公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

『アメリカ哲学』鶴見俊輔

2017-06-27 21:15:23 | 今読んでる本
再刊に際しての鶴見俊輔のまえがきに目が止まる。黒田寛一が推薦したと書かれている。1950年の本を世に残したいと思ったのか。そうあの黒田寛一(くろだひろかず)である。最晩年の推薦、おそらくは2006年のことであろう。

それも面白いが、パースを参考書の名前だけで、自分はパースを何度も通り過ぎて知っている様だが、実は読んだ本は一冊もないのだ。

しかし西田幾多郎の起点をジェームズとして、善の研究真実在の境界への移行が徹底経験主義としてチョーンシー・ライト、チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームズを経由し開花させていると考える鶴見俊輔による佐藤信衛5の指摘は面白いと思ったので読んでみた。隠者パースと言う天才の不遇は、数学者岡潔に似ている。近所にパンをもらい生活する貧乏な晩年**。それで読んで見たくなった。

それに恥ずかしいことに私の説明できるプラグマティズムはもっと狭い便宜主義だけだだったから。その時まで私はプラグマティズムを、パースを本当に理解していたとは言えない。学門とは究極の自問であり、自明となるまでは問いを止めることはできない。パースはそういう学者だった。

**サイモン・ニューカムの意地の悪い妨害が大きな障害だった。
サイモン・ニューカムは、観測を基礎とする体系のない科学者、作家だったが名声だけはあった。「機械が飛ぶことは科学的に不可能」と述べた。ライト兄弟の飛ぶ1年半ほど前の1902年に“Flight by machines heavier than air is unpractical and insignificant, if not utterly impossible. ”と述べた。初期のSF小説作家としては1900年の『His wisdom the defender』や、日本で黒岩涙香によって訳され萬朝報に連載された破滅SF『暗黒星』 (The End of the World) などがある。
It appears, then, that the rule for attaining the third grade of clearness of apprehension is as follows:
"Consider what effects, that might, conceivably have practical bearings, we conceive the object of our conception to have.
Then, our conception of these effects is the whole of our conception of the object."

(Peirce on p. 293 of "How to Make Our Ideas Clear", Popular Science Monthly, v. 12, pp. 286–302. Reprinted widely, including Collected Papers of Charles Sanders Peirce (CP) v. 5, paragraphs 388–410.)


I will restate this in other words, since ofttimes one can thus eliminate some unsuspected source of perplexity to the reader. This time it shall be in the indicative mood, as follows: The entire intellectual purport of any symbol consists in the total of all general modes of rational conduct which, conditionally upon all the possible different circumstances and desires, would ensue upon the acceptance of the symbol.

(Peirce, 1905, from "Issues of Pragmaticism" in The Monist v. XV, n. 4, pp. 481-499, see p. 481 via Google Books and via Internet Archive. Reprinted in CP 5.438.).


パースの言う論理の前の倫理 愛や美は、真善美の日本伝統が持つ曖昧で非個人的な誠意に近い。考えるということもconceiveという瞬間的内臓化を使って、長く効果を具体的に考えるconciderとは区別している。ここはパースにとって非常に大切な区別だろうと思う。私は考えるということは侵入者を感知するという原理で成り立っているという免疫力の一部と考えを提唱(これは考えることが行為の一環としたプラグマティズムの流儀に近い)するので、突然の感知がconceiveに相当し考えるという前提は非常に承認できる。思考は人間がそのような思考の経路の区別を分類し因果と動機を行為から推定して体系の一部とする防衛反応ととらえる。前者は岡潔のいう第三の直観に相当する。パースの考える意味ある思考 conceivedはその概念が行動効果を伴なうか伴わないかを峻別する概念とそれを含意する言語表現によるので、行為の次元に投影した狭い意味での第三の直観に相当すると考える。


特に神に関しては宇宙に満ちる愛を根拠とする考えは反キリスト的汎神論でさえある。特に余すところなく宇宙が探究心を満足させる愛は仏教の菩薩の本願概念に似ていると私は考える。その時代、ファラデーの法則(ファラデーもまたサンデマン派キリスト教の形而上学指向を持った学者だった。)がやっと認められた頃の科学的探究とは、個々の具体的事例を連続体に包摂していくプロセスと連続体を一般化法則で説明することであった。パースの真にある連続が単なる実数でないという反論が実にパースらしい。実数で表わせない次元がこの宇宙にあることを予言している。

それゆえパースにおいては認識可能性と存在は同じものである。背景にあるのは連続体という抽象概念にある。従ってデカルト批判の根拠もここから始まる。主客の対立を前提とした客観の直観というものは自己矛盾であると言えるというのだ。なぜなら認識できるが今は認識できない状態にあるものをいくつも内包する客観はデカルトのいう空間を分断する。面白い批判の方法である。しかしゼノンがこのパラドックスを使っていたことはもちろんパースは知っていただろう。

人間の認識可能性は宇宙の愛によって与えられているとパースが主張するとき、どんなに具体的なものも形而上学の一部となる。「そういう風にできている。」というだけではどうも物足りない。鶴見俊介の概説だけでは理解が進まない。モナド連続体と現象を分離したライプニッツのやり方でパースを再構成すると、物質以外の次元を考えざる得ない。現在とは経験を発見する場、すなわち過去の連続の上の断絶を生成することの時間的表現であり、実在の世界ではない。過去という知識の連続体系にすぱっと差し込まれた断面であるならば、その微小直前である-αあるいは微小直後+αのαの絶対数量が現在の認識の差異、すなわち区別の根拠であれば、無限に小さなαが選べなければ、知識の連続体系を否定しなければならず、無限に小さければもはや微小直前と微小直後は現在とさえ区別できない。よって現在は経験するのではなく知識の連続体系つまりモナド連続体によって発見されるのである。

チャールズ・サンダース・パース[1](英: Charles Sanders Peirce、1839年9月10日 - 1914年4月19日)は、アメリカ合衆国の哲学者、論理学者、数学者、科学者であり、プラグマティズムの創始者として知られる。マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。パースは化学者としての教育を受け、米国沿岸測量局に約三十年間、科学者として雇われていた。「アメリカ合衆国の哲学者たちの中で最も独創的かつ多才であり、そしてアメリカのもっとも偉大な論理学者」ともいわれる[2]。存命中はおおむね無視されつづけ、第二次世界大戦後まで二次文献はわずかしかなかった。莫大な遺稿の全ては今も公表されていない。パースは自分をまず論理学者とみなし、さらに論理学を記号論(semiotics、記号論の記事を参照)の一分野とみなした。1886年、彼は論理演算が電気的に(電気回路によって)実行されうると考えたが、これはこんにちの、コンピュータに代表されるディジタル回路と呼ばれる電子回路の応用そのものと言える発想であり、半世紀後の日本の中嶋章や米国のクロード・シャノンによる研究を予言していたものと見ることができる。

^ 1「パース」"Peirce"は、チャールズ・サンダース・パースの場合、ちょうど英単語の「purse」のように発音される。"Note on the Pronunciation of 'Peirce'", The Peirce [Edition] Project Newsletter, Vol. 1, Nos. 3/4, Dec. 1994, Eプリントを参照。
^ 2哲学者ポール・ワイスの発言。Weiss, Paul (1934), "Peirce, Charles Sanders" in the Dictionary of American Biography. Arisbe Eプリント.
^ 3在任、1869-1909
^ 4この病気は激しい痛みをともなう神経または顔面の疾患である。彼の疾患は、現在なら三叉神経痛(trigeminal neuralgia)と診断されるだろう。

^ 5佐藤 信衛(さとう のぶえ、1905年2月8日 - 1989年5月20日)は、日本の哲学者、評論家。

茨城県生まれ。1928年東京帝国大学哲学科卒。1937年法政大学講師。三木清とともに『文學界』同人となる。戦後1951年法政大学教授。1973年退任。

1902|プラグマティックとプラグマティズム|CP 5.2-3

形而上学は、理解の明晰さを獲得するための次の格言を適用することによって、その大部分が解明されるという意見: 「われわれの観念の対象がどのような効果をもつと考えるか、それは実際的な意味をもつと考えられる。 そして、これらの効果についてのわれわれの観念が、対象についてのわれわれの観念のすべてである。" [-]

この格言は、C.S.ペアーズが18781月の月刊ポピュラー・サイエンス(popular science monthly)で初めて提案したものである(xii. 287)。 この著者は、カントの『純粋理性批判』を考察することによって、この格言に導かれた。 存在論を扱う方法としては、ストア派も実質的に同じ方法を実践していたようである。 筆者はその後、この原則が容易に誤用され、不可分の教義全体、ひいては微積分に関するヴァイエルシュトラウス流の考え方全体を一掃してしまう可能性があることを知った。 1896年、ウィリアム・ジェームズは『信じる意志』を出版し、その後『哲学的概念と実践的結果』を出版した。 この教義は、人間の終末は行動であると仮定しているように見える。60歳になった現在の筆者には、30歳のときほど力強く自らを勧められないストイックな公理である。 それとは逆に、行動には目的が必要であり、その目的は一般的なものでなければならないということが認められれば、この格言の精神、すなわち、自分の概念を正しく理解するためには、その結果に目を向けなければならないという精神は、現実的な事実とは異なるもの、すなわち、自分の思考の真の解釈者としての一般的な考え方に、われわれを向かわせることになる。 とはいえ、この格言は筆者にとって、長年の試行錯誤の末に、比較的高い水準の明晰な思考を導く上で非常に有用であることが認められた。 筆者はあえて、この格言は常に良心的な徹底性をもって実践されるべきだが、それがなされたとき、いや、それ以前に、この格言が注意を向ける実践的事実が役立つ唯一の究極的な善は、具体的な合理性の発展を促進することであることを思い出すことによって、さらに高い水準の明晰な思考を達成することができることを提案したい。 実際、前掲の1878年の論文において、この著者は説いたというよりも実践した。


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