殿は今夜もご乱心

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ウグイス日記・暴漢の巻

2014年11月14日 07時58分14秒 | 選挙うぐいす日記
2日目の午後のこと。

田舎道の真ん中に、暴漢あらわる。

正面から歩いて来た若い男が、いきなり通せんぼをして選挙カーを止めた。

候補もドライバーも素通りして、やって来たのは右後部座席に座る

ナミ様のお窓。


「今ワーワー騒いでいたのはお前か!」

あかん。

完全に目がイッとる。


「お前か!」

男は車窓から顔を突っ込み、ツバを飛ばしながら大声でナミ様に聞いた。

質問するまでもないと思う。

たまたまお仕事中のナミ様に、まっしぐらだったんだから。

多分、タイプだったのだ。


程度の差こそあれ、似たようなことは毎回起きる。

別の候補や政党の熱狂的な支持者によるパフォーマンスだったり

変わり者のヒステリーだったり、大きな音が苦手だったり、色々だ。

たいてい騒音の元であるウグイスをターゲットにするが

常軌を逸しているとはいえ、自分より弱そうな者や

美しい者をちゃんと選んでいる。


窓際で固まるナミ様をこっちに引き寄せ、窓を閉めようとしたら

窓枠に手をかけやがった。

車を止めたら何をするか予想がつかないのと、男の安全のために

ドライバーは最徐行で前進を続ける。


30代の候補に高齢の支持者。

それが我が陣営の特色だ。

選挙カーの運転も、じい様達が1日3交代で行う。

選車ドライバーとして、度胸も技術も

4年前より格段に進歩していることを嬉しく思う。


窓枠をつかんだまま「お前か!お前か!」と叫ぶ男と

一緒に進む珍道中が始まった。

選挙中は何がどう尾ひれをつけるかわからない。

ちょうど別の選挙事務所の前だったため

男の素性がはっきりしないうちは、安易に反撃するわけにはいかないのだ。

30代半ばらしきこの男、けっこう可愛い顔なのに

残念だなあと思いながらの道ゆき。


10メートルほど進んだが、男は離れない。

候補が「やめてください!選挙妨害で訴えますよ!」

と言ったら車のドアを蹴って手を離したので、一気に走り去る。

男のツバを至近距離でたっぷり浴び、汚ながるナミ様を横目に

「ババアでよかった…不細工でよかった…」

心から思う私であった。


候補は怒り心頭で、警察に通報した。

選挙妨害は、民主主義を否定する立派な犯罪なのだ。

午後一番で起きたこの事件により、選挙カーの一座は

警察署で事情聴取ということになった。


候補とドライバーとナミ様は現場検証のため、刑事と一緒に現場へ戻る。

私は指紋採取の証人をおおせつかり、選挙カーと共に警察署へ残った。


警官兼鑑識のお兄さんは、優しく説明しながら

指紋採取やDNA採取をやって見せてくれた。

指紋採取は刑事ドラマでお馴染み。

直径6~7センチの丸いグレーの毛皮に細い棒が付いている道具で

問題の箇所にポンポンと粉をまぶす。

次に黒い台紙から透明なフィルムをはがし

粉をまぶした箇所に貼り付けて採取する。


DNA採取は、和紙のような白い繊維を使い捨てのピンセットでつまみ

小瓶に入った透明な液体に漬けて、手の脂が残っている辺りを拭くのだ。

科捜研の女、いや、男みたいであった。


証拠品である指紋やDNAには

「立会人(りっかいにん)」という証人が必要。

立会人は、証拠品を入れた袋の一つ一つに捺印しなければならない。

これら証拠品の所有権を放棄しますという誓約書みたいな紙にも

捺印の必要がある。

図らずも立会人となったこちとら、急なことで印鑑なんか持っていない。

代わりに左手の人差し指で黒いスタンプを押す。

かくして私の指紋は、警察のコレクションに取り込まれた。


事件関係者として調書を作成するにあたり

警官兼鑑識のお兄さんの口から意外な数字を耳にする。

「◯岡ナミさん“52才”と街宣活動中、被疑者が現れ

両手を広げて選挙カーを止めた…最初はこれで合ってますね?」

彼は私に確認した。

「◯岡さんの年齢が違っています。

あの人は47才です」

私はきっぱりと言った。


そこはさすがの日本警察。

「じゃあ訂正しておきましょうね」

その時は、さらりと流したお兄さん。

個人情報の保護だと気づいたのは、その後のことだった。


何も知らなかった私は、事務所で合流したナミ様に年齢のことを話す。

「あなたの年が違ってたから、47才って言っておいたわよ。

52才だなんて、失礼しちゃうわよね」


するとナミ様、落ち着かないご様子。

「あの…ウグイス年齢というのがあって…

私達のグループでは…ウグイス年齢を使うことになっていて…」

「はあ?」


つまりナミ様が所属するプロの組織では、常習的に年齢を若く偽っており

それをウグイス年齢と呼んでいるそうだ。

ウグイスのエントリーは名前と年齢の申告だけなので支障は無く

若い方が依頼主も喜ぶという。

しかし警察の事情聴取で生年月日が必要になり

ナミ様はウグイス年齢でなく人間年齢を言ったのだった。

私が調書を訂正したと聞いて、自分が罪に問われないかと心配になったらしい。


ナミ様、本当に52才だったわけよ。

47才でもびっくりしたのに、もっと年くってたわけよ。

ガビーン!たった2コ下!


「うちの選挙事務所では、嘘はダメですよ」

候補は厳しく言った。

「嘘じゃなくて、ウグイス年齢で…」

ナミ様はおっしゃるが、47も52も

オバンに代わりないと思うのは、私だけだろうか。

正しい年齢を言って、若いと驚かれる方が

嬉しいんじゃないかと思うのは、私が揺るぎないオバンだからだろうか。


「何がウグイス年齢じゃ!

同じ嘘なら、いっそ30代って言いなさいよ」

そう言うと、ナミ様は大真面目に首を振るのだった。

「あんまり若く言うと、会話でばれるんです。

テレビや歌の話題が合わないので、5才が限界なんです」


「このことは黙っていてください」

候補と私に哀願するナミ様。

嘘つきなのを黙っていて欲しいのか

それとも52才の人間年齢を黙っていて欲しいのか

ちゃんと確認する気力は起きなかった。


暴漢さえ出なければ…

警察沙汰にならなければ…

絶対にばれないはずであった。

げに偶然とは恐ろしい。
コメント (4)
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