公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

「スコーレ NO.4 」宮下奈都

2016-04-13 19:25:08 | 今読んでる本
『真由の甘ったるい声が追いかけてくる 。 「もうちょっとだけ見ていこうよぉ 」一度振り返って 、またね 、と手を振った 。自分がどんな顔をしているのかわからない 。真由から一秒でも早く遠ざかるように 、目を合わせずに済むように 。自転車は後から無造作に停められた数台に挟まれて 、すぐには引き出せなかった 。前輪に突っ込んでいた隣の自転車を退け 、反対側の一台も退け 、ようやく鍵を外すことができる 。雨除けになっているトタン屋根から自転車を押して出て 、サドルに跨ったときに突然 、蝉の声が束になって降ってきた 。わ 、しゃわ ー 、と声が落ちてくる 。蝉がしゃわ ーと鳴いた 、それだけのことに私はうろたえている 。蝉の声を初めて聞いたような気持ちになってしまったから 。新しい 、鮮やかな場所へ突然踏み出してしまった戸惑いで 、誰も見ていないのに顔を上げることができない 。コンクリ ートが焼けている 。自転車のタイヤが軋む 。棕櫚の葉が太陽を映して光り 、目に突き刺さる…』

『「俺も観たかったんだ 、って 。笑いながら言ってくれたんだよぉ 」真由の声はよろこびに満ちていた 。 「よかったね 」そのたったひとことを言う間に 、受話器を握りしめたままグラウンドの端まで吹き飛ばされたような感じがしていた 。あの 、中原くんを初めて見た場所から 、グラウンドの反対側まで後ろ向きに 、一息に 。どっちみち私が映画に誘う予定はなかったんだ 、それどころか話しかけることだってできなかったに違いない 。中原くんがどうせ誰かとつきあうなら真由でよかった 。よくはないか 。いや 、よかった 。よくない 。よかった 。わからない 。』


みずみずしい 実に。忘れてしまった人は読んだ方がいい。宮下奈都さん本屋大賞おめでとうございます。意図的な一人称描写は若い女性の脳裏を辿るようで気恥ずかしいくなるほどによく出来ている。エクリチュールとは筆者の脳裏のことと思う。当然読み手がいるが、脳裏を辿れたと思い込ませることで、読み手の脳裏が変形する。こういう関係だ。

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