うちの左隣の家は以前、90才のおばさんが住んでいた。
彼女はご主人を亡くして7〜8年の間、一人暮らしをしていたが
だんだんおかしくなって広島市内の息子さんに引き取られた。
が、お嫁さんと折り合いが悪いため
ほどなく老人ホームへ入居して、一度電話があったきりだ。
おばさんが老人ホームへ入ると、築38年の大きな家は
すぐに売りに出された。
新聞に挟まれていた広告を見たら、2千万超え円の高値。
敷地が広いのと駐車場が大きいのが、セールスポイントらしい。
広告が出ると、何人かが見学に訪れていた。
「誰が買うんだろう?」
隣に住む我々は、興味しんしん。
だって、隣人って大事じゃないの。
変わり者や怪しげな人は嫌だし、前の住人みたいな高齢者も困る。
生前のおじさんは認知症になって包丁を振り回したし
おじさん亡き後のおばさんとは、近所付き合いというより介護だった。
夫婦が同時に亡くなることは無いため、残された年寄りには手がかかる…
おばさんや近所の実例でそのことを知り
実家の母サチコで身に沁みた私である。
隣の家は広告が出るたびに少しずつ値を下げ、やがて買い手がついた。
うちと同じシルバーストリートに住む80才の女性Sさんの
姪一家だそう。
引っ越しに先駆けて、そのSさんから挨拶があった。
「30代半ばの若い夫婦と幼、小、中の子供が3人いるから
うるさいだろうけど、よろしくね。
子供が騒ぐからアパートを出ることになったんだけど
広い庭が欲しいと言って、あの家に決めたのよ」
そして一昨年の4月、一家は隣へ引っ越してきた。
市内にある三交代の工場に勤めるご主人は
少々ヤカラ臭が漂うが、話すと柔らかい人物。
病院で受付のパートをしている奥さんは、しっかり者という印象だ。
Sさんの姪一家という安心感に加え、願ってもなかった若いファミリーに
我々は胸をなでおろした。
しかしその一方で我々は、住宅ローンよりも家の維持費を案じた。
車を2台持って育ち盛りの子供3人を育てながら
あの大きな家を維持できるだろうか… 。
なにせ隣は、華道教室だった。
教室用の大広間をメインに設計され
間取りに難が多いため電気代がハンパない。
敷地が広いので固定資産税も高く
生徒の増加を見越して作った特大の浄化槽は清掃代金が十万超え。
しかし生徒は増えず、華道教室は早晩、開店休業となったのはともかく
それらの維持費が年金生活を圧迫すると、おばさんはよくこぼしていた。
が、奥さんの父親…つまりSさんの弟が毎日出入りして
共働きの両親に代わって子供たちの面倒を見ているし
Sさんから、奥さんの両親はすでに年金生活だが
ご主人の実家は建設系の自営業だと聞いたので
大丈夫だろうと思い直した。
親がしっかりしていれば、経済援助が受けられると思ったからだ。
隣の夫婦は人懐こくもなく、かといって素っ気ないわけでもなく
隣人としてちょうどいい。
欲しかったという広い庭で、ご主人が小学生の息子に野球を教えたり
夏はビニールプールで遊ばせたり、友だちを呼んでバーベキューをしたり…
「家を持ったらこうしたい」と思っていたであろう夢を
着々と実現する一家に、我々は目を細めるのだった。
賑やかな子供の声が聞こえるって、嬉しいことなのよ。
ともあれ2年近くも隣に住んでいれば、色々なことがわかってくる。
それは奥さんが、次男の同級生の妹だったからだ。
前に住んでいたアパートを出たのは
子供の騒音で隣人と喧嘩が絶えず、何度も警察沙汰になったから…
ご主人の父親は自営業という名のフリーターで
奥さんの両親はパチンカー…
Sさんから聞かされた内容とは、少しズレがあった。
その隣の家が今、大変なことになっている。
先月の半ば、ご主人が仕事を辞めたのだ。
夫婦が大声で喧嘩をしていたのが聞こえて、知った。
その内容によると、ご主人は元々仕事が続かないタイプで
知人の世話で工場に就職し、まだ年月が浅いうちに家を買ったらしい。
「何で黙って辞めたん!紹介してくれた◯◯さんに何て言うんよ!」
「仕事が合わんのじゃけん、しょうがなかろうが!」
「あんたが無職になったら、どうやって払うんよ!」
「仕事探しゃあええんじゃろうが!」
「どうせまた辞めるじゃろ!」
「うるさい!」
子供たちはどんな思いで、この言い争いを聞いていることだろう。
昨年末に働かない旦那を捨てた同級生モンちゃんのこともあって
私の胸は痛んだ。
あれから1ヶ月、ご主人がスーツを着て出かけるのを何度か見た。
おそらく面接だと思われる。
「再就職して欲しい…」
私は切に願った。
だって離婚して一家離散となったら、隣はまた売りに出る。
今度は誰が買うやら。
彼らにはぜひとも、頑張って住み続けてもらいたいではないか。
しかし先日、また大きな喧嘩が勃発。
以後、奥さんと子供たちの声は聞こえなくなった。
実家へ帰ったのだと思う。
一家の行く末を案じている。
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