油断ならない施設…ショウタキ。
サチコに要介護が付くまで、そんな施設が存在することを知らなかった。
デイサービスに宿泊、希望があれば日に2回の弁当配達で安否確認…
施設と最初に面談した時、そのシステムを聞いた私は
「何と素晴らしい施設があるものよ」
と感激したものだ。
「1ヶ月単位、あるいは暑い間や寒い間
本人の希望があって、お部屋が空いていたらいつでも泊まれます」
そう言われたからこそ、喜んで契約したショウタキ。
しかしフタを開けたら泊まりは週一、デイサービスは一日おき。
なかなか入れない老人ホームの代わりに
宿泊という形でしっかり泊まらせてくれ
あと先はデイサービスと弁当でしのぐ所だと思っていたら
違っていた。
「もっと泊まれないのか」とたずねても、答えはすげない。
「本人の希望があれば、です。
お母様は長期宿泊どころか、週一の泊まりも嫌がられますし
9室あるお部屋も、長期となると空けられるかどうか
今はわからないので難しいかもしれません」
“本人の希望があれば”、“お部屋が空いていたら”
事前に提示した伏線が、施設と職員を守る寸法。
プロの話術に、舌を巻いた私である。
誤解の無いよう申し上げておくが、それはあくまで私にとってのこと。
私が何でも裏を見ようとするひねくれた人間であり
サチコとは戸籍上、無関係の他人というイレギュラーな状況だからだ。
ショウタキのシステムが合っていて
助かっている利用者やご家族もおられるはずである。
ともあれサチコが難しい人間で、扱いに困るのは百も承知。
それをうまくやってくれるのがプロであり、施設だと思っていたが
施設では、親の性格も家族の責任になってしまうらしい。
「お母様の症状や気持ちを考えると
ここは娘様に少し頑張っていただいて…」
こればっかりで、私の負担はどんどこ増えていく。
さりげなく子供の孝行心を刺激して
やるべきことを増やすのもまた、プロの技。
孝行心の無い私は、持ち前のひねくれ根性でそう受け取るが
親を大切に思う子供なら、ひとたまりも無いだろう。
その例が、中学の同級生ミッくん。
彼は単身赴任で長らく海外に居て
奥さんは留守を守りながら、認知症になった彼の母親を
何年も一人で介護していた。
しかし数年前、奥さんが脳出血で倒れたため
ミッくんはすぐさま退職して帰国、母親の世話を引き継いだ。
幸いにも奥さんは生還し、今は無理の無い程度に
母親を介護するミッくんのサポートをしている。
寝坊してデイサービスに遅れたサチコを施設に送ったり
書類や薬のやり取りで施設へ行く時には、いつも彼を見かける。
気のいい子なので、施設から言われるままに母親を送迎しているのだ。
彼らの住まいは町外れで、送迎に時間がかかる。
しかし家族が送迎すれば、施設から送迎車を出さずに済むので
車や人員が浮くではないか…ひねくれた私はそう見ている。
私も一度、自力の送迎を打診されたことがあるからだ。
まずデイサービスの送り出しを提案され、これは飲んだ。
サチコが行きたがらないのと、玄関に外鍵が無いため
裏から出入りするという物理的な問題があったからだ。
が、送り出しに慣れてくると
「同じ遠くから来られるなら、朝だけでも施設まで送っていただくと
お母様も安心されると思うんですよ」
そのような意味のことをさりげなく言われた。
ミッくんは母親の近所に住んでいるし、家事をする必要も無く
母親だけに専念できるので支障は無かろうが
JRで3駅離れている私には無理。
「施設までの道が狭いので怖い」
と断ったが、朝の送り出しは
迎えの車と人員を節約するための前触れ…
私はひねくれた心で、そう思った。
中学の頃から変わらない笑顔で
楽しそうに母親を連れて来るミッくんを見るたび
私の汚れきった心は洗われる。
しかし一方、脳出血で倒れた彼の奥さんは
近未来の私のような気がしてならない。
自分を大事にしよう…改めてそう誓う日々である。
ちなみにショウタキの料金は
要介護2・デイサービス週3・宿泊週1・日に2回の弁当配達
洗濯が施設任せで、1ヵ月約7万5千円。
弁当は昼も夕も、1食600円だ。
これに泊まりが増えると、朝食料金と宿泊料金で
一泊あたり5千円ちょっとが加算される。
このようなことを知るのも糧といえば糧だけど
あんまり役に立ちそうもない。
《続く》