長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ブリッツ ロンドン大空襲』

2024-11-24 | 映画レビュー(ふ)

 1940年、ナチス・ドイツの電撃的な空襲攻撃(Blitz)に苦しめられるロンドン市街を舞台にした『ブリッツ』は、これまでのスティーヴ・マックィーン監督作に比べアンマッチな題材に思えるかもしれない。9歳の少年ジョージは集団疎開に出されるも母を想い、1人列車を飛び降りる。マックィーン版母をたずねて三千里?いいや、戦火のロンドンを彷徨う旅路はジョージに底なしの哀しみを突きつけ、マックイーンの筆致はディケンズを思わせる古典的な趣すらある。何よりジョージの存在はこれまで語られることのなかった“第二次大戦下のロンドンに生きる黒人”である。前作『スモール・アックス』に続き、スティーブ・マックイーンのアイデンティティの探求でもあるのだ。

 自ら脚本も手掛けるマックイーンは、戦争映画に描かれることのなかった人々を活写していく。男たちが出兵した後、女たちが軍需工場で爆弾の製造に携わった。彼女らはたまたまやってきたラジオの生放送で声を上げる「地下鉄をシェルターとして使わせろ!」。大戦時、ロンドンの地下鉄がシェルターとして機能したことは知られているが、日々空襲がある中でも市民生活を維持させた行政は、業務外での構内利用を良しとしなかったのだ。そしてこんな最中にもあらゆる場面で人種差別は横行し、マックイーンは語る言葉を持たなかった多くの人々に物語を与えようとする。ジョージが地下鉄の先にこの世を去った人々を見る夢現は、バリー・ジェンキンス監督の傑作TVシリーズ『地下鉄道』への返歌にも思えた。

 近年、実験精神に磨きのかかるハンス・ジマーのスコアと共に、画面の隅々に至るまで美意識を貫くマックイーンの下、ジョージの母親リタに扮したシアーシャ・ローナンが屹立している。いかなる時も映画の中心で美を司るローナンは、決してスクリーンタイムが長いわけでも演技的に大きな見せ場があるワケでもない。しかし、今年30才を迎えた天才はマックイーンが描く母性への畏敬をまとい、フィルムを支配する“映画女優”の風格をまとい始めているのだ。

 本作は劇場公開されることなく、AppleTV+での限定配信である。宣伝を全くしないAppleによってスティーヴ・マックィーンの新作がアーカイブに並列されるのは歯がゆい。熱心な映画ファンにはぜひとも声を上げてもらいたいところだ。


『ブリッツ ロンドン大空襲』24・英、米
監督 スティーヴ・マックィーン
出演 シアーシャ・ローナン、エリオット・ヘファーナン、ハリス・ディキンソン、ベンジャミン・クレメンティン、キャシー・バーク、ポール・ウェラ、スティーブン・グレアム、リー・ギル
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『プリシラ』

2024-10-16 | 映画レビュー(ふ)

 1959年9月13日、プリシラは父の転勤先である西ドイツで兵役中の人気スター、エルヴィス・プレスリーと出会う。プレスリー24歳、プリシラ14歳の時だった。人気歌手との交際は世界中の女性が羨むシンデレラストーリーだったが、『ヴァージン・スーサイズ』『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』と常に囚われの少女を描き続けてきたソフィア・コッポラは、プリシラにも同じ憂鬱を見出している。心だけ連れ去られたかのような音信不通の遠距離恋愛生活。プリシラの心を繋ぎ止めようとするエルヴィスの甘い言葉は尊大な自己愛にも裏打ちされている。8年の長すぎる春を終えれば今度は妻、そして母親として彼女はプレスリーの実家グレイスランドに囚われ続けていく…。

 2024年『シビル・ウォー』『エイリアン:ロムルス』で動的存在感を見せたケイリー・スピーニーの小柄な身体は、実際のエルヴィスよりもずっと背の高い身長193センチのジェイコブ・エロルディと並ぶことでプリシラの孤独とあどけなさを色濃くする。スピーニーは前述の2作とは異なる心理演技を披露しており、本作でヴェネチア映画祭女優賞を獲得。エロルディは歌唱もダンスも再現することはなく、出世作『ユーフォリア』で見せたサイコパス的なニュアンスをプレスリーにもたらしている。

 プリシラが囚われ続けている最中、プレスリーにはいったい何が起きていたのか?薬物への依存が極まり、過労で疲弊していた彼もまたマネージメントを務める“大佐”に囚われていたが、本作にトム・パーカーは登場しない。バズ・ラーマン監督、オースティン・バトラー主演の2022年作『エルヴィス』が『プリシラ』のA面であり、描かれない各自キャラクターアークは2作を合わせることで明確になってくる。


『プリシラ』23・米
監督 ソフィア・コッポラ
出演 ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
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『フォールガイ』(寄稿しました)

2024-08-28 | 映画レビュー(ふ)

 ウェブメディア“NiEW”に映画『フォールガイ』のレビューを寄稿しました。作品自体への評価はやや厳しめなものの、昨今ハリウッドで取り沙汰されている「アカデミースタント賞」の設立と、スタントマン出身監督の台頭、そしてアクション映画のトレンドの変遷から本作の背景について考えています。御一読ください。


記事内で触れている各作品のレビューはこちら
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『ファンシー・ダンス』

2024-08-14 | 映画レビュー(ふ)

 2010年代後半の政治的、人種文化的急変期を経てハリウッドは多くの才能と物語を発見することになるわけだが、とりわけ目覚ましいのがネイティヴ・アメリカンの存在だ。テイラー・シェリダンが居留区で起きた殺人事件を描いた『ウインド・リバー』からは既に7年が過ぎ、その後ネイティヴ・アメリカンのティーンを主人公にしたTVシリーズ“Reservation Dogs”や『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』、人気シリーズ最新作『プレデター ザ・プレイ』から大作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』までが相次いだ。一連のムーブメントで最も重要なプレーヤーが、ネイティヴ・アメリカンにルーツを持つ女優として初めてオスカーにノミネートされたリリー・グラッドストーンだろう。惜しくも受賞こそ逃したものの、オスカーノミネート作の半分にも満たない小品で、彼女は再びルーツの物語を背負っている。

 舞台は現代、オクラホマ州にあるセネカ・カユーガ族の居留地。グラッドストーン演じるジャックスは失踪した妹の娘ロキの面倒を見ながら、その日暮らしの生活を続けている。山中のハイカーを見つけては車を盗み、かつてはドラッグも売りさばいていた。しかし失踪事件はFBIが介入するまでろくろく進展も見られず、白人に管理監督された福祉行政はロキの親権を奪おうとしてくる。1920年代を舞台とした『キラーズ〜』の社会構図から何も変わっていないのだ。再び苦難の歴史を双肩に担うグラッドストーンはモリー役で見せた忍従の悲壮に留まらず、大地に根を張り、自ら運命に立ち向かう力強さがある。出世作『ライフ・ゴーズ・オン』といい、レズビアン役が続く彼女によれば、先住民の言語には固有の性別の代名詞がなく、彼女の自認もsheないしtheyだという。

 ジャックスとロキの逃避行は伝統的なロードムービーの体裁だが、そもそもアメリカ映画はそこに彼らネイティヴ・アメリカンの姿を描いてこなかった。ここには安易な解放も救済もなく、ジャックスとロキは民族のアイデンティティ“ファンシー・ダンス”を舞うことで心を通わせ、孤高の誇りを守り続ける。本作が長編デビュー作となるエリカ・トレンブレイによる痛切なラストシーンが胸に迫る1本だ。


『ファンシー・ダンス』23・米
監督 エリカ・トレンブレイ
出演 リリー・グラッドストーン、イザベル・ディロン=オルセン、シェー・ウィガム
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『フェラーリ』

2024-07-18 | 映画レビュー(ふ)

 前作『ブラックハット』から8年ぶりとなるマイケル・マン監督の最新作は、度重なる主演俳優の交代劇に見舞われ、構想から実に30年を経たことで筆圧を弱めてしまった感はある。創業から10年を迎えた1958年のフェラーリに焦点を絞る本作は、伝記ドラマに彼らしいモチーフが垣間見える一方、常に“男性的”と評されてきた作風を自ら解体している。常に男と男の対決を描いてきたマンが、今回フェラーリの好敵手に選んだのは妻ラウラ。男の戦いの影で度々、涙を呑まされてきた女が、ここではフェラーリの喉元を締め付け、文字通りに生殺与奪を握っている。愛人との間に息子をもうけ、二重生活を送るフェラーリにラウラは銃を突きつけるのだ。エキセントリックな役柄が堂に入ったペネロペ・クルスはレパートリーの安易な再演に留まらず、まさに大女優の貫禄である。老け役に挑み、さらに名優への階段を登るアダム・ドライバーと双璧を成した。

 エリック・メッサーシュミットの素晴らしいカメラを得たマンはイタリアの町並みを魅力的に撮りあげるも、ここにはトレードマークの夜景は存在せず、またヴァル・キルマーやクリストファー・プラマーに相当する“三番手”も不在。これまでのマイケル・マン映画を構成してきた様式美はなく、果たしてこれを81歳の巨匠の挑戦と見るか、衰えと見るか。フェラーリの強権はクライマックスで多くの人命を奪ったが、しかし歴史に名を残したのは彼である。マイケル・マンほどの作家が今更、男性性を批判的に取り上げる必要があったのだろうか?度重なる製作の見送りが、本作の然るべき出走タイミングを失してしまったようだ。


『フェラーリ』23・米
監督 マイケル・マン
出演 アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、サラ・ガドン、ジャック・オコンネル、パトリック・デンプシー
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