殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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デンジャラ・ストリート 激闘篇その1

2015年07月20日 20時15分25秒 | みりこんぐらし
我々一家が暮らしている夫の実家は

老人だらけのシルバー・ストリート。

たまに老人ならではの危なっかしい事件が起きるため

ここをデンジャラ・ストリートと名付けて3年ほど経った。


平均年齢80才超の住民達は現在、ある問題に直面している。

それは生ゴミ問題。


一昨年だったか去年だったか、正確な時期は定かではないが

うちから二軒隣の息子、板倉君が離婚して実家へ帰って来た。

奥さんに家を渡した彼は、両親と生活するようになったのだ。


離婚する前の数ヶ月、地味な板倉君に似合わぬ色っぽい奥さんは

毎週訪れて、病身の義理親の世話を焼いていた。

手を添えて近所を散歩させながら、道ゆく人に

「父をよろしく、母をよろしく」と声をかけていたものだが

ぷっつり姿を見なくなったと思ったら、離婚していた。

よその家に何が起きようと知ったこっちゃない。

住民達は、息子と一緒に暮らせば両親も心強いだろうと喜んだ。


しかし今年に入り、板倉君の両親が相次いで入院したのを期に

ストリートの悩みは始まった。

板倉君の出す生ゴミである。


それまでは彼のお母さんが病身に鞭打ってゴミを出していたので

問題は起きなかった。

だが、一人暮らしになった板倉君がゴミ出しを行うようになった途端

裏山に住むカラスさんの暴挙が開始されたのである。


この地区では、ゴミ出しは朝の8時半と決まっている。

住民の有志が、自宅の駐車場の片隅を解放してくれており

近隣の住民は週2回、収集車が来る直前にいっせいにゴミを出す。

収集車が去ると何事もなかったかのように元の駐車場に戻る。

ゲージや箱のゴミ捨て場を作らず、景観を守るためだ。

学校へも仕事へも行かない人が家にいて

8時半にゴミが出せるという条件下で続いた長年のならわしであった。


しかし板倉君は朝早く仕事に行くので、生ゴミは6時半に置かれる。

ぽつんと一つだけ置かれたゴミは、カラスさんのおやつになる。

カラスさんは散らかすだけ散らかすが、後始末が苦手らしく

広範囲にわたって悲惨な光景が広がることになる。

景観を守るどころではない。

地獄絵図だ。


本人は仕事に行っているので、その惨状を知らない。

優しい住民達は、板倉君にそれを告げるのをはばかった。

今まで奥さんの親の仕事を手伝っていたが

離婚で無職となり、慣れぬ運転の仕事に転職したばかり…

両親とも重病で入院中…

何より、8時半にゴミを出せというのは

出勤の早い板倉君に、出すなと言うのと同じである。


子供の頃から知っている、おとなしい板倉君の性格をかんがみ

面と向かって苦情を言える者はいなかった。

住民は半病人ばかりなので、早起きしてカラスの番をする元気も無く

週2回、散乱したゴミの後始末をするのだった。


住民達は、やがて名案を思いついた。

ゴミに、黄色い網をかぶせるというものだ。

カラスの目には、黄色が見えないらしい。

有志が網を買い、板倉君にこれをかぶせるように頼もう

ということになった。


網の件は伝達され、板倉君はゴミに網をかぶせて出勤するようになった。

これでもう大丈夫…誰もが思った。

だが、甘かった。

長いこと市外で生活していた板倉君は

我が市の細かい分別規定に付いてこられなかったのだ。


板倉君の出したゴミは「市の規定を満たしていないため引き取れません」

と書かれた黄色いシールを貼られ、毎回置き去りにされた。

置き去りになるのは仕方ないが、かぶせた網をはね上げて収集した後

そのまま放置されるので、やはりカラスさんのおやつになった。


これまでカラスのいたずらだけに目が行って

板倉君のゴミ出しの実力については

ノーマークだったことに気づいた住民達であった。

しかしその矢先の今年4月、板倉君のお父さんが亡くなった。


親を亡くしたばかりの彼に追い打ちをかけるのは気が引ける。

皆、家族の誰かを見送った経験があるから、わかるのだ。

死人を出したばかりのところへ、何か厳しいことを言われると

一生忘れない。

板倉君にゴミのことを言うのは、先送りとなった。


そしてこの夏がやってきた。

住民達は暑い中、臭い生ゴミを拾い集めたり

駐車場や道路を洗い流すのがつらくなってきたので

いよいよ板倉君に分別を教えることにした。


有志が市役所で分別表をもらい、やんわりと指導。

「すみませんでした、よく読んで勉強します」

板倉君は素直に言った。

これでもう大丈夫…再び誰もが思った。

《続く》
コメント (6)
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