昨夜は、驚きました。
動物園・孫の対応でお疲れでグッスリの11時。
ぐっすり寝てもまだ、今日でした。
突然の携帯緊急通報と揺れ
すぐに収まるだろうと思っていましたが、結構な時間揺れていました
下の居間では、梅ちゃんが動き始めた音がしています。
下手に1階に行っては危険だろうと、2階の部屋で布団をかぶっていました。
揺れが収まってから、居間に行くと梅ちゃんがNHKを観ていました。
『震災も、こんな感じなの?』の質問に
『もっと揺れたよ、しかも何度も』との梅ちゃん。
そう、私は東日本大震災を経験していません。
その時は、地震の少ない中国沿岸部にいました。
その時のこのブログの記事を見ると、出張していたようです。
いつもの無錫出張でネットへのアクセスができず、
夕方会社の戻って知ったのですが、
日本は大変なことになってしまいました。
関東大震災よりも大きな地震だそうです。
今も日本への電話は通じませんが、
太太からは、家族および両家の実家ともども
安否を確認したとのメールが来ました。
ひとまず安心ですが、まだ揺れているようです。
安否と言っても、USJに遊びに行った
長男は、帰りの新幹線で夜を明かすようです。
それもまた悲劇ですが、
もし東京の大学に行っていたら、近くにいるのに
帰れないってことになったのかもしれません。
こんな時は、家族が離れ離れになることが
一番嫌ですね。
太太のメールでは、日本の会社の人事から
安否確認が行われたようです。
業務命令とはいえ、
自分だってはやく家族のもとに帰りたいと思います。
感謝いたします。
<2011年3月11日の記事>
さっきまで、HNK-BSで日本の地震の様子を見ていました。
気仙沼の広範囲の火災の様子、
千葉の石油タンク火災の様子、
北海道の津波被害の様子、
あるいて帰宅する東京の会社員の様子・・・
見ていてこれが祖国かと思わせる悲惨な状況です。
昨日までいがみ合っていた与野党も
一致して復興にあたるようです。
当然でしょう。
太太からのメールの一報は、
「半世紀生きてきて、初めての揺れです」
でした。
NHKでは、午後11時にも強い揺れがあったとのこと。
まだまだ安心できません。
遠く離れた中国昆山から
早く治まることを祈るばかりです。
<2011年3月12日の記事>
この時の、10年前の余震だろうとの発表がありました。
地球時間と人間時間の差を感じます。
あれから9時間、明るくなってから被害の状況が報道されてきています。
100万に近い家屋で停電が起きていると報道もあります。
とりあえず、二人のノブマサビッチ君にはLINEで安否を確認し、
ひとりからは帰ってきました。
つい最近スマホデビューの梅ちゃんもLINEで確認したようです。
あの頃は、メールでしたが、今はいろいろな通信手段があります。
携帯電波が飛んでさえいれば、確認しあえる時代になりました。
次は、優先の電源を必要とする基地局をどうするかが緊急の課題でしょう。
母は?
これから実家に行ってきます
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます