ヴェラーニがアンサンブルを活気づけていることや、フォトンブラスト級の笑顔を解禁したブリー・ラーソンのスターオーラがこの映画のために損なわれているのは宇宙の危機としか言いようがない。唯一の美点はMCU最短のランニングタイム105分だろうが、これでもハイパージャンプより随分長く感じられるものだ。

 本作の大失敗を受けて、マーベルは今後の製作体制の抜本的な改革を迫られ、2024年公開作はなんとFOXから移籍してきたデッドプールのシリーズ第3弾『デッドプール&ウルヴァリン』ただ1本のみである。ディズニーだろうがお構いなしにやらかしてくれるであろうライアン・レイノルズに期待したい所だが、予告編を見る限りではまたしてもマルチバースにあくせくする様子で、まだまだ余談を許さない状況である。


『マーベルズ』23・米
監督 ニア・ダコスタ
出演 ブリー・ラーソン、テヨナ・パリス、イマン・ヴェラーニ、ザウイ・アシュトン、パク・ソジュン、サミュエル・L・ジャクソン、ラシャーナ・リンチ
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『マエストロ:その音楽と愛と』

2023-12-23 | 映画レビュー(ま)

 長年、スピルバーグの次回作と目されてきたレナード・バーンスタインの伝記映画がついに実現した。御大はプロデュースに回り、監督を務めるのは『アリー スター誕生』でイーストウッドからバトンを引き継いだブラッドリー・クーパー。本作にはマーティン・スコセッシもプロデューサーとして名を連ね、類まれな才能を持った俳優監督クーパーへのハリウッドの期待の高さが伺える。

 上映時間129分の約半分がモノクロで、後半からようやくカラーとなる。画面比は変動があれ、その大半がアスペクト1.33。前作『アリー スター誕生』では人物に肉薄したマシュー・リバティークのカメラは一転、引きが多く、モノクロームはため息が出るほど美しい。近年、再評価されているシャンタル・アケルマンを思わせるクラシックなヨーロピアンテイストは生真面目すぎるきらいがあるものの、懐古主義とも言われかねないタイミングで大胆にシーンを転換するところに、映画作家として歩みだしたクーパーの興奮がある。

 物語はバーンスタインの創作行為よりも、彼を支えた最愛の妻フェリシアとの関係に焦点が当てられている。話題沸騰の気鋭指揮者バーンスタインと、新進の舞台女優フェリシアは瞬く間に意気投合。2人は結婚し、3人の子供に恵まれる。しかし同性愛者でもあったバーンスタインは若い音楽家たちとの関係を半ば公然とし、家族に対して悪びれる素振りも見せない。筆者の頭を過ったのがトッド・フィールド監督の挑発的な傑作『TAR』だ。バーンスタインに師事したと自称するリディア・ターもまた劣らぬ天才音楽家で、堂々たるレズビアン。楽団の若いチェリストに目をつけ、パートナーを省みない。バーンスタインとターはネガとポジとも言える性格だが、共に自身の権力性には無自覚である。ターの妻がそそくさと去っていったのとは対象的に、フェリシアは博愛主義とも言える寛容さでバーンスタインの奔放さに耐え、彼のセクシャリティを尊重し、暗黙の了解のもとに家庭を維持する。バーンスタインその人を指す言葉をタイトルに冠しながら、本作のクレジットはフェリシア役キャリー・マリガンが上だ。『プロミシング・ヤング・ウーマン』を経た彼女がハリウッド製伝記映画の“耐える妻”を演じるのは役不足にも思えるが、クーパーをリードする貫禄と優美さはもはや大女優の風格である。バーンスタインが新作ミサ曲の完成を喜ぶ場面の彼女には特に心揺さぶられるものがある。報せを聞いたフェリシアは一目散にプールサイドへ駆け寄ると、服を着たまま飛び込み、水の底で膝を抱えて泣くのだ。あぁ、この人はその才能がためにさらに遠くへ行ってしまうのだ、と。

 クーパーが師匠イーストウッドをはじめ、これまでの俳優監督と大きく異なるのは、彼自身がアクターズスタジをで学んだメソッドアクティングの名優であることだろう。本作ではバーンスタインの天賦の才能、周囲を惹きつけずにはいられない真正の人たらしであるチャーム、そして常にアイデンティティに苦しんでいた底知れぬ孤独を体現し、またしても俳優としてのキャリアを更新している。これほど緻密な演出と集中力を要する演技を共存させるクーパーもまた、比類なき天才と言う他ない。長年に及ぶ企画開発によって時宜を逃した感はあるものの(少なくとも『TAR』より早く公開されていれば光り方はまた違ったハズだ)、監督ブラッドリー・クーパーのキャリアを前進させた注目作である。


『マエストロ:その音楽と愛と』23・米
監督 ブラッドリー・クーパー
出演 キャリー・マリガン、ブラッドリー・クーパー、マット・ボマー、マヤ・ホーク、サラ・シルバーマン
※Netflixで独占配信中※
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『マイ・エレメント』

2023-08-31 | 映画レビュー(ま)

 見渡せばスーパーヒーロー映画にフランチャイズ映画、人類滅亡のスペクタクルアクションばかりになってしまったハリウッドサマーシーズン。少なくとも2000年くらいまではアクション、ホラー、サスペンス、シリーズもの、そしてロマンチックコメディとメインストリームには多様性があったように記憶している。しかし、メグ・ライアンがキャンセルされ、ジュリア・ロバーツも歳を取り、いつしかスターと呼べる俳優がいなくなると、冒険をやめたハリウッドからは口コミが頼りの恋愛映画は姿を消し、今やストリーミングスルーが相場となってしまった。

 ピクサーが久しぶりに劇場のスクリーンにお目見えした『マイ・エレメント』は、そんな懐かしのハリウッド王道ロマンチックコメディを彷彿とさせる好編だ。近年、劇場公開を謳った宣伝展開から一転、ディズニープラス配信という不義理を続けてきたのが祟ってか、初動の興行収入こそ失敗したものの、評判が評判を呼んでロングヒットを記録。全米興行収入は1億5千万ドル、世界興収は爆発的な人気を呼んだ『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の3億ドルをも超えて、ディズニーは当初業界筋から下された“失敗作”という評価を打ち消す声明を出した。そんな興収推移まで『マイ・エレメント』は往年の大ヒットロマコメ映画そっくりである。

 火水木風という4つの精霊が暮らすエレメントシティが舞台、というファンタジー設定はあるものの、作品の根幹はまさに火と水ほどに性格の違う男女の恋と、異人種間のカルチャーギャップを描いたアメリカ映画伝統のフォーマットだ。火のエレメント、エンバーは遠く海を渡ってこの街へやってきた両親を持つ移民二世。火のエレメント族はほとんど二級市民のような扱いだが、父の開いた雑貨店を中心に移民街は発展してきた。エンバーはストレスを溜めすぎてしまうと文字通り爆発してしまう“火の玉ガール”。エマ・ストーン、はたまたアニャ・テイラー=ジョイを思わせるハスキーボイスで溌剌と好演するリア・ルイスは、Netflixの傑作恋愛映画『ハーフ・オブ・イット』のヒロイン、エリー・チューではないか。そのまま実写で見てみたいルイスの快投に、観客はエンバーを愛さずにはいられなくなる。感情によって煌めきを変える炎の表現はピクサーの真骨頂だ。

 方や水男ウェイドは都市部のデザイナーズマンションに暮らすお坊ちゃん。涙もろく、性根の優しい、(水だけに)ちょっとぽちゃぽちゃした愛すべき男だ。エンバーとウェイドが恋におちていくストーリーテリングは古典的とも言える直球展開。互いの違いに心ときめかせ、しかし火と水ゆえに触れたくても触れられない…そんな焦れったさにやきもきし、ロマンチックな気分になって最後はホロリと泣かせてくれる。こんな多幸感あふれるハリウッドメインストリーム映画、随分と久しぶりじゃないか!


『マイ・エレメント』23・米
監督 ピーター・ソーン
出演 リア・ルイス、マムドウ・アチー、ロニー・デル・カルメン、シーラ・オンミ、キャサリン・オハラ
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