去る1月27日は、38回目の結婚記念日だった。
その日は我々夫婦にとって、イマシメの日。
若気のいたりを悔い、注意一秒ケガ一生の重みを噛みしめる日。
だから祝わない。
それが我が家のならわしである。
その結婚記念日に先がけ、今年は夫からプレゼントをもらった。
風邪さ。
けっこう重篤。
ものすごく口惜しい。
やれバドミントンだ何だと好き勝手に出歩いて
風邪を引くのは夫の勝手よ。
苦しめばいい。
でも、私にウツすのはけしからん。
家事労働に明け暮れるばかりで体力の無い私には
ひとたまりもないではないか。
治るまで、どっか行ってりゃいいものを。
ああ、ヤツが愛人のアパートに入り浸って
何日も帰らなかった昔が懐かしい。
あの頃は、楽で良かった。
さて風邪を引いても寝ていられないのが、姑仕えの哀しさよ。
「休んだら?寝たら?」
うちの姑は優しいので、そう言ってくれるが
本気にしてはいけない。
これは『京のぶぶ漬け』。
喜んで寝たりなんかしたら、必ず用事を作って起こされる。
「手伝おうか?何かしましょうか?」
うちの姑は優しいので、そう言ってくれるが
本気にしてはいけない。
これも『京のぶぶ漬け』。
彼女がそう言いだすのは、やることが無さそうな時だけだ。
この計算高さには、毎度のことながら腹が立つ。
思い起こせば夫の実家に帰って6年、毎年のように風邪を引いている。
夏はいたずらに暑く、冬は暴力的に寒い鉄筋コンクリートの家は
全力で私を否定しているような気がする。
家のくせに生意気な‥と、やっぱり腹が立つ。
いや、やはり一番腹が立つのは、外から風邪を持ち帰り
何食わぬ顔で私に感染させたあげく、一足先に全快した夫だ。
またバドミントンへ行くようになり
息も絶え絶えの私に山のような洗濯をさせる。
ええ加減にせえ‥と、さらに腹が立つ。
「晩ごはん?何でもええよ。
そうじゃ、ハンバーグは?」
熱のある私を思いやって、献立を考えてくれる優しい夫であった。
バカめ‥ハンバーグと付け合わせの野菜で
どんだけ体力消耗すると思ってんだ。
「オムライスなんか、簡単そうじゃん。
オムライスがええわ!」
夫は一生懸命考えてくれる。
バカタレが‥弱った体でオムライス5個作るのが
どんだけ大変か、てめえがやってみろってんだ。
検討の結果、夕食は焼肉ということになった。
準備が楽‥理由はそれしか無い。
牛肉さえ与えておけば、少なくとも姑はご機嫌だ。
「瀬戸内寂聴さんも、お肉が好きだから長生き」
というのが、最近の彼女の口癖。
牛肉を食べたら長生きするというより
牛肉には、死ぬのを忘れる成分が入っているんじゃなかろうか。
わたしゃそう思う。
メニューは決まったものの、私はまだ動けないでいた。
なぜって、ホットプレートを出さにゃならん。
うちのホットプレートは、なぜか冷蔵庫の上に鎮座しており
取り出すには椅子が必要。
熱があると、高い所に上がったらフラフラするのよね。
だから私は冷蔵庫の横にある自分の席に座り
斜め上方に見えるホットプレートをにらんでいた。
と‥夫が気を利かせ、ホットプレートを取ってくれた。
が‥次の瞬間、私の横を何かがかすめる。
ホットプレートとセットになっているガラスのフタが
私めがけて飛んできたのだった。
重たいフタはガン!と椅子に当たって床に落ちると
生き物のように転がった。
そうよ‥夫の迂闊(うかつ)は筋金入り。
ホットプレートを出すという行為と、フタに気をつけるという行為は
彼の中で必ずしも一致しない。
「‥ねえ、さっき私、多分死ぬところじゃった?」
「ワシもそう思うた」
そう言いながら、夫は満面の笑みを浮かべているではないか。
怒る気力もなかった。
その日は我々夫婦にとって、イマシメの日。
若気のいたりを悔い、注意一秒ケガ一生の重みを噛みしめる日。
だから祝わない。
それが我が家のならわしである。
その結婚記念日に先がけ、今年は夫からプレゼントをもらった。
風邪さ。
けっこう重篤。
ものすごく口惜しい。
やれバドミントンだ何だと好き勝手に出歩いて
風邪を引くのは夫の勝手よ。
苦しめばいい。
でも、私にウツすのはけしからん。
家事労働に明け暮れるばかりで体力の無い私には
ひとたまりもないではないか。
治るまで、どっか行ってりゃいいものを。
ああ、ヤツが愛人のアパートに入り浸って
何日も帰らなかった昔が懐かしい。
あの頃は、楽で良かった。
さて風邪を引いても寝ていられないのが、姑仕えの哀しさよ。
「休んだら?寝たら?」
うちの姑は優しいので、そう言ってくれるが
本気にしてはいけない。
これは『京のぶぶ漬け』。
喜んで寝たりなんかしたら、必ず用事を作って起こされる。
「手伝おうか?何かしましょうか?」
うちの姑は優しいので、そう言ってくれるが
本気にしてはいけない。
これも『京のぶぶ漬け』。
彼女がそう言いだすのは、やることが無さそうな時だけだ。
この計算高さには、毎度のことながら腹が立つ。
思い起こせば夫の実家に帰って6年、毎年のように風邪を引いている。
夏はいたずらに暑く、冬は暴力的に寒い鉄筋コンクリートの家は
全力で私を否定しているような気がする。
家のくせに生意気な‥と、やっぱり腹が立つ。
いや、やはり一番腹が立つのは、外から風邪を持ち帰り
何食わぬ顔で私に感染させたあげく、一足先に全快した夫だ。
またバドミントンへ行くようになり
息も絶え絶えの私に山のような洗濯をさせる。
ええ加減にせえ‥と、さらに腹が立つ。
「晩ごはん?何でもええよ。
そうじゃ、ハンバーグは?」
熱のある私を思いやって、献立を考えてくれる優しい夫であった。
バカめ‥ハンバーグと付け合わせの野菜で
どんだけ体力消耗すると思ってんだ。
「オムライスなんか、簡単そうじゃん。
オムライスがええわ!」
夫は一生懸命考えてくれる。
バカタレが‥弱った体でオムライス5個作るのが
どんだけ大変か、てめえがやってみろってんだ。
検討の結果、夕食は焼肉ということになった。
準備が楽‥理由はそれしか無い。
牛肉さえ与えておけば、少なくとも姑はご機嫌だ。
「瀬戸内寂聴さんも、お肉が好きだから長生き」
というのが、最近の彼女の口癖。
牛肉を食べたら長生きするというより
牛肉には、死ぬのを忘れる成分が入っているんじゃなかろうか。
わたしゃそう思う。
メニューは決まったものの、私はまだ動けないでいた。
なぜって、ホットプレートを出さにゃならん。
うちのホットプレートは、なぜか冷蔵庫の上に鎮座しており
取り出すには椅子が必要。
熱があると、高い所に上がったらフラフラするのよね。
だから私は冷蔵庫の横にある自分の席に座り
斜め上方に見えるホットプレートをにらんでいた。
と‥夫が気を利かせ、ホットプレートを取ってくれた。
が‥次の瞬間、私の横を何かがかすめる。
ホットプレートとセットになっているガラスのフタが
私めがけて飛んできたのだった。
重たいフタはガン!と椅子に当たって床に落ちると
生き物のように転がった。
そうよ‥夫の迂闊(うかつ)は筋金入り。
ホットプレートを出すという行為と、フタに気をつけるという行為は
彼の中で必ずしも一致しない。
「‥ねえ、さっき私、多分死ぬところじゃった?」
「ワシもそう思うた」
そう言いながら、夫は満面の笑みを浮かべているではないか。
怒る気力もなかった。