亥年は、選挙が多い年として知られている。
4年に一度の衆議院選があり
同じく4年任期の知事選、県議選、市長選、市議選が行われる所が多く
任期が6年の参議院選も巡ってくる。
12年に一度、選挙が集中するのだ。
よって選挙に必要なウグイス業界にも、12年ぶりの繁忙期が訪れている。
今はまさにその只中で、ウグイスは引っ張りダコ。
けれども近年、ウグイス人口はめっきり減少したようである。
人一倍の体力と、人二倍の気遣い
そして人三倍の機転を求められる仕事ではあるものの
しょせんは短期で不安定なバイトに過ぎない。
4年に一度の市議選しかやらない私にまでオファーが来るぐらいだから
よっぽど人手不足なんだと思う。
が、行かない。
だって、しんどいんだもん。
昨年やった市議選で、痛感した。
加齢による気力、体力の衰えもそうだが
5人家族で姑仕えの主婦がウグイスをやるって
どんなに工夫しても厳しさは変わらない。
お断りした依頼の中に
私が専属でウグイスをやっている市議君からのものがあった。
少し離れた土地の市議選だ。
その市の中心部からは離れているが、出馬する市議の地盤はド田舎で
地図上では私の住む町からわりと近く、30分ほどで行ける。
市議君の話によると、彼はその市議と親しいらしい。
専属だったウグイスさんが病気になり、来週から選挙戦だというのに
どこをあたってもウグイスは予約でいっぱい。
どうしても見つからないので、私に頼んでみることにしたそうだ。
どうしてもウグイスが見つからない理由、私にはわかる。
その市議の地盤は、ひなびた田舎。
しかも長年、専属のウグイスが付いていた。
ということは、万象繰り合わせて駆けつけたとしても
次に繋がらない可能性大。
ウグイスが集まらないのは当然なのだ。
なぜなら田舎って、当然ながら人口が少ないので
出陣式や激励に大物は来ない。
大物は、有権者の多い都会の選挙に顔を出すからだ。
よって、大物とお近づきになるチャンスは無く
多くの人に顔を売ることも無いため、仕事の発展が望めないのだ。
つまり、同じやるなら都会がいい。
さらに、専属ウグイスというのも良し悪し。
病気になった専属が元気になれば、一回こっきりの使い捨てだ。
しかも何につけ専属と比較されたり、わけわからん田舎爺やに口出しされたり
ストレスが多い可能性もある。
それに、右も左もわからない初出馬ならいざ知らず
複数期の経験がありながらウグイスを捕まえ損ねたとあらば
脇の甘さは否めない。
町の未来を考えるのが議員の仕事である。
自分の未来‥つまり万一のことが起きた場合を想定していないようでは
候補の能力も陣営の質も推して知るべし。
他を断ってでも馳せ参じるほどの価値は見あたらず
避けた方が無難といえよう。
これらの打算が一瞬で頭に浮かぶのが、ウグイスという生物である。
だから土壇場で、ウグイスのなり手が無いのだ。
一方の私は次に繋げる気ゼロで、田舎好き。
暑くも寒くもない季節、近場で短期も好き。
私の好みを知っているから連絡したと、市議君は言う。
市議君に専属するもう一人のウグイス、ナミちゃんは
すでに都市部の選挙戦に駆り出されて体が空かないそうだ。
困っている人がいて、私でどうにかなるものなら
お役に立ちたい。
どこよりも高値で私を雇ってくれる市議君の顔も立てたい。
が、やっぱり断った。
しんどいんだもん。
「ナミちゃんがダメなら、美香子さんは?」
私はせめて別のウグイスを紹介しようと考え
8年前の県議選で一緒だった子の名前を出した。
マトモなのは出払って、この子しか残っていない。
住まいが市議君の近所なので、二人は顔見知りである。
美香子はウグイスの仕事が大好き。
旦那は単身赴任、二人の女の子は中学生と高校生ぐらいのはずなので
声がかかれば飛んで行くに違いない。
ただ問題は、ウグイスとしての長所が見当たらないことだ。
声がしゃがれていて、長持ちしない。
外見は地味で暗く、華やかという位置の対極にいる。
性格だけでも適合していれば、どうにかなったかもしれないが
これが生意気で興奮しやすく、謙虚のカケラも無い。
8年前の県議選では、自分の選挙ができないと言い出して
選挙カーから降ろしてくれと泣きわめき、勘違いぶりを披露した猛者である。
要するに向かないのでお呼びがかからないため、経験が積めない。
いつまでも初心者のまま
自分は誰よりもうまいと思い込んで年を重ねている。
けれども彼女は、私が持っていないものを持っている。
やる気というやつである。
市議君の選挙で、幾度となく美香子の家の前を通った。
その度に直立不動で我々一行を出迎え、最敬礼で見送る。
「使ってください」のアピールだと思う。
あのキラキラしたやる気には、かなわない。
「姐さん、美香子さんは勘弁してください」
「あ、やっぱり?」
「他人の選挙だから誰でもいいってわけにはいきませんよ」
「まあねえ‥」
「じゃあ姐さん、今回は諦めますから
3年後の僕の選挙は必ずやってくださいよ!
絶対ですよ!約束しましたからね!」
市議君の次の選挙には美香子を押し付け、私は引退しようと目論んでいたが
市議君、美香子のことをわかっている様子。
ついでに私が足を洗おうとしていることも、見抜かれていたようだ。
3年後のために、体力作りでも始めるしかなさそう。
トホホ。