長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ナミビアの砂漠』

2024-09-16 | 映画レビュー(な)

 無軌道に生きる21才の女性カナの日常を描いた山中瑶子監督作『ナミビアの砂漠』は、観客によって全く異なるフィーリングをもたらすユニークな映画だ。冒頭、カナは友人の待つ喫茶店へ向かっている。長い手足をバタつかせるような河合優実が演じるカナは、運ばれてきた飲み物に紙ストローが添えられていると毒づく。友人は何やら話しているが、隣りの男たちの「ノーバンしゃぶしゃぶ」の話題が耳に入って一向に集中できない。『ナミビアの砂漠』では実のある会話が一切描かれない。プロットを進めるためのやり取りや、キャラクターの心情を語る作劇上、必要なダイアログも存在しない。いや、そもそも主人公には劇映画に見合った然るべきドラマも貫通行動もない。恋人相手に嘘をつき、暴力を振るい、タクシーの窓からゲロを吐く。「映画なんて観てどうすんだよ」と観客を恥じ入らせ、未来がない日本のZ世代の目標は「生存です」とボヤく。これが現在(いま)を生きる彼女らのポートレートと言われればそうかもしれないが、時代に背を向けるアナーキーな存在はこれまで男性主人公の特権だった(本作に近いのはヨアキム・トリアーの“The Worst Person in the World”=『わたしは最悪。』だろうか)。

 そんなヒロイン像に目を背ける観客もいれば、劇中登場する彼氏達よろしく奔放で可愛らしいルックスの若い女性を称揚する男性客も少なくないだろう。どうせ生えてくるムダ毛の如く、カナが付き合う男たちは取り柄がない。優しいだけでバカ正直な恋人に飽きて、クリエイター志望の男と浮気をしてみる。デートに花を持ってくる彼の甲斐甲斐しさは転じて尊大な自己愛となり、僕はほとんど我が身を見るような気分で卒倒しかけた。

 これで映画が成立するのかというスリリングな語り口は終映後、137分もあったと知って驚いた。山中は無為にスケッチを続けるように見せながら、濱口竜介作品の常連、渋谷采郁と唐田えりかの登場を合図に夢か現かもわからない語り口へふわりとシフトし、カナへの共感を許すことなく観客を煙に巻く。僕はこんな無個性で面白みもない女の子と現実に巡り合っても、劇中さながらに無意味な会話しかできないだろう。カナに唯一こだわるものがあるとすれば、それはナミビアの砂漠に棲む野生動物たちを定点観測した動画だけだ。僕にはわかりっこないし、わかったように語る気もない。


『ナミビアの砂漠』24・日
監督 山中瑶子
出演 河合優実、金子大地、寛一郎、唐田えりか、渋谷采郁
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『ナポレオン』

2023-12-06 | 映画レビュー(な)

 時に偉大な英雄、時に残虐な暴君。論じる者によっていくつもの顔を見せるヨーロッパ史の巨人ナポレオン。そんな得体の知れない存在にリドリー・スコットは如何に挑んだのか?今年、86歳になる巨匠は意外なことに不可解な彼を不可解なまま描き出している。ナポレオン役には当代きっての名優ホアキン・フェニックス。そのナポレオン像はいわば『ビューティフル・デイ』であり、『ジョーカー』であり、『ボーはおそれている』だ。神経質で、およそ大事とは程遠く見えながら常に混沌の中心に位置し、観客は彼を定義づけることができない。リドリーはそんなホアキン=ナポレオンを2つの面からのみ描こうとする。妻ジョゼフィーヌを溺愛する夫としての顔と、計略に長けた軍師としての姿だ。近年のリドリーは『最後の決闘裁判』『ハウス・オブ・グッチ』と男女の不可解で暴力的な関係を描いてきたが、ナポレオンとジョゼフィーヌもまた互いに傷つけ合い、互いに傷を慰め合うかのような共依存関係にある。『ザ・クラウン』でのブレイク以後、絶好調のヴァネッサ・カービーがリドリー史劇に怯まぬ堂々たる振る舞いでジョゼフィーヌに扮するが、それでもホアキンの時に予想外な演技に驚かされ、なんとか渡り合おうとした様子が窺い知れるスリリングなケミストリーである。

 158分の上映時間の大半を合戦シーンが占める。ひしめく群衆、戦場を駆け抜ける軍馬、噴煙と血しぶき。現在、続編が製作中の『グラディエーター』以来、『キングダム・オブ・ヘブン』『ロビン・フッド』『エクソダス』とヨーロッパ史を俯瞰し、スクリーンという大キャンパスに筆を奮ってきたリドリー・スコットの大作演出は今や現役最高峰だ。しかし、ここには歴史の一幕を再現してきた“画家”としての高揚はもはや無いように見える。勇壮なハンス・ジマーに代わって挽歌が流れ、おびただしい数の死体が積み上げられるアクションシーンには人類の歴史を省みた諦観、諸行無常の念が漂う。ワーテルローの戦いで下される無謀な采配に、副官も只々頭を振るばかりだ。2012年の弟トニー・スコットの死、2013年のコーマック・マッカーシー脚本『悪の法則』以来、リドリー・スコットの映画には死の影が色濃い。本作のテーマはエンドロールで数え上げられる膨大な死者数からも明らかだろう。ナポレオンとは今もなお無惨な殺戮を生み続ける、人類の巨大な虚無そのものなのだ。

 これまでのリドリー作品の例に漏れず、本作もまた4時間のディレクターズカットの存在が取り沙汰されている。『ブレードランナー』を例に挙げるまでもなく、ディレクターズカットこそがリドリー映画の真髄と言っても過言ではなく、2005年の『キングダム・オブ・ヘブン』においては50分もの追加シーンによって傑作へと変貌している。映画『ナポレオン』にはまだ新しい顔が隠されているかもしれない。


『ナポレオン』23・米
監督 リドリー・スコット
出演 ホアキン・フェニックス、ヴァネッサ・カービー、タハール・ラヒム、ルパート・エヴェレット、マーク・ボナー、ユーセフ・カーコア、リュディヴィーヌ・サニエ
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『ナイアド〜その決意は海を越える』(寄稿しました)

2023-11-16 | 映画レビュー(な)

 リアルサウンドにNetflixで配信中の映画『ナイアド〜その決意は海を越える〜』のレビューを寄稿しました。老境を迎えたアネット・ベニング、ジョディ・フォスターという2大女優の共演は、90年代の彼女らの映画を観てきたファンには感慨深いものがあるはず。『フリーソロ』などの傑作スポーツドキュメンタリーを手掛けてきた監督コンビの手腕にも注目を!

記事はこちら

記事内で触れている各作品についてはこちらをどうぞ↓


『ナイアド〜その決意は海を越える〜』23・米
監督 エリザベス・チャイ・バサルヘリィ、ジミー・チン
出演 アネット・ベニング、ジョディ・フォスター、リス・エヴァンス
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『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』

2023-01-17 | 映画レビュー(な)

 正月映画だ!洋邦問わず年末興行は大ヒット確実の作品による一強寡占が続き、ここ日本ではハリウッド娯楽作の並ぶ“正月映画”という言葉が消えて久しい。ダニエル・クレイグが再び名探偵ブノワ・ブランに扮する最新作『グラス・オニオン』は豪華なプロダクションデザインにオールスターキャスト、観客を楽しませるために隅から隅までサービスを凝らした正月映画の見本のような娯楽作だが、リリースはなんとNetflixである。前作『ナイブズ・アウト』の大成功に目を付けたNetflixは株価暴落前に4億6900万ドルもの大金をはたいて独占配信権を買い取ったのだ。師走に自宅に居ながらして最新ハリウッド映画が楽しめるのは有り難いものの、振り返れば2022年本当に面白かったハリウッド映画は『グレイマン』『プレデター ザ・プレイ』『13人の命』と全てストリーミングにあり、劇場で熱狂できなかったのは寂しくもある。

 ニュースメディアから代替エネルギーまで幅広く手掛ける大富豪マイルス・ブロンが所有するギリシャの孤島に、彼と旧知の間柄である各界著名人が集められる。毎年恒例、仲間内による推理ゲームが行われるのだ。ところがここに私立探偵ブランと、マイルス・ブロンらに因縁を持つ女性が紛れ込み…。

 監督、脚本のライアン・ジョンソンは前作『ナイブズ・アウト』(シリーズものと認知させるため、ストーリー上関連のない前作のタイトルが無理矢理に冠されている)の成功を受け、名探偵ブノワ・ブランシリーズのフォーマットを完成させるノリにノッた筆致だ。前作はミステリ小説の古典的プロットを下敷きに移民問題や人種対立といった社会問題を巧みに絡ませ、今回のテーマはズバリ、イーロン・マスクである。いやいや、ジョンソンはマスクを意識していないと言うが、本作のリリースと時を同じくしてTwitterの買収、従業員の大量解雇と運営危機が注目を集め、その強引でショーアップされた“破壊者”ぶりに誰もが嫌気がさしていただけに、エドワード・ノートンが憎々しげに演じるマイルス・ブロンを見て否が応でもマスクを意識せずにはいられないのである。彼をはじめ、過激な手法で既存システムや社会通年に揺さぶりをかける人物は近年、洋邦を問わず枚挙に暇がなく、熟慮することなく思いつきで発言する彼らをジョンソンは“グラス・オニオン=透明の玉ねぎ”と例え、ろくろく言葉も正しく扱えないヤツはただのバカだと看破するのだ(そんな彼らを“リスペクト”してしまう私達の衆愚からも目を逸してはいけないと釘を指している)。ジェームズ・ボンドから名探偵へと転身したダニエル・クレイグは推理力とおしゃべりで再び世界を救うも、必ずヒロインへバトンを渡すところにこのキャラクターの真骨頂がある。前作のアナ・デ・アルマスに続いて今回はジャネール・モネイが大活躍。大作ミステリーでのアクロバティックな熱演にアカデミー助演女優賞の期待もかかる、謂わば“イングリッド・バーグマン枠”だ。俳優としての彼女のキャリアにおいても重要な1作となるだろう。

 あらゆる場面に散りばめられた伏線から違和感(ストリーミングにありがちなヘンテコ字幕ではない)まで余すところなく回収し、視点を転換する中盤からは息もつかせぬ2時間19分。コロナ禍を遠景に、最新ガジェットもフル活用する“最新”の映画だ。次回作はブノワ・ブランとその恋人(あのテキトー大物英国俳優!)でホームズ&ワトソン風の巻き込まれ型ミステリも見てみたい。2022年、映画館に登場することなく新たな人気シリーズが誕生してしまった!


『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』22・米
監督 ライアン・ジョンソン
出演 ダニエル・クレイグ、ジャネール・モネイ、エドワード・ノートン、キャスリン・ハーン、デイヴ・バウティスタ、レスリー・オドムJr.、ケイト・ハドソン、ジェシカ・ヘンウィック、マデリン・クライン、ノア・セガン
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『ナニー』

2023-01-11 | 映画レビュー(な)

 今年のサンダンス映画祭で審査員対象を受賞した映画が自宅で手軽に見られるのは有り難いものの、ストリーミングサービスがラベリングし、観客のアルゴリズムからおすすめする手法は必ずしも映画を正しく観客に届けられるとは限らない。本作『ナニー』はPrime Videoによれば“ホラー”と“ドラマ”に分類されているが、僕が視聴した時点では日本語の解説が付いておらず、”サイコスリラー”の表記だったと記憶している。僕に言わせてもらえば『ナニー』は“怪談”で、その根源に哀しみが漂っている。

 セネガル移民の主人公アイシャは郷里から我が子を迎えるべくNYで昼夜働き続ける毎日だ。彼女は元教師で、フランス語に堪能なことから白人富裕層の家庭でナニーを始める。しかし、ある日を境に彼女の周辺では奇妙なことが起こり始め…。

 これが長編デビューとなるニキヤトゥ・ジュース監督の語り口は端整で、プロダクションデザインも一級。アイシャがステレオタイプのアフリカ移民ではなく、アナ・ディオプによって洗練された現代的女性として描かれているのが新鮮だ。何より目新しいのはアイシャを迎える白人一家の描写だろう。ここ数年、黒人を酷使する白人富裕層は高慢な悪役と相場が決まっていたが、決して一面的な人物ではなく、彼らは疲弊しきっている。分断と対立、そして経済的混乱を経てかつての搾取する側だった人々も今やどうにも立ち行かず、ここにはアメリカンドリームという言葉すらないのだ。ホラーが時代を映すジャンルなら、『ナニー』は的確に2022年を批評していると言っていいだろう。


『ナニー』22・米
監督 ニキヤトゥ・ジュース
出演 アナ・ディオプ、ミシェル・モナハン
 
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