三保の松原から、静岡駅に向かっている時に、そういえばこの日、ほとんどご飯を食べていない私達はさすがにお腹が空いていて、Iさんの提案で、「うなぎ」を食べて行こうということになりました。
テイクアウトは営業していましたが、お店は5時からとのことでした。
しばし、無言で食べる私達。
最後まで、しっかり旅のプロデュースをしてくれました。
みこちゃんが三峯神社に行った時に撮った写真です。
Iさんお勧めの鰻屋さんは、私達三人が朝から行っていた、静岡浅間神社の前にある「かがり火」さんでした。
テイクアウトは営業していましたが、お店は5時からとのことでした。
5時まで、30分くらい時間があったので、私達は参道の商店街にまた行くことになったのですが、やっぱり閉まっているお店が多かったです。
5時になって、お店に入ると私達ともう1人男性の方で満員になっていました。
アクリル板を置いていたりするのでそうなるのかもしれませんね。
お店の方が五人前の鰻を焼いていて、5時半前に目の前に現れた鰻重です。
しばし、無言で食べる私達。
とても、美味しくて満足しました。
食べ終わり、車で静岡駅に向かう途中、Iさんのお勧めのおでんの青葉横丁にも、行ってくれました。
もう、だいぶ暗くなっていましたね。
最後まで、しっかり旅のプロデュースをしてくれました。
静岡駅に着いて、私とSさんは東海道で、Iさんとみこちゃんは、新幹線で帰りました。
私が家に着いたのは、10時くらいで一番遅かったと思います。
夫と別の家になっているので、その点は楽になりました。
そして、次の日に神様達と話したことです。
始めに話してきたのは、カラツの神でした。
昨日は、私も行っていましたよ。
カラツの神です。
みんな楽しそうでしたね。
テラ(地球)の未来は、つまらないことになって欲しくないので、M子さんに伝えていきたいと神達も言っていました。
秋分の日に、太陽が並ぶ日に、七面山に登ったK(会長)さんは、一生の宝になったと思いますよ。
前日の雷は、ゼウスのせいですけどね。
台風も禊いでくれて、前日もゼウスが禊いでくれたから、あの富士山のご来光になったのですよ。
元はと言えば、半年前に言っていたことですが、みんなで行ってくれたから良かったのですよ。
知多半島の荒熊の神が話したいそうです。
荒熊の神だ。
昨日は、私達も行っていたよ。
霊峰富士の美しい御来光は、神達も感動して見ていたよ。
Kは、コロナ禍で、よく登ってくれたな。
M子達が行った杉の木は、神達が集合していたよ。
宇宙からも来ていたよ。
良かったな。Iは全部揃ったのだろう。
利他の心で、ありがとう。
Iさんは、レイラインの場所の最後の一つを今回廻って、全部が揃ったということになりました。
彼と出会って6年の中で私が行っていないのは、元伊勢と大山(だいせん)ですね。
Iさんは、ニギハヤヒの分け御霊だと最初から聞いていますが、そのニギハヤヒが話してきました。
私の話では、ニギハヤヒはセナの神と言っていましたが、スサノオノミコトが「サン」という名前になった時に「レイ」という名前になっています。
セナの神だ。レイとも言う。
昨日は、ありがとう。
Iは私の分け御霊だからな。
全部揃ったので、テストに合格だよ。
テストは、一番最後の場所になったということだな。
レイラインの秋分の日のあの瞬間が12時だったのも、大きな意味があるのだよ。
M子は、いい仲間がいて良かったな。
いくも、ずっと一緒だったよ。
🐷 わんわん!
このタイミングに、ブログを読んで下さっている方達にお知らせしようと思います。
ずっと、一緒にいろいろなところに行っていたいくちゃんが、8月6日に亡くなりました。
享年61歳で、本当に早過ぎる死に私達仲間もかなりショックを受けていました。
みんなで水戸に行った4月25日には、まだ元気だったのに、その後に変調があり、病院で検査をした5月末には余命3ヶ月と言われるとは思いませんでした。
それを知ってから、なんとか出来ないかといろいろやっていましたが、本当に珍しい1%しか掛からない癌は、スゴい速さでいくちゃんを連れて行ってしまいました。
秋分の日くらいが丁度四十九日のタイミングでもありました。
故郷の青森に行ったのも、次の日でしたからね。
ニギハヤヒがいくも一緒だったと言っていましたが、感じる人達はそれを思っていたようです。
Iさんが、「うなぎ」と言ったのも、いくちゃんが好きだったからです。
そして、いくちゃんが話してきました。
いくです。
一昨日から、一緒にいたよ。
みんな感じていたみたいね。
いつも楽しかったから、また行く時は一緒に行くね。
「うなぎ」も美味しかったし、楽しかったよ。
ねーさんがやっぱり中心なのだから、これからも体に気をつけてね。
うん。ありがとう。
青森に行ったんだね。
青森に行くよ。
魂は菩薩界にいるから、呼んでくれればいいみたいよ。
わかった。またね。
いくちゃんについては、ノート一冊分くらい話していました。
亡くなってすぐに菩薩界に行く話も聞いていました。
だから、また一緒に旅は出来るのだと思います。
グループのアルバムに、いくちゃんの写真を集めたら500枚近くになっていました。
大体が、私とみこちゃんと三人の写真が多いのですが、彼女はかわいらしく絵になるので、1人の写真を集めてみました。
みこちゃんが三峯神社に行った時に撮った写真です。
いくちゃん、今までありがとう。
これからもよろしくね。
いくさんも、菩薩界におられるようで、これからの活躍がなされることしょう。皆様を後押ししていただけることと思います。信じていますが、菩薩界のことをお聞きして、本当にうれしかった。
またお会いできる日を心から願っています。
身体にきをつけて。
そんなに早く旅立たれたなんて
とても
寂しいですね。まだまだお若いのに…
命って儚い。
亡くなられても
お話ができるのは悲しいけど
すくわれますね。
いくちゃんさんとは一度しかお会いしていませんが、
笑顔がチャーミングで人を包み込むような優しさがとても素敵な方でした。
今はとても寂しいですが、菩薩界から皆さんを見守っていただいていると思うとうれしいです。
そんなに早く病魔が進行するとは…
いくさんが神様と一緒に皆さんの旅路を見守られていたという話に胸がジーンとしました。
きっとこれからもお仲間として菩薩界から見守っておられるのでしょうね。
いくちゃん、ありがとう。
美人薄命を地で行くなんて、格好よすぎだよ!
菩薩界リポートを楽しみに待っています!
あなたの笑顔は永遠に不滅です。色々ありがとー💗
退院したばかりの母も、
「あのカラカラ笑う方でしょ?」と覚えていました😊
笑いに溢れた思い出しかないって、すごいです❤️
コメント、ありがとうございます。
半年前に教えていただいたことを、秋分の日に完結することが出来て、本当に良かったと思います。
菩薩界の話は、たまに出てきますが、神様達が言うには、生きていることが一番の修行になるのだそうです。
だから、霊界で修行はナンセンスなので、楽しい菩薩界に行ってもらって、物足りなかったら生まれ変わるか神界に行くか二者択一が分かりやすいと言っていましたよ。
今、同じ時に生きているということが、やっぱり奇跡で、私はブログをやっていて良かったと思います。