火曜日午後8時からのNHKテレビ「歌謡コンサート」は大好きな番組です。
特に今夜は、僕がいつもカラオケで歌う細川たかしと前川清が出ていました。
細川たかしの「望郷じょんがら」は、何を隠そう僕の十八番です(???)。
津軽三味線も、いいですね~。 聴いていると、なにか、切なさに心を打たれます。
前川清(クールファイブ)の「そして神戸」は、それ以上の僕の十八番です。
1972年(昭和47年)に出た曲ですが、カラオケ好きの僕がこれまで歌った中で、
もっとも多く歌ったのが、「そして神戸」であることは間違いのないところです。
それほど、この歌に魅せられていたのです。
歌が出てから20数年経った時、阪神淡路大震災が起こりました。
その後、この歌は神戸への鎮魂歌となりました。
今日の「歌謡コンサートは」細川たかしと前川清が、
それぞれ、東北の歌と、神戸の歌を歌ったわけです。
きょう1月17日。
あの阪神淡路大震災から、17年が経ちました…
17年間保存してきた震災当時の新聞を見てみます。
1995年1月17日(地震当日)の夕刊
同じ1月17日夕刊の社会面。
高速道路が途中で折れて、バスが落ちかけている写真などもありました。
翌18日(水)朝刊。
地震発生から半日が過ぎても燃え続ける神戸市街。
1月18日夕刊。
激しい地震で家が倒れ、焼け野原になった神戸市街。
1月19日(木)朝刊。災害の全貌が、徐々に明らかになってきました。
写真は、活断層が動き、地表に生じた亀裂が一直線に延びたさま。
1月19日夕刊。
19日になっても、三宮中心街の高層ビルで火災が発生しました。
(写真は、煙に包まれる高層ビル)
救助に当たった自衛隊や機動隊は、生存可能者を優先しました。
生き埋めになった遺体の捜索・搬出まで手が回らないので、
それらを、地元住民の手で行なった地域も少なくなかったそうです。
1月20日(金)の朝刊。
写真は、倒壊したビルの中から57時間ぶりに救出された子ども。
この9歳の男児は、救出の瞬間「まぶしい」とつぶやいたそうです。
新幹線の新大阪~京都間は、この日から運転が再開されました。
1月21日(土)朝刊。
当初、震度6と発表されていましたが、気象庁の詳しい調べで、
神戸の三宮地区と淡路島北部は震度7だったと判定されました。
昭和24年に震度7の震度階が設けられて以来、実際に
震度7が確認されたのは、これが観測史上初めてということでした。
(16年後の去年3月、東日本大震災の時の宮城県も震度7でした)
1月24日(火)朝刊。震災から1週間が経った。
死者はついに5,000人を超えたと報じられた。
(この震災で亡くなられた方は、最終的には6434人でした)