殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

人手不足

2019年04月08日 09時45分58秒 | 選挙うぐいす日記

亥年は、選挙が多い年として知られている。

4年に一度の衆議院選があり

同じく4年任期の知事選、県議選、市長選、市議選が行われる所が多く

任期が6年の参議院選も巡ってくる。

12年に一度、選挙が集中するのだ。

 よって選挙に必要なウグイス業界にも、12年ぶりの繁忙期が訪れている。

今はまさにその只中で、ウグイスは引っ張りダコ。

 

けれども近年、ウグイス人口はめっきり減少したようである。

人一倍の体力と、人二倍の気遣い

そして人三倍の機転を求められる仕事ではあるものの

しょせんは短期で不安定なバイトに過ぎない。

4年に一度の市議選しかやらない私にまでオファーが来るぐらいだから

よっぽど人手不足なんだと思う。

 

が、行かない。

だって、しんどいんだもん。

昨年やった市議選で、痛感した。

加齢による気力、体力の衰えもそうだが

5人家族で姑仕えの主婦がウグイスをやるって

どんなに工夫しても厳しさは変わらない。

 

お断りした依頼の中に

私が専属でウグイスをやっている市議君からのものがあった。

少し離れた土地の市議選だ。

その市の中心部からは離れているが、出馬する市議の地盤はド田舎で

地図上では私の住む町からわりと近く、30分ほどで行ける。

 

市議君の話によると、彼はその市議と親しいらしい。

専属だったウグイスさんが病気になり、来週から選挙戦だというのに

どこをあたってもウグイスは予約でいっぱい。

どうしても見つからないので、私に頼んでみることにしたそうだ。

 

どうしてもウグイスが見つからない理由、私にはわかる。

その市議の地盤は、ひなびた田舎。

しかも長年、専属のウグイスが付いていた。

ということは、万象繰り合わせて駆けつけたとしても

次に繋がらない可能性大。

ウグイスが集まらないのは当然なのだ。

 

なぜなら田舎って、当然ながら人口が少ないので

出陣式や激励に大物は来ない。

大物は、有権者の多い都会の選挙に顔を出すからだ。

よって、大物とお近づきになるチャンスは無く

多くの人に顔を売ることも無いため、仕事の発展が望めないのだ。

つまり、同じやるなら都会がいい。

 

さらに、専属ウグイスというのも良し悪し。

病気になった専属が元気になれば、一回こっきりの使い捨てだ。

しかも何につけ専属と比較されたり、わけわからん田舎爺やに口出しされたり

ストレスが多い可能性もある。

 

それに、右も左もわからない初出馬ならいざ知らず

複数期の経験がありながらウグイスを捕まえ損ねたとあらば

脇の甘さは否めない。

町の未来を考えるのが議員の仕事である。

自分の未来‥つまり万一のことが起きた場合を想定していないようでは

候補の能力も陣営の質も推して知るべし。

他を断ってでも馳せ参じるほどの価値は見あたらず

避けた方が無難といえよう。

 

これらの打算が一瞬で頭に浮かぶのが、ウグイスという生物である。

だから土壇場で、ウグイスのなり手が無いのだ。

 

一方の私は次に繋げる気ゼロで、田舎好き。

暑くも寒くもない季節、近場で短期も好き。

私の好みを知っているから連絡したと、市議君は言う。

市議君に専属するもう一人のウグイス、ナミちゃんは

すでに都市部の選挙戦に駆り出されて体が空かないそうだ。

 

困っている人がいて、私でどうにかなるものなら

お役に立ちたい。

どこよりも高値で私を雇ってくれる市議君の顔も立てたい。

が、やっぱり断った。

しんどいんだもん。

 

「ナミちゃんがダメなら、美香子さんは?」

私はせめて別のウグイスを紹介しようと考え

8年前の県議選で一緒だった子の名前を出した。

マトモなのは出払って、この子しか残っていない。

 

住まいが市議君の近所なので、二人は顔見知りである。

美香子はウグイスの仕事が大好き。

旦那は単身赴任、二人の女の子は中学生と高校生ぐらいのはずなので

声がかかれば飛んで行くに違いない。

 

ただ問題は、ウグイスとしての長所が見当たらないことだ。

声がしゃがれていて、長持ちしない。

外見は地味で暗く、華やかという位置の対極にいる。

性格だけでも適合していれば、どうにかなったかもしれないが

これが生意気で興奮しやすく、謙虚のカケラも無い。

8年前の県議選では、自分の選挙ができないと言い出して

選挙カーから降ろしてくれと泣きわめき、勘違いぶりを披露した猛者である。

 

要するに向かないのでお呼びがかからないため、経験が積めない。

いつまでも初心者のまま

自分は誰よりもうまいと思い込んで年を重ねている。

 

けれども彼女は、私が持っていないものを持っている。

やる気というやつである。

市議君の選挙で、幾度となく美香子の家の前を通った。

その度に直立不動で我々一行を出迎え、最敬礼で見送る。

「使ってください」のアピールだと思う。

あのキラキラしたやる気には、かなわない。

 

「姐さん、美香子さんは勘弁してください」

「あ、やっぱり?」

「他人の選挙だから誰でもいいってわけにはいきませんよ」

「まあねえ‥」

「じゃあ姐さん、今回は諦めますから

3年後の僕の選挙は必ずやってくださいよ!

絶対ですよ!約束しましたからね!」

 

市議君の次の選挙には美香子を押し付け、私は引退しようと目論んでいたが

市議君、美香子のことをわかっている様子。

ついでに私が足を洗おうとしていることも、見抜かれていたようだ。

3年後のために、体力作りでも始めるしかなさそう。

トホホ。

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ウグイス養成物語・14

2018年12月31日 21時24分21秒 | 選挙うぐいす日記
若い人は笑うだろうが、その昔、最終日の「泣き」は

同情票を誘うための手段として重く扱われていた。

泣きを入れるのは決定事項だったので、各陣営は仰々しく

泣きの開始時間を検討したものだ。

その決定権は参謀か後援会長、または権力者か功労者に与えられる。

うちの義父アツシも腕組みにしかめ面で、「5時25分」などと言い渡していた。

時刻が細かいのは選挙のクロウトを装うための、いかにもアツシらしい小技である。


今は、泣いたぐらいじゃ票は増えない。

緊迫した一騎打ちなら、泣くことがあるかもしれないが

そもそも有権者の4割が投票に行かない時代だ。

民心はクールでライトな方向へと移行した。

お涙ちょうだいのエンターテイメントを望んでいないのだ。

ウグイスの泣きは、もはや時代遅れと言えよう。


「今回の雰囲気は、泣きに向いてないと思うんだけど」

「俺もそう思う」

皆に聞こえるように言うよっちゃんと私。

一人、反対するのはナミちゃん。

「姐さんの泣き、聞きたいですぅ!

私にはできないので、楽しみにしてたんですよ!」

人をおだてて泣かせておいて、自分はお手振りをするつもりじゃな。

そうはいくか。


「今回は多分、どこのウグイスも泣きを入れないよ」

「‥何でわかるんです‥か?」

「落選する人が決まっとるけんよ」

「え?決まってるんですか?」

「あんた、そういうこと、何も考えないの?」

「はい!」

元気に返事をするナミちゃんを放置し

「じゃ、今回、泣きは入れないってことで」

「張り切って明るく行こう!」

我々はそう決める。

最初から決めていたが、ここで決めたことにする。


「泣きはやらないんだって‥」

「今回は無しですって‥」

真剣に反応し、口々にささやく支持者の皆さん。

歪み腐った私には、その素直な心が栄養ドリンクなのさ。


いつもそうだが、なぜか最終日は時間が経つのが早い。

ふと気がつけば日暮れ、また気がつけば真っ暗になっている。

ランナーズハイというのか、トランス状態というのか

時間の流れが変わるような気がする。


夜の8時が近づき、選挙カーは事務所に帰る。

ウグイスに花道があるとしたら

最後の「入り」は、その一つである。

私はこれをナミちゃんに任せた。


「え?え?私、やったことありません‥

ここは姐さんでないと‥」

「ナミちゃんならできるよ。

チームじゃ、やらせてもらえないんでしょ?」

「それはそうですけど‥でも‥」

「せっかくなんだから、ここで練習して帰りなさいよ」

「え?でも‥」

往生際が悪いわりには、難なくこなすナミちゃんであった。


こうして選挙戦は終わった。

選挙カーの私物を片付けながら、ナミちゃんは言う。

「みんな、これだけ頑張ったんですから

得票はきっと増えてますよね!

「は?」

「何位でしょうか‥トップは難しいとして、3位ぐらいだといいですね!」

「何言うとんの?キミ」

「違うんですか?」


私は声をひそめて耳打ちする。

「頻差でビリ争いよ‥最初からわかっとるんよ」

「え〜!嘘でしょう?」

「声が大きい‥本当よ。

初日に候補のお姉ちゃんが泣いとったでしょうが。

ただ心配で泣いたんじゃないんよ。

本当に危ないんよ」

「信じられません‥

候補はあんなに一生懸命、戦われたのに」

「一生懸命だけじゃあ越えられん山は、たくさんあるんよ」

「前回が下がってたので、私、今度は絶対にV字回復だとばっかり‥」

「そんなに甘くないわいね」

「候補はちゃんとお仕事なさっているのに、何がいけないんでしょうか‥」

「ちゃんと仕事するけんよ。

陳情をちゃんと聞いて真面目に取り組んだら、敵が増えるもんよ。

あと、いつまでも独身というのもかなり不利」

「お嫁さん、来ないんでしょうか。

前回、彼女がいたでしょう、てっきり結婚するとばっかり‥」

「ナミちゃんが結婚するとして

要介護の両親と出戻りの姉がいる市会議員を選ぶ?」

「‥苦労するの、わかってますよね‥

でもご両親もお姉ちゃんもすごくいい人だし、いい家族ですよね」

「いい人だから、いけない。

あの家族愛の中へ入り込むのは、案外難しいよ。

あんた、候補と結婚する気無い?

選挙期間中だけでいいんだけど」

ナミちゃんの養成どころか、花嫁になれと要請する私。

「え〜?」

まんざらでもなさそうなナミちゃん。

バカバカしくなったので帰った。



翌日は投開票日。

夜7時、事務所へ行ってナミちゃんとおしゃべりしながら

支持者の人々と結果を待つ。

候補の天敵M氏は、上位ではやばやと当選した。


候補の票は伸びなかった。

やはり頻差でビリ争いのあげく、後ろから数えた方が早い順位に終わった。

初当選から大きく票を落とした前回より、さらに少ない。

候補は非常に残念そうだった。


この選挙が終わったら引退する‥

私の心づもりを知ってか知らずか、当選が決まると候補は即、言った。

「姐さん、次もお願いします!」

その勢いに呑まれ、うっかりハイと言ってしまった。

不覚だった。

《完》




今年もお世話になりました。

ご訪問くださった皆様、コメントをくださった皆様

本当にありがとうございました。

良い年をお迎えください。
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ウグイス養成物語・13

2018年12月30日 16時06分27秒 | 選挙うぐいす日記
再びしゃべれなくなった、いや、しゃべらなくなったナミちゃん。

が、この2〜3日、彼女が少しは仕事をしてくれたので

私のコンディションはキープされており、密かに安堵した。


疲れてくるとキーが下がり、声にわずかなカスレが混じる。

クリアな声質が維持できなくなるのだ。

人には気づかれなくても、自分は気づく。

キーを上げようと力を入れていたら無理がきて、声が“くぐもる”ようになる。


くぐもるとは

「マイクで何か言ってるみたいだけど、声が通らないから聞き取れない」

という状態だ。

にわかに命令されてシブシブ原稿を読む

町内放送の男性やおばさんを想像してもらいたい。


疲労、あるいは加齢でこうなってしまうと、ウグイスとしての値打ちは無い。

「お婆さんがやってるので、大目に見てね」

これでは許されないのだ。

人は許しても、私は自分を許せない。

ギャラをいただくからだ。


昔は真剣や懸命の証として、ウグイスが声を枯らすと喜ぶ有権者もいたが

投票に行く人が少ない現代は、そんなに甘くない。

今は昔と違って情報が豊富だ。

テレビでアナウンサーの美しい声を聞き慣れた、有権者の耳は肥えている。

コンディションを保つ技術の無い、にわかウグイス‥

つまり安く雇える女をかき集めるしかなかったと思われるのは

候補にとって恥ずかしいことなのだ。

声を保つため、自身と相棒のコントロールは大切である。


しかしその後、ナミちゃんに復活の兆しが‥。

師匠から連絡があったのだ。

「候補のM氏から、“もう眠たくなるようなウグイスはやめてくれ”

と言われて落ち込んでいる」

という内容だと、ナミちゃんから発表があった。


「あの人も焦っているんでしょう‥うちのウグイスが欲しいはずですよ」

候補は言い、これを聞いたナミちゃんは発奮なさったのだ。

彼女が師匠を超えた瞬間だったのかもしれない。

「私、頑張ります!」


何度目かの頑張る宣言をしたナミちゃん、相変わらず長持ちはしないが

時折、神がかったアナウンスをするようになった。

「皆さ〜ん!この声、届いてますか〜?」

広い所でこれをやると、澄んだ声がよく響く。

「この声、届きましたら、ご声援をお願いいたします〜!」

ズバ抜けて美しい声でなければ、おこがましくてできない神業である。

私には無理。


「おお!神、降臨!」

候補と私は手を打って大喜び。

「どうだ!これができるウグイスが、よそにいるかってんだ!」

自分のことでもないのに鼻高々でつぶやく私に

「僕は姐さんの毒とリズム感、韻を踏むラップみたいなのも好きですからね」

候補は気を使って、年寄りへの配慮を付け加えるのだった。



選挙戦は最終日を迎えた。

最終日の運転は、経験と実力のあるドライバーが担当する場合が多い。

選挙区内の道路を知り尽くし、支持者の住まいを知り尽くし

ウグイスの特性を知り尽くすという三拍子揃ったドライバーが望ましい。


支持者の近くで、車のタイヤを道路へにじりつけるようにゆっくり進め

ウグイスのセリフに調子を合わせて見せ場、いや、聞かせ場を演出するのは

感性が鋭く、腕の良いドライバーでなければ難しい。

また、こういう人は候補やウグイスを笑わせるユーモアも備えているため

疲労が少ない。


一日中車に揺られていると、ドライバーの実力がよくわかる。

狭い所へ入れるからうまい‥道を知っているからえらい‥

そういう世界ではない。

運転は人柄なのだ。



その日のドライバーは私の古い選挙馴染み、よっちゃん。

60代後半の、頭がゆで卵のようにピカピカしているおじさんだ。

お互いに腹のうちがわかる、ツーカーの間柄である。


最終日の朝は、選挙カーの出発を見送る支持者が増える。

今日が最後とあって、多勢が何か起こることを期待するものだ。

そこでよっちゃんと私は、事務所で神妙に打ち合わせを始める。

テーマは「泣きを入れるか否か」「入れるとしたら何時か」である。


これは、ほんの小さなサービスのようなもの。

泣きに関することは、選挙に詳しくない支持者にもわかりやすい。

密談に参加し、秘密を共有したような気分になるので年配者は喜ぶ。

本当の密談は候補を交えて、選挙カーの中でやる。

《続く》
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ウグイス養成物語・12

2018年12月29日 21時24分41秒 | 選挙うぐいす日記
票固めの衝撃を境に、ナミちゃんはいくらか柔軟になった。

軟化を感じて初めてわかったが

彼女は今まで、素直で優しい仮面をかぶっていたようだ。

仮面の裏にはウグイスチームで叩き込まれた

プロの誇りがあった。

都会で代議士のウグイスを務めるチームの一員である誇りや

どこのプロにも負けない、たくさんのセリフを共有するチームとしての誇りだ。

とてもじゃないが、田舎のおばさんの言うことなんて聞いちゃいられない。


同じウエートで、師匠の手先として他人からセリフを盗む使命がある。

尊敬してやまない師匠に喜んでもらうためには

できるだけしゃべらず、お手振りに回るのが賢明。

多くのセリフを書き留めなければならないため

とてもじゃないが、仕事なんかしちゃいられない。


どんな選挙に参加しても、使命は同じだ。

彼女が選挙カーに持ち込んだノートは、やたら大きくて表紙が硬い。

車が揺れると手元も揺れるため、長く書き続けるには

小さいメモ帳より大きいノートが向いており

表紙が硬いのは、下敷き代わりになって手元が安定するからだ。

筆記用具はマジックペン。

車が振動してもボールペンより書きやすい。

これらが、手慣れた習慣を物語っている。


誰よりも高いプライドを持ちながら、師匠の犬として生きるギャップが

ナミちゃんを構成しているように思う。

それに気づかれないため‥

あるいは本人すら気づいてないフシがあるが‥

素直にハイハイ、優しくニコニコ、あとはやんやの喝采

この手でやり過ごすうち、どこかでその方が楽なのを覚えてしまった。

ウグイスチームという女の園で育った、お手振りモンスター

それがナミちゃんであった。


どうにかナミちゃんを理解できるようになった頃

彼女の仕事ぶりは目に見えてマシになり

私との労働割合は20対1から10対1くらいになった。

しかし選挙の方も、終盤になっている。

どんな問題でもたいていそうだが、ちゃんとわかってきた頃に終わるものだ。


今回、候補は早くから危ないとささやかれていた。

冷やかしで立候補した人が落選人数の分だけいたので、落選はまぬがれそうだが

初当選から大きく票を落とした前回よりも

さらに票を減らすことは、ほぼ確定だった。


長くなるので詳しい説明は省くが

これには最初に紹介した市議仲間、M氏が関与している。

仕事上のことで、同じ会派の同志であるM氏に頼まれ

候補を含む会派の数人が、惜しみない協力をしたまでは良かった。

けれどもその協力は、M氏の心変わりによって無駄になったばかりか

それぞれの支持者に多少の影響を及ぼしてしまった。

M氏がかけたハシゴに登ったら、そのハシゴをM氏が外した‥

候補たちはそうとらえて激怒している。


第三者の私から見ると、話はまた別。

ハシゴを登った数人は、確たる後ろ盾を持つ1名を除き

どちらかといえば地味で、あまり人気の無いメンバー。

田舎の市議で人気が無いとは、人あしらいが下手な人物を指す。

もちろんこの中に、候補も入っている。


M氏の裏切りで揺らぐ程度の支持であれば、それは本当の支持ではない。

親戚友人の他は、浮動票頼りの心もとない選挙をしてきたに過ぎない。

他人事だから言えるのだが、彼らはM氏の糾弾よりも

確実な支持者を増やそうと考える方が合理的である。

心理的に難しい作業だが、そちらに転換しないうちは低迷を続けるだろう。


今回、そのM氏のウグイスをナミちゃんの師匠が務めているため

候補の心中は穏やかではない。

M氏の選車とすれ違う時、我々ウグイスがエールを送り合うことを

候補は禁じた。


M氏の選車も同じ措置を決めたらしく、狭い道で離合する時は

候補もM氏もお互いにそっぽを向き、双方のウグイスは無言。

一触即発のスリリングな雰囲気が漂う。

大好きな師匠と手を振りあってキャーキャー言えないナミちゃんは

とても残念そうだ。


あまりに残念だからか、それとも無言のスリルに緊張したからか

離合が終わって走り出した時、ナミちゃんはやっちまった。

「こちらはMでございます」

絶対に間違えてはいけない天敵の名前を言ってしまったのだ。

速攻、誰もいない夕方の畑に向かい

「ありがとうございます!」と叫んで手を振る私。

むなしい。


必死に謝るナミちゃん‥

気にすることはないと慰める候補と私‥

しかしこれが原因で、ナミちゃんは再びしゃべれなくなった。

失敗の精神的ダメージなのか、これをチャンスととらえたのかは

誰にもわからないが、元の木阿弥になったことは確かだ。

《続く》
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ウグイス養成物語・11

2018年12月28日 14時00分44秒 | 選挙うぐいす日記
今回も選挙事務所に、ある人物が現れた。

高校時代の恩師、O先生である。

男子の体育を受け持っていたが、授業の内容によっては女子にも教えることがあった。

その教育方針はスパルタで、いつもふざけていた私は

「みりこん!腕立て30回〜!」

と、しょっちゅう怒られていた。


候補の近所に住んでいる支持者で

前回、前々回の選挙でも何度か見かけたが

恐怖の腕立て先生に声をかける気は起きず黙っていた。

しかし年のせいか、今回はうっかりつぶやいてしまった。

「あ、先生だ‥」


それを耳にしたのが候補のお姉ちゃん。

さっそくO先生を引っ張って来て、再会の羽目に陥る。

40年ぶりの先生は80才を越えているそうで

髪は薄くなっているものの、昔と変わらぬイケメンのお爺さんだ。


「どんな生徒だったんですか?」

私の横に張り付いて、O先生にたずねるナミちゃん。

父兄か。

「背がスラッと高くてね、バレーやバスケットがうまかったんですよ」

先生は答える。

「罰の腕立て伏せばっかりさせられてた」

と言うと、はははと笑ってごまかす。


あちらは先生たちの消息、こちらは同級生の消息を伝え合い

話は当時教頭だったT先生に及ぶ。

「何年か前に奥さんが亡くなられてねえ」

「え〜?優しい方だったのに残念!」

「奥さんを知ってるの?」

「20年くらい前だったか、T先生が立候補された時

ウグイスをやらせていただいたんです。

奥様に良くしていただきました」

「へえ〜!そうだったの!あの頃からウグイスをやってるんだね」


「ええっ?!」

ここで叫んだのはナミちゃん。

「姐さん、そんなに長いんですか?」

「もっと前からよ」

「え〜?私、全然知りませんでした!」

「年月が長いだけで、回数は少ないのよ」

「そんなことないです!

教頭先生に頼まれてウグイスなんて、話がすご過ぎます!」

「違うよ‥依頼が来たら、たまたま教頭だったのよ」

「姐さん、謙遜し過ぎです。

Oセンセ、姐さんはいつもこんなふうなんですよ。

わたしゃシロウトだとか、あんたの方がうまいと言って私をだますんです」

何言いつけてんだ‥ナミめ。

腕立て30回だ!


それにつけても、私は改めて驚いた。

ナミちゃんが本当に聞きたいのは、戦歴や自慢話らしい。

この道何年‥あの人の選挙もやった‥この人の所も参加した‥

そんなことを聞いて、何が面白いというのだ。


いや、ナミちゃんが所属するプロのウグイスチームでは

きっと大切なことなんだろう。

強気の者は経験をかざして君臨し、ナミちゃんのように弱気の者は

それをおだてる役に回って安全を確保する。

この場合の安全とは、いじめられないように立ち回るのもあるが

やんやとおだててさえいれば相手が働いてくれるので

自分はサボれるという意味合いが大きい。

ここまで徹底しているからには、やはりナミちゃんはプロと言えよう。


「多くの候補者が本当に言って欲しいのは、古い町名」

ナミちゃんは私の言った言葉に衝撃を受けていたらしい。

さらにはO先生の出現により、私の過去の一部が露見したことで

その後の彼女は大きな変化を見せた。

つまりやっとこさ、師匠でなく私の言うことを

聞いてみようかという気になった様子である。


「ウグイスの本当の役割って、何なんですかね‥」

ナミちゃんは真剣にたずねる。

その言葉は4年前に聞きたかったぞ。


「票固め」

私は答える。

「え〜?それだけですか?

候補の代わりにしゃべって、一票でも多く集まるように

有権者にお願いするとかじゃないんですか?」

「それは票集め。

うちの旦那がよく言ってるわ。

ウグイスが鳴いても票は取れんって。

自分の声で票を集めようなんて甘いんだってさ。

ウグイスは票集めじゃなくて、票固めのために雇われてんの」

「衝撃ですぅ!私は票集めだと教わりましたから‥」

「ウグイスがおこがましくも候補に代わって、票を取れるわけないじゃん。

ほぼ固まりかけてる票をしっかり固めるのが、うちらの仕事よ」

「コンセプトが違うんですね‥」

「真逆だね」

「票固めに必要なセリフって何ですか?」

「名前と、声援に対するお礼」

「それだけ?」

「それだけ。

でも名前とお礼だけじゃあ間が持たないから、尾ひれをつける」

「やっぱりチームと逆です。

私はまずセリフありきと教わってきました。

ウグイスの仕事が票固めの一言で終わるなんて、考えたこともなかったんです」

「いろんな流儀があっていいんじゃないの?」

「やっぱり衝撃‥」

「衝撃はいいから、もっとしゃべってよね」

「あまりの衝撃に、ちょっと‥」

「衝撃は家に帰ってから、ゆっくり受けておくれ」


それからのナミちゃんは、さらにしゃべるようになった。

票は集めるのではなく、固めればいいのを知り

プレッシャーから開放されたことが大きかったように思う。

《続く》
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ウグイス養成物語・10

2018年12月26日 16時34分39秒 | 選挙うぐいす日記
「姐さん!すごいです!」

翌朝、私の顔を見るなり駆け寄るナミちゃん。

「昨日の夜、師匠から電話がかかったので

ドキドキしながら話してみたんです。

みりこんさんが師匠のことを

“垢抜けて洗練されていらっしゃる”と言ってましたよって。

もう、師匠、大喜び!

“えっ?んまあ!ホホホ”って、ものすごく嬉しそうでした!」

「でしょ?」

「師匠があんなに喜んだのは初めてです!

これが言葉の効果なんですね!」


丸っこい女性って「優しそう」とか「いい人そう」とは

よく言われる。

でも本人が言われて最高に嬉しいのは、「垢抜け」と「洗練」。

一番遠い所にあるからだ。


師匠にチクられたら困るので、ナミちゃんに詳しい説明はしないが

垢抜けと洗練の門は狭い。

多くの場合、その対象者は頭と顔が小さくて身体の細い人

つまりプロポーションの良い人物に絞られる。

さらにその人物が、おしゃれで美しいと認められた際に与えられる称号だ。

この栄誉をダイエットの努力無しに受け取れるのだから

嬉しくないはずがない。

一ぺん言われたら、生涯忘れないだろう。

それを伝えたナミちゃんも、今後はいっそう可愛がられるはずだ。

世の中を明るくする秘訣である。


これは夫の浮気でヒントを得た。

「ザンネンに美人と言えば、すぐ落ちる」

彼の座右の銘だ。


さて昼間の町を流しているとよくわかるが、年配の女性が非常に多い。

その人たちに本当のこと‥つまり「お婆ちゃん」と呼びかけるのはさすがに控えるが

親しみを込めて「お母さん」や「お母様」と呼びかける候補やウグイスは多い。

ナミちゃんもその一人。


「奥様と呼べ!」

私は横でささやく。

「え?どうしてですか?」

「食いつきが違う」

「‥?」


休憩の時、「奥様」の説明を行う。

「お母さん系は、あんた年寄りですねと言うのと同じだし

いつも家族や他人からそう呼ばれて本人はマンネリ。

女はいくつになっても女。

奥様と呼ばれたら、一瞬で女に戻るんよ。

自分も旦那も元気で、子供が小さかった若い頃よ。

呼ばれて嬉しいから、注目度が高くなる。

同じ言うなら、食いつきのいい方がいいじゃん」

「それが言葉の効果なんですね?」

「そうよ、奥様効果よ」


奥様効果は義母ヨシコで学んだ。

ずいぶん前になるが、家の前を通った時

走り出てきたヨシコや近所のおばさんたちに

「奥様、ありがとうございます!」

そう呼びかけたことがあった。


「あの時、奥様って呼んでくれた」

後日、彼女たちは口々に言ったものだ。

老婆は奥様と呼ばれるのを好むらしいと、その時に知った。

彼女たちが欲しいのは、親しみじゃない。

女性としての尊重である。


やがて選挙カーは、私の生まれた町に入った。

私にウグイスとしての腕があるとすれば、ここが見せどころ。


高齢の男女が数人、道端で話し込んでいる。

「おかめ横丁(仮名)の皆様、こちらは◯◯でございます」

昭和まで、そう呼ばれていた地区だ。

古い町名は、50メートルも進まないうちに次々と変わる。

ここで生まれ育った私にしかできない街宣である。

このような古い地名を知っているのは、私たちが最後の世代かもしれない。


今は使われなくなった懐かしい町名を耳にした人々は

いっせいに笑顔で振り返り、手を振る。

つかみはOK。


市会議員は何と言っても地元が有利。

私の生まれたこの町は、候補にとってアウェーだが

知る人ぞ知る昔の地名を言うと距離が縮まることが多い。

好反応に発奮した候補は、車から降りて握手をして回る。


「頑張って!」と言いながら選挙カーを取り囲み、候補の肩をたたく彼らが

投票してくれることはおそらく無い。

それでも、自分たちの住む場所を知っている選挙カーはレアだから

印象に残るはずだ。

印象に残る‥それでいいのだ。

まかり間違えば彼らの第二、あるいは第三の選択肢に入るかもしれないではないか。

その可能性を積み上げていくのも、ウグイスの大切な仕事である。


「おかめ横丁の皆様、本当にありがとうございます。

温かいご声援、◯◯は嬉しゅうございます。

どうか若い◯◯に、おかめ横丁の未来を託してくださいませ。

◯◯は、地域の枠を超えた政治家でございます。

おかめ横丁の皆様とご一緒に歩んでまいります」

とかなんとか言いながら、選挙カーは去る。


「すごい反応でしたね!

昔の町名を言うと、あんなに盛り上がるんですね!

表情が違いましたもん」

「候補者がウグイスに一番言って欲しいのは、昔の町名なんよ」

「こんなこと、私は全然知りませんでした。

誰からも教わったこと無いし‥」

「どの候補者も本音はそうだって、旦那が言ってた」

「そうですよね‥候補ってドライバーには本音を言いますもん」

「女から教わったナミちゃんと、男から教わった私が組んだらバランスが取れて

多分、候補の望む選挙になるんよ」

「そうですっ!」

候補が助手席から振り返って言った。


断っておくが、これらはセリフを言う合間や

候補が握手をするために車外に出た隙に早口でかわす会話だ。

お手振り係はしゃべり放題だが、マイクを持っている方はそうはいかない。

口がペラペラ回るからできる、ウグイス特有の話法かもしれない。

《続く》
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ウグイス養成物語・9

2018年12月23日 11時27分49秒 | 選挙うぐいす日記
出と入りを練習してステップアップ‥

暖かくて家の窓が開いているから、ナミちゃんの女らしく細い声がいい‥

ナミちゃんの納得しそうな理由をつけて

彼女の出番を増やそうと画策するセコい私だった。


そんなある日、国道沿いを走っていたら、例のごとく後ろに車が連なる。

法定速度を守る選挙カーは、常に後続車に気を配らなくてはならない。

路肩に車を寄せ、通り過ぎる車にわびながら

車列が途切れるのを待って再び走り出すのだ。


町外れの道端に、車を寄せられる空き地がある。

「ここらでいつも渋滞してくるんですよね。

毎日停めさせてもらってますけど、迷惑かかってませんかね」

候補が心配する。

選挙には、時々いるのだ。

「私有地に選挙カーを停められて迷惑した」

などと大仰に苦情を言ってくる、よその候補の支持者が。


ご迷惑をおかけ致しました‥申し訳ございません‥

私は後続車に謝り続ける合間、早口で言った。

「大丈夫ですよ、私の土地なので」

「なるほど‥」

候補がつぶやいたのと

「ええっ?!」

ナミちゃんが叫んだのは同時だった。

「今、すごいこと聞いたと思うんですけど」

「何が‥全然」


誰も欲しがらず、せいぜい4年に一回

選挙カーを停車させるくらいしか用途の無い

休眠地の持ち主であることを私は恥じている。

昔、祖父が買ったのが回ってきただけの厄介なシロモノだ。

曲がりなりにも会社経営に携わる者が、1円にもならないどころか

固定資産税の分だけマイナスの持ち物を保有しているなんて

他人ごとなら笑っちゃう自虐物件。


恥をしのんで秘密を明かしたのは

候補を安心させたかったからに他ならない。

彼は、その辺のところをちゃんとわかっている。

けれどもナミちゃんにとっては、大興奮のタネになるらしい。

これも価値観の違いというやつ。


ともあれナミちゃん、ますます私に恭順を示すようになった。

やっぱり今までナメとったんじゃ。

ナミめ。


さて、彼女に選挙カーの出と入りを任せ

前後の安楽を入手した私だったが

夜8時、街宣を終えて事務所に帰った時のセリフには文句をつけた。

「皆様、今日一日、本当にありがとうございました。

「明日もどうかよろしくお願い申し上げます」

そこまではいい。

問題はラスト。

「本日はこれで、マイクを置かせていただきます」


「山口百恵か!」

私は不機嫌につぶやく。

マイクを置くのなんのと言うウグイス、わりといるし

ナミちゃんは先輩たちのセリフを覚えているだけなんだろうが

私はこのセリフ、虫酸が走るほど嫌い。

ナミちゃんが悪いのではなく、個人的な好みの問題。

たまにしかやらない私のようなシロウトと、あちこちで活動するプロの

流派の違いだと思うが、我ながら身勝手なものだ。


これを言うウグイスは、選挙活動が全終了した夜

したり顔で真剣に「マイク納め式」なんてのをやりたがる。

ウグイスという存在に特別な意味を持たせようと

女の浅知恵で行うまじない遊び‥ゾッとする。

こっくりさんじゃあるまいし

てめえらが大袈裟に儀式の真似事なんかして、票が取れるんか‥

何様のつもりじゃ‥

だから女が馬鹿にされるんじゃ‥

ヘソで茶ぁ沸かしやがれ!

と思ってしまうのだ。

ああ、悪い癖。


叱られ慣れているナミちゃん、山口百恵発言にたいそう喜ぶ。

この子の長所は美しいことを始めとして、たくさんあるけど

何か言われても顔や態度に表さず

「でも」や「だって」を言わない所は最大の美点である。

ああ、見習いたいものじゃ。


「もっと色々、教えてください!」

「ナミちゃんの方がずっとうまいんだから

教えることなんてありゃせんよ」

「そんなことありません!

師匠からも、しっかり習ってくるように言われてるんです」

ウグイスチームに持ち帰る土産は多い方がいいらしいのはともかく

ナミちゃん、実力は素晴らしいんだけど

先輩たちの口移しをそのままオウムのように繰り返しているので

耳触りがいいだけで終わっているのが惜しいところ。


教えろ、教えろとうるさいので、とりあえず翌日は

言葉の効果をテーマに活動することにした。

「じゃあ、その前に宿題」

「キャー!」

両手を頬に当てて、嬉しそうなナミちゃん。


「今晩も師匠と電話するんじゃろ?」

「はい、多分します」

「“やっぱり師匠は都会の人じゃね、垢抜けて洗練されてらっしゃる”

って、私が言うとったと伝えんさい」

「え‥うちの師匠にですか?」

「そうよ」

「優しそうとかじゃ‥なく?」

「そうよ」


ナミちゃんの師匠とは初日の朝、警察署の駐車場で会った。

4年ぶりの再会だ。

その時、私がご案内して警察署のトイレへ一緒に行った。

ナミちゃんのウグイスチームには“ウグイス年齢”というのがあり

年を若く詐称する習慣のため、誰も師匠の実年齢を知らないそうだが

おそらく70才前後だと思う。


かなり太めで、支給されたジャンパーのファスナーが閉まらないとこぼしつつ

人に会い慣れ、揉まれ慣れた、包み込むような雰囲気が確かにある。

天童よしみ風の付けまつ毛もいい味を出していて

ただのおばちゃんじゃないことはよくわかった。

それを垢抜けや洗練と表現しても、嘘では無いと私は思っている。

《続く》
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ウグイス養成物語・8

2018年12月21日 12時42分07秒 | 選挙うぐいす日記
若い頃、代議士の選挙カーでドライバーをしていた夫の経歴が刺激となり

なぜか私にまで尊敬の眼差しを向けるようになったナミちゃん。

そこへ候補が追い討ちをかける。

「姐さんのご主人は、市長選のドライバーもやってらっしゃいましたよね」

「ああ、そんなこともありましたね」

「ご主人は、亡くなった◯◯市長のお気に入りだったんですよ」

市長のお気に入り‥ナミちゃんは呆然とつぶやく。

「すごい‥すごいです‥みりこんさん‥」


旦那が代議士や市長のドライバーだった‥それがどうしたというのだ。

何日も続けて仕事を休める男が、あんまりいなかっただけじゃないか。

しかもその妻である私が、何だというのだ。

が、これまでに掴んだ感触からすると

選挙が終わったら、あちこちの陣営に散らばっていたウグイスチームが

集合して色々話すんだと思う。

メジャーな選挙の関係者がいた‥

それはチームにとって、好みの話題なんだろうと推測される。


今回、別の候補の選挙カーでは、地方局のテレビリポーターがウグイスをやっているそうな。

すれ違う時にご尊顔を拝見したが、見覚えのない人だった。

彼女を知る候補は「気位が高くて和を乱すウグイス」と酷評していたが

そりゃテレビに出るくらいだから、気位も高かろう。

そんな中、二つ上の田舎おばんと地味に仕事をするナミちゃんにとって

唯一提供できる良さげな話題が、夫の経歴なんだと察する。


そのことはともかく、今まで私に捧げていたお世辞やおべんちゃらが

やはり怠けるための芝居だったのはよくわかった。

ナミめ。


ともあれナミちゃんの中で、我々夫婦はセットで格上げされ

以後はますます従順になった。

本人が「頑張ります」と宣言したところで、生来の怠け者が急に働くわけがない。

我慢するよりガミガミ言ってやるもんね。


さて、ウグイスには「華」の場面がいくつかある。

芝居なら見せ場、ウグイスだから聞かせ場だろうか。

まず出陣式の司会。

それから毎日の「出(で)と「入(い)り」。

事務所を出る時と、帰った時のことだ。

見送りや出迎えで多勢の人が集まって注目するため、実力が問われる‥らしい。

らしいと言うのは、他のウグイスさんがそう思っているわけで

私は重きを置いてない。

ただ、盛り上げることは言おうかな?くらいに思っている。


「国誉(くにほ)め」。

私は勝手にそう呼んで、気に入った陣営のみ出発の時に言う。

陣営全体を誉めるのだ。

「ウグイスとして数々の陣営に関わって参りましたが

こちらは最高でございます。

お一人お一人のお心構えや連携の見事さ、まことに超一流!

この感動を胸に、本日も全身全霊で戦って参ります」


数々と言うほど多くの選挙に関わってはいないが、この際どうでもいい。

見送りの人々は大いに喜び、ざわめく。

「みりこんさんが言うんだから間違いない」

なんて声も聞こえる。

そこですかさず頼む。

「どうか、お一人でも多くの方にお声をかけてくださいませ。

一票でも多くのご支援を集めてくださいませ。

皆様のお力信じて、選挙カーは戦場へと向かいます」


ただし国誉めは、たびたび使えない。

何回もやるとマンネリしてお世辞に聞こえるため、状況を見て一回だけやる。

中盤にさしかかると陣営もダレてくるので

これで少しは引き締まるというのもあるが、候補の言いたいことを代行する目的もある。

候補って、広い意味での「よろしく」や「お願いします」は言えても

人に頼んでくれ、票を集めてくれと、細かいことは言えないものだ。

よって、代わりにウグイスが言う。


泣きながら見送る候補の両親を慰めたりもする。

「お父様、お母様、候補は私どもが命に代えてお守り致します。

どうかご安心くださいませ」

大半の人が泣き、声援は一層高まる。

これが盛り上げである。

実際には私たちが候補を守っているのではなく

候補が私たちに気を配り、常に守ってくれているのだが

この際仕方がない。


出と入りは、出陣式の司会をしたウグイス

つまりリーダー格のウグイスが受け持つことが多い。

出陣式の司会は経験が無いと難しいため

それを担当したウグイスが、目立っておいしい部分をかっさらう格好だ。

二人ぽっちでリーダーなんて変だけど、暗黙の了解により

候補の初当選からウグイスを担当する私が行う。


国誉めが済んだ中盤以降、この出と入りをナミちゃんに任せた。

「え〜?!そんな!姐さんみたいにできませんよ!」

「いいからやってみなさい!

人に華を持たせようと思いなさんな。

自分が奪う気でやりなさい」

と言ってやらせる。


これで行き帰りの楽を確保。

なにしろ運転手の交代が頻繁なもんで、しょっちゅう事務所に帰るため

出と入りの回数も多いのだ。

本当の怠け者は私かもしれない。

《続く》
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ウグイス養成物語・7

2018年12月19日 08時54分52秒 | 選挙うぐいす日記
ナミちゃんをおだてて商店街や住宅街の濃口部分を任せ

人や民家の少ない薄口地方を私が受け持つ方法は

最初のうち、成功したかに見えた。

しめしめ‥とほくそ笑む私。


が、喜んだのもつかの間。

なぜなら私らが住んでいるのは田舎、濃口より薄口の方が圧倒的に多い。

濃口はあっという間に通り過ぎてしまい、あと先は薄口ばっかりだ。

店や家並みが途切れると容赦なくマイクを突き返され

以前より多忙となる。


美しき怠け者に、慈悲は微塵も無い。

本人が言うように、ほめ殺しでのさばらせてしまったみたい。

ナミちゃん、今や「少しならやってあげる」というスタンス。

この世に、褒めて伸びる子供や大人は多い。

しかし大奥のごときウグイスチームで

長年に渡って叱られ、イジられ続けたナミちゃんには向かなかったようだ。


怒られ役に甘んじてきた子を変に褒め過ぎた場合

自信より先にいきなり増長が訪れ、手がつけられなくなる。

たまに失敗して注意を受けるのとは違い

継続的に怒られるのは、本人にそれなりの原因があるのだ。

この現象は昔勤めていた病院の厨房で

さんざん体験したはずだったのに、ああ、不覚。


窓枠にもたれ、寝ているのやら起きているやら‥

のんびりと外を眺めるナミちゃんの背中をいまいましく見つめながら思う。

「車に揺られるだけなら猿でもできるわい‥」

禁止されている餌だか水だかをうっかり与え

可愛らしいギズモを妖怪グレムリンに変身させてしまった

少年のような心持ちである。


しかし救いの手は、意外なところから差し伸べられた。

選挙活動では何ヶ所か、しゃべってはいけない地域がある。

病院や平日の学校は全国共通だが

田舎にはもう一つ、鶏さんのお住まいがある。

驚いて卵を産まなくなるそうで

養鶏場の周辺は街宣を控える申し合わせになっている。

というより養鶏場の周りに人はいないので、ワーワー言っても無駄。

人里離れた場所にあり、匂いもきついため

その近辺にさしかかると窓を閉めて、しばらくおしゃべりタイムとなる。


この時のドライバーが、ある代議士の選挙を手伝っていたお爺さん。

すでに故人となった代議士と候補は、まんざら無関係でもなく

私の夫も若い頃、その代議士が選挙に出る度にドライバーを務めていた。

そこで候補、ドライバー、私の3人で思い出話に花が咲く。


するとナミちゃん、突如大興奮。

「みりこんさんのご主人、すごいですぅ!

あの方の専属ドライバーだったなんて!」

「そんなことないよ。

大昔のことじゃん。

建設系の自営業者の子供は選挙に駆り出されることが多いから

選挙カーの運転ができる人、いっぱいいるよ」

「いえいえ!すごいですよ!

どうして今まで黙っていたんですかっ?」

「言う必要がどこに‥」

「自慢になるじゃないですか」

「ナミちゃんのウグイスチームだって、衆議院やってるじゃん」

「あれは自慢になりません。

候補がヒステリーなので、ウグイスのなり手が無くて

たらい回しになってて、それをうちの師匠が拾っただけです」

「師匠も苦労してらっしゃるのね。

ナミちゃんが師匠を尊敬する理由がわかったわ」

「私、ご主人を尊敬しちゃいますぅ。

何回か、お目にかかってますけど

選挙に詳しいオーラ、全然出されないじゃないですか。

それってすごいと思います」


ここで候補が言う。

「僕はコースの取り方や攻め方なんか

みりこんさんのご主人に相談してますよ。

今日も電話しました。

助かってます」

「ひ〜!」

絶叫に近い歓声をあげるナミちゃん。


「あの‥もしかして、私の知らない世界があるんでしょうか‥?

私は何もわかってないんでしょうか‥?」

ナミちゃんは真顔で問いかける。

「女から見た選挙と、男から見た選挙が違うだけよ。

私がやってるウグイスは、うちの主人に教わった男性目線のやり方。

女は、自分が花になることしか考えないでしょ。

どっちが正しいというんじゃなく、主義の違いが

ナミちゃんのチームと私の違いだと思う」

この際だから、言いたいことを言うてやったわい。


それ以降、ナミちゃんはなぜか初心に戻りなすった。

「みりこんさん、私をビシバシ鍛えてください!

できるだけ頑張りますから!」

燃えるナミちゃん。


なんだ‥何か自慢げなことを言えばよかったのかい?

しかしなぁ‥自慢の価値がわからない。

私が自慢したいことといったら、テレビゲームのゴキブリ退治で

最後の面まで行けたことぐらいしか思い浮かばん。

まさか夫の過去がナミちゃんに効くとは、夢にも思わなかった。


「噛んだら恥ずかしいので、失敗しないうちに交代したかったんです。

でも、そんなこと考えなくていいんですよね?」

健気にたずねるナミちゃん。

「あったり前じゃん‥私なんて、しょっちゅう噛んでるよ。

いちいち恥ずかしいと思ってたら、やってられないわよ」

「え?噛んでますか?気がつきませんでした‥」

このやり取りを聞いていた候補が、笑いながら言う。

「チームワークです」


よそもやっていると思うけど、我が陣営にも

噛んだ時や詰まった時の秘策を用意している。

候補と私はお互いに、あ・うんの呼吸でやり合っているが

危ない‥と思ったら間髪入れず、どちらかが言う手はずになっているのだ。

「ありがとうございます!」

さも支持者を発見したかのように大声で叫び、もう片方もそれに続く。

二人で騒ぐうちに気を取り直して復活するか

騒ぎに乗じて、さりげなく街宣を交代する手はずである。


この秘策を聞いたナミちゃんは、安心したらしい。

噛むことを恐れなくなり、少し長持ちするようになった。

《続く》
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ウグイス養成物語・6

2018年12月16日 10時24分40秒 | 選挙うぐいす日記
『美しき怠け者』

私がナミちゃんに抱く、表面的な印象だ。

その一方で、怠けるための気配りならどんなことでもする彼女に感心している。

贈り物やおべんちゃらの方が、仕事よりしんどいのではないかと思うほどだ。


今回、ナミちゃんは事前に菓子折りを送ってくれたが

選挙の始まる朝には、大きなツバの付いたサンバイザーもプレゼントしてくれた。

「日焼け防止」と胸を張るが、私はそんなもん、かぶらない主義なので困った。


大きな選挙のために、いずこからか訪れたストレンジャーならいざ知らず

田舎の小さい選挙だ。

美醜に関係なく、地元出身のウグイスとして顔を見てもらわなければ。

それを隠してどうするんじゃ。


しかも選挙カーは、前回に引き続きマツダのデミオ。

この車はコンパクトで小回りがきき、リース料も手頃なので選挙カーに向いている。

が、ウグイスに優しい車種とはいえない。

なぜなら後部座席の窓が、いたずらに小さいからだ。


卵型の車なので、後部の窓は緩やかな三角形になっており

ウインドーを下げても窓は全開せず、ガラスが残るタイプである。

この小さな窓から顔を出すのは、大変なのだ。

普通に座ったら、手首から先を出すのがやっと。

無理をして顔を出すと、さらし首のように見える。


そこで私は自分で編み出した座布団技を使い

自然に顔の位置が高くなるよう調節する。

車種に合わせて堅めの座布団何枚かを座席に積み上げたり

背もたれにして座高を高くするのだ。

こうするとシートに身体が沈み込まないので

無理な姿勢を取らなくても仕事ができるわけ。

手を振ってくれる人を見つけるたびに伸び上がったり

腰を浮かしていたら身体へのダメージが多くて疲れる。

横着者ならではのこの発案を牢名主方式、または笑点方式と呼んでいる。


お手振りの多いナミちゃんは気にならないみたいだけど

車窓から顔を出すのは、このように厄介なのだ。

サンバイザーなんかしていると、外を向くたびに

ツバが窓枠へカツカツ当たってくたびれる。

しかも日焼けはウグイスの個人的事情であり、候補には関係ない。

つまり私にサンバイザーは無用なのだ。

お返しを買いに行く暇は無いため、家にストックしてある靴下を差し上げたが

こういう返礼の方が面倒くさい。


余談になるけど、靴下とあなどるなかれ。

同級生の友人マミちゃんがやっている化粧品店で買うのだが

ものすごく温かくて、カカトのガサガサが一発でツルツルになる魔法の靴下だ。

私の積年の悩みであるガサガサは、この靴下との出会いで終わった。

ここ数年、冬はずっとこればっかり。

一足1600円也。



さて贈り物やおべんちゃらの方が、仕事よりしんどいのではないか‥

私はそう思っていたが、ナミちゃんの方がウワテであった。

ナミちゃんは事務所の弁当がおいしいと、食事のたびに賞賛を惜しまない。

当然である。

弁当はコンビ二や仕出し屋の食べ慣れたものではない。

候補の支持者である食堂の主人が、採算を度外視して特別に作ってくれる

とびきりおいしい弁当だからだ。


ナミちゃんはこれを褒め称えるかたわら

「母や妹にも食べさせてやりたい‥」

そう付け加えるのを忘れない。

これを2〜3回言ううち、気を利かせた陣営のご婦人たちから

ナミちゃんは毎晩、3人分の弁当を持たせてもらえるようになった。

同じ手法で、茶菓子の類いも大量ゲット。

夜、事務所を出る時には両手に土産を抱え、迎えに来た妹の車に乗り込む。

おじょうずの見返りは、ちゃんと回収。

さすがである。


もらえないから言うわけではないが、こういうの、私は断る主義。

土産なんかもらわなくても、うちには働く男が3人いるので自分で買えるし

一つや二つ、もらったからといって足りるわけでもない。

が、一番大きな理由は、選挙事務所から物を持って出るところを

別の支持者に目撃されたら選挙違反の疑いがかかるからだ。

「キャ〜!こんなにたくさん!ありがとうございます!

母と妹が喜びますぅ!」

喜び騒ぐナミちゃんにヒヤヒヤしたが

これも彼女にとって選挙の楽しみの一つであろう。



このような子だから、正攻法ではラチがあかない。

そこで、ほめ殺しの策を取ったのである。

私はせっせとナミちゃんを褒め称えた。

これは簡単。

ナミちゃんが私に言っていたセリフをそのまま言えばいい。

「そんなに褒めてもらったら私、のさばっちゃいますぅ」

「のさばって、のさばって!

それだけの価値がナミちゃんにはあるのよ!」

「そんな〜!」

「だから、人が多い所ではお願いしますよ。

私は家が少ない薄口(うすくち)の地域をやらせていただきますからね」


この薄口というのが、候補やドライバーには面白いらしく

「あ、薄口なので交代します」

「薄口部分まで、もう少し頑張ってくださいよ」

と言うたびにワハハと笑う。

笑うと、疲労が軽くなる。

今回の選挙で私が一番多く口にしたのは、この「薄口」であろう。


《続く》
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ウグイス養成物語・5

2018年12月14日 15時44分23秒 | 選挙うぐいす日記
わずか2日目にして、ナミちゃんの養成を投げた私。

静かになった私に、ナミちゃんの逆襲が待っていた。

「みりこんさんがもっと勉強して都会に出ていたら

立身出世していたと思いますぅ」

朝に夕に、うるさくこれを言う。


私は今まで実に多くの女性から、この言葉を言われてきた。

耳にタコだ。

口が立つので、頭がいいと勘違いされやすいのは自分でもわかっている。

しかし口だけ立つバカも、この世には多くいるのだ。


私が勉強だか仕事だかで都会に出て、一体どうなるというんじゃ。

せいぜい悪い男にだまされて、ズタボロになるのが関の山。

こういうことを安易に口にする人は、さりげなく相手の無学を指摘しつつ

「近くに居ると厄介だから、どっか行けばよかったのに」

遠回しにそう言っているだけだ。


「もったいないねって、母や妹とも話してるんですよ」

ナミちゃんは言う。

何がもったいないのだ。

都会に出て派手なことをし、故郷に錦を飾るだけが立身出世ではない。

地元で小さいながら会社を経営し、雇用を生み出し、きちんと納税し

親の世話を引き受けられるのも私にとっては立身出世。

嫁舅、嫁姑、嫁小姑に苦しむかたわら亭主の浮気に悩み

今日死のうか、明日死のうかとクヨクヨした昔と比べれば

大躍進だと思っている。

持って生まれた美貌を活用せず、母親の年金を頼るナミちゃんの方が

よっぽどもったいと思う。

しかし、これが価値観の違いというものであろう。

価値観の違いだけはどうにもならない。


私の叱咤激励が無くなったナミちゃんは

水を得た魚のようにお手振りに勤しみつつ

合間で私の言うセリフを書き留めるのに余念が無い。

前回はボイスレコーダーで録音していたが

今回は師匠から持たされなかったのか

それとも録音するほどのレベルじゃないと判断したのか

古典的な筆記一本。

揺れる車の中でメモを取るのは、骨が折れる。

時間がかかるということで、ナミちゃんのお仕事は

さらに間遠になるのだった。


せっせとメモしたセリフは選挙後

彼女の尊敬する師匠に渡して吟味の上、使えるものは使う。

できるだけたくさんのセリフを集めて師匠に喜んでもらうのが

彼女にとっての選挙であり、彼女にとっての幸せである。

私の感覚では、それは盗っ人であり

主役の候補を置き去りにした恥ずかしい行為だが

これもまた、価値観の違いというやつであろう。


ともあれナミちゃんは、今までこれでやってきた。

ウグイスの、ウグイスによる、ウグイスのための選挙しか知らないのだ。

今さら叩き直して変えようとしても無理。

大好きな師匠の率いるチームに戻れば、また元の木阿弥である。

ええい、やめた、やめた!



‥が、そうはいかなかった。

私が何も言わなくなったことに、候補はすぐ気づいた。

ナミちゃんが師匠、師匠と連発していたら、バシッと言う。

「今は師匠のことを忘れてください。

ここでは、ナミさんの師匠は姐さんです。

師匠と呼ぶのは、姐さんだけにしてください」

きっつ〜!


「はい、すみません」

ナミちゃんはニコニコと、素直に返事をする。

彼女のこういうところ、やっぱり可愛らしい。

私ならブンむくれだろう。


候補が、ナミちゃんの師匠を否定するのには理由があった。

この選挙で、師匠は候補の天敵M氏のウグイスをやっているからだ。

候補は以前、年長のM氏と仲良しだった。

しかしこの度の選挙前、M氏の裏切りがあったということで

候補はM氏に腹を立てている。


選挙はだまし合いであり、誰が何をしたからどうなるというものでもない。

しかし当たる的を設定した方が力が出るし、戦いやすいのは確か。

候補は今回、その路線で行くつもりらしい。


ナミちゃんの師匠はM氏のウグイスであるから

候補にとっては敵の一味。

敵陣に雇われた者に敬愛を示すのはルール違反だと

候補は暗に言っているのだった。


私もそれには同感である。

一宿一飯の恩義じゃないけど、候補の用意した車に乗り

食事をさせてもらい、ギャラまでもらう身の上だ。

クライアントが望む戦いをすることは、ウグイスの使命なのだ。


黙ってナミちゃんの思い通りにさせていたら

ナミちゃんはさらに師匠を褒め称え、候補はもっと厳しいことを言うだろう。

こりゃいかん‥と思っているところへ、候補の要請が。

「やらないんですか?ボケとツッコミ。

元気が出るんで、やってくださいよ」

私とナミちゃんのやり取りは、彼にとってガス抜きだったらしい。

こうして私の投げたサジは、候補に拾われて戻ってきた。


戻ったサジをどうするか‥私は考えた。

逆襲されたからには、逆襲で返す。

折良く、晩秋とは思えない温暖な日が続いていた。

道行く人々の数は多く、家々の窓は開いている。


「天気が良くて気温が高いので

ナミちゃんのクリアな声質の方が向いていると思います」

もっともらしい理由をつけて‥そうさ‥誰にもわかるもんかい‥

ナミちゃんにしゃべらせ、ひたすら賛美する。

「すごい!うまい!お見事!」

私が選択したのはナミちゃんの得意技

ほめ殺しであった。

《続く》
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ウグイス養成物語・4

2018年12月10日 09時31分08秒 | 選挙うぐいす日記
Tさんは高架に激突したショックからか

自ら申し出て、次の運転の当番を別の人に交代してもらった。

不機嫌でいると、ロクなことはないのだ。

が、1日休んで立ち直ったらしく、その次の当番には復帰した。

反省したのか、今度はそこそこ穏やかな運転。

ワイルドな走りから解放された私は

心おきなくナミちゃんの養成に勤しむのだった。


養成なんてえらそうに言ってるけど

ウグイスとしての総合点は彼女の方が断然上‥私はそう思っている。

顔もいいが、なにしろ声がいい。

ウグイス界における「いい声」の基準は

「ソフトでありながら響き、よく通る」こと。

くぐもりやかすれといった雑味の無いクリアな音質と

聞き取りやすい発音、癖の無いイントネーションを持たなければ実現しない。


これだけでも、ウグイスとしては得点が高い。

本人は「大奥で言ったら“おすえ”なんです」と謙遜するが

チームで活動しているため、多くの先輩たちから盗み取ったセリフも

多種多様で垢抜けしている。

田舎選挙でお山の大将の私なんぞ、足元にも及ばない。

これで長持ちさえすれば、言うことなしの一流ウグイス。

そう、彼女の課題は長持ちのみである。


前回は暴漢が出たり、ママが引き起こした交通事故のトラブルで

ナミちゃんもいっぱいいっぱいだったため

5分足らずで交代したがる彼女の望み通りにした。

数時間後、こちらが疲労して交代を頼むと

「今、飴を食べてますから」

「このリポビタンを飲んだら」

「仲間の選車が近づいていて緊張するので、通り過ぎたら」

などを理由に掲げ、ズルズルと引き伸ばしたが

代わる代わらないで押し問答する時間が惜しいのと

雰囲気が悪くなるのを懸念して、そのままにした。

彼女もまた、歯の浮くような私へのお世辞を連発し

交代を免れるのに懸命だった。


しかし今回は、はっきり言った。

「それで同じギャラもらおうなんて、甘いよ」

この言葉はショックだったようで、15分は持つようになった。

が、15分が近づくと、どんどん早口になる。

「早く交代して」オーラ全開。

知らん顔をしていたら、言われた。

「もう15分やりましたから、次はお願いします」

で、再び数時間は交代を拒否する。


この15分制限は、たびたび彼女の口にのぼるので

不思議に思い、休憩の時にたずねた。

「15分って、どういう意味?」


ナミちゃんは、真顔で答える。

「私たちのチームは3人ずつで乗って、必ず15分ずつで交代するんです。

だから私、15分以上続けてしゃべったことがないんです」

「あ〜、だから15分が近くなると早口になるのか〜」

「やっぱり、なってます?」

「なってますよ‥早口というより早送りですよ」


私はそこで、一番疑問に思っていることを聞いた。

「15分って、何でわかるの?

ナミちゃん、腕時計してないし‥」

するとナミちゃん、驚いた様子で答える。

「やだ〜、みりこんさん!ナビの時計に決まってるじゃないですかぁ」


私はしばし絶句した後、恐る恐る問うてみた。

「もしかして‥いっつもあの時計見てんの?」

するとナミちゃん、得意そうに言うではないか。

「もちろんです!

みりこんさんは見ませんか?

私は15分が近くなったら、ずっと見てます。

時計を見てると、セリフを書いたノートが見られないでしょ?

急いで言うから早口になるんだと思います」


私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

今まで、運転席にあるナビの時計を違う目的で眺めていたからだ。

字が小さくて見えにくいだろうって?

な〜に、老眼が入ったら、よく見えるぞ。


通勤、仕事、買い物、子供の送迎‥

時間帯によって町を行き交う人の目的や種類が変わる。

時計は、それに合わせたセリフを言うために見たり

事前に頭の中でセリフを組み立てるために利用していた。

交代時間を計る使い方があったとは!

本当にびっくりした。


選挙カーの後部座席にウグイスが3人乗る方式は

私もやったことがある。

後部座席に3人はきゅうくつだが、しゃべる順番が間遠になるので

そりゃ楽ちんだ。

特に真ん中に座る者は外から見えにくいため、お手振りもあまり必要ない。

しゃべらない時は、休憩しているのと同じである。

さらに時間を15分ずつ区切って交代すれば、消耗しないのでさらに楽。


「ここの候補は3人も雇ってくださらないでしょ?

私は3人体制しかやったことないので、すごくきついんです。

3人なら、もっとできると思います」

ナミちゃんがおしゃべりできないのは、2人しか雇わないのが原因‥

彼女はそう言いたいらしい。

すんばらしい発想に感動すらおぼえる。

甘えん坊も突き抜けると、いっそ清々しい。

私は自分が間違っていたことを思い知った。


だってナミちゃん、私とは別の人種。

その種族の名は、美人族である。

はっきりした二重まぶた、小さく通った鼻

ぷっくりする所はぷっくり、締まる所はキュッと締まった愛らしい唇

控えめに尖った形の良いアゴ‥

整形をする女の人は、この顔を目指して切ったり貼ったりするのだと思う。

この顔で何か言えば、たいていのことはまかり通る。

女が許さなくても、男が許す。


善悪の問題ではなく、それがナミちゃんであり

悪いのは、ナミちゃんの行いを修正しようとした私である。

ああ、申し訳なかった。

早い話、私はサジを投げたのだった。

《続く》
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ウグイス養成物語・3

2018年12月08日 09時45分11秒 | 選挙うぐいす日記
うちの候補の支持者は、大半が近隣住民。

静かな住宅街で悠々自適の老後を過ごす、紳士淑女が多い。

その中でTさんは一人、毛色を違えた存在である。

生きるのがヘタな人は、年を取ると顔に出るものだ。

その顔つきや衣服、立ち居振る舞いは、元チンピラの風情があった。


選挙カーの出発という大役を任命されたTさんは

緊張と戦うため、粗野と不機嫌の路線を選んだ様子で

4年前よりもさらに荒っぽいスタートを切った。

脳を始め、視力その他の機能は4年前よりいちだんと衰えているようだ。

急発進、急ブレーキの、オートマ車じゃないみたいな走りである。

タンコブ防止どころか、舌を噛まないようにしゃべるのがやっと。


が、心配はいらない。

代表が選挙管理委員会で引いたくじ引きの番号は、最後の方だ。

番号が若ければ七つ道具が早く受け取れるので、市役所を早く出られる。

当然ながら警察署への到着も早まり、届け出も早く終えられる。

遅い番号を引くと警察署への移動が遅くなり、出発も遅れるため

出陣式の始まる9時が近づいていた。

あちこち回る時間的余裕は無くなったので、まっすぐ事務所に帰った。


出陣式が終わって候補が乗れば、Tさんの運転は多少おとなしくなるはずだ。

出陣の見送りで大勢の人目に触れると

認知症予備軍に多く見られる“ええかっこ”が発動する。

それに候補、つまり男性がもう一人乗ることで責任が分散し

気分的に楽になるからである。



さて陣営に戻り、チャッチャと出陣式を済ませると

候補を乗せた選挙カーは再び出発。

候補が同乗すると、やはりTさんの運転は少しマシになった。


ナミちゃんは、今回もお手振り専門の気迫満々。

マイクを渡そうとすると

「いえいえ、やっぱり最初は姐さんでないと‥」

強い決意で何度も押し戻す。

いつまで“最初”なんだろう‥

そう思いながら、隣町にさしかかったところで事件は起こった。


「ドガン!」

頭上で大音響が炸裂。

続いて「ガガガ!バキバキバキ!」

隕石か?天変地異か?

と思ったら、選挙カーのスピーカーが線路の高架に激突したのだった。


背後を振り返ると、選挙カーの天井に設置したアンドンと

その上に載せたスピーカーはセットでずり落ち

一方は地面に、一方は車のリアウインドーに

斜めになってもたれかかっている。

カツラが後方に大きくズレた感じ。

無残。



ここは市内で唯一、選挙で通れない道であった。

アンドンとスピーカーで車高が2倍になった選挙カーは

絶対にくぐれないため、迂回が鉄則。

うっかり通って選挙カーをズタズタにした候補者は

長い歴史の中に数名いるが、何十年経っても失笑のネタにされる。

その鬼門をうっかり通っちゃったのだ。


この鬼門のことは、ペーパードライバーのナミちゃんを除き

候補、Tさん、私の頭にはちゃんと入っているはずだった。

しかし魔がさすというのはあるもので、すっぽり抜け落ちていた。


前から後ろから、車が渋滞し始める。

とりあえず我々がするべきことといったら

まず車から出て、アンドンとスピーカーを拾うことであった。

それらは落下しているものの、配線は車と繋がったまま。

拾い上げて選挙カーの天井に載せ直し、一刻も早く道を空けるしか

我々に残された方法は無い。


が、スピーカーは恐ろしく重い。

近くで農作業をしていた男性が手伝ってくれ

5人でようやく車の上に戻すことができた。

急いで留め金を締め直し、何とか動けるようになったら路肩に移動。


こんな時、候補は落ち着き払っていて、感情を揺らすことが一切無い。

率先して黙々、ニコニコと作業を行う。

多分、流血の大惨事になっても普通だと思う。

わたしゃ若い彼が市のためになるとか、そんなご大層なことは考えちゃいない。

彼のこういう所を心から尊敬している。

私が命を削ってウグイスを務める理由である。


選挙カーには大きな傷ができたが

走行にもスピーカーにも支障が無かったのは不幸中の幸いであった。

手伝ってくれたおじさんが帰ろうとしていたので、私は走り寄って言った。

「ありがとうございました!せめてお名前を‥」

「名乗るほどの者じゃあござんせん」

時代劇のようなやり取りの後、我々は鬼門を後にした。

選挙終了後、おじさんが作業していた畑から持ち主を割り出し

候補が改めてお礼に行ったのは言うまでもない。


そのまま昼まで市内を回る。

私はずり落ちたアンドンとスピーカーが再び落ちないかとヒヤヒヤしたが

大丈夫だった。


事務所に帰ったTさん、青菜に塩。

しかし彼だけの責任ではない。

うっかりしていた候補と私が悪いのだ。

「すみませんでした‥」

うなだれて、私に謝るTさん。

「何をおっしゃいます、あれは完全に候補と私の責任です。

Tさんの運転だったから、あの程度で済んだんですよ。

ありがとうございました」

心にも無いことを言い、慰める私。

以後、Tさんはおとなしくなった。

《続く》
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ウグイス養成物語・2

2018年12月06日 13時24分09秒 | 選挙うぐいす日記
ナミちゃんを鍛えて自分は引退する‥そう言えば聞こえはいい。

けれどもその実、私一人で一週間を乗り切れるか自信が無かった。

前回は54才だったが、今回は58才。

おばさんからお婆さんへの移行期間に、4才の差は大きい。

4年前にはできたことが、4年後の今は難しいと思われた。


前回、私とナミちゃんの労働割合は、数字で表すと20対1。

いや、もっとかもしれない。

「うまい」だの「すごい」だのとナミちゃんにおだてられ

いい気になっていたが、終わってみると騙されたような気分だった。


前回の選挙が終わった後、候補は私に言った。

「人当たりがいいのでスカウトしたんですが

あそこまでしゃべらないとは思いませんでした。

僕の見込み違いで負担をかけて、すみませんでした」

私はその時、鷹揚に答えたものだ。

「いつも大人数の中でやってきたから、少数に慣れてなかったんだと思うわ。

じっくり育ってもらいましょう」


が、じっくりどころじゃない。

せめてもう少し働いてもらわないと、私の声と体が潰れてしまう。

途中リタイアだけは避けたかった。

そこで打ち合わせの時、私はナミちゃんに申し渡した。

「今度はもうちょっとしゃべってよね。

いきなり半分とは言わないから、せめて4分の1ぐらい」


するとナミちゃん、笑顔で手をパタパタと振りながら

全力で拒否するではないか。

「そんな‥私、今回も姐さんの助手をさせていただきますぅ」

「助手ってのは、誰よりも働かなきゃいけないのよ」

「え〜?私には無理ですからぁ」


多分この状況はナミちゃんにとってピンチだと思うが

彼女は明るい声と笑顔を崩さない。

大きな二重まぶたを糸のように細くして、ニコニコしている。

この熟練した職人技は、彼女最大の長所。

けれどもその反面、人の意見を軽く扱い

不都合は決して受け入れない、牛のような頑固さをも表していた。


ひょっとして一番タチが悪いのは、この手の女性かもしれない。

育ちの良さを思わせる上品で朗らかな言動を取っ払ったら

結局のところ、おじょうずとおべんちゃらで他人を持ち上げ

楽な環境を確保しながら報酬だけは他人と同額にありつくという

良く言えば要領の良さ、悪く言えばギャラ泥棒が残る。

本人、これを無意識に行っているが、ウグイス業界は女の園。

ウグイスというのは、実力に比例して勘が鋭いものだ。

謙虚仮面の裏に隠された、厚かましさを察知するウグイスは多いと思われる。


「先輩に、いつも叱られるんです」

ナミちゃんは言う。

それは嘘ではない。

彼女には叱られ続けてきた萎縮を感じるし、前回の選挙で行き交った彼女の仲間からも

おしなべて小馬鹿にされている様子が見て取れた。


ナミちゃんは顔も美しいが、声と発音も抜群に美しい。

こんなに良いウグイスをなぜ?と疑問に感じてはいたが

前回はしゃべるのに忙しくて原因の究明までには至らなかった。

しかし今回、ようやくわかった。

先輩ウグイスたちはこの癖にイラッとして、仕事にかこつけウップンを晴らしているのだ。

はっきり言うわけにはいかない。

だってナミちゃんは、文句なしに可愛い。

下手に叱責すると、周りからは彼女の美貌に嫉妬しているように見えるからである。

私もその憂き目に遭うのは嫌だから、あまり突っ込んだことは言わない。



さて、選挙戦の幕は切って落とされた。

スタートの運転手は、Tさんという80才の老人。

支持者が高齢者揃いのため

6〜7人の運転手が3〜4時間に一度、交代するシステムになっている。


選挙は第一声というのを重んじる。

第一声を発するのは、出陣式の司会と共にウグイスの花形。

その時の運転手も、やはり花形である。

Tさんは前回も運転手だったが

今回は初めてスタートの大役を受け持った。

候補がTさんを抜擢したのは、これが人生最後の花道と考えたからであろう。


それは構わないが、Tさんは運転がすこぶる荒い。

前回、彼の運転の時は、窓枠に頭をぶつけてタンコブをいくつも作った。

右手にマイクを持ち、左手を振りながらしゃべるので

両手がふさがり、衝撃への対応が後回しになるからだ。

カーブや段差で、彼にはそういう配慮が皆無なのだった。


致し方ない。

通常の運転と、選挙カーの運転は違う。

彼は選挙カーの運転経験が無いため

アクセルとブレーキを細かく踏み分け、臨機応変に走行する技術は無いのだ。

それに彼には、認知症の気配もかすかに感じられた。

さりとて人員不足ではあるし、大切な支持者である。

耐えるしかない。

つまり、要注意爺さんである。


候補の居住地や好みによって例外はあるものの

市議選は、たいてい警察署の駐車場からスタートする。

告示日の午前8時、各陣営の関係者は市役所へ赴き

市役所の一室に設けられた選挙管理委員会で

掲示板にポスターを貼る番号のくじ引きをする。

そこで紙袋に入れられた選挙の七つ道具‥

書類や候補の胸に付ける花、選挙カーの乗員を示す腕章などを受け取り

警察署へ街宣活動の許可申請に行くのだ。


この時、ウグイスを乗せた選挙カーは

頭上に設置された候補の名前入りのアンドンを幕で覆い隠し

警察署の駐車場で待機している。

許可申請が完了したら幕を取り外し、駐車場から出た瞬間に街宣活動が始まる。

候補は車に搭乗していない。

陣営でやることがたくさんあるからだ。

運転手とウグイスだけで軽く町を流し、出陣式の時間を見計らって陣営へと戻る。


候補は、スタートがお初のTさんを心配している様子だった。

「9時の出陣式まで、適当に回ってください。

Tさんはルートがわからないと思うので、指示してあげてください」

候補にそう言われていたため、私は出発前、Tさんにやんわりとたずねた。

「どこを回られますか?やっぱり住宅街の方がいいですかね?」


するとTさん、不機嫌きわまりない口調で吐き捨てた。

「ワシにはワシの考えがある!あんたの指図は受けん!」

荒い運転同様、これも選挙カーの運転手にはあるまじき言動であるが

緊張した高齢者は扱いにくいものだ。

いちいち腹を立てていては選挙はできない。

ともあれナミちゃんより先に、この爺さんをやり過ごすのが

私の課題らしい。

《続く》
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ウグイス養成物語・1

2018年12月03日 10時31分09秒 | 選挙うぐいす日記
4年に一度のウグイスが終わった。

家事とウグイスの両立は、ものすごくしんどかった。

家族は予想以上にサポートしてくれたが、そういう問題じゃない。

4年前の前回と比べると、気力や体力は確実に衰えていた。


この衰えは一昨年あたりから、ひしひしと感じていたため

4年ぶりの選挙が始まるにあたり、考えていたことがある。

「今度の選挙でナミちゃんを一人前に育てて

私はこれを最後に引退しよう」

ナミちゃんの相棒には、8年ぐらい前の敗戦で一緒だった子を推薦するつもり。

私に反抗し続け、夫が出稼ぎの中国人と間違えた子である。


あの子も今は、40才を超えているのではなかろうか。

ハスキーボイスで長持ちせず、協調性が無く

ウグイスっぽい口真似はできても経験が浅いため自分に酔いやすく

さらに見た目が美しくないという数々の問題はあるが

ウグイスへの情熱が強いのと

候補の家の近所なので、近隣の票をいくばくか拾うという意味では

多少貢献するかもしれない。


彼女には、あれっきりお呼びがかからない。

当時の選挙で何かといえば泣きわめいたため

感情的になりやすいのが知れ渡ったからだ。

でもあの子はウグイスが大好きなので、やりたくて仕方ないと思う。

旦那は単身赴任、子供も大きくなっただろうから、自由もある。

当時は私が相手だったのでライバル心を燃やしたが

おっとりしたナミちゃんなら、うまくなつくかもしれない。

と言うより、私は辞めるつもりなので後のことはどうでもいい。



前回の選挙で初めて組んだウグイスの相棒ナミちゃんは

小柄な身体つきと、色白で西洋人形のように可愛らしい顔立ち

素直で純真そうな性格も相まって、ひどく若く見える。

年老いても若く見える『美魔女』の部類ではない。

何らかのSF的作用で、彼女だけに加齢が訪れなかったと表現する方がふさわしい。


しかし彼女は、その美貌を自負していない。

母親も妹も同じ顔をしているので、自分は普通だと思っている。

そこがまた、いじらしいところである。


前回は7才下だと聞いて、それでもあまりの若さに驚愕したが

活動中に暴漢が出現したために選挙妨害で警察沙汰となり

警察署で実年齢が露呈してしまった。

彼女は5つも逆サバを読んでいたので、本当は私より2才しか違わなかった。

これを知って、さらに驚愕した私である。



あれから4年、私たちは年賀状を交わすだけで一度も会ってない。

ウグイスを続けているのは聞いていたので

4年も経ちゃあ、少しは成長しているだろうと踏んでいた。


しかし告示の半月前、「ご挨拶がわりに」と

彼女が送ってくれたデパートの高級洋菓子を手にした瞬間

その期待はもろくも崩れ去った。

「この子、またしゃべらんつもりじゃわ‥」

菓子は、ほとんどしゃべらなかった4年前と同じ状態を直感させた。

久しぶりに組む相棒に付け届けをする‥

一般常識では良いことなのかもしれない。

しかし、ナミちゃんの場合は違う。

品物を送って媚び、前回同様、楽をするつもり満々である。


「引退のため、彼女を一人前にしたい」

私には私のよこしまな決意があるが、ナミちゃんはナミちゃんで

今回も「乗ってるだけ」の優遇を確保するという

不断の決意を持っているのである。

「菓子折り一つで、そうはいくか‥」

私は自身の誓いを新たにしたものであった。



はたして選挙の2日前、打ち合わせのため候補に召集されたナミちゃんと私は

4年ぶりに再会した。

若さと可愛いらしさは、前回と全く変わっていない。

白くてきめ細かい肌質特有のたるみは少々見受けられるが

前髪を眉の下で、横の髪をアゴの上でプツンと切り揃えたお姫様カットも

髪飾りも、着ている物も、履いている靴も、バッグも全て同じである。

やはり彼女の周りだけ、時の流れが止まっているような錯覚を覚えた。


が、この状況は、彼女が自身の美貌を利用せず

清貧を通していることを表していた。

母親の年金で援助を受けながら、実家と都会のアパートを行ったり来たりしながら

選挙のお呼びがあれば行きながら、後先は友達のコンビニを手伝っている‥

「どれも“ながら”の宙ぶらりんなんです。

選挙はそんなにしょっちゅう無いでしょう?

それもメインのウグイスじゃなくて、急に欠員が出た時に

何日か呼ばれるだけのお手伝いなんです」

彼女は自身の日常を自嘲めいて説明した。


私が彼女と同じ境遇で、彼女と同じ姿かたちを持っていたら

迷うことなく金持ちをたぶらかしていたはずなのはさておき

これで老後に不安を感じないのは、なかなかの肝っ玉と言えよう。

私なら夜も眠れないと思う。


家事が苦手だから結婚はしない‥

母親が死んだら、独身の妹に頼って生活する‥

彼女には彼女の明確な計画があるようだ。

他力本願の権化のようなナミちゃんを一人前に鍛えるなんて、無謀かもしれない。

が、そんなことを言ってはいられない。

私は引退する。

次は無いのだ。

そもそも4年後、生きているか、元気でいるかさえもわからないじゃないか。

こうしてナミちゃんの養成を目論み、選挙戦に突入した私であった。

《続く》
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