公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

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6月17日(金)のつぶやき

2016-06-18 02:54:13 | 日記


THUNBERG, Cal Peter
Voyage de C. P. Thunberg, au Japon
2 vols. Paris,1796. 


トゥーンベリ 『日本紀行』 全2巻

 カール・ペーター・トゥーンベリ(1743-1828)はスウェーデンの博物学者である。十八歳でウプサラ大学に入り、世界的植物学者カール・リンネに師事して医学と博物学を修め博士号を得た。のちに、パリやアムステルダムに遊学して、アフリカや東洋の博物学を志すようになった。そのため、彼はオランダ東インド会社の医師となり、1772年から三年間、喜望峰とアフリカ大陸南部の動植物研究に専念した。ついで1775(安永四)年、待望の日本に派遣されることとなり、この年、長崎に着いている。
 以来、彼は一年四ヶ月余りを出島商館付医師として日本で過ごした。翌76年に彼は商館長の江戸参府に同行、この年十二月に日本を去った。その後、彼は1781年からウプサラ大学の植物学及び医学担当の教授となり、アフリカや東洋旅行で収集した膨大な植物標本の整理と旅行記の執筆にあたった。日本関係では他に1784年の『日本植物誌』があり、わが国の植物をはじめて科学的に体系づけた。
 本書の原典は九年にわたる旅行の記録を纏めたもので、1788年から93年にかけてスウェーデンで出版されたが、アフリカ、東洋の新知識としてヨーロッパ各国で非常な好評を受け、ドイツ、イギリス、フランスなどで相次いで訳出された。
 本書は、フランスの東洋学者ルイ・ラングレスが仏訳したもので、内容は日本関係がほぼ半分を占めている。長崎出島における日常生活をはじめ、植物採集に関する長崎奉行との接衝、江戸参府紀行、江戸にて桂川甫周、中川淳庵ら日本人学者との対談、将軍との謁見、参府帰路における植物採集など、離日するまでの身近なできごとと共に、日本の産業、交通、貨幣、暦、日本語、宗教、文学、地理、風俗、政治制度など広範にわたって記述されている。なお、本書は昭和三年、日本関係の部分のみ山田珠樹氏によって翻訳され、『ツンベルグ日本紀行』として出版されている。

都知事選:蓮舫氏、出馬せず…民進代表に伝える - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20160618/k00/00m/010/165000c

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